二幕 最終的に全部選ぶことになる選択肢
ついに……。
ついに待ちに待ったこの日がやってきた。
凪々藻先輩と二人きりの旅行──それってつまり、お泊まりデートというやつなのではないだろうか。
行き先は色々と面倒くさいしがらみから先輩の家の別荘となっている。先輩と何をするのかが大事なんであって、場所なんてのは重要な話じゃないから問題はない。
持ち物は先輩に可愛いミミの姿を見てもらうために買った着替えと水着が必須として。
あとは緊急連絡用として千鶴さんに渡された通信端末も忘れちゃいけない。使わないかもしてないけど、現金を入れてある巾着袋も持った。
消耗品なんかは先輩のを使わせてもらえばいい。千鶴さんから使えと言われて支給されてるやつよりも断然高い代物だろうし、何より先輩が使ってるということに価値があるのだから。
これらの荷物は万が一に備えて動きやすい小さめのリュックに入れた。
準備もできたことだし、先輩と合流するために指定された地点に向かおう。
空っぽの自宅を意気揚々と飛び出したミミは集合時間の少し前に待ち合わせの場所に到着してしまった。しかし、凪々藻先輩はもう既に来ていたようだ。
待たせて申し訳ない気持ちが込み上げる。だけど、反省は別の感情によって一瞬の内にかき消されてしまった。それは思わず声を上げてしまうほどの驚愕である。
「な、な、な……なんでお前たちがいるの!」
おっぱいが無駄にデカい、鬱陶しそうな感じでいかにもお嬢様な身なりの女が答える。
「わたくしは凪々藻さんの親友でしてよ。バカンスに行くとなれば、お呼ばれされない方が不自然ですの」
どこかしらのお嬢様には見えないが、ミミみたいな庶民と言うには品のある二人組が答える。
「いやぁ。あたしたちも三星先輩にお呼ばれしちゃったんだよねー。みーみからは散々聞かされてたけど、メッチャ良い人だったし」
「夏休みなのに三三さん仕事で忙しくて、僕たち会う予定が一回もないですよね。それを察してくれた三星先輩がぜひ一緒にと誘ってくれたんです」
先輩と二人だと思ってたのに、蓋を開けてみれば朱雀院アイラに加えてモブ子とモブ美がいるなんて。こいつらがしゃしゃり出てくるとはつゆほども予想してなかったけど、どういう形であれ理想通りにはいかないだろうと思っていたよ。だって、ミミが考えてた段取りをほとんどすっ飛ばして、二人きりのお泊りからのエッチなんて、何が何でも早すぎると思ったんだ。
「庶民と一緒に出掛けるのはどうかと思いましたが、荷物持ちが二人も増えると考えれば悪くはありませんわね」
「アイラさん、失礼ですよ。三三さんと仲良くできてるのですから、三三さんのお友達とも仲良くしてください」
「いやですわ」
おっぱい星人はそっぽを向くと、そのまま顔を背けたまま駐車してあるリムジンに乗り込んでしまった。
「藤崎さん、中台さん。申し訳ありません。アイラさんは取っつきにくい方ですが、言っていることは決して本心ではないですので。……許してくださいとまでは言えませんが」
「いや、全然大丈夫ですよ。みーみからの扱いに比べれば何てことないですし」
「アイラさんには後で厳しく注意しておきます」
凪々藻先輩がやっとミミのことを見てくれた。普段の制服姿とは違うドレス姿の先輩も国宝級に美しい。
「三三さん。おはようございます」
「うん、おはよう!」
「私服の三三さんを見るのは初めてですね。三三さんにお似合いですし、とても可愛いです」
「えへへー。先輩に見せるために新しく買ったんだ。先輩のドレスもすごく綺麗」
「ありがとうございます。せっかくの機会ですので、気合を入れてきました。それと、三三さんの断りもなく他の方々を誘ってしまいましたが大丈夫でしたか?」
「少し残念な気持ちもあるけど。先輩がこの方がいいと思ったならミミは反対しない」
「それなら良かったです。お話は移動しながらでもできますので、そろそろ出発しましょう」
やたら長いリムジンに乗り込んで、ミミたちは先輩の別荘へ移動を開始した。
「へぇぇぇええええ! これマジで全部プライベートビーチなんですか? しかも、別荘もデッカ……。あたしん家よりデカいかもしれないし」
