良い物語の条件
良い物語とは何だろう。考えてみる。
…んー、8月の旅行はどこ周ろうかなぁ。牧場体験は捨てがたいよなぁ…
え、なに?めっちゃ集中して考えてたんだけど。別のこと考えてたでしょって?失礼な。
はい、分かりました。閃きました。僕は天才です。
すなわち、【絶望と希望を繰り返す】。これです。
まず、ものすごく幸せな登場人物を描きます。
次に、その人物を不幸に陥れます。
そして、最後にその人物を幸せにします。
たったこれだけ。これだけでバズりまくり間違いなし。年収8億円。やば。
さっそく書いてみましょう。
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私は、物書きで天才なので年収が8億円あります。
美人で良く気が利く妻とお饅頭のように可愛らしい娘と900階建ての高層マンションの最上階で暮らしています。勿論、オーシャンビューです。
この世の家電のすべてを持っていますし、世界196か国すべてに毎年家族旅行に出かけています。
また、あらゆる才能に溢れ、絵を描けばピカソ。歌えば和正。食べればジャイアント白田といった感じです。
幸せです。
―――
しかし、時は20XX年。急に世界は核の炎には包まれました。
世界はマッチョの上裸姿であることのみが正義となり、ガリガリ物書きの私はすっかり世間からの嫌われ者になりました。
筋肉について書かれた書物しか、売れなくなり私の年収は80円になりました。
美人で良く気が利く妻は、気が利きすぎたため、消滅しました。
娘はよく見ると息子でした。半年もすると、ヒャッハーだのヒーハーだの叫ぶモヒカンとなり果てました。
マンションは建築基準法を大幅に違反していたことが判明したため、爆破されました。
私は、すべてを失い、すっかり無気力になりました。
才能があると思っていた絵は、なんか幼稚園児が適当にクレヨンを塗りたくったみたいだし。
歌も、録音を聞いてみたら発情期の猿のようでした。ほんとは、じゃがりこ一つ食べきれず残したことがあります。
そして、そもそも物書きとしての才能もなかったのです。
私は、不幸でした。
―――
「見て。ここがパパの住んでた家」
「ふーん」
目の前のおんぼろアパートは2階建てで、ベニヤ板の階段はところどころ歯抜けになっていた。
パパが珍しく寄り道したいと言ったので、仕方なく付いてきたが拍子抜けだ。
「めっちゃぼろいじゃん」
僕が素直に感想を述べると、パパはアハハと楽しそうに笑った。
「このアパートは建築基準法を大幅に違反している」
パパは表情をつくり、ピシャリと違法建築物を指差した。
「断熱材なんて一切入ってなくて、夏は異様に暑いから、住んでた男どもはほとんど裸同然で暮らしていた。それに、消火設備が無かったから、一階に住んでたじいさんの煙草の不始末で一度全焼した」
「え、一回全部燃えたのにまだおんぼろなの?」
「そう。また、おんぼろを建てた。これでもパパが住んでた頃よりだいぶ綺麗になったけどな」
そう言うと、パパは違法建築物をコツコツと懐かしむように拳で叩いた。
その瞬間、窓が勢いよくピシャリと開いた。
「うるせぇぞ!」
「…すみません」
大人が平謝りしている。よく見る光景だ。
―――
帰り道、コンビニで買ってもらったアイス棒をペロペロ舐める。
すっかり空は橙色だ。
パパは昔の家を見たせいなのか、隣でずっと思い出話をしてる。
「…ママが出ていったときな。パパ、さっぱり理由が分からなかったんだ。で、あとで聞いたら”私が居たら食費が倍かかる”って言うんだ。笑っちゃうだろ。でもあんときは貧乏がほとほと嫌になったな」
「ママ食いしん坊だから倍じゃ済まないしね」
「ハハ、確かにな。そのあと家も燃えちゃって、君はわんわん泣きわめくしで、もうどうしようかと思ったなぁ」
見上げるとパパの眼鏡が橙色で、どんな表情をしているのか分からなかった。
「どうしたの?それから」
僕は、尋ねた。
んーとね パパはそう言ってから、少し黙った。
「まあ、色々あったけど何とかなった」
「なんだ、それ」
「ハハ、大人は必死だからな。大抵何とかしてしまうのさ」
そう言って、パパは僕の頭を撫でた。
僕は恥ずかしくって、その手首を掴んで押し返すけど、ぜんぜんかなわなかった。
「あ、パパ。スーツ、腕のとこ。ボタン取れかけてる」
「え、うそ?」
「嘘」
潮の香が強くなって、家が近づいてきたのが分かる。
同時にカレーの匂いもした。どうやら我が家の晩飯はカレーらしい。
「どうしてうちの家はこんな駅から遠いのさ」
僕は、すっかり暗くなった空を見て思ったことをパパに尋ねた。
「そりゃ、だって…ほら、見てみろ」
後に続く言葉は、決まっている。
「オーシャンビューだぞ、ここ」