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三幕 初恋の行方③

 凪々藻先輩の一族が束ねる三星財閥、そのグループが抱える非合法な組織の壊滅作戦が始まった。


 ミミの他にメンバーは六人いる。この数の実動部隊が一堂に会するのは、ミミが知る限りでは初めてだった。これが全体の何割に当たるのかも知らないし、この中の誰とも今まで顔を合わせたこともない。明日には死んでるかもしれないこいつらと仲良くなる気もなかった。


「ここからはワンマンで行動してください」オペレーターから指示が入る。「結果的にそれが一番のチームプレーになることを期待します」


 この先の如何にもな建物が組織のアジトということだろう。

 さっさと任務を終わらせて帰りたい。先輩が直接関わることはないだろうけど、それでもやっぱり気は乗らなかった。

 他のメンバーはどうだろうか。表情の半分はマスクで見えないから分からない。ただ、今日のMVPには特別な報酬が与えられると事前に通達されているから、やる気に満ちあふれる者もいるだろう。だけど、そんな餌で釣ろうとしたって、欲しいものを持たないミミにはなびかなかった。どうせ、あの学校にいたいという願いは却下されるのだから。


「先に行かせてもらうぜ。てめぇら、この先で俺様に何をされても文句言うんじゃねぇぞ」赤髪の女が言う。


 口の悪い、いかにもなやられ役が先陣を切る。策も何もありはしない正面突破をするものだから、ミミも距離を取りつつ続くことにする。他の五人は別々に散っていった。


「しゃ、おらー!」


 命知らずの女はスタンドプレーに酔いしれながら建物の中に突入した。今までよく生き残れたものだ。それとも、舐めた行動を取っても余りある実力があるってことなのか。


 建物の中を覗くと、入口の先は広い倉庫になっていた。隣に搬入用のシャッターがあるから、分かっていたことではある。

 突撃する女にすぐさま臨戦態勢を取る者たちが十三人、こいつらが今回のターゲットということだろう。


「奥のオッサンが親玉かぁ? てめぇを殺せば一等賞間違いなしだよなぁ」


 命知らずの女は銃弾をかわし、時には手に持つ二本のナイフで機動を逸らす芸当を披露する。紙一重でいなしていくさまは楽しんでるようにも見えた。


「あの戦闘狂、真正面からやり合ったらミミより強いな」あいつの評価を改めざるを得ない。今回のメンバーに選抜されただけのことはあったわけだ。


 感想を述べる内に、戦闘狂の女はターゲットの一人に迫り、わざと返り血を浴びる角度でターゲットの首をかっ切った。


「まずは一人! 次は親玉行っとくかぁ」戦闘狂の女が言う通り、たしかに親玉が奥にいる。あの顔には見覚えがあった。凪々藻先輩の父親だ。「って、おいおい。どうしてこんなところにマジの小娘がいんだよ。腰抜かしてんじゃねぇか」

 

 もう一人いる小娘というのが、入口からはちょうど死角になって見えなかった。建物の中に侵入したミミは気配を隠しながら回り込むように移動する。


「どうしてトップが、おそらく秘書を連れてこんな所に──」そして、ミミは絶句した。


 秘書なんかじゃなかった。どうして、こんな所にいる? 脳みそがバグって幻覚を見ているだけなら良かったのに、現実を受け入れることが中々できなかった。


 凪々藻先輩(・・・・・)と目があった気がした。気配を忍ばせていたはずなのに。ただ、マスクを着けたミミを先輩がミミとして認識したかは分からない。


「すうぅぅぅ……」任務中は心をかき乱すな。じゃないと生き残れない。吸った息を吐く。止まっていた時が動き出した。


 戦闘狂の女が一人で十人以上のターゲットを相手取る中、真っ白い顔の凪々藻先輩は父親に連れられてエレベーターで上の階へ登っていった。


 ターゲットたちもどうやら素人ではないらしい。ずば抜けた戦闘センスを持った女でも、流石に十数人の手練れを相手にするのは難しいようだ。両者とも致命傷はないものの、戦闘狂の女の劣勢に傾いていくのが見て取れる。決着はつかないまま、女は舌打ちを残して通路へと逃げ込んだ。


 ターゲットたちは戦闘狂の女を追う者、親玉の護衛に向かう者、入り込んだネズミが他にいないか探す者、三者三様に散っていく。それと同時に警戒を促すアラームが鳴り響いた。


