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四幕 べすと・ふれんど・ふぉーえばー

 あたしとさっちんの二人だけ、別荘の近くにある暗い森の中を歩いていた。


 遊歩道と呼べるものではないかもしれないけど、人の手が入っていて歩きやすくなっている。ここを道なりに進んで行くと開けた場所にたどり着くのは昼の明るい内に確認済みだった。


 その場所からは海を見渡すことができるんだけど、暗くなった時間帯の眺めはお昼とはまた違ったものになるんじゃないかと期待している。

 神社とかがあればもっと肝試しっぽくなるんだけど、今向かっている所もそれはそれで良い感じだと思う。


 しかし、たった二人でやる肝試しって楽しいのだろうか。普段からリアクションの薄い相方は夜の森でも全然怖がる素振りを見せなかった。


「あっ! 今、向こうで何か動いたかも」

「風ではないでしょうか」

「ちぇー。全然怖がらなくてつまんなーい」

「ご期待に沿えず、申し訳ありません。ですが、肝試しなんてやりたかったわけではないですよね」

「どういうこと? やりたかったから提案したんだし」

「あれ? 三三さんと三星さんを二人にする口実じゃないんですか」

「いや、メッチャ肝試しやりたかっただけだし」

「隠さなくてもいいじゃないですか」

「隠してなんかないし……」

「まあ、そういうことにしましょう」


 肝試しをやりたかったのは本当のことだし。ただ、みーみと三星先輩を二人きりにして怖がらせようとか考えてたけど、当初の予定とはズレちゃっただけだ。


「あっれ~? もう少しで目的地が見えてくるはずなんだけど、もしかして道間違えちゃった。でも一本道のはずだし……」


 歩くペースを速めようとしてさっちんを一瞥すると、さっちんは何かを思い出したような顔して口を開く。


「そういえば、前から聞こうと思ってたのですが、せっかくの機会ですので……。明美は三三さんのことをどう思ってるんですか?」

「えぇ! どうって、みーみに対して恋愛感情はないよ」

「それなら僕に対してはどうですか?」


 さっちんがものすっごく真剣な瞳であたしを見詰めてくる。


「えっ! なっ……ないに決まってるし……」

「まあ、それは冗談として。恋愛だとかそういう話ではなく、もっと別の方向です」

「なんだし。冗談かよ! 別って例えば何さ」

「例えば……怖いとかです」

「みーみは友達じゃん。キレるとメッチャ怖いこともあるけど、普段はなんか目が離せないというか、構ってあげたくなる可愛いさなんだよね」

「それには僕もおおむね同意です。ですが、そういうことでもなく……」

「あたしバカだからそれじゃ分かんない。もっとハッキリ言ってほしいし」

「すみません。ちゃんと言うべきでした。えっと……三三さんが謹慎を受けた話ですよ」


 みーみは一学期の中間試験の数日前に謹慎処分を受けて学校を休んだ。ちなみに、謹慎期間と重なった試験は同日に別室で受けていたらしい。


「結局は大きな問題になりませんでしたが……三三さんと交流のあった僕たちだからこそ何となく真相はこうだったんじゃないかって思ってしまうのではありませんか」


 みーみが謹慎処分となったのは、あたしたちのクラスでとあるショッキングな事件が起きたからだった。

 クラスメイトが一人、学校の敷地内で飛び降り自殺をしたのである。


 自殺の原因としてまず挙がるのがイジメだと思う。それか家族や他の交友関係でトラブルが起きたのかもしれない。だけど、家族や先生、警察の調査が入ったにも関わらず自殺の動機は何一つ分からなかった。

 そして、防犯カメラにその瞬間が映っていたことから他殺の線もなくなったらしい。


 ただ一度だけ過去にトラブルがあった。それはみーみがそのクラスメイトに嫌がらせをして先生に呼び出されたことなんだけど。でも、たったそれだけで少なくともあいつが自殺なんてするだろうか。


 調査が入ったことで浮き彫りになったこともある。それは自殺したクラスメイトがイジメの主犯となっていた事実だ。そのイジメの対象があたしとさっちんである。

 イジメの理由は明白だった。上流階級と言われる世界においてあたしたちが新参者だったからに他ならない。あたしたちのパパは二人で一緒に会社を経営していて、メッチャ急成長したことから娘のあたしたちはこういう学校に通うこととなった背景がある。


 とは言っても、お金持ちの上品な子供が通う学校であるから大したイジメでもなく、中学までは普通の学校に通っていたあたしたちからすれば別に平気だったんだけど。


 こんな感じで調査を進めると真逆の事実が出てきちゃったわけだけど、それならみーみがどうして謹慎処分となったのか。それは多分だけど、学校側として原因は分かりませんでしたと言うわけにもいかず、とりあえず行動しましたというパフォーマンスなんだと思う。

 本当にみーみが原因で自殺したのなら、謹慎一週間なんて軽い罰じゃ済まないはずだし。


「あの自殺はやっぱりみーみが原因だったって言いたいわけ……?」

「……率直に言えばそうです」

「そんなの……」


 あたしだって同じことを考えたことはある。みーみの正体を何も知ろうとしなかったのは内心で恐れていたからなのだろうか。少なくとも同じ学校の生徒であるにも関わらず、みーみからは貴族の印象を受けない。お金は持ってるみたいだけど、お金持ちとも違う気がする。


