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五幕 めいど・ふぉー・わん・あなざー

 ミミはどうしてモブたちを助けに行くことを渋ったのだろう。


 最初はその発想がなかったのは事実だ。先輩が危険を顧みずに向かおうとすることも理解できなかった。だけど、そもそも理解なんてする必要があったのだろうか。


 大好きな先輩の頼みであればミミは何だってしてあげたいと思うはずだ。助けに向かうその対象が見ず知らずの人間だったなら、何も考えることはなかったのかもしれない。


 だけど、誘拐されたのがミミの数少ない知人であるモブたちだったからこそ、ミミは余計なことを考えてしまったと言うのだろうか。


「それが友達ってことなのかな……」


 答えの分からない問には首を振って、千鶴さんから送られてきた誘拐犯の居場所を示す地図に従って急いだ。


 目的地に到着したミミはまず敵の位置を把握する。


 地図の示す場所に敵のアジトがあるのかと思ったが、そこはただの茂みでしかなかった。

 敵の数はたったの六人。それぞれ拳銃の所持あり。

 それと、モブ子は諦めたように静かだけど多分まだ生きてる。モブ美は鼻水垂らして唸ってるから生きてはいるとして、もしかしたら汚い男たちに既におファックされたのかもしれない。


 こういう場合、まずは人数を減らすのが基本だ。もちろん、今回も基本に忠実に行くとする。

 ミミの存在に気づかれず数を減らすなら、少人数をおびき寄せるのがいい。


 ミミは数本ある筒状の打ち上げ花火に火を付けてその場を離れる。

 この花火は先輩の別荘から出立するタイミングでちょうど帰ってきた執事の女性から貰ったものだ。少し細工を施してあるけど。


 数秒後、大きな破裂音が辺りに響き渡る。奴らにとってその音は、ともすれば銃声のようにも聞こえたことだろう。


 誘拐犯たちが慌てる姿をただじっと眺める。過程はどうだっていい。罠に掛かるのを待つだけだった。


 ただ、モブ美もまた花火の音に恐怖してロープで塞がれた口から悲鳴をこぼす。表情や呼吸の仕方からして、あれは完全にパニック状態だ。


「落ち着け、お前ら。テメェもうるせえんだよ」


 リーダー格の男がモブ美を殴りつけた。モブ美は地面に倒れ、起き上がることなく恐怖のあまり体が痙攣していた。


「これは火薬の音だが銃じゃねえ。だが、近くに誰かがいるってことだ。そこの二人、探してこい」


 花火の音が銃声ではないと見抜いたリーダー格の男が部下に指示を出す。

 冷静になれば聞き誤るなんてしないのだから見抜かれるのは構わない。本命はあくまで分断させることなのだから。


「見つけたらどうしますか? ボス」

「金持ちの嬢ちゃん二人いれば十分だ。殺せ」


 ミミを探しに来た男二人がミミの潜む茂みの前を通り過ぎた瞬間、ミミは鋭く尖ったドライバーを両手に持って背後から迫る。


 叫び声を上げる猶予すら与えず、二人を仲良く殺してあげた。


「お前ら二人は友達?」

「…………」


 当たり前だけど死体から答えが返ってくることはなかった。


「どっちでもいいや」


 並んで倒れる二人の離れ離れになった手を足で蹴って重ねる。これで寂しくないはずだ。しかし、友達というものを自分一人で考えてこうしてはみたものの、あまりしっくり来なかった。


 もうそろそろ次の罠が働く時間だ。さっさとこの場を離れて準備しよう。そして、時間差で二発目の打ち上げ花火の音が鳴り響く。一発目とは別の方向からだ。


「おい。ネズミは見つかったのか。おい! ……どこまで探しに行ってんだよ。使えねえな」


 リーダー格の男が別の二人を探しに向かわせる。


 あとは一回目と同じだった。集団から離れたところを背後から忍び寄って仕留める。ただそれだけである。


 これで残るは二人となった。モブ美を囚えているリーダー格の男と、木にもたれかかってじっと動かないモブ子の横で待機する大柄な男だ。


 どっちを先に殺すのでも容易さに差はないが、リーダーを後に残す方が面白さは上だ。


 大柄な男との距離を詰める。リーダー格の男の位置からではデカ物の影に隠れてミミの姿は見えない。


 急接近にいち早く気がついたデカ物がミミの服を掴もうとするけどそうはさせない。これは先輩のために買ったものだから、汚い男の手が触れていい代物じゃないのだ。


 ミミはドライバーでデカ物の足の靱帯を狙って跪かせる。立ったままでは急所が届かないから、頭の高いそのご尊顔を手元まで近づける必要があった。そして、流れ作業のようにまた一つの命を奪う。


