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二幕 密室でやることなんて決まってる

「面白くない……こんなの全然面白くないよ」


 退屈を持て余したミミは誰に聞かせるでもなく愚痴を溢した。


 体育祭の実行委員たちはみな、忙しそうに何かしらの作業に取り掛かっていた。


 その中でもとりわけ目立つのはやっぱりミミの凪々藻先輩だった。

 贔屓目に見ているなんてことは決してない。

 先輩は積極的に動いて、作業の分担や優先順位、やり方なんかを他の名もなきモブたちに指示していた。


 もちろんミミにも割り振られた役割がある。それは倉庫に保管されている備品の在庫確認だった。

 だけど、この作業を一人でやるのは全くもって気分が乗らない。


 別に一人じゃできない作業でも分量でもないけど、せっかく先輩とペアになれたのに一緒に作業できないんじゃ、何のために実行委員になったのか分からないじゃないか。


 先輩は有能で人望も厚く、加えてどがつくほどのお人好しでもありお節介焼きでもあるから誰からも頼られる存在だ。


 こんな作業は適当な感じでやればいいのに、どうして先輩はあんなに頑張っているのだろうか。不思議で仕方ない。だけど、そこが先輩の数え切れないほどある魅力の一つでもある。


 つまり、こうなることくらいミミは予測していた。だからといって、事前に対策を立てておける問題でもない。


 ミミにだって初めてのこの感情が何なのかくらい分かってる。うん、嫉妬ですとも。


「むぅ〜」

「草葉さん、お待たせしました」


 嫉妬心が爆発しそうになってその辺の奴らを蹴散らしてやろうかと考えた矢先、先輩がミミの元へと駆け寄ってくれた。


「頬が膨らんでいますよ」


 先輩は笑いながらミミの頬を指で優しく突いた。


「ペアなのにミミを一人にするからだ」

「ごめんなさい。つい、張り切ってしまいました。では、倉庫に向かいますか」

「うん」


 ゆっくり行くとまた誰かに先輩が捕まってしまうかもしれない。

 それは嫌だから、先輩の腕を取って急ぎ足で倉庫へと向かう。






 体育の授業や運動部の活動で使用するような道具と違って、年に一度か二度しか使われない備品は建物裏手の奥まった位置にある倉庫に収納されている。

 つまりは人気のないところに目的の倉庫はあるわけだ。


 助けを呼んだって誰も来やしないこの場所で、何もアクションを起こさないなんて選択はミミの中に存在しなかった。


 ミミは先輩の後について、シャッターの隣にあるドアからガレージの中に入った。


「草葉さん、ドアを閉める必要はありませんよ」

「ううん、必要あるから閉めたの」


 倉庫内に鍵の閉まる金属音が鳴り響く。


 分かりにくい所にあった照明のスイッチを四つの内一つだけ点けた。

 一つは点けないとほとんど何も見えないけど、全部入れるよりは一つだけの方が薄暗くて雰囲気がある。


 照明用のスイッチの下に空調設備のリモコンまであった。こんな滅多に使われない倉庫一つとってもエアコンが完備されてるとは思わなかったけど、遠慮なく使わせてもらおう。


「く、草葉さん……ど、どうしたのですか」

「どうもしないよ。それともミミ、怖い顔してる?」

「そういうわけではありませんが……」


 ミミは何を手にしているのか分からないように右手を背中に隠して、先輩の方へゆっくりと近づく。

 その小さい歩幅に合わせて、先輩もまた後ずさる。だけど、閉鎖空間で後退できる距離なんて高が知れていた。


 そして、先輩は低く積まれたマットに足をぶつけて尻もちをつく。


「この時を待ってたんだ」

「わたしに……何をするおつもりですか?」

「そんなの決まってる。──スキンシップだよ!」


 勢いよく先輩の隣に座って、肩に頭を預けるようにして先輩に寄りかかる。


「きゃ! ……まったく、脅かさないでください」

「だって、普通にこうするなんて難しいから」


 先輩の手を取ってミミの激しく動く左胸に当てる。


「揉むほどないけど揉んでいいよ」

「……草葉さんでも緊張するのですね」

「あえて言葉にしなかったのに言わないでよ。それに、ミミをロボットか何かと思ってるわけ」

「いえ、そんなことはありません。軽口が過ぎました」

「昔は心臓に魂が宿ってて心臓で物事を感じるんだって考えられてたんだって。ミミのここは機械だから、確かにミミはロボットなのかもしれないけど」

「人工心臓……ということですか。体育の授業など、激しく動いて問題ないのですか?」

「ペースメーカーじゃないよ。むしろその逆で激しく動くための物らしいけど、よく分からない。多分、非合法なやつ」

「……それは」


 仕事のためと言って子供の頃に埋め込まれた機械をミミはこれまで気にしたこともなかった。

 だけど、周りと大きく離れた価値観はもしかしたら、この機械仕掛けの心臓のせいなんじゃないかとふと考える。


「ミミはちゃんと人間を演じられていますか?」

「待たされて頬を膨らませる草葉さんは、わたしにはとても普通に見えました」

「それならよかった……」


 それからしばらくの間、沈黙が続いた。だけど、居心地が悪いわけじゃない。

 隣で寄り添うこんな時間が永遠に続けばいいとさえ思った。

 それでも、この時間を進ませたのはミミの方からだった。


「……先輩はどうしてそんなに一生懸命なの? まるで……えっと」


