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六幕 恋の告白

 告白する上で欠かせないモノがあることをミミは幸子から借りた漫画から学習した。それを用意するために面倒な実行委員の仕事を引き受けたわけである。


 文化祭で凪々藻先輩に告白する──そう決心してから、あっという間に当日を迎えた。


 恐れることは何もない。告白に必要な準備は既に滞りなく終えているのだから。

 まずは文化祭終盤で先輩と二人、舞台の上で楽器を演奏する。終盤でなくては布石としての意味がないため、タイムスケジュールはミミの都合に合わせて調整させた。きっと演奏を終えたミミたちは拍手喝采に包まれる中、二人で一つのことをやり遂げた喜びを噛みしめることだろう。そして、興奮冷めやらぬ内に先輩をある場所へ連れ出す。残る熱にほだされていると文化祭恒例の打ち上げ花火が始まるのだ。先輩を連れてきたその場所こそが一番の眺めとなるように調整するよう花火師は買収した。花火を一緒に眺め、ハート型の花火が夜空を照らす中でミミは先輩に告白する。

 この演出こそがミミの考えた告白に必要不可欠な──シチュエーションである。


「三三さん、とても楽しそうですね」先輩はバイオリンを弾きながらミミに視線を流す。

「ミミとしたことが顔に出てた?」ミミはピアノの鍵盤から目を離して先輩を見つめ返した。

「表情にも……多少は。ですが、一番は三三さんが奏でる音楽です」

「音でそんなことまで分かるんだ。たしかにポーカーフェイスはできても、ポーカー演奏はできないや」

「ふふっ、なんですかポーカー演奏って」


 凪々藻先輩の女神のような微笑みを見たのはすごく久しぶりな気がした。


 文化祭当日の朝、校内の防音室で先輩と二人、最後の合同練習を行っていた。

 ミミはピアノで先輩はバイオリンのデュオを今日のステージで披露する。素人のミミには今の演奏がどれくらいのクオリティなのか分からないから、これを含めて三回の合同練習で事足りるのか分からない。だけど、先輩と一緒に何かをするのが、本番を含めてたった四回しかないというのは本音を言えば物足りなかった。


 本番で披露する三曲の通し稽古が終わる。選曲は明美と幸子に力を借りて、音楽に疎い人でも聴いたことのある最近流行りの曲から選んだ。ちなみに、ミミも先輩も知らないやつだった。


「練習ももう終わりか〜」ミミは満たされない気持ちを思わずぼやいた。

「少しでしたら時間もまだありますので、もう少しなら問題ありませんよ」

「それなら──ううん、やっぱいい。それより先輩、もしかして体調悪い?」

「えっ! ……い、いえ。わたしは大丈夫です。本番も今と同じように、いえ、今以上の演奏をしてみせますよ」

「でも、いつも辛いの隠してるから、先輩の大丈夫は全然信用ならないよ」

「そ、そう言われましても……どう言えば信用してもらえますか?」

「本当のことを言うこと」

「わたしは……嘘なんてついていません。本当に……大丈夫です」

「うーん、分かった。その言葉を信じる」


 ミミもまた内心とは真逆のことを言う。信じてなどいなかった。残念だけど、先輩はミミにも本当の気持ちを話したくないんだと思った。


「先輩はシフトの時間いつ?」ミミは話題を変えることを選んだ。

「クラスのであれば午前中です」


 知ってる。既に調べはついている。そして、ミミの勤務時間もそれに合わせていた。だけど、それを今知ったかのように振舞った。


「同じだ! それならお昼一緒できるね」

「分かりました。時間が合うのであればご一緒しましょう」


 校内に漂う浮かれた空気につられて、ミミもまた似合わず気持ちが舞い上がっていたのだろうか。時間が合うとミミは言い、時間が合えばと先輩が言ったことを気にも止めなかった。






 文化祭のミミのクラスの出し物はメイドカフェである。

 これに決まるまでどうやら一悶着あったらしい。メイドカフェがいい生徒と、たとえごっこ遊びでもそんな格好するのはどうかと考える生徒で対立していたようだ。最終的には可愛い衣装に釣られたとか聞いたが、一切関わってないミミにはどうでもいいことだ。メイド服を着て表に立つ気もさらさらなかった。


 先輩との合同練習を終えて教室に戻ると、普段は質素な部屋がすっかりカフェの姿に様変わりしていた。時が止まったかのように、いつまでも落ち着ける空間──それをコンセプトに食器から食事まで全てをこだわり抜いた本格的なカフェになっている。