 ドンッ──今度は本物の銃声だった。


 リーダー格の男が拳銃を構える姿は視界の端で捉えていた。デカ物の死体を盾にして銃弾をかわす。


 すぐ横で何を考えているのか分からない顔のまま固まるモブ子と目が合う。


「さっさとあいつから隠れろ。そんな所にいたら撃たれるぞ」


 モブ子が立ち上がると同時に、ミミもまたデカ物の影から飛び出して残る一人の男に詰め寄る。


「それ以上、動くな! こいつの頭を撃ち抜くぞ」


 男がモブ美の頭に銃口を突きつける。人質に使われたんじゃ従わざるを得ない。


「ンーッ、ンーーッ!」


 モブ美の口はロープで塞がれていて、何を訴えようと叫んでいるのか分からなかった。


「お前は何もんなんだよ!」

「ミミは……あっ、間違えた。私は通りすがりの美少女」

「ンーッ、プハ! みーみ、来じゃダメェ! ごろざれじゃう──」


 モブ美の口を塞いでいたロープが解けて、ぐしゃぐしゃの顔で叫んだ。


「テメェは黙れや!」


 男は脅す目的で銃をモブ美の目の前で撃つ。


「お前はこいつの知り合いのようだな。その腕があるなら、お前一人で来たのも頷ける」

「というかさ。さっきからお前なんなの。野郎が喋っていいなんていつ許可した? それにお前の口、臭いんだよ」

「はぁ? この距離で分かるわけねぇだろ。舐めてんのか」

「うわっ、くっさ! 臭すぎて分かりたくないのに分かるから言ってるんだけど」

「お前……俺は毎回青いので口ゆすいでるつーの!」

「ミミは紫だけど。青って……ぷぷっー」

「さっきから殺されてぇのか──」


 男は叫びながら銃口をミミに向けて引き金を引く。男は不意をついて撃ったつもりなのかもしれないが、撃つ直前に肩が強ばるのが見えていたから銃弾を避けるのはたやすかった。


「どうして当たらねえ!」

「撃とうとしてるのが見え見えだから。二丁使って連射されれば、流石に避けられなかったかもしれない」

「まあ、いい。こっちには人質がいる。それ以上は近づくんじゃねえぞ」


 男はモブ美を立ち上がらせて、逃げられないよう首に腕をまわす。


 さて、どうしたものか。ミミが負けることは万に一つもない。だけど、モブ美を生きて奪還することが勝利条件だとするなら、正直に言ってしまえば打つ手がなかった。もちろん、このクソ野郎が隙を見せれば話は別だけど。


 ミミは普段から拳銃を滅多に使うことはない。理由は銃声がうるさ過ぎてスマートじゃないこと。ただそれだけだ。むしろ狙った所に当てるのは得意である。

 しかし、今この瞬間に限っては離れた所からでも無力化できる飛び道具はあった方がよかった。まあ、仕事でなく私的に動いているだけだから拳銃なんて持ってきていないけど。いや、殺した敵が所持していた物を拝借すればよかったのか。


「……」

「素直でよろしい。さて、交換条件だ。この女を返す代わりに俺を見逃せ」

「怪我一つない状態で返ってくるのか。死んでるんじゃ意味がない」

「それはお前の返答次第だ。答えを渋れば何かを企んでると見なして──」


 そう言いながら、男はモブ美の足元に銃口を向けて一発撃つ。放たれた銃弾はつま先のわずか数センチ手前に埋まっていた。


「いやぁぁぁああああああ。嫌だ、嫌だよ……あああああああああ~~~~~~」


 狂ったように泣き叫ぶモブ美の股から染みが広がっていった。


「あぁぁぁ……ぁぁぁぁぁぁ……」

「ははっ、こいつ漏らしやがったぞ。傑作だな。ビッチみたいな身なりして、人前でションベンすんのなんて慣れてるんだろ」

「…………ぞんなの……ないもん……」

「嘘はよくねえな。それとも処女だっていうのか? あっ?」


 銃を無駄撃ちした時もそうだし、今もこうやって無駄話を始めるアホはド三流だ。本来なら、この一瞬を突いて男を無力化することは可能だ。しかし、モブ美が処女かどうか気になってしまって、ミミはあえて動かなかった。


