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三幕 好きな人とする話がそれってどうなの

 凪々藻先輩の奏でるピアノの音がフェードアウトしていく。音が完全に途切れても先輩は余韻を嗜むようにすぐには動かなかった。少ししてから深く息を吐き出して、肩の荷が降りたようにストンと下がる。

 素晴らしい先輩の演奏に対して拍手の音が物足りないのは聴衆が四人しかいないからだ。別荘の一室にピアノが置いてあったから、先輩におねだりして弾いてもらったのだった。


「あたし、ピアノのことは分からないけど聞き入っちゃったし……」

「はい、僕なんて鳥肌が立ちましたよ」

「流石ですわ、凪々藻さん。前に聞いた時よりずっと腕を上げたように感じましたわ」


 なんて言えばミミのこの気持ちを伝えられるのだろう。悩んだ挙句、思うがままにすることを選ぶ。


「せんぱぁあああい!」


 椅子に浅く座ったままお辞儀をする先輩に駆け寄る。抑えきれない感情がミミにハグをさせた。


「きゃっ! 突然どうしたのですか?」


 そのまま膝の上に座って先輩を見上げる。


「やっぱり先輩はミミの大好きな先輩だなって思った」

「ふふ、ありがとうございます。三三さんと前に練習してから、つっかえていた物が取れた気がするんです」

「ミミは何もしてない気がするけど、先輩の力になれたなら良かった」

「あれから、三三さんはピアノを弾く機会はありましたか?」

「ううん。ピアノ持ってないから一回もない」

「みーみ、ピアノ弾けるんだ。けっこう意外かも。聴かせてほしいし」


 モブ美が人を小馬鹿にしたような表情で笑う。そうミミには見えるだけで、こいつの言葉に他意はないのだろう。


「せっかくの機会ですし、弾いてみてはいかがですか?」

「うん、そうする。ただ、音楽聞かないから何がいいか分からない。お前、何でもいいから音楽かけろ」

「えっ、僕ですか?」


 モブ子が何を理解できなかったのか戸惑いを見せる。


「何でもいいって、一度聴いた曲なら知らなくても弾けてしまうものなんですか?」


 ピアノを弾く人たちの普通を知らないミミの代わりに先輩が答えてくれる。


「もちろん普通はできませんよ。彼女の耳が特別なんです」

「別に同じような音をピアノで鳴らすだけだから。曲を弾けるのとは多分違う」

「いやいや。それでも明らかに凄いですよ。分かりました。少し待ってください」


 モブ子は携帯端末を素早く操作して、女の人が歌う音楽を流す。ついでにこれはなんちゃらなんちゃらというアニメの主題歌で、今期の中で一番どうとか早口で解説を始めるものだから、隣にいるモブ美がそのうるさい口を摘まんで塞いだ。