「あっ! みーみ、おはよう」明美が人の和の中から手を上げた。その中に幸子の姿もあった。


 明美と幸子はついこの前まではクラスの中で浮いていたのに、今ではすっかり打ち解けている様子だった。ミミと関わる前から浮いていた二人だけど、些細なきっかけさえあれば変われたのかもしれない。そして、ミミがその機会を奪っていたのだ。

 ミミの手から離れていく。それが少しだけ嬉しかった(・・・・・)。ミミにも友達の門出を祝福できる良心が残っていたようだ。


「みーみ、どしたの? 廊下で突っ立って」

「いや、ミミが手がけた教室を眺めてただけ」

「メッチャ分かる。教室をこう見渡すとやっぱスゴいよね。あたしもさっき来た時、我ながらよくここまでやったなって思ったし」


 明美は普段より少し重い扉を指さす。防音の扉まで用意してくれた時は流石にそこまでする! って思ったし──と笑った。


「たった一日で片づけなければならないのは、少しばかりもったいないですよね」幸子はお金の匂いがするのにと残念そうに本音をこぼす。


「ねえ、みーみに見せたいものがあるんだけど」

「どうせろくなものじゃないでしょ」

「ひど〜。みーみの中であたしの扱い何なのさ。きっとメッチャ喜ぶものだからね。ほら、これ!」


 そう言って、明美は水色の衣装をミミに見せびらかしてきた。


「これもメイド服? 別にいいんじゃない。明美が着るにはかなり小さいけど」

「いやいや、これあたしが着るんじゃないし。クラスで一番頑張ってくれたみーみに、みんなからのプレゼント」


 他の女生徒が着る大人っぽいものとは打って変わって、水色を基調としたそのメイド服は胸元に大きなリボンが付いていて、明らかにお子様用に仕立てたデザインであった。


「……」

「可愛いいでしょ。みーみに絶対似合うし。不思議の国のアリスをイメージした感じなんだー」

「ミミをガキ扱いしてる」

「いやいや、全然全くしてないし。今日は一日中これを着てても許される日だからね。先輩にこれ着た姿見せたらメッチャ褒めてくれるよ」

「それが本当なら着てもいいか」

「ホントホント。だって、みーみのために絶対似合うのをデザインしたんだから」


 そこまで言われたんじゃ着るしかない。ミミはその場で着替えようとするが、周りの女子たちに止められてしまった。


「ここ男子もいるから!」

「それもそうだ」

「一緒に更衣室行こう」


 明美に手を引かれてミミは入ったばかりの教室を後にした。


「一応聞いておくけど、これ着て接客しろってことじゃないよな」

「えっ……そんなの当たり前だし。こんな可愛いの着るんなら、お店に立ってもらわないとでしょ」






 文化祭の始まりを告げる校内放送が流れる。店内はさっそく客で賑わっていた。


「いらっしゃっせ……」ミミはやる気のない声で客を迎え入れる。「って、お前かよ」


 普段通りデカい乳をぶら下げてアイラが入店してきた。服の上からでも分かる膨らみこそが本体であるかのように、視線がついつい引き寄せられてしまう。


「他の方々と挨拶が違うではありませんの」

「別にいいだろ、そんなの。ほら、早くこっち来てここ座れ」

「わ、分かりましたから、胸を引っ張らないでくださるかしら」

「それで注文は」

「そうですわね。こちらのセットでお願い致しますわ」

「Aセット一丁! それで、飲み物はどれにするんだ」

「紅茶の……オリジナルブレンドをお願いしますの」

「仕方ないな。淹れてやるから、待て!」

「わんッ……というのは冗談ですわよ」

「こんな所でナニ言ってんだ。今スイッチ持ってないから期待しても無駄だ」


 厨房からティーセットを受け取って、アイラの席に戻る。カップよりずっと高い位置に紅茶の入ったポットを持っていく。


「そのような位置からでは溢してしまいますわ」

「こうして入れると美味しいって動画で見た」

「その真偽はさて置くとして、徐々に高くするのではなく初めからというのは危ないですわ」

「さっきからお前、ご主人様に向かってうるさい」

「こ、ここはメイド喫茶というものではありませんの!」

「店員がメイド(・・・)の格好をしてる喫茶店(・・・)だ。それにミミがこんなことで失敗するわけないだろ。それとも、わざと失敗してびしょ濡れにしてほしいって要望か」

