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四幕 ストックホルム症候群RTA

 おっぱい星人こと朱雀院 アイラを拉致するなら、学校内で実行した方が断然リスクは少ない。


 あんなのでもお嬢様であることは変えようのない事実で、一人で人気のない道をふらつくことなんて滅多にないのだから。


 家に忍び込むことも考えたけど、防犯カメラの位置とか侵入経路とかを調べてる内に凪々藻先輩の誕生日が過ぎてしまうかもしれないからこれも却下。


 それなら、証拠も残さずにおっぱい星人を拉致できる瞬間を、学校の敷地内で虎視眈々と狙った方が手っ取り早いのである。


「入り口は一つ。窓から逃げることも大丈夫そう。よし、監禁場所はここにしよう」


 ミミは空き教室の更に奥にある準備室にいた。

 監禁するのに最適な場所を探していて見つけた部屋である。


 あとはあいつが一人になる瞬間を待つのみ。というのは嘘で、色々と罠を仕掛けようと企んでいた。






 凪々藻先輩のクラスは次の授業が移動教室であることはリサーチ済みだった。


 ミミはごくごく自然な動作で、もぬけの殻となった教室に忍び込む。


 たとえ両隣のクラスの生徒たちがミミを視界に入れてたとしても、気に留めることはない。

 そういう立ち居振る舞いは、ミミにとっては当たり前のスキルだった。


「さてさて、あいつの水筒は……これか。ここにちょっとだけお薬を混ぜてっと」


 おっぱい星人の水筒に粉薬タイプの利尿薬を混ぜる。

 これを飲んだあいつが授業中に我慢できなくなっておしっこへ向かったところを襲うという算段だ。


 仕込みを終えたところで、ミミの目を惹きつけたのは別のカバンから覗く水筒だった。


「あぁ! これ、凪々藻先輩の水筒だ」


 コップに口をつければ、間接キスになるんじゃないかな。飲みたい。すごく飲みたい。


 飲みたい欲に駆られて、凪々藻先輩の水筒をいつの間にか手に取っていた。


「証拠を残したくないけど、少しだけなら大丈夫だよね。……ゴクッ──」


 恍惚とした表情で背徳感に浸っていると、水筒が異様に軽く感じた。


「これは癖になっちゃうよ。……あっれぇ? もうない! 全部飲んじゃった。ヤバイヤバイ、これじゃ絶対に気づかれちゃう」


 市販の飲み物ではない気がするし、同じ物を買って補充しとけば済むという問題でもない。


「どうしよう、どうしよう、どうしよう!」


 でも、よくよく考えれば気づかれても問題ないのでは?

 だって、薬を混ぜたこととは関係ないのだから。


 そう考えると、むしろミミの存在に気づいてほしいとすら思えてきた。

 一秒でもいいから先輩にミミのことを考えてほしい。


「よーし、戻って次の罠の準備をしよっと」






 移動教室から戻る途中の凪々藻先輩とおっぱい星人を、ミミは陰から観察していた。


 おっぱい星人はその大きな胸に押しつける教科書を見詰めながら立ち止まる。


「あらまぁ! わたくしとしたことが、先ほどの教室にペンケースを置いてきてしまったようですわ」


 もちろん、あいつはペンケースを忘れてきたわけではない。ミミが盗んだのである。


「取りに戻るのであれば、わたしもお付き合いしますよ」

「いえいえ。凪々藻さんのお手を煩わせるほどのことではございません」

「……席を立つ時は持っていた気もするのですよね。落としたのかもしれませんし、もしそうなら一人で探すの大変ではありませんか」

「んー。たしかにわたくし、持ったと記憶していますわね。凪々藻さん、ご厚意をありがたく頂戴いたしますわ」


 流石はお嬢様。頭を下げる姿一つ取っても優雅なものであった。おっぱい星人の癖に何かムカつく。


 それに凪々藻先輩も付いてくるとなると作戦は失敗だ。

 失敗の原因は凪々藻先輩の優しさを考慮しなかったことか、あいつの信用のなさを計り誤ったことか。


 それとも、もしかしてミミのやろうとしていることを凪々藻先輩は看破してるとか?