「……しょ……しょじょだもん……グスッ」

「はーん、そうだったのか。そりゃ、傷物にするのは惜しいな。しかし、あのガキに返すのも惜しい。お前は俺の女になれ」


 なんだ、この男は。バカなのか。モブ美をどうしてこのクソ野郎にやらなくちゃいけないんだ。


 その時、ミミはあることに気づく。しかし、それを表情から悟られてはいけない。それよりも、あいつ(・・・)は何をやろうとしているんだ。手に持つ物を見れば何かなんていうのは明白だから別に理解できないという意味ではない。


「お前、何を言ってるんだよ。見逃す代わりに返すと提案したのはお前だろ。それとも、選べる立場にあると思っているのか」


 ミミは低い声で喋りながら、ゆっくりと脅すような足取りで男の方へ近づいていく。男はミミに向けて銃を数発撃つけど、それがミミに当たることはなかった。


「おいおい、真に受けるんじゃねえよ。それ以上、近づいてみろ。この女の脳天をこいつがファックするぞ」


 男は再び拳銃をいやらしい手つきでモブ美の頭に突きつけた。


 その次の瞬間、銃声が森の中で嫌に反響して鳴り響いた。バサバサと音を立てて逃げていく動物の音が耳につく。何が起きたのかミミにはその一部始終が見えていた。だけど、それでも起きたことは予想外の出来事だったと言わざるを得ない。


 男は前かがみに倒れていく。その背後から姿を表したのは想像以上の反動によって尻もちをつくモブ子の姿だった。


「あぁ……ぁ……ぁ……」


 モブ子の震える両腕には黒い鉄の塊があった。今まで触れたことさえなかったであろうその凶器の重圧に耐え切れず、モブ子の指は硬直したまま引き金から離すことができなくなっている。


 一番初めに動いたのはモブ美の方だ。とはいっても、自分の意思で動いたのではなく力が抜けて地面に腰をついただけだった。


 ミミは男が持っていた拳銃を取り上げる。それからモブ子の固まった指にそっと触れた。


「安心していい。このクソ野郎はまだ生きてるから」


 本来なら死んでいる方が安心できるはずなのにミミの言っていることは意味が分からない。自分の言葉に戸惑いながら、モブ子の手から拳銃を引き離した。


「ほら、立てよ。生きてるんだろ。約束通り逃がしてあげる」


 男の脇腹に蹴りを入れる。生きていると口で言っても、動いているところをモブ子に見せなければ信じてもらえないだろうと思ったのだ。それに、放って置けば出血多量で死ぬのは目に見えていた。


 男はゆっくりと立ち上がり、情けない声を発しながらこの場を離れていく。


 ミミは拳銃を男の後ろ姿に向けて引き金を引いた。男の脳天から血しぶきが飛び散り、糸が途切れたように力なく崩れ落ちた。この距離なら当たり所が良ければ生きている可能性もあるけど、残念ながらミミはそんなヘマをしない。


「あああぁぁぁん。みーみ、怖かったよぉぉぉ……」

「グスッ……ヒックッ……うぅぅぅ……」


 モブたちがそれぞれ泣き出してミミの足元にまとわりついてくる。だけど、今はこいつらの好きにさせた。


「……なにこれ……」


 ミミの頬に何かが触れているような感触がして、その何かを手で拭ってみる。それは色のない液体だった。


「しょっぱい……」


 その正体は考察するまでもなく涙だ。


 そうか、この二人は無事に助かったんだ──自分が助けたというのに、ミミはその事実を改めて認識した。そして、ミミの心臓がホッと一息ついて緊張状態が解けていることに気づく。端的に言えば、ミミは安心していた。


 大切なモノは失ってから初めて気づくというありきたりなフレーズがある。その言葉は自分にとって何が大切なのかを取り返しのつかなくなる前に考えましょうという意味が込められている。そんなことは感覚的に誰でも分かっていることなのだろう。