「そ、それも悪くありませんわね」アイラはミミにだけ聞こえる小声で答える。

「お前がいくら大変な変態でも構わないけど火傷はやめておけ」


 カップの位置に液体の落下点を合わせてミミは危なげもなく紅茶を注いだ。


 そんなこんなで投げやりな接客をアイラ以外にもやっていると、どういうわけか好評となり噂を聞いて訪れる客が増えてしまった。こんなので喜ぶなんて、金持ちには変態が多いのかもしれない。


「あっ! みーみ、お疲れさま」次のシフトに組まれている明美が教室に戻ってきた。「メッチャ頑張ってくれたって聞いたし。まだ少し早いけど交代する?」

「する。今すぐする」

「りょ〜。裏方にさっちんいるよね? あたしから伝えておくし」


 ようやくメイド業から開放されたミミは真っ先に先輩の教室へ向かうことにした。






「三星さんはもういないよ。体調が優れないと言って、ボクと交代したんだ」


 凪々藻先輩の教室の前で受付をしている男がそう言った。


「じゃあ、今はどこにいる?」

「さあ……。体調不良なら保健室じゃないかな」


 よりによって保健室か。あそこは少し寄りにくい。千鶴さんと会うことをミミは避けていた。

 千鶴さんとは気持ちを終わらせるよう言われた日から会っていない。当然仕事で連絡や指示を受けることはあったが、事務的なもので会話とは呼べない。


「保健室ね。分かった」

「あっ! 待って。き、君の演奏、聴きに行くよ。色々と言われてるみたいだけど、気にする必要はないから。まあ、言われるまでもないことか」

「ん? お前、どうしてミミのことを知ってるんだ?」

「えぇ……。ボクまた忘れられてる? 実行委員で一緒だったじゃないか」

「いや、知らない」

「だから、ほら……本当は深田だけど──浅田だよ。前に君が奴隷にした」

「えっ、お前なに気持ち悪いこと言ってるの」

「本当にボクは自分で何を言ってるんだぁ〜」


 頭を抱える変な男を置いて、ミミは急いで保健室へ向かった。しかし、先輩を見つけることはできなかった。

 凪々藻先輩とお昼を一緒にして、ミミたちの演奏の時間までは二人で一緒に校内を回ろうと思ってたのに。そして、保健室以外の休めそうな場所をくまなく探し回るが、一向に先輩を見つけることはできなかった。


「先輩、どこに行ったんだろう……」


 先輩を求めて校内を走り回ること数時間、もうすっかり空は暗くなっていた。もうそろそろミミたちの演奏の時間であるため、控室に行かなくちゃいけない。それに、先輩が既に来ている可能性だってあるのだから。


「三三さん、お疲れさまです」案の定、先輩は既に控室で待機していた。

「凪々藻先輩! 今までどこいたの。ずっと探してたのに」

「すみません。急な仕事が入って学校を離れてました」

「体調が悪いからって受付代わってもらったって聞いたけど本当に大丈夫?」

「昨日が忙しかったので疲れが少々出てしまいましたが、十五分ほど仮眠を取ったのでもう大丈夫です」

「やっぱり朝の時点では大丈夫じゃなかったってことだ。先輩の大丈夫はちっとも信用できない。時間まで今から何もしなくていいから座って休んでて」

「わ、分かりました」


 それからほどなくして、実行委員がミミたちを呼びに来る。ミミと先輩が舞台に上がる時間だ。


 先輩のバイオリンはミミが代わりに持ってステージへ向かう。舞台の向こうから大きな拍手が響いてきた。ミミたちの一つ前の演者たちに向けたものだろう。そして、拍手が鳴り止み暗幕が降りる。スタッフが機材を入れ替えてミミはピアノの椅子に座り、その背中で先輩はバイオリンを構える。


「楽しみましょう」そう言った先輩の笑顔はほんの少しだけ無理をしているように見えた。


 暗幕が上がる。これよりミミと凪々藻先輩のピアノ&バイオリンデュオが始まる。


 会場の空気は非常に悪かった。叫んだりして妨害するような輩はいないが、ほとんどの生徒がミミのことを歓迎していないのが伝わる。その理由は明白だ。皆が先輩の演奏を期待しているからである。だけど、メインの奏者はあくまでミミだった。

 ぽっと出のミミには誰も興味がない。ミミが一人で舞台に立つなら誰も咎めはしないのだろうが、先輩を差し置いて演奏するというのが気に食わないのだろう。

 同じクラスの者からは気にしなくていいと言われたが、ミミは端から気にしていない。それに、ミミがもしも逆の立場だったなら、裏で色々と働きかけて演奏を中止に追い込むと思うから気持ちは理解できた。