「ここは身を潜めてやり過ごそうかな」戦闘狂と同じことをしようものなら命がいくつあっても足りはしない。一対一の暗殺がミミの基本スタイルだ。


 倉庫内が静まり返る。聞こえるのは足音が一つだけだった。おそらく、他の侵入者がいないか探してるのだろう。実際ミミがいるわけだからその勘は正しい。


「ん……段ボールがどうして転がっているんだ?」男の声が足音と重なる。


 ミミは今、まさに段ボールの中に隠れていた。さて、いつ飛び出すか。そのタイミングが生死を分かつ。だけど、こっちは身動きを取れない以上、相手の有利が覆ることはない。


「隠れてるのは分かっているぞ。僕の計算だと小柄な女……というところか?」どんな計算すれば分かるのか不明だが正解だった。

「僕の計算だと……あからさまに転がってる段ボールは罠……と見せかけた本命だろう!」段ボールの潰れる音が聞こえる。次の計算は不正解だ。

「違うか……。ならば…………ああ、あれか。不自然に膨らんだのが一つあるじゃないか。僕の計算だと君は詰めが甘い人間だね」


 段ボールの中にいるから計算野郎がどんな奴かは分からない。だけど、ミミの計算だとこいつは眼鏡をかけているに違いない。

 不意を突いて目玉を潰し、怯んだところでとどめを刺そうと考えていた。しかし、メガネをかけてるとなると失敗するリスクが多少上がる。ただ、最初から分かっていれば些細な問題だ。


 見えない状況で不意打ちが成功するかどうかは間合いが重要だ。だから、相手の位置を気配から正確に予想する必要がある。心拍数を極限まで落とし自分自身から発する音を鎮める。そして、相手の心拍音に耳を傾けた。

 ミミがすっぽりと隠れた段ボールの前に男がのこのことやって来たところで、飛び出してドライバーのようなものを目ん玉に突き刺した。


「ぎゃぁぁぁ……」目を抑えて後ろによろける男にとどめを刺す。「引き抜かれた僕が……どうして。こんなの……計算に……ない……ぞ……」男は力尽きた。


 こいつの敗因は敵が隠れてるかもしれない物陰にのこのこと近づいたことである。索敵する場合は不意打ちを食らわない間合いを取らなければならない。物陰を覗こうとするなんてもっての外だ。この状況なら手に持つ拳銃で離れた所から撃ち抜くのが正解だろう。


「……ろく……しろう……返事を……」微かな声の正体は計算野郎が持っていた通信端末だった。“しろう”──四郎というのはこいつの名前だろうか。まあ、こいつのことなんてどうだっていい。


 通信端末から視線を離す。その時に計算野郎の寝顔をたまたま見てしまった。


「えっ……。お前……どうして。なんでだよ──」メガネかけてないじゃん。






 ミミは階段を登っていた。言うまでもなく、敵地でエレベーターを使うわけにはいかない。


「誰よりも早く先輩を見つけなきゃ……」先輩の命が危ない。ターゲットどもに護衛を任せてなんておけなかった。


 ミミが命令を無視して凪々藻先輩の味方をするということは、他の全員を敵に回すということだ。味方に対する仲間意識なんて端からないし殺すことに抵抗はない。誰が来ようと戦って生き延びる、それだけをすればいいのだから単純な話だった。

 だけど、先輩はどうしてこんな所にいたのだろう。ミミが先輩の味方をすることを、先輩自身が望んでくれるのか分からない。


「今は余計なことを考えないようにしよう。とにかく、先輩に会って話を聞くのが先決だ」


 階段を駆け上っていると、上の階に黒い人影が見えて武器を構えた。


「味方に向かって、そう構えないで下さい」痩せ型で高身長の男だった。

「誰だ、お前」

「誰って、ここに来るま一緒だったではありませんか」

「ああ、たしかに身長デカイやついたかも」

「そういうあなたは子どものように小さいですね」

「実際、歳はまだ子どもだからな」

「へぇ……それはとても素晴らしいです」


 男はいやらしい笑みを浮かべて、体のラインが出るぴっちりした漆黒のスーツの下腹部にある一部を大きく膨らませる。


「ミミは急いでるんだけど、そこどいてくれない」

「あなたが噂の33番ですか。前からずっと気になっていました」


 さて、どうしたものか。身長的にも段差的にも変態野郎に有利を取られてるせいで、一撃で致命傷を負わせることができない。そして、何よりこいつに少しも触れたくないし、触れられたくもなかった。


 どうやって攻めようか。そもそも、こいつの武器が分からなかった。見た感じは何も持っていないように見えるが、もしかしたて、やたら長い手足自体がこいつにとっての武器なのかもしれない。なら、速さ勝負で手の届く所にある急所を狙おう。


 右手の武器で変態野郎の手足を牽制しながら一気に間合いを詰める。そして、膨張させたアソコにもう一つの武器を突き立てた。


「ざんねん──刺さりませんよぉ」変態野郎は恍惚とした表情でミミに長い手を伸ばしてくる。


 こいつの急所は硬い金属か何かに守られていて、ミミの鋭く尖った武器が突き刺さることはなかった。ただ、ミミは常に自分の攻撃が失敗する可能性を考慮して行動している。小柄な体系を利用して変態野郎の股下をくぐり、背中を蹴とばして階段から突き落とした。


「痛いですねぇ! まさか、貞操帯があることを知っていたのですかぁ!」変態野郎はすぐさま立ち上がり怒りをあらわにする。「ボクの自慢のイチモツから逃げられたのは、あなたが初めてですよ。極めて高い膨張率が一番の自慢でしてね。ある程度までは膨らんでも平気なように、特注の貞操帯を作ってもらったのですよ。そうしたら、まるで何も付けていないように見える。力も体格も劣るメスは決まってボクのこいつを狙うようになりました。それなのに! ソレナノニ! キミハ………………ふう、取り乱しました」