 それとはお構いなしにミミは全ての鍵盤を撫でるように鳴らしたり、強弱を変えて一箇所を執拗に叩いたり、ついでに足元のペダルを操作して音の鳴り方を掴む。


 流れる音楽のサビらしきパートを聴き終えたところでモブ子に再生を停止させるよう命じる。


「それじゃ弾くから」


 人の歌声も様々な楽器や打ち込まれた音、耳に入るありとあらゆる覚え立ての音色をありのままピアノだけで再現する。


 ただ真似すればいいというわけではない。どれをどう叩けば似ている音をピアノだけで再現できるのかを一瞬で判断しなきゃならないのは地味に集中力を使う。


 一分半ほどの短い演奏を終えた時には、大したほどじゃないけど少なからず呼吸が上がっていた。

 鍵盤からさっさと手を退けて、隣に立つ先輩をおねだりの顔で見上げる。


「どうだった? 上手くできてた?」

「流石ですね。とても楽しげな演奏でした」

「みーみのもマジで凄かったし。てか、これ。もはやパフォーマンスとして成り立ってんじゃん」

「キャラのコスプレして演奏するのを動画に撮ってネットに上げれば、間違いなく人気出ますよ」

「別に知らない奴を喜ばせる気なんかない」

「いいえ、金ですよ金。みんなマニーが欲しくてしてるんです。それかあたシコです」


 あたシコってなんだ。聞いたことない単語だけど、どうせろくな意味じゃない。


「ふーん。でも、金だって困ってないからいい」

「そうですか……。残念です。僕がプロデュースしようと思ったのですが」

「いや、それ。さっちんがお金欲しさにみーみを利用しようとしただけだし!」

「それだけが目的ではありませんので」

「いや、そんな得意げに言われてもダメなものはダメっしょ」






 ピアノの片付けを終えたところで、遊び足りないのかモブ美が訳の分からない提案をする。


「夏の夜と言ったらやっぱり肝試しするでしょ。昼にイイ感じのとこ見つけたんだよね」


 もう外は暗くなってるというのに、どうしてそんなことしなきゃならないのか。


「やったことありませんので、どういうものか分かりませんが。もし森の方に入るのでしたら、あまりオススメいたしません。虫に刺されてしまいます」


 やっぱり先輩もあまり乗り気ではないみたいだ。


「先輩のお肌の方が大切だからそんなの反対」

「わ、わたくしも興味なんてありませんわ。それに少し用事がありますの」


 変態は変態で暗いのが怖いのか? 何かに使えそうな情報かもしれないから覚えておこう。


「夏の夜といえば、どちらかと言えば浜辺の近くですし花火ではありませんか? 浴衣を着るのも情緒があっていいですよね」


 モブ子もたまにはいい事を言うじゃないか。先輩の浴衣姿を見られるなら、花火の一つや二つ付き合ったって構わない。


「それもアリだけど、花火なんていきなり準備できないじゃん?」

「ご歓談中失礼します。手で持つ花火でしたら少々お時間をいただければご用意できますよ」


 身の回りの世話をしてくれる女の人がピアノを掃除する手を止めて答える。


「浴衣もいくつかありますのでお貸しできます」


 先輩が付け加えた。


「それは楽しそうだし。でも……それはそれでするとして。……えっと、ほら。あたし肝試しがメッチャしたいんだし」


 モブ美はモブ子に何かしらのアイコンタクトをさり気なく送る。


「あー……そうですね。何となく、僕も肝試しやりたくなってきました」


 意図を察したのか、モブ子はわざとらしく賛同する。何かしらの共通認識が二人の間にあるのだろう。


「よし来た! それじゃ、あたしたちだけでも行ってくるし」


 モブたち二人と、その後を追う執事の人が部屋を出る。


「それではわたくしも少し席を外しますわぁ」


 おっぱい星人もまたほんのり頬を赤く染めて部屋を後にする。


「アイラさんはどうしたのでしょうか?」

「多分あいつは裸になって外に向かったんでしょ」

「ふふ、流石にそのようなこと。アイラさんはいたしませんよ」


 残念ながらあいつはアホなことをいたす変態だけど、それを知らない先輩には冗談と思われてしまった。


 少しして執事の人が戻ってくる。


「花火はご用意いたしましょうか?」

