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【短編小説】七人の獣族とゲスい名前のオチャラケ勇者 -人類史上最低の名前で異世界転移-

作者: 風間筆乗




「お前は本当に、私の毛並みが好きなんだな」

「うーん。ロロのモフモフ具合は最高だぁ」


 ——夢を見ていた。


 垂れた犬耳にフワフワの尻尾を生やした、獣族の女の子の夢を見ていた。


 溢れんばかりの大きな胸と、キュッと引き締まったくびれ。

 男子なら見惚れてしまう曲線美を有しながら、チャームポイントに『モフモフ』という、極上の触り心地。


 夢の中の俺は、彼女に抱きつきながら、アグレシッブにアプローチを続ける。

 そろそろ付き合ってくれてもいいだろう。俺ならお前を生涯、愛し続けられる——と。


 

「——そんなに私が欲しいなら、私よりも強くなることだな。弱い男に興味はないぞ」



 どこか男らしくもあるのに美しい。ニッと笑う口元が、とても印象的だった。



▲▽▲▽▲



 いつもより心地の良い目覚めに満足し、大の字になって背筋を伸ばす。

 グーと鳴るお腹に手をあて、転がったスマホで時刻を確認すると、ゆうにお昼を過ぎていた。


 なにか食べようか少し迷うも、俺の指先はパソコンの電源を押している。どうした俺の指よ。なぜお前は勝手に——。


 そうだ。とうとう、待ちに待った、超大作MMORPGが今日から始まっているのだった。


 俺は高校二年生。

 趣味はゲーム。特技はゲーム。恋人はゲームといった、どこにでもいる普通の男の子だ。

 親父も生粋のゲーマーである。日曜日は仕事も休みのはずだし、おそらく自室で同じタイトルを始めているだろうな。


 あ、イイことを思いついた。ゲーム内で親父を襲ってやろう。ククク。他人を装って息子が襲撃してきたら、さぞ驚くだろう。



 ——俺はキャラクター作成画面を開いた。


 

 選べる種族はヒューマン、エルフ、ダークエルフ、獣族、ドワーフと、一般的なラインナップから。

 昨日見た夢のせいで、デフォルトに表示されている獣族の女の子が気になって仕方ない。


 なんていうか——。あれは、いい夢だったな。

 犬耳に尻尾をフワフワさせた、絶世の美女に抱きついていたのだ。童貞代表のこの俺が。


 物理的に考えても、現実世界じゃ一生体験できない出来事だった。もっと寝て、もっと触っておけばよかったと後悔している。

 嗚呼、神様。もう一度、彼女に出会うチャンスを頂けないでしょうか……。はい。無理ですよね。


 ひとまず獣族の女の子のことは置いておいて、今は親父を襲うことに集中しよう。


 初めに選べる職業は、どの種族もファイターかメイジの二択。

 俺はこの手のゲームをプレイする時には、大抵ダークエルフを選んでいる。理由は、『最も厨二病をくすぐるから』だ。

 早く全体チャットで、俺の右手が疼くと叫びたい。

 そんな自然な流れでダークエルフを選択し、職業はファイターを選んだ。

 