リムジンの窓から顔を出すと、真っ白な砂に足跡一つない滑らかなビーチが一面に広がっていた。海水浴シーズンだというのに人っ子一人いないせいか、まるで海外に来たような気分になる。海外の海でバカンスなんてしたことないから、本物を知らないせいかもしれないけど。
大きな三階建ての一軒家の前でリムジンは止まる。運転手のタキシードを着た女性にドアを開けてもらって車の外に出た。
その時、手に持っていた通信端末が震えながら音を発した。画面を見るとどうやら千鶴さんが電話をかけてきたみたいだ。今いいところなのに邪魔をしてムカつく。ミミはみんなから少し離れて電話に出た。
「今、忙しいんだけど。何の用」
「ごめん、ごめんやね。でも、忙しくない時間なんてなさそうだから、最初の内がいいかなって思ったわけです」
「それで要件は?」
「そっちの周辺でね。なんか、不穏な動きがあるみたいです。何事も起こらなければいいですが、万が一に備えて警戒を怠らないでください」
「……なにそれ。そこまで分かってるなら、他の誰か派遣すればいいじゃん」
「人員を割くほどの団体ではないとの判断で、先生の方からでは何もできないのですよ。なので、こうして連絡した次第です」
「ふーん。それで、もし事件が起きたらいつも通りにやっていいわけ」
「できれば、殺しは避ける方向で対処していただけると先生助かります」
「できたら、そうする。じゃあ、切るから」
「はい。存分に楽しんできてください」
電話を切って先輩たちに合流する。
「お電話、大丈夫でしたか? お仕事に関する連絡でしたら……何と言いますか」
「先輩、そんなにミミと遊びたいんだね。でも、安心して。仕事の連絡じゃないから、急用で帰らなくちゃいけなくなったとかじゃない」
「安心しました。ですが、何かあれば遠慮なく言ってください」
「ねえ、みーみ。それよりさ、さっそく水着に着替えてビーチで遊ぼうって話になったんだけど、それでもいい」
「うん。別にいいけど」
「よーし。それじゃあ、さっそく着替えに行くし」
ここまで送迎してくれた女の執事がミミたちの所までやってきて浅くお辞儀をする。
「お荷物はこちらでお運びいたしますので。凪々藻お嬢様、リビングまで皆様を先にご案内していただけますか?」
「はい、構いません。それでは行きましょうか」
別荘の中に案内してもらって待つこと数分、先ほどの執事がミミたちの荷物と大きなバスタオルを台車に乗せて運んできた。各々が自分の荷物を広げて、着替えを開始する。
「アイラ先輩、胸ホントでかいですね!」
「当然ですわ。どこかのちんちくりんとは違いましてよ」
「ミミのこと見てなんか用なのか」
おっぱい星人が物欲しそうに見てくる。今日は気分がいいから気前よく欲するものを与えてあげよう。ぶら下げてるそのデカ乳を思い切り引っ叩いてやった。
「あんっ……あ、いえ。わたくしとしたことが、はしたない声を出してしまいましたわ」
「めっちゃエロい声だったし……てか、みーみ。今のは流石に強く叩きすぐでしょ」
「まだまだ全力には程遠いけど。それに、良いか悪いかを決めるのは叩かれた本人次第」
「それもそうかもだけど……。アイラ先輩、流石に怒っていいところじゃないですか」
「い、いえ……。いいんですの。へ、平気でしてよ……」
「先輩、優しいですね」
叩かれて感じてたのを誤魔化してるだけだろ。
嫌でも聞こえてくる会話を耳にしながら、ミミは水着に着替えるためにまず服を全部脱いでいく。
「み、三三さん! もう少し恥じらいを持って着替えてください」
凪々藻先輩は顔を赤面させながらミミの体よりも大きなバスタオルを手渡してくる。先輩から手渡されたとなれば素直に受け取るに決まってるけど、これで何をすればいいのか分からないからとりあえず顔をうずめてみた。普段使ってるペラペラのやつとは比べ物にならないくらいフカフカだった。
「そうではありません。体をなるべく隠すために使うんです」
「そういえば三三さん、水着を試着した時もカーテンを閉めずに着替えようとしてましたよね」
モブ子が水着を買った時のことを蒸し返した。男に見られるのは死んでも嫌だけど、今も水着の店も女しかいないのだから気にする必要ないのに。なんなら、ミミの裸姿を先輩に見てもらいたいくらいだ。でも、先輩が苦手だと言うなら手早く着替えてしまおう。