 だけど、ミミはその当たり前のことすら分かっていなかったのかもしれない。


「ミミのスカート貸してあげるから、そのオシッコまみれのパンツと下着を脱いで」

「でも……ぞじだら……みーみがパンツになっじゃうし」

「ミミはそれも結構好きだから構わない」

「わがった……」


 ミミは二人の手を引いて、心配して待つ凪々藻先輩のいる別荘へゆっくりとした足取りで帰るのだった。






 別荘の玄関前で凪々藻先輩は待ってくれていた。ミミたちの姿を見つけるなり、先輩が駆け寄ってきて、ミミのことを抱きしめてくれる。


「三三さん! それに藤崎さんも中台さんも……無事で本当によかったです」

「誰も体の怪我はしてないよ。それと、オシッコで汚れた服の代わりにミミのスカート貸してるから着替えがほしい。あとお風呂も」

「はい。どちらも用意してありますので、こちらへどうぞ」


 先輩の案内でミミたちはお風呂に向かい、体を休めることにした。

 本当は二人だけをお風呂に入れるつもりだった。別にミミは汚れてないから必要ないのだ。


「三三さんも一緒に入ってきてはどうですか?」


 お風呂に入る準備を始めないミミを見て先輩が提案する。


「ミミは汚してないから必要ない」

「そう言わず、せっかくですので。わたしも一緒に入りますから」

「それなら入る!」

「それでは中台さんたちと一緒に入っていてください。わたしは別の準備がありますので後から向かいます」


 お風呂は優に十人以上は入れる広さだった。露天風呂ではないけど二面の壁が全てガラス張りになっていて、仕切りに囲まれたよくある露天風呂よりむしろ開放感がある。


 湯船に浸かる前に体を洗う時、ミミは離れた所にあるシャワーを使うことにした。

 二人はミミが人を殺す姿を間近で見てしまった。そんな二人がミミをどう思っているのか分からない。むしろミミの姿を見て、先ほどの恐怖を思い出してしまうかもしれないと思ったからだ。


 さっさと体を洗って、ミミは一番に湯船へと向かう。端の方で窓の外を眺めながらじっとしていた。


 浜辺の方に人影が見える。多分、あのデカ乳のシルエットはおっぱい星人のものだ。やっぱり、あの変態は全裸になって浜辺を徘徊していたんだ。


 どうでもいいものを眺めていると、二人がタオルで前を隠しながらこちらに向かってくる。


「みーみ……まだお礼言ってなかった……よね。……ありがとう」

「僕も……助けてくれて、本当にありがとうございます」

「……うん。別に、先輩のお願いだから」


 凪々藻先輩の依頼で助けに向かったのは事実だけど、それだけではないことをミミはもう分かっていた。


「ミミにはもう……関わらなくていいよ」

「ど……どうしてそんな悲しいこと言うし!」

「そんなの、だって普通なら怖いでしょ。ミミが人を殺したの、あれが初めてなんかじゃない。多分、数で言ったら学校の全校生徒よりも多いかな。でも、ミミは他人を殺しても何も感じない人間だから」