 でも、拉致するなんて誰にも言ってないし。


「……そうか!」


 凪々藻先輩はミミのことなら愛ゆえに何でも分かってくれるんだ。

 どれだけミミのことを喜ばせれば気が済むのだろうか。ますます先輩のこと好きになっちゃう。


「ハァ……ハァ……」


 呼吸が荒くなってた。気をつけなきゃ尾行がバレちゃう。深呼吸して落ち着こう。


「ふぅ……」


 どうせ作戦は失敗に終わったんだし、これ以上の深追いは危険だから自分の教室に戻ろう。





 次の作戦はこうだ。


 まず、体育の授業に参加しているおっぱい星人を妨害して怪我させる。

 すると、必然的にあいつが保健室に運ばれてくる。

 保健の千鶴さんを電話で呼び出せば、あいつは一人になる。その瞬間を狙って拉致する。


 もちろん、学年の違うミミのクラスと合同でやるわけではないから、体育の授業に紛れ込むのは流石に難しい。


 だけど、授業はグラウンドではなく弓道場で行われるみたいだから、隠れられる場所はいくらでもある。


「あの無駄にでかい脂肪の塊を弓で射ったら破裂するかな」


 物陰からおっぱい星人を確実に怪我させられる瞬間をミミは狙っていた。


「よし、来た来た。今ならいける」


 だけど、弓を引くミミの手は動こうとしなかった。


 どうしてだろう。


 ミミは何となく凪々藻先輩の視線を感じて先輩のことを見る。視線は気のせいだったのかな。


 凛とした表情で弓を射る先輩の姿から目が離せなくなった。


 先輩は的のど真ん中を当て続けている。

 あの的は正しくミミの心臓とリンクしているように感じた。


「怪我をさせるのは良くないかもしれない……気もするような、しないような」


 擦りむいて血が出る程度の怪我ならまだいい。それだって、消毒するため保健室にはきっと向かう。


 だけど、弓を使って怪我させるとなると洒落にならないかもしれない。


 授業の終わりを知らせる集合の合図がかかるまで、ミミの手は凍りついたまま動くことはなかった。






「みーみ、さっきからうつむいてどうしたし。もしかして、オシッコ我慢してる感じ?」


 おっぱい星人を一人にさせる作戦を考えてるというのに、ぼっちギャルの明美が思考の邪魔をしてきた。


「真剣に考えてるんだから邪魔しないで」

「えー。なら、あたしも一緒に考えるからさ。悩みごと、聞かせるし」

「あのね。証拠を残さないようにする必要あるの。つまり、話を聞くってことは口封じのために後で切り捨てるってこと」

「あたし……殺されるの?」

「ミミの話を聞きたいと言うなら」

「うーん、それなら聞かないでおくし。でも、みーみの方から言いたくなったらいつでも言って。絶対聞くから」


 明美は任せろと言わんばかりのキラキラとした表情を見せる。


 もしかして、何か勘違いしてる?

 ミミは本当のことを言っただけなのに、はぐらかしたと思われるのは気に食わない。


「分かった。それなら、今からミミと一緒に来て」

「でも、もうすぐ授業始まっちゃうよ」

「絶対に聞くって言ったのに? それにギャルの癖にサボらないっておかしい」

「まったく〜。分かったし。でも、ギャルだからってステテコ……ばかりじゃないんだから」

「ステレオタイプでしょ。そういえばモブ子は?」


 明美の言葉を正すのは幸子の役割なのにいないじゃないか。


「えー、今更……。理由は分からないけど、なんか休みなんだって」


 きっとズル休みだ。真面目そうなオタクの方がよっぽどギャルに近いじゃないか。


「ほら、行くぞ」

「あ、もう。みーみ速いし」






 ミミは明美を引き連れて暗室にやってくる。おっぱい星人を監禁する予定の部屋だ。


「おっぱい星人……朱雀院アイラを拉致して、ここに監禁しようと思ってる」

「何のために?」

「そんなの決まってるでしょ。凪々藻先輩のため。あいつから先輩がプレゼントに何を欲しがってるのか無理矢理聞き出す」

「なるほど、分かったし。……いやいや、なんであたし簡単に受け入れてるの!」

「話続けるけど……あいつをどうすれば一人にできるか悩んでる」


 今のところ全ての作戦が失敗に終わっている。


 最初の忘れ物作戦は失敗。体育の授業で怪我させる作戦も失敗。ついでに奴隷の浅田を使った呼び出しも失敗に終わっていた。


 利尿薬を使ったおしっこ作戦はまだ分からないけど、あれの成功は運によるところが大きいから最後の手段くらいに思った方がいい。


「あたし頭悪いから、そういうの考えるの苦手だし」

「うん。別に期待してない」


 別のことを考えながら、あしらうように返事をする。


 そもそも何で体育の時にミミは矢を射ることができなかったのだろう。

 何で怪我させちゃいけないと考えたのだろうか。


 目的のためなら手段を選ばない。正確には、目的のためならどんな手段を取っても何も感じない。

 ミミはそういう人間のはずだ。


 つい最近も名前すら知らないおっさんを殺ったばかりだ。あの時は何も感じなかった。


 怪我をさせるなんてそれ以下のことなのに、どうして簡単なことが出来ない?