 それなら彼女は誰なのだろうか。何のため学校に通っているのだろうか。彼女が度々口にする仕事とは一体どういう内容なのだろうか。


「みーみと初めて話したのってさ。あれだよね。掃除当番をあたしたち二人だけに押し付けられて。それで掃除してた時だよね」

「はい、そうですね。“友達が必要って言われたから友達になって”なんて声をかけられまして、掃除を手伝ってくれるのかと思えば見ているだけでしたよね」

「そうそう。あれは新たなイジメかと思って逆に笑えてきたし。背が小さくて幼い顔してるのもあって、どの先生の子供ですかって思ったもん」

「友達になることを条件にハグを強要する明美も中々でしたが。ハグされたどさくさにおっぱいを揉む三三さんも三三さんでしたね」

「あの瞬間、みーみは無垢な子供じゃないんだって現実を突きつけられたからね」


 みーみの話題でおしゃべりするあたしたちの表情は笑顔だった。


 それだけで、あたしたちはみーみを友達だと思ってることが分かる。あの事件の真実がどうかなんて関係なかった。


「やっぱり、みーみは怖くなんかない。正真正銘ズッ友だし! それにイジメからさっちんを救ってくれたのも事実じゃん」

「はい。平気だと見栄を張る明美を救ってくれたこと、僕も三三さんに凄く感謝しています」

「よーし。改めて、気持ちを整理できたところでゴールまで競争するし」

「えっ、待ってください」


 さっちんを置いて海を一望できる絶景スポット目指して走り出す。


「さっちん、付いてきてる?」


 途中で運動が苦手なさっちんが転んでないか心配になって声をかける。しかし、返事は一向に戻ってこなかった。立ち止まってさっちんのいるはずの後ろを見るけど彼女の姿は見当たらなかった。


「ちょっと、そういう悪戯は別に必要ないんだけどー」


 すぐ横の草木が揺れる。そこに隠れていたのかと視線を向けると、刃物を持った見ず知らずの男が飛び出してきた。


「きゃぁぁぁあああ……」


 あたしの悲鳴は森の中に吸われて、別荘にいるみーみたちに届くことは決してなかった。






 凪々藻先輩が突然、どういうわけかミミに頭を下げた。


「な、なに? なんで先輩がそんなことするの」

「確かにわたしでは二人を助けることができません」

「なんで頭下げるの。別にそれは悪いことじゃないよ」

「助けに行ってほしいのです。私からの仕事の依頼ということで、引き受けてはくれないでしょうか」


 仕事の依頼となれば、受けるのかミミの判断で決めることはできない。そんな権限は持っていない。ミミの役割は言われたことをする、ただそれだけに過ぎないのだから。


 何も返事ができないミミは助け船を求めて千鶴さんに視線を送る。


「ちょ、ちょっと待って。もしかしなくても……先生たちの正体を知っています?」


 それもそうだ。たとえ先輩であってもミミたちの正体を話すことは決してない。それに、正体が外部の人にバレると消されるというもっぱらの噂だ。


「はい。申し訳ありませんが調べさせてもらいました。噂程度では聞いたことがありましたが、本当にこのような組織が存在するとは思ってもいませんでしたが」

「そうでしたか。マズい。非常にマズいったらないわねぇ。正体を知っていること自体、どうかご内密にお願いできないでしょうか」

「口外はしていませんし、これからもする気はありません」

「ありがとう……ございます! ただ、ですね。正式に依頼するというのは難しいです。一応補足しますが、これはお金の問題でもありません」

「………………」


 千鶴さんは無理だと言ったのに、先輩はなおも頭を下げ続けた。


「申し訳ないですが……頭を下げても無理なんです。ただまあ……三三さんは今、業務時間外とだけ言わせてもらうわね」

「あー、もう! どうして先輩が頭を下げなきゃいけないの。そんなの見たくない」


 先輩があの二人のことで頭を下げさせられているという現状に我慢できなくなる。


「それは二人が友達だからです。友達が危険にさらされているというなら助けたいです」

「……友達ってなんなのさ」

「藤崎さんと中台さんが酷い目に遭ったらどう思いますか?」

「どうって……そんなの分からない」

「言い方を変えましょう。もう二度と会えないとするならばどうですか?」

「それは少し残念かもしれない」

「顔も見られないどころか、話すことも連絡することもできないのですよ。本当にそれだけしか感じないのですか」


 確かにここで失くすのは惜しいと思わなくもない。


 実はもっとオシャレについてモブ美に教えてほしいと思っている。

 負けた気になるからあいつらには言ってないけど、終業式の日に服を買いに行ってから密かに興味が湧いて、お化粧とか匂いのするやつとか知りたいことが山ほどあるのだ。


 それから、マンガとかも本当はもっと読みたい。モブ子に押し付けられたやつは大体が面白くて、基本的に一日で全部読んでしまう。でも、悔しいから返すのは一週間以上経ってからにしてるから、あまり借りられてない。


「ミミの知らないこと色々教えてくれるから、打算的に考えれば勿体ないかな」

「今はそういう動機で構いません。これはわたしから三三さんへの個人的なお願いです。手間賃としてお金をお支払いします」


 しっかりと前を向く先輩の目は赤くなっていた。惹きつける力を持ったその強い眼差しがミミの瞳を射抜く。


「どうか、藤崎さんと中台さんの命を救ってはくれませんか?」


 いつの間にか千鶴さんとのテレビ電話は途切れていた。これからミミが個人的に何をしようが感知しないということだろう。


「……分かった。できる限りのことはする」

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