 ミミはお湯から立ち上がりながら最後にこう付け加えた。


「ミミみたいのを──サイコパスって言うらしい」


 その時、明美がミミに向かって飛び込んできた。勢いよく湯船に腰をついて、明美の体を受け止める。


「何をす──」

「怖くなんてない! みーみは可愛いし、優しいし、面白いし。怒るとちょっと怖いけど……でも、それだけだし。みーみはあたしの親友なんだから……グスッ」


 明美は早口でまくし立てるように言いながら、最後には涙で濡らした顔をミミの肩に押し付ける。


 明美に力いっぱい抱きしめられて、肌に当たるおっぱいと乳首の感触を味わうだけの余裕がミミにはあった。


 どうすればいいか困って隣りに立つ幸子を見上げる。しかし、幸子もまた膝をついてミミたちを離さないように包容してきた。


「森の中で三三さんが最後ああしたのは僕のためですよね。そんな優しい三三さんを怖がるなんてありえませんよ」


 二人とはもうこれまでと同じ関係じゃいられないと思っていた。でも、それは杞憂でしかなかった。

 その嬉しい現実を知った時、目頭の辺りがのぼせたように暑くなるのを感じた。


「うがぁぁぁあああああああああ!!!」


 ミミはお腹から叫び声を上げて、まとわりつく全てを引っ剥がすように思い切り立ち上がる。


「みーみ、どうしたの!」

「……明美も幸子も……これからも、友達でいてあげるッ」


 途端に恥ずかしくなって思わず二人から顔を背ける。


「さっちん、今聞いた。みーみの口から明美と幸子だってよ! メッチャ嬉しいんだけど」

「はい! モブ呼びではなくなっていますね」

「てか、みーみ。顔赤くなってるし〜」

「うるさい! 凪々藻先輩の裸を想像して興奮しただけだ」


 ミミがそう言ったちょうどその時、脱衣所に繋がる扉が開かれていて、タオルを自身の体に押し付けて恥ずかしそうにする先輩の姿があった。


「あっ! せ、せんぱい! 今のは違うんだ。明美、お前のせいだぞ」


 明美の上に覆いかぶさって、おっぱいを揉みしだいてやった。


「ちょ、ちょっと。あはは、そういうのは……や、やめるし」






 凪々藻先輩が体を洗って湯船に来る頃にはミミたちは落ち着いていた。


 ミミは湯船に浸かる先輩の膝の上にさり気なく移動する。先輩はそれを受け入れてくれた。


「このような場所でするのは不適切かとも思いますが、まずは怖い思いをさせてしまったこと深く謝罪いたします。藤崎さんと中台さんの親御さんにはあったことをお伝えしました」


 先輩が明美たちに頭を下げる。


「無事であることも今しがたお伝えしてきましたが、お風呂から上がりましたらお二人の方から声を聞かせてあげて下さい」

「あっ、はい。分かりました」

「それと、時間は遅くなってしまいますが、お風呂から上がりましたら皆さんを自宅まで責任を持ってお送りいたします」

「いや……ちょっと待って、ください。あたしは別に平気です。このまま予定通り明日までみんなと一緒にいたいです」


 明美が何を慌てる必要があるのか大きな声で反対した。


「はい、僕もこのまま予定通りに皆さんと一緒にいたいです」


 幸子もまた明美の反論に同調する。


「そうですか……分かりました。ですが、親御さんの許可を得られない場合、親御さんの指示を優先いたします」

「あたしたちの方から説得するから大丈夫だし……です」

「直接言えば、反対されることはないと思います」


 幸子の言葉を話半分で聞きながら、誰かが脱衣所からやってくる気配を感じ取る。


「あら……皆さん。こんな所にいらしたのですか」


 空気を読まずに登場したのは服を着たおっぱい星人だった。


「わたくしには声をかけず、皆さんだけで入浴して。まあ、わたくしは一人で入りたいと思っていましたので、別に構いませんが」


 言いたい事だけを言い残して、おっぱい星人は浴室からさっさと立ち去った。


「えーと、朱雀院先輩にはさっきあったこと、話さないようにお願いしたいです」


 明美が苦笑いを浮かべながら提案する。何も知らないあいつの能天気さもまた二人には必要な要素なのかもしれない。


「分かりました。ふぅ……わたし、あまり長風呂は得意ではありませんのでお先に失礼しますね」


 先輩の肌はのぼせたように赤みがかっていて、ふらついた顔がミミの頭にぶつかる。


「え〜、もう上がっちゃうの。それならミミの背中をゴシゴシして」

「はい。いいですよ」

「やったー」

「それじゃ、あたしたちはもう少しここにいるし」


 明美がミミに目配せをする。先輩と二人にしてくれるという意味だろう。


 大浴場の死角にいくつものシャワーが並んで設置されている。そこで前後に並べたバスチェアの手前側に腰を下ろした。


 背中から伸びた先輩の手がシャワーヘッドを取ろうとした時、キスできるくらいの距離に顔があって、加えてミミの背中に胸が押し付けられるから思わずニヤけてしまった。


「まずは頭から流しますね」


 先輩は温かいシャワーをミミの髪の先端からゆっくりと当てていく。それからシャンプーを使って、物足りないくらいの力で頭皮をマッサージしてくれた。


「三三さん、お二人を助けていただきありがとうございます」

「ううん、お礼を言うのはこっちの方」

「ですが……。いくら三三さんがお強いと言っても、一人で危険な場所に向かわせたことに変わりはありませんので。わたしはただ指示をするだけで……わたし自身は何もできないんだなと……改めて実感しました」