「セクハラばかりの解説ご苦労だけど、微塵もお前のことなんて知りたくないんだけど。それに、お前の性癖をミミが把握してるわけないだろ。単純な実力の差だ」

「なるほど……確かにその通りなのでしょう。今はあなたを諦めることにして、白髪のとても綺麗な子どもがいるらしいので、そっちを狙うとしますか」


 白髪の子ども──それって凪々藻先輩のことか。子どもという言い方には引っかかるがそれはミミが先輩より年下だからで、変態野郎からすれば学生である先輩は子どもに他ならない。


「それをどこで知った」

「あなたも狙っているのですか? 先ほどターゲットの一人を捕まえて、他に女はいないか聞き出したのですよ。そうそう、自慢のこいつで楽しんでる最中に、舌を嚙みちぎって自殺してしまったんですよ。死んでやると言葉にはしても、実際に実行できる女性は中々いませんので大変驚きました。死体を犯す趣味はないので捨ててしまいましたが」

「下種野郎が……」


 変態野郎を下の階に突き落とした時点で先を急ぐことはできる。だけど、こいつはどう考えても生かしておいちゃいけない人間だ。

 どうしてウチの組織はこんなイカれた犯罪者まで雇っているのか。法で裁けない悪い奴を殺すための組織だと自称しているが、“悪い奴”の定義はつまるところ“都合の悪い奴”ということなのだろう。初めから分かっていたことではあるが改めて思い知らされた。


「お前はここで終わりだ」ミミは計算野郎から回収した拳銃を突きつける。普段は滅多に使わない銃だが、全員を敵に回すとなれば四の五の言ってられない。

「この距離で当たるとお思いですか? あなただってかわすのは容易なはずでしょう」

「試せば分かる」ミミは銃口を天井に向けてから振り下ろした。


 銃声が轟いた後、変態野郎は頭から血を垂れ流して倒れていた。

 人の動きよりも銃弾の方が遥かに早い。だから、よほどの天才でもない限り放たれた銃弾を避けるなんてできない。ミミやこいつができるのは発砲される向きとタイミングを目で見て、直前に軌道から外れることに過ぎないわけだ。なら、勘と経験を頼りに動きを読まれない手法で銃を発砲すれば済む話である。


「まだ生きてるか?」

「あ……ぁ……」

「なんだ、もう喋れないのか。まあ、いいや。もう一つ死刑にしなきゃいけないやつがいるよな」ミミは男の股間に発砲する。

「ぎゃぁぁぁあああ!!!!!!」


 金属の物体が流血しながら転がっていく。いくら金属を被せてるといっても銃弾を弾くことはできず、どうやら引きちぎってしまったようだ。


「こんなやつに時間食っちゃったし、先輩のとこに急がなきゃ」それに、銃声を聞きつけて誰かが来るかもしれない。






 銃声に引き寄せられてきたターゲットの一人を殺して、ミミは凪々藻先輩がいるであろうフロアにたどり着いた。

 先輩が逃げたエレベーターは外に現在位置の表示がないタイプだったが、機械音が止まるまで何秒かかったかを数えていた。後は一階分移動するのにかかる秒数を測ることで、先輩が何階に向かったのかを割り出せる。それ以降の足取りまでは分からないけど、あとは地道に探すしかない。


 フロアの探索を開始してすぐに気になる両開きの大きな扉を発見した。

 扉の前には純白のプレートアーマーが倒れている。ところどころ鈍器で殴られたような凹みが見受けられた。


「なんでこんなところに。ゲームみたいに動き出したりして」


 西洋甲冑の顔の部分が可動式になっている。気になったミミは一度蹴飛ばして動き出さないのを確認してから、武器を使って顔を覆う部位を開けてみた。


「人の顔……」どうやら置物ではなく、人間が身につけているだけだった。


 中の人間は既に死んでる。それなら、多数の凹みは誰かと戦ってつけられたということか。側に落ちている長剣に血がべったり付いてるから、相手も無傷ということはないだろう。


「だけど……どうして中世の騎士みたいな格好してるんだ?」一階の倉庫で見たターゲットの中にこんなふざけた格好のやつはいなかった。こいつがあの中にいたのなら、わざわざ着替えたということになる。「分かった。きっと騎士のコスプレおじさんだ」


 真実が判明したところで先に進むことにした。コスプレおじさんを殺した手練れがこの先にいるかもしれないから警戒しつつ、先輩の身を案じて急がなければならない。


 大きな扉を押し開くと、すぐ前方にも死体が倒れていた。このクマみたいな大漢には見覚えがあった。ミミと同じ選抜メンバーの中にいたはずだ。

 体中にある切り傷の大きさからして、さっきの長剣だと考えられる。ということは、ほぼ相打ちだったということだ。いや、第三者の介入という可能性はないだろうか。


 そう考えた矢先、部屋の奥から何者かが近づいてくることに気づく。殺気は微塵も感じないし、自分の正体を隠そうともしない足音だ。罠でもない限り、場違いな気配の正体として考えられるのは一人しかいなかった。

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