 最後に、大事な大事な『キャラクター名』を決めるとしよう。

 ネットの世界において、キャラクター名とは命そのもの、かつ名詞がわりと云っても過言ではない。

 ヤバイ名前を付ければ、ヤバイ奴だと認識されて当然であり、人は名前で判断されるのが常識とも言える。

 しかし、今回の目的を忘れちゃいけない。俺は親父を襲撃するのだ。

 このゲームを始め、最初に襲われた名前として、深く記憶に刻んでもらいたい。

 俺は長考し、無心になって指のタイピングに流れを任せ、キャラクターの名前を決めた。




『プレイヤーネームを【置引きマスター】で決定します。よろしいでしょうか?』




 我ながら素晴らしいネームセンスだ。

 これほど小悪党で、かつ極めた者のみが名乗れる『マスター』を後ろへ持ってきた。

 このキャラクターに襲撃されたら、親父は驚いてくれるだろうか。

『置き引きマスター。お前を倒した者の名だ』よし。決め台詞は、これでいこう。

 俺は誰もいない自室でニヤリと笑い、キャラクター名を確定しようと、『はい』を押した。




『この名前では、無用なトラブルや、災難に見舞われる可能性があります。本当にキャラクター名を【置き引きマスター】で決定しますか?』

『はい』



 おや。今、変な質問をされてなかったか。

『はい』を押した直後に気付けはしたが、光の速さでエンターキーを押してしまった。

 通常のゲームなら、禁止されてる単語や、<ひらがな>が並ぶことで、却下されることはある。

 しかし今回は、使用するキャラクター名に注意喚起をしてくれていたようだ。

 ……なんだろう。この親切すぎるシステムメッセージさんは。




『「まぁ、貴方がこれでいいと言うなら、私は止めはしませんけどね」』


「え!?」


 チャットの文字と同時に、脳内に女性の声が響いてきた。

 起きた現実に理解が追いつかず、訳の分からないまま、俺はヘッドホンを装着する。

 これも夢か。知らない間にパソコンの前で寝落ちし、パソコンの前にいる夢を見ているのかもしれない。

 ヘッドホンのイヤーパッドを左右に大きく伸ばし、両手を離す。バチンと音をたて、俺の両耳を強く打った。おかしい。すごく痛いんですけど。



『「さぁ、もう時間です。私も出来る限り助力はしますが、簡単に死なないでくださいね。貴方は、私達に残された最後の希望なのですから」』




 放心状態で口を開けていると、PCのモニターが突然プツンと真っ黒になった。

 電源が落ちたのか? 何かのバグだった可能性もあるな。

 そもそも、華の男子高校生に最後の希望だなんて、ちょっと重すぎる話じゃないでしょうか。

 

 少しの静寂が流れていくと、なにやらモニターの中心へ光が収束されていることに気がついた。

 故障かな。この世界の大体のことは、バグや故障で説明できると、グランドファーザーも言っていた。


「はぁ。新しいパソコン買うお金なんて無いんですけど……」


 親父に話をしに行こう。たぶん寿命で壊れちゃったんじゃないかなと、そう言ってみよう。

 椅子を後ろに引き、立ち上がろうとしたその時だった——。


 モニターの中心にあった光が、明らかに巨大化している。


 これは……まずい。そう思った次の瞬間——。

 光は、一気に輝きを高め、俺を目掛けて掃射されていた。




 ——最後に捉えた記憶は、瞳を焼きつくほどの閃光だった。



▲▽▲▽▲



 閉じていた瞼をゆっくりと起こしていく。

 意識を失い、どれくらいの時間が経過したのだろうか。


 ここは、どこだろう。

 背中をなにかに支えてもらっている。

 徐々に覚醒し始めた意識は、どこまでも続く夜の草原を映し出していた。


 遠くは暗く見えるのに、なぜか俺のいる付近は光源があって明るい。

 時おり吹いてくる風に呼応するように、きらりとした音が上の方から聞こえてくる。

 音と光の正体が気になって、俺は真上を向いてみた。



「……え? なんだ、これは——、」



 上空には何百メートルあるかも分からない、大木の樹冠が光り輝いていた。

 もたれ掛かっている背中には、タワーマンションに匹敵するほど、あり得ない太さの幹。

 こんなものが存在する訳がない。え、死んだ? 俺氏、若くして逝ってしまったのか。



 それから、どれだけ思案をめぐらせてみても、答えに辿り着くことはなかった——。



「はぁ。……嘘だろう。なにが起こったんだ」


「あなたは数時間前から、そこで寝ていましたよ」

「ヒ!」


 後ろからの声に意表を突かれ、悲鳴が出そうになる。否、ちょっとだけ出た。

 話しかけてきた人物を確認すると、金色のロングヘアーに尖った耳。

 緑色の優雅なドレスを見に纏った、然もエルフのような美少女が直立し、俺を見おろしていた。


「どうしました? 記憶でも失いましたか?」

「いえ、記憶というより、実家を失いました……」


 部屋で閃光を浴びたところまでの記憶はある。

 そこから一体なにがあったのか——。俺の実家はどこへ行ったのか。どうして知らない土地に移動しているのか。そして、このエルフにしか見えない美少女は——、


「美少女さんは、まるでエルフのようですね。よく言われませんか?」

「エルフですからね。言われませんよ。エルフにエルフのようだとは、誰も。あなたがダークエルフであるように——」


「……え!?」



 落ち着け。ちょっと落ち着こう。

 彼女は俺のことをダークエルフだと、そう、口にした。

 そんな筈はない。俺は歴とした日本人男子だ。肌の色だってあんな褐色の————、



「……褐色やないかい」



 両の手の平を見て、肌の変化に気がついた。

 念のために裏返して、手の甲も確認する。うん、褐色だね。

 だけど、肌の色だけで判断するのは早計とも思える。なにか決定づけるものが出てくるまでは、もう少し日本人であることを信じていたい。


 俺は全身を確認するために立ち上がる。

 不思議だ。いつも見ていた世界が、20センチメートルくらい高くなった気がする。

 ねぇ。俺の本物の身体はどこへ行っちゃったの?


「あの……手鏡なんて持ってたり、しませんよね?」


 彼女はポーチからゴソゴソと手鏡を取り出して、俺の顔前に運んでくれた。否が応でも、自分の顔が鏡に映る。


「おお……そんな……こんな、こんなことが起こるなんて……。