 鏡越しに映る先輩の表情に陰りが見える。絵になるその顔をミミは何回か見たことがあった。

 先輩は何を考えているのだろう。何を抱えているのだろう。疑問を口にしたい欲求はあるけれど、今はまだそうするべきじゃない気がした。


「ミミにとっては別に危なくなかった。一人の方が動きやすいし。……先輩が喜んでくれるならそれだけで嬉しい。それに、先輩が命令してくれなかったら、明美も幸子も死んでたかもしれないから」

「分らないと言っていたことが、三三さんの中で消化できたのですね」

「何となくだけど」

「わたしも含めて、ほとんどの人が何となくの理解しか持ち合わせていないものです」

「こんなのでいいんだ……」


 友達の定義ってなに──その答え合わせを先輩にすることができた。


 先輩に全身を隅々まで洗ってもらって、脱衣所では髪をドライヤーと櫛で梳かしてもらう。これだけで先輩の依頼に対する報酬はお釣りがくるくらい十分すぎるものである。






 ミミたちは当初の予定通り、先輩の別荘でお泊まりすることとなった。

 明美と幸子が親とどんなやり取りをしたのか詳しくは知らないけど、心配する親に無理を言って外泊の許可を勝ち取ったらしい。


 二人は度々ミミの恋路に協力すると言っていた。旅行を中止にすれば、ミミが先輩と一緒に居られる時間を自分たちのせいで奪ってしまう。それを避けたかったと考えているのだろう。


 だけど、トラウマの可能性を思えば、ミミは別に旅行が中止になっても仕方ないと考えていた。

 二人はトラウマというものを理解していない。今は助かったという安心感で恐怖が薄れている。でも、もしもあの出来事がトラウマとなっていたなら、恐怖はふとした拍子に訪れる。

 例えば、布団の中で一人になった時。男が近くにいる時……。トラウマを呼び起こす条件はまちまちだけど。

 あの時の状況から考えて、特に心配なのは取り乱していた明美の方だった。


「花火は中止にしましょう」

「それなら、みんなでパジャマパーティーするでしょ」


 二人を建物の外に出すべきではないという先輩の判断と明美の新案でこれからすることが決定する。

 まずは先輩の持っている何着ものパジャマをみんなで選んだ。オシャレに目覚めたミミも素直に色々と試着してみたけど、結局は明美の着せ替え人形にされた気がする。

 それから、みんなの布団を一つになるようにくっつけて並べる。


 下心も魂胆もなく友達と下らない話をしたのはこれが初めてかもしれない。いや、下らないなんて言うけど、本当に下らないと思っているわけではなかった。


「せんぱい……あれ? せんぱい? もう寝ちゃった?」

「………………いえ…………おきてます」


 先輩の声は明らかに眠りに落ちる寸前のものであった。これはチャンスかもしれない。


「それなら、先輩の布団に入っていい?」

「……はい」


 先輩の思考の挿まない許可をもらえたことだし、ミミはすぐ隣にある先輩の布団に潜り込んだ。


 それから時間が経過し日付が一つ繰り上がる。しかし、ミミはまだ眠りにつくことはない。浅く眠ることしかできないミミは、寝入ったとしても周りで誰かが動いていると絶対に目を覚ましてしまうのだ。


 最初は明美の微かな嗚咽が聞こえてきたのである。数時間前の恐怖が蘇ったのだろう。それから、幸子が布団をガサガサと動かす音がした。少しして明美が泣き止むと、二人のくぐもった声が聞こえてきた。どうやら二人の仲は吊り橋効果で進展したようだ。


 いやらしい音を聞いていたらミミまで濡れてきてしまった。あまり大胆に動くと二人に起きているのがバレてしまうから、自分の手でオナニーすることはできない。だけど、先輩がすぐ目の前にいて我慢できる状況でもなかった。

 仕事で培った音を立てずに動く技術を駆使して腰を上下する。先輩の腰の辺りにミミの気持ちのいい所を擦りつけて幸せな一晩を過ごしたのだった。

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