「三三さんは花火したいですか?」

「浴衣なら着たい」

「分かりました。では……使わないかもしれませんが、一応用意をお願いできますか」

「承知しました」


 花火を準備するために執事の人がお辞儀をしてこの場を離れる。こんな時間にどこから調達するというのだろうか。


 周りを見渡してミミはあることに気づく。


「先輩と二人きりだ……」

「そうなりましたね。何かしたいことはありますか?」


 ここでセックスと本音を言うほどミミは無知じゃない。


「一緒にいられればそれだけで嬉しい」

「……」


 先輩は何も答えなかった。何となくだけど、まだ距離があるのかもしれない。いや、それもそうか。


 ミミは先輩のことが好きだけど、先輩はミミのことが好きじゃない。両想いではないのだから。


 今はまだ恋人らしい会話は叶わない。それでも普通の会話ができるだけで十分だ。普通なんて知らないけど。


「ねえ、先輩。……友達の定義ってなに?」

「友達の定義……ですか。改めて説明するとなると難しいですね。三三さんにとっての藤崎さんや中台さんのような存在ではないでしょうか」

「あいつらはそう言うけど、それがミミは理解できないんだ」

「うーん。深く考える必要ないのではとも思いますが、ミミさんはきっとどうしたって考えてしまうんですよね」

「うん。分からないままでもいいことと、分からなくちゃいけないことがあるから」

「友達の定義はミミさんにとって後者なのですね」

「うん」

「普段分からないことがあった場合はどのように解決しているのですか?」

「あっ! そうだ、忘れてた。千鶴さんに聞いてみようと思ってたんだ」

「千鶴さんというのは保健室の先生ですよね」

「そうだよ。ミミのカウンセラーみたいなことしてる。あいつどうせ暇してるだろうし電話かけよう」

「どのような回答をくれるのかとても興味深いので、ご一緒してもいいでしょうか」

「当たり前だよ」


 千鶴さんに持たされた通信端末を操作して電話をかける。案の定、待たされることなく千鶴さんは電話に出た。


「もしもし……三三さん、こんな時間にどうしたんですか?」


 画面に千鶴さんの顔がアップで映るけど、こっちのカメラの映像は真っ暗になっている。


「これ、どうやってカメラオンにできるんだろう」

「こちらのボタンではないでしょうか」

「あっ、映った」

「あれ? もしかして凪々藻さんもいるんだわね。こんばんは」

「先生、こんばんは」

「……友達の定義ってなに?」

「いや、三三さん。いきなり過ぎやしませんかね。その質問が電話をくれた理由ですか?」

「当たり前、そうでもなきゃ電話なんてしない」

「寂しいことを言ってくれるねぇ」


 千鶴さんは一度カメラから消えると、カウンセリングの時にいつも見るカルテを持って戻ってきた。


「友達の定義……でしたよね。まあ、少なくともあのお二方はそれに該当するのではないでしょうか」

「先輩にも言われたけど、それがよく分からないんだって」

「ですが、誰にでも当てはまる定義というのはないと先生は思います」

「誰にでもじゃなくて、ミミに当てはまればそれでいい」

「誰でも……というのはそういう意味ではないです。ミミさんにとっての藤崎さん、ミミさんにとっての中台さん。この一つひとつが違うと言っているのです」


 千鶴さんはミミに愚痴を挟む余地も与えずに説明を続ける。


「例えば、ある人が結婚したとします。ですが、挙式はしたくないと言いました。理由は友達に迷惑をかけるからという理由です」


 何が言いたいのか今のところ分からないけど、とりあえずミミが先輩と結婚したとしたら式はしたい。先輩の花嫁姿を見たい。

 でも、それなら誰かを呼ぶ必要はないし、呼びたいとも思わなかった。


「それなら親族だけですればという指摘はなしですよ。事実、事例は少なくないです。ですが、今は友達の定義について話しているのですから」


 そんな論点をずらすようなことを思うわけがないだろう。


「確かに結婚式に友達を呼ぶ行為は、本質的に見れば自分を祝えと言っているようなものです。本来、おめでとうの気持ちは他者に求めるものではなく、他者が自発的にするものですよね」