 まるで、そうしなければ居場所がなくなってしまうと強迫観念に苛まれているようだ。なんてのは言い過ぎなのかもしれないけど。


 ミミが言葉を詰まらせたのは、躊躇したからではなくて、考えがまとまらなかったからだった。


「わたしとしてはその方が結果的に楽になるから……なのでしょうか。ただ、体育祭に関してはもう一つ理由があります」

「それは聞いてもいいやつ?」

「はい。この前、草葉さんは体育祭に参加するのが初めてだと言ってましたよね」

「うん」

「実はわたしも去年が初めてだったんです。とても新鮮で楽しかったので、今年は草葉さんが少しでも楽しめる体育祭にできたらと考えました」

「なにそれ。なにそれ。チョー嬉しい。先輩はミミをどうしたいんですか。もー、もー、もー!」

「く、草葉さん、落ち着いてください」

「前から気になってたけど下の名前で呼んでよー」

「三三さん」

「そう、それ!」


 気分が舞い上がって、思わずミミは先輩にハグをしてしまう。

 その瞬間に我に返って恥ずかしい気持ちが込み上げてくるけど、意識さえすれば冷静さを取り戻すことは容易だった。


「ミミはなんて大胆なことを。先輩、ごめんなさい」

「いえ、別に謝るほどのことではありませんよ」

「仕事をさっさと終わらせよう。在庫の確認なんて一瞬だし」


 ミミは言葉通りに在庫の確認を一瞬で終わらせる。目に見える物を空間ごと全て記憶してしまえば、あとは頭の中で物を動かして数えればいい。


 倉庫から出たミミは先輩の背中に話しかける。


「先輩……ミミは何があっても絶対、体育祭に参加する」

「はい。楽しみにしていてください」


 本音を言えば、体育祭自体にはさほど興味がない。だから、実際に参加して楽しくなかったとしても別に構わない。

 先輩がミミのために一生懸命作り上げてくれる。それだけがミミにとって重要なのだ


 それ以降は特に何もなく委員会は解散となった。

 だけど、先輩ともっと親密になれた先ほどの出来事を誰かに自慢したくて仕方ない。

 モブ美もモブ子ももう帰宅しただろうし、消去法で考えれば千鶴さんしかいない。今日は面談の日ではないけど、別に行っちゃいけないルールだってないのだから。






 意気揚々と保健室の扉を開けると、千鶴さんもまたミミの笑顔に釣られて微笑む。


「今日は面談の日ではありませんが何かありましたか」

「さっき実行委員の仕事でね。先輩と二人きりで人気のない倉庫に行ったんだ」


 先ほどあった出来事を、演技を付けて事細かに解説する。

 だけど、話が進むにつれて千鶴さんの顔色に影が差していった。

 これは何かあるなと思った。いや、その何かなんてミミたちの関係に鑑みれば一つしかないではないか。


 何かを察したところで、ミミが話を止めることは決してない。


「体育祭は面白くなさそうだけど、絶対に参加しなきゃだよ」

「え、ええ。そうですね。参加しましょう」

「……もしかして、千鶴さん。具合悪い?」


 そうではないことくらい分かってるけど、ミミはあえて間違ったことを尋ねる。


「そうかもしれないねぇ。保健の先生が生徒に病気移すわけにはいかないから、今日は悪いけど終わりにします」

「うん。分かった」


 今聞かなくてもどうせいつか分かるのだから別に焦る必要はない。それに仕事の話はここじゃしてくれないだろう。

 なにより、自慢話は最後までできたのだから目的は達成した。


 ミミは素直に保健室を後にして家へ帰宅した。






 家の中に入ると、いつもの紙袋がテーブルの中央に置かれていた。今朝、家を出た時点ではなかったものである。

 つまり、今日は仕事の日だ。


 通信端末を通して聞きなれた声のサポーターから指示が届く。ミミはそれに従って行動するだけの簡単なお仕事だ。


 しかし、この日は指示以外の言葉が発せられた。

 任務中に余計なことを言われたのはもしかしたら初めてかもしれない。


 それは任務の遂行途中、機械心臓の熱を下げるために身を潜めている時のことだった。


「これから言うことは指示ではありません。No.33、長期の仕事が決まりました。期間は一週間、日程は──」


 サポーターが示した日程はもろに体育祭の日と被っていた。


「夕方の様子が変だったやつはこれが原因だったわけか」


 一方的な通信であるから、ミミの声が届くことはない。


 怒りを覚えてはいけない。冷静さを失ってはいけない。それらが命取りとなるから。

 だけど、任務中に言わなくてもいいじゃないか。


 冷却を終えて任務を再開したミミは誰なのかも分からない銃を構えた奴らを一人ずつ殺していく。

 そして、最後の一人を鎮圧した──かに思えた。


 ドンッ──と背後から火薬の音がなる。その直後、ミミの左肩に激痛が走った。


 痛いのを怒りに変える奴は三流だ。それくらいでミミは冷静さを失ったりはしない。


 隠れていた奴がいたのか、それともまだ死んでない奴がいたのか。


 結果としては後者だった。殺し損ねるなんて初歩的なミスをしてしまうなんて。体育祭に参加できないと言われたさっきのことが無意識の領域で注意力を散漫にさせていたのかもしれない。


 今度こそ、最後の一人の命をしっかりと奪って、夜のお仕事を完了させた。

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