 小さかった頃、吹雪の中でたった一人、落とし物を何時間も探していたことがあった。


 あれがどこだったのかも、何を落としたのかさえ覚えていない。


 だけど、体以上に心が冷たく感じたことだけは覚えている。ううん、忘れてたけど今思い出した。


 それと似た感覚が、ミミの心から着実に温度を奪っていった。


「……」


 今のミミならあいつを傷つけることに躊躇しない。

 まどろっこしい作戦なんていらなくて、強引に連れてくればいい。あとは証拠を残さないようにアリバイでも作っておけば完璧だ。


「ねえ! みーみ、どうしたの? 大丈夫、ねえ」

「……うん、何でもない」

「目も虚ろだし、何でもないって顔してないし!」

「それより、放課後でいいからモブ子を学校に呼んで。そしたら、後で渡すウィッグを付けさせて、食堂の角の席でお喋りでもしてて」

「う、うん……よく分からないけど……分かった……」


 幸子にミミの変装をさせて食堂にいたというアリバイを作るためである。


 そうすれば、人目のあるところでおっぱい星人を拉致したって、犯人の特定には至らないという算段だ。






 変装したミミは存在感をかき消して、死角の中でじっと身を潜めた。

 ターゲットがこっちに近づいて来ている。


「……ッ!」


 目の前に来たおっぱい星人を素手で一瞬の内に気絶させる。

 運が悪ければ怪我するし、最悪の場合は後遺症が残ることもある。決して良い子は真似しちゃいけないというやつだ。


 だけど、目的のためならば、そんな可能性があろうとなかろうと関係ない。


 小柄なミミよりは身長が高いこの女を軽々と担ぎ上げて、あらかじめ決めておいた脱出経路へと向かう。


 窓の外に設置した装置を使ってまずは上の階へと向かい、それからも至る所に張り巡らせた装置を駆使して追っ手を撒く。


 装置のある場所を辿れば逃げた先がバレてしまう対策として、使う予定のないダミーをばら撒いておいた。


 凪々藻先輩を出し抜くのは気が引けたけど、これはミミの初恋を成就するために必要なことだから今は目をつぶる。


 こうして、凪々藻先輩を含む目撃者を撒いて、暗室までおっぱい星人を拉致することに成功したのだった。


「おい、さっさと起きろ」

「……何も見えませんの。手の縄かアイマスクを外していただけませんか」

「無理に決まってるだろ」


 機械を通してミミの愛らしい声をだみ声に変換させて返事をした。


「わたくしを拉致した目的はなんですの。お金でして」

「ハズレ」

「それならなんですの。何をされてもわたくしの心は決して折れないですわ」

「欲しい情報を素直に吐けば解放してあげる。三星 凪々藻が直近で欲しいと思ってる物を答えろ」

「凪々藻さん……? いえ、知りませんわ。それに欲しいと思った時点で普通は買うものじゃありませんの」

「このクソ金持ちが。調子に乗ったこと言ったら、この無駄にデカいおっぱい剥ぎ取るぞ」


 そう言って、体を縛る縄が食い込んだ胸を揉む。ミミのは掴めるほどないから知らなかったけど、想像よりもかなり柔らかかった。


「ふーん、これは結構癖になるかも」

「ちょ、ちょっと! 胸を触るのやめてくださる」

「うるさいな。質問したこと以外は喋らなくていいんだよ」


 おっぱい星人の頬を軽く引っ叩くと、鳴き声と共に良い音が鳴り響いた。


「そんなことで、わたくし決して屈しませんわ」

「だから、うるさい!」


 もう一度ビンタする。


「聞き方を変える。三星 凪々藻が好きな物とか集めてる物とかあれば答えろ」

「凪々藻さんの個人情報を勝手に売るような真似は出来ませんわ」

「答えないなら今度はこっちに行くけど」


 ミミはいつも持ち歩いているドライバーを取り出す。柄を手前に向けて細い方を握るように持った。


 椅子に座るおっぱい星人の制服のスカートをたくし上げ、高級そうなデザインのパンツの真ん中に柄を押し当てる。


「ちょっと、何をしていますの! そ、そこはやめてくださる」

「ドライバーの柄で気持ち良くなってもらおうと思って」

「気持ちよくって、わたくし分かりませんわ。それに今、実はわたくし我慢していますの」

「なにを……? 言葉にしなくちゃ分からない」

「そ、それはあの…………こですの」

「うん? 声が小さくて聞こえない」

「……お、おしっこですのッ!」