 結婚式のことなんて考えたことなかったけど、確かに千鶴さんの言う通りだ。糞行事だな。


「ミミさん今、糞だなって思ったわね。ですが、友達に無償の頼み事をするのは、そんなにいけないことでしょうか?」

「そんなの程度によるんじゃないの」


 自分で言っておいて、程度ってなんだと疑問に思った。


「ミミさんが程度と言った、いわば良い悪いの閾値ですが、それは本人の価値観によって前後します」


 真剣な眼差しで黙って聞く凪々藻先輩に千鶴さんは視線を向ける。


「利害関係が少しでもなければ頼めない性格……先生はどちらかと言えばこっちですね。それから凪々藻さんもそうではありませんか?」

「はい、そうだと思います」

「逆になんでも頼み事をする性格の人もいますね。ミミさんは、まあ……どちらかと言えば……こちら側ですか」


 どうしてそこで言葉を渋る。ミミは利用できるものは何でも利用する性格だから、そんなのと一緒にするな。


「三三さんはどうしてそんな得意げなのですか。まあ、個人的な感想として楽しいのは後者でしょうね。どっちが正しいとかじゃないけど」

「というか、これ何の話」

「何でしたっけ……」

「友達と一言で表しても、人それぞれ接し方が違う……ということではありませんか」


 散らかって訳分からなくなった話を先輩が綺麗に整頓してくれる。


「そうでした、そうでしたわねぇ。つまりはですね。その人をどう思っているのか。その人に何をしてあげられるのか。評価や行動を切り出して、このパターンは友達、このパターンは友達じゃないと割り振ることはできないんです」

「それなら、あいつらは何を根拠にミミを友達と言ったんだ」

「根拠なんてないです。この人は友達。この人はただの同級生。この人は仲のいい先輩。ただの知り合い。親戚だとか先生だとか。間柄を便宜上当てはめているに過ぎません」


 なんか釈然としない。千鶴さんの言ってることは間違ってはいないのかもしれないし、それが本質なのかもしれないけど。なんか正解を濁されただけのように感じてしまう。


「まだ分からないというなら、それで構わないです。周りから三三さんを見れば、三三さんとあの二人は友達だと思いますが、きっと近い内に三三さん本人がそれを理解する時が来るでしょう」


 話がまとまったのを見計らったかのように電話の音が鳴り響く。音の発信源は画面越しのどこかだった。


「おっと、失礼。緊急の連絡みたいだわねぇ」


 千鶴さんは通話を続けたままモニターから姿を消す。流石に離れた所の会話まではマイクが拾わなかった。しかし、大きい声を出すのであればその限りではない。


「さらわれた! だって、その特徴って藤崎さんと中台さんじゃない。……だから、三三のクラスメイトよ」


 千鶴さんの驚く声がノイズ混じりに、それでもハッキリと聞き取れるくらいの音でスピーカーをまたいできた。


 どうやら、モブたちが拉致されたらしい。無事では済まないだろう。もう既に殺されている可能性だってある。


 そういえば、不審な輩が周辺で目撃されたという話だった。目的は知らないけど、人目のつかない森に行ったとなれば恰好の餌食だ。自業自得だろう。


 チラッと先輩を見る。いつも冷静な先輩の瞳が珍しく泳いでいた。


「三三さん、行きましょう」

「えっ……どこに?」

「そんなのお二人を探しに行くに決まっているではありませんか」

「……? どうして」

「どうしてって……。友達が危ない状況にいるかもしれないからです」

「行かせないよ。先輩が危ないから。それとも、先輩はそいつらと戦えるの?」


 先輩は鋭い眼差しでミミを睨みつける。しかし、それもすぐに改めた。


「……あ〜。もしかして声漏れてた?」


 ミミたちの雰囲気に気まずさを覚えながらも、電話を終えた千鶴さんが口を挟んだ。


「うん、大きい声出したところだけ」

「あぁ……あそこかぁ。じゃあ、一応他の情報を伝えると対処不要とのことです」

「分かった」


 対処不要というのはミミは何もしなくていいということではなく、組織として動くことはないという意味だ。おそらくは素人に毛の生えた程度の存在なのだろう。


 それと同時に、ミミの友達二人の命を失うことが決定した。それはつまり、近い内に分かると言われた友達の意味を理解できる機会が失われたことを意味する。

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