 先輩と一緒に一つのことをできる──それさえできれば目的は果たせたと言えるのだから、他人の意見なんて何一つ関係なかった。


 後ろを振り向いて先輩と視線を合わせる。お互いに頷き合って演奏は始まった。


 途端に会場の空気が塗り替わる。楽しい──ミミは先輩と音色を合わせることに夢中になっていた。もしかしたら、息をすることも心臓を動かすことさえ忘れていたかもしれない。現実にそんなことはありえないけど、そう思うくらいミミはピアノを弾くこと以外の一切を忘却の彼方へ置いてきていた。


 三曲を披露し終えるまでの約十分が永遠に続きますように──誰にも叶えることのできない願いを神様に唱えるのはいつ以来だろう。もう記憶にはないけど、きっとまだ誰も人を殺めたことがなかった時代まで遡る気がした。


 三曲目の演奏が終わり拍手喝采に包まれる。先輩のいる後ろを振り向いた途端、ミミは椅子を蹴とばして先輩に駆け寄った。


「センパイッ、危ない!」


 先輩の手からバイオリンが離れていく。倒れそうになる先輩をミミは咄嗟に抱きとめた。






 千鶴さんは凪々藻先輩の症状を貧血だと言った。点滴を打って安静していれば問題ないと告げ、ミミに気を利かせて先輩と二人きりにしてくれた。

 花火はもう既に始まっていた。保健室からでは音しか聞こえないし先輩も未だ眠っている。


「あ~あ、予定が全部狂っちゃった」


 無防備な先輩を襲っても許されるだろうかと邪な気持ちが湧き上がる。だけど、先輩を傷つけるようなことはしない。だって、それが好きってことだと思うから。


 先輩が目を覚ましたのは花火が終わり、文化祭の終了を告げる放送が入った後のことだった。


「三三さん……こんな暗い時間まで申し訳ありません」


 目を覚ました先輩はベッドの上で上半身を起こす。その体は触れたら今にも壊れてしまいそうなくらい、ほっそりとしているように見えた。


「凪々藻先輩……体調はどう?」

「大丈夫……とは言えませんが、先ほどよりはずっと疲れが引いています」

「無理してるなら言ってくれればよかったのに。ミミとの演奏がなければ、今日だって学校に来るつもりなかったんでしょ。正直に話してよ」

「そう……ですね。はい、欠席する予定でした」

「倒れるまでミミのわがままに付き合う必要なんてないのに。どうして、先輩はミミのためにそこまでしてくれるの?」

「どうして……と言われましても。友だちだから、でしょうか。いえ、深く考えたことはありませんでしたが…………………………ああ、きっと──」


 先輩は何かに気づく。だけど、気づいたそれが何だったのかは話してくれなかった。


「ねえ、先輩。体調が大丈夫そうなら付き合ってほしい所があるんだけど」


 ミミは保健室に置いてある車椅子を指差して、あれで連れていくからと言った。


「分かりました。では、お言葉に甘えさせてください」

「やった!」


 ミミは先輩を車椅子に座らせて、当初の予定通り花火のベストスポットに連れていった。もちろん、花火はもうとっくに終わっている。


「ここは……あの場所ですね」


 そう言った時の先輩の表情は何を物語っていたのだろう。暗い廊下でも夜目が利くミミであったけど、見えたからといって分かるものでもなかった。


「ミミが初めて先輩と会った場所」


 そして、先輩がミミにビンタした場所でもあり、ミミが先輩に恋した場所でもある。


「先輩と音合わせるの、すごい楽しかった。今までの人生で一番楽しかったかもしれない」


 それは大げさでもなく、ミミの本心だった。


「それなら頑張った甲斐がありました。わたしも楽しかったですよ」

「先輩と出会ってから、ミミは色んなことを知ることができた。きっと、いい方向に変わることができたと思う」

「数か月前の三三さんに、文化祭の準備でクラスから頼られる三三さんの姿を見せたら驚くかもしれませんね」

「驚くどころかあいつはミミの皮を被った偽物だって、皮を剥ぎにいくよ」

「ふふっ。何ですか、それ。まあ、でも……わたしは今の三三さんの方が好きですよ。言うのを忘れていましたが、そのメイド服……になるのでしょうか? それを着る三三さんもとても可愛らしくて素敵です」