「うん、知ってた。我慢しなくていいよ。そのままここで出して」

「そ、それはできませんの。貴族として、淑女として」

「いいから出せよ!」


 ドライバーの柄で執拗に刺激を与えていく。


「ほら、出せ。出せ。出しちゃえ。気持ちよくなれるはず」

「や……やめ……んっ……あん……もう、ダメですわ……」


 パンツに小さなシミが現れると、次の瞬間には勢いよく広がっていった。


「あはははは! お嬢さまがおしっこ漏らしてる」


 スカートまでシミは広がり、吸いきれなくなった尿が足を伝って床にまで広がっていく。


「あっ……はぁ……はぁ……この感覚はなんですの……あれ? わたくし、もしかして……」

「ブツブツ一人で何を言ってるわけ。お前のせいで床まで汚れちゃった。どうするのさ」

「そ、それは……あなたがいけない……じゃありませんか……」

「それで、質問に答える気になった?」

「いいえ……全然ですわ……」


 こいつ中々しぶとくてイライラする。こんなことになるなら、交渉術とかの訓練をしておくんだった。


「早く答えないと床のおしっこ、掃除してもらうことになるけど。縄は解かないし雑巾もないから制服を使って綺麗にしてね」

「制服を脱げって……ことですのぉ?」

「違う。着たまま床に這いつくばって全身で掃除するんだよ」

「そんなっ……屈辱的なことできませんわぁ!」


 さっきから顔を真っ赤にして呼吸も荒いし、何か様子がおかしい気がする。


「全然嫌そうに聞こえないんだけど、お前なんなんだよ。あと十秒待ってやるから答えろ」

「……」

「じゅ〜う、きゅ〜う……」

「……」


 これだけされて動じないなんて、さてはこいつ淫乱女なのか。


 ミミはカウントダウンを数えながら、ブラウスを無理矢理引きちぎる。

 研いで鋭く尖らせたドライバーを使って、ブラジャーを真っ二つに切り裂いた。


「さん……にー……いち……」


 この淫乱女を括り付けている椅子に手をかけた時、廊下の方から足音が聞こえてきた。


 もしかして、この場所をもう嗅ぎつけられたとか!


 学校の敷地内である以上、遅かれ早かれいつかは突き止められてしまう。

 だけど、情報を吐かせるのに三十分はかからない想定だったから、それでも問題なかった。


 というのに、こいつを拉致してからまだ二十分くらいしか経ってない。

 足音に迷いは感じられないから、たまたま通りかかったという可能性は低い。


 どうしよう? このまま逃げるしかないのか。だけど拉致なんてリスキーな手段、二度は取れない。


「アイラさん! ここにいるのでしょうか」


 やっぱりミミの想像を遥かに超えるスピードでここを突き止めたのは凪々藻先輩だった。


「こんな恥ずかしい姿……見られると少し興奮してしまいますわぁ」

「アイラさん、何を言っているのですか。今、縄を解きます。こんな酷いこと誰にやられたのですか?」

「それは……分かりませんわ。それにわたくし、そこまでの辱めは受けていませんもの」


 ミミはカーテン越しに開けておいた窓の外から二人の会話を盗み聞きしていた。


「ご無事で……何よりです」

「な、泣かないでくださいまし。それではまるでわたくしが酷いことをされて、それを思い出したくなくて隠しているみたいではありませんか」

「で、ですが……アイラさんの姿を見て何もされてないとはとても……」

「むしろ、運命的な出会いがあったと言ってもいいのかもしれませんわ」


 運命的! それってどういうこと。あのおっぱい星人がミミを好きになったってこと?

 たしか、それをストックホルム症候群と言うんだっけ。でも、高が数十分でそうなるなんてありえないでしょ。


「それはどういう意味……! アイラさん、もう大丈夫ですよ。安心してください」


 凪々藻先輩はあいつが錯乱していると思ったのかあやすように両腕で抱きしめる。羨ましい限りだ。


「体操着を持ってきましたので、これに着替えてください。わたしと一緒にシャワールームへ向かいましょう」


 一緒にシャワールーム! チョー羨ましいんだけど! そうだ、先回りすれば裸の先輩を拝めるかも。


 情報は何一つ得られないまま少しの悔しさだけが残って、拉致監禁作戦は失敗に終わったのだった。

 ちなみに、裸を拝むことも叶わなかった。

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