「じゃじゃーん。どう? 先輩。ミミの水着姿は」
「やっぱ、みーみ。メッチャ、もうホントめっちゃ可愛いし」
「ミミは凪々藻先輩に聞いてるの。お前はそこのおっぱいと戯れてろ」
「とても可愛らしいと思います。髪型も普段とは少し違う風にしてみませんか。後でやってあげますので」
「いいのー? やったね」
先輩は顔をほんのり赤らめながら自分の着替えを再会する。その姿をまじまじと見ていたけど、ガードが鉄壁すぎておっぱいを見ることは叶わなかったのが残念だ。
凪々藻先輩はビキニの上にレースの透き通ったカーディガンを羽織って、下半身にはパレオを巻いている。露出の少ないミミの水着と比べると、露出がないと言ってもいいレベルだった。
「三三さんの髪色を意識してピンク色の水着を選んでみたのですが、どうでしょうか」
「……もう、押し倒したいくらいにイイ」
「な、何を言っているのですか」
外に出ようと思った矢先、催してきたミミはみんなを先に行かせる。場所が分からないから執事さんに案内してもらってトイレに向かった。
それから戻ってくると、もう既にみんなビーチの方に行っちゃったのか誰もいなかった。
さて、先輩はどこにいるかな。えーと、いたいた。ビーチパラソルで休んでる。
「センパーイ、海で遊ばないの?」
先輩はビーチパラソルの影に座って読書をしていた。先輩は本を読む時、メガネをかけるんだ。
「もう少ししたら遊びましょう。ただ、まだ日焼け止めを塗ったばかりですので、肌に馴染むまで待たないといけないんです」
「先輩の肌、真っ白だもんね。さっきも日焼け止めすっごい塗ってたし」
「はい。紫外線ですぐ火傷してしまうんです。ですので、念には念を入れて」
「それならミミも一緒に待つ」
「いえ。せっかくですので、他の方と遊んできてはいかがでしょう」
「えー。それなら先輩ともう少し話してからにする」
「そうですか。……そういえば、藤崎さんや中台さんとはいつからお知り合いなのですか?」
「今年の四月、高校に入ってから」
「そうだったのですね。もっと前からの付き合いなのだと思ってました。仲良くなったきっかけはあるのですか?」
「千鶴さんに友達作れって言われたから。放課後、教室の掃除してた二人に声かけた」
「掃除を手伝ったのがきっかけなのですね」
「ううん、違う。話しかけただけで、手伝ってはない」
「す、素直ですね……。それなら、やっぱり二人ともっと話をしてきてください」
やっぱりとはどういう意味だろう。ここまでの道中で、ミミとモブたちの関係に何か思う所があったのだろうか。
「先輩が言うならそうしてくる」
「はい、ありがとうございます」
さて、どこに行こうか。砂浜か海か。あとは向こうに見える岩場も気になる。
でも、やっぱりビーチに来たんだからまずは海にしよう。
「あっ、みーみもこっち来たんだ。やっぱ、海水浴に来たらまずは泳ぐし。なのに、みんな入らないって言うんだもん」
モブ美がゴーグルを装着して泳いでいた。
「……」
「いや、無言で引き返さないでよ!」
「はあ……仕方ないな。それで、何してるの」
「なんか投げやり。魚泳いでるかなって思ったんだけどさ。あんまいなかったし」
「それはそうだろう。思ったより綺麗だけど、それでも都心から車で数時間の距離なんだから」
「たしかに、そうかも……。そういえば三星先輩のところには行った感じ?」
「行った。それがどうした」
「ど、どうってわけじゃないけど……。何というか、この旅行中、二人になれるようにとかさ。あたし色々協力するし」
「あ、ありがとう……」
何なんだよ。この前から。よく分からない気持ちになって、なんかムカつく。そもそも、お前たちが来なければずっと二人きりになれたんじゃないか。いや、違うか。もう一人、変態がいるのを忘れてた。
「もうミミ、行くから」
「あたしはもう少し泳いでるし。それじゃあ」
先輩の言いつけを半分達成した。残るは一人だけど、どこに行こうか。
やっぱり、向こうに見える岩場が気になる。千鶴さんが電話で言ってたこともあるし、ちょっと様子を見てこよう。
砂浜を海沿いに歩いて岩場に近付くと岩に挟まれた狭い通路を発見した。そこを進むと浅瀬が広がっていた。今は浅瀬になってるだけで、潮の満ち引き次第でここも向かいの海と一体になるのかもしれない。
「げっ! なんでお前がいるんだよ」
「っ! ああ……ご主人様でしたか。はぁ……はぁ、良かったですわ」
「いや。よくないし、そのキモイ呼び方はやめろって言ってるだろ」
「申し訳ありませんですわ、三三さん」
おっぱい星人は水着を上にずらして胸をはだけていた。手には岩場に潜んでいたであろう小さなカニを持っている。
「カニをオナニーの道具に使うなよ。水に浸かってないくせに、股のところ染みで変色してるし」
「ハサミを先端に挟ませるとハァ、体験したことのない感触と痛みがンッ気持ちいいんですの」
「……」
地面に落ちていた大きなナマコを拾い上げる。毒を持った種類もいるらしいけど、こいつは大丈夫なやつだ。
「……流石のお前でもこいつなら動じるだろ」
そう言って、ミミは変態女の胸にナマコを挿んでパイズリさせる。
「冷たッ……でもハァハァ、三三さんに触られて……アッ、いいですわぁ…………キャッ!」
刺激を与えられたナマコが唐突に白い粘液を吹き出す。それに驚いたおっぱい星人が後ろに倒れかけるが、流石に怪我させるのも面倒なことになりそうだから腕を掴んで尻餅つかないように支えた。
顔や髪に白い粘液をかけられたおっぱい星人は恍惚とした表情をしている。嫌な予感がしてビキニパンツを見ると、先ほどまであった小さな染みが大きく広がっていた。
こいつ、ナマコに顔射されてイキやがった。ダメだ、流石のミミも完敗という他ない。
「その液体、結構落ちにくいらしいから」
ミミは助言を残して、呆然と立ち尽くすおっぱい星人を置いて浅瀬を立ち去った。
無駄なことに時間を割いてしまった。先輩の言いつけを守るために最後はモブ子のいる浜辺に向かおう。
そこではモブ子が白い砂を使って女体を作っていた。元が何かは分からないけど、無駄にクオリティが高いことだけは分かる。
「……マンガ作ってる」
「三三さん、そんなお母さんみたいに漫画もアニメも何でもまとめてマンガというのはやめてください。これはゲームのキャラクターです」
「別になんでもいい」
「えー、三三さんもたまに漫画読んでますよね。アニメは見たりしないんですか?」
「読めって寄越すからじゃん。アニメはそもそもテレビ持ってないし」
「今はサブスクで見る方が主流なんですよ。なので、パソコンがあれば見られます」
「ふーん。残念ながらパソコンも持ってないけど。そうだ、千鶴さんの家に行った時にでも見てみる」
「興味を持っていただけて大変うれしいです。今度、オススメを教えますね」
「気が向いたら」
「はい。……そういえば、三三さんとこうやって二人で話すのって新鮮ですね」
「そうかも。特に用があったわけじゃないからもう行く」
「分かりました……あ! そうだ。三三さん。この旅行期間中に少しでも三三さんと三星さんの中が進展するように協力できればと思ってます。具体的に何ができるかは分かりませんが……」
また、よく分からないこの感じ。全くもって不快だ。
「な、何なんだし。それと同じこと、さっきモブ美にも言われた……」
頼んでもいないことをどうしてこいつらはしようとするのか。何の特があってするのか、行動原理がさっぱり理解できない。
お友達だからに決まってるじゃん──服を買いに言った時にモブ美に言われたセリフをふと思い出してしまった。
友達ってなんだ。ちっとも、訳が分からない。千鶴さんに聞けば、いつもみたいに何かしらの助言を貰えるのか。
「……」
凪々藻先輩の言われた通りにしたミミは先輩のいるパラソルに戻ることにした。
先輩はちょうど日焼け止めが肌に浸透する時間が経過したということで、先輩の手を取ってパラソルの影から引っ張り出す。
二人きりで海に浸かってさりげなく先輩の体に抱きついたり、みんなで水鉄砲を持っておっぱい星人のデカ乳を的にして遊んだりする。それからお昼の時間になると執事の人が昼食を別荘前のテラス席に準備してくれていた。
こういう風に少しの気も張らずに誰かと一緒に遊んだのっていつ以来だろうか。その答えはきっと物心つく前にまでさかのぼるのだろう。