「やったー! 嬉しい。これね、明美がミミのためにデザインしてくれたんだって」

「藤崎さんはセンスのある方だと思っていましたが、そのようなことまでできてしまうのですね」

「実際に作ったのは幸子率いる服飾チームだけどね。あっ、話ズレちゃった。えっと……先輩をここに連れてきたのには理由があって……えっとね……」

「はい」

「先輩に伝えたいことがあるんだ」


 ミミの機械仕掛けの心臓がさっきからおかしい。大事な時に故障したのかな。それとも、これが告白するの時の緊張ってやつなのかな。ここからどうすればいいんだろう。だけど、予定していたシチュエーションはもうないのだから、話の流れとかムードとか、そういうのを一切無視して切り出すしか思いつかなかった。


 ミミは大きく深呼吸してから本心を告げた。


「ミミは……凪々藻先輩のことが──好きです。だ、だから……ミミと付き合ってほしい……です」


 先輩の返事が早かったのは、ミミが何を言おうとしているのか察して、どう答えるか予め考えていたからなのだろうか。


「──ごめんなさい。その気持ちはとても嬉しいですが、三三さんとはお付き合いできません」

「そっか。……そう、だよね」


 何かが込み上げてくるのをミミは必死に押さえようとする。


「付き合えない理由ってミミが女だから? ミミの体じゃ、先輩の子どもを生んであげることができないから?」

「決して、そのような理由ではありません。わたしにとって魅力的と感じる方が目の前にいるとして、それを性別で隔ててしまうのはもったいないことだと思います」

「それじゃあ、やっぱりミミが人殺し(・・・)だからだ」

「むしろ、その逆です。三三さんはやはりまだ正道へ戻れるはずなんです。今日のあなたのまぶしい姿を見て、わたしはそう思いました。ですが、わたしはやはり邪道に進むしかありません」

「全然分からない。ミミは正道に戻るつもりなんかない。それに先輩はミミの手がまだ汚れてないって言ったけど、この場所でのことを忘れたの? たしかに数々の殺人は上の指示に従っただけかもしれない。だけど、この学校で一人の生徒を自殺に追い込んだのはミミの意志だ」


 ミミの手が汚れてないなんてことは決してない。正道に戻れるなんて望んではいけない。──ミミは感情を表に出して続けた。


「先輩が正道に進むなら邪道を進むミミとは相容れないかもしれない。だけど、邪道を進むならミミは先輩とずっと一緒にいたい。先輩のことを一生そばで支えたいよ」


 先輩はそれに対して何も答えなかった。


「三三さんのその気持ちは初恋、なのでしょうか?」

「うん。ミミは生まれて初めて誰かに恋した。誰かを好きになった。その相手が凪々藻先輩なんだ」

「それなら教えてあげます。三三さんのその初恋(・・)は──()ではありません」


 ミミの凪々藻先輩を想うこの初恋は恋じゃない?


「それって……どういうこと?」

「人が、いえ、生き物が初めて好きになる相手は誰だと思いますか?」

「そんなの、人それぞれでしょ」

「いえ、大抵の場合は親なのです。相手の人となりなんて分からないにも関わらず、無条件で全幅の信頼を寄せてしまうのです」

「ミミはそんなの知らない。ミミの記憶の中で、親なんて呼べる存在なんていないから」

「だからこそ、三三さんはわたしに親という存在を重ねているのです。頬を叩かれて芽生えた感情、それは親が子を叱る愛情と重ねたものではありませんか」

「そう……だったんだ……」

「保健室で、どうしてそこまでしてくれるのかと尋ねましたね。わたしもまた、三三さんをまるで自分の子どもであるかのように思っていたことに先ほど気づかされました」


 ミミの中で何かが込み上げてくる。押さえても押さえても、それを留めることはできなかった。


「うわぁぁぁぁぁぁ~~~!!! えええ~~~ん!!!」それは涙だった。感情にブレーキをかけず、声を出して思い切り泣いていた。「ミミと……先輩との関係はグスッ、振られちゃったからッ、これまで通りには戻れないの?」

「そうですね。元には戻れないかもしれません。だって、わたしたちの関係は今まで歪だったのですから。だけど、関係が切れるなんてことも決してありません。これまで通り、いえ。むしろこれまで以上にお友達の関係として深めていけるのではないでしょうか」


 先輩の膝元に泣き顔を押し付けて、ミミは涙が枯れるまでずっと赤子のように泣き続けた。


 ミミの初恋は、ミミと凪々藻先輩との親子関係はこうして幕を閉じたのだった。

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