一幕 初恋の行方①
凪々藻先輩に告白した時のことを、いついかなる時も繰り返し考えてしまう。
「三三さんのその初恋は──恋ではありません」先輩はそう言った。
ミミの想いは本当に恋ではなかったのだろうか。ただ単に親の愛情を求めていたに過ぎないのか。否定することも、肯定することもできなかった。
だけど、振られたからといって関係が終わるわけじゃないと先輩は言った。まだ可能性は残されてるってことだと思う。
もしも先輩に対する想いが恋であるとミミの中で確信できたなら、その時はもう一度、先輩に告白しよう。ミミの初恋はまだ終わってなんかいないはずなんだ。
「これでミミの任務は完了っと」
細く尖った武器を振って、付着した血を水切りする。
頭の中は先輩のことで一杯だったけど、今日も無事に仕事を終えることができた。言い換えるなら、また手を汚してしまった。当然返り血は浴びていないから、手に汚いものが付着したわけじゃない。だけど、手が汚れるというのはそういうのとは違う。
ミミは手をもっともっと汚そうとしているのかな。今日の任務を振り返ると余計な殺生が目立った。考え事をしながら片手間で任務を遂行したとはいえ、過去に何度もどうしようもなくムラムラして集中できないことがあったし、あれと比べれば今回のだって言い訳にはならない。
どうして手を汚す必要があるのだろう。先輩が邪道を行くと言ったから? ミミはまだ正道に引き返せると言われたから? 後戻りのできない所まで行けば、先輩はミミをそばに置いてくれる。だから、ミミは自身の手を穢すことに執着しているのだろうか。
「違う……気がする」だけど、否定する根拠はなかった。
分からないことが多すぎて久々にむしゃくしゃする。そういう時は自慰行為にふけるに限るが、今ばかりは破壊衝動──というより破滅願望だろうか。そっちの方が大きかった。より汚くなるために、任務中に逃げていった連中を始末しよう。
脳内で地図を広げて行き先を予測する。生活残業の始まりだ。
ほどなくして、逃げ惑う一人を発見した。飛び蹴りをかまして動きを封じ、受け身を取ってすぐさま方向転換する。向けられた銃口を体の軸から逸らしながら距離を詰める。威嚇する銃声は負け犬の如く、いくつかの銃弾はミミをかすめることもなく彼方へ流れていった。
尻もちをついて情けない声を上げる野郎の側頭部にマイナスドライバーのようなものを突き刺す。その直後、耳に装着した機械が電子音を発した。
「ナンバー33、それ以上の手出しは不要です。至急、撤退してください」通信端末から指示が入る。
「……分かった」一方的であるためミミの返答が届くことはない。「だけど、こいつもう助からないよ」
地べたでもだえ苦しむ男の息の根はまだ止めていないが、手を出すなと言われたのでは放置するしかなかった。
ミミはひと気のない地点まで離れた後、着替えを済ませて街の中に紛れ込んだ。
「歩きながら聞いてください」オペレーターから指示が入る。「次の任務が決定しました。大きな動きがあると、前に伝えていた件です」
凪々藻先輩への想いを終わらせるよう、千鶴さんに言われた件だろう。遂にこの時が来てしまった。
「任務当日に勝手な行動をされるのでは困りますので、今回は特別に内容の一部をお伝えします」
教えてくれたことなんて今まで一度たりともなかった。どういう風の吹き回しだろう。最近のミミは勝手な行動ばかりする問題児だからかな。でも──
「勝手なことされて困るなら、ミミを任務に加えなければいいのに」
「任務から外す意見もありましたが、あなたの能力を天秤にかけての判断です」
独り言に対して返答があった。もしかしてミミの声は聞こえてるのか。たまたまの可能性も捨てきれない。仮に聞こえてたとして、誰にも聞かれたくない話とか、暇な時にいたして漏れ出た喘ぎ声とか、全部聞かれていたなら恥ずかしい。
しかし、任務内容を聞かされたミミは、全ての思考が吹き飛んでしまった。そして、特別に内容を漏らした理由に納得する。
「三星グループが抱える非合法な組織の──壊滅です」オペレーターは凪々藻先輩にゆかりのある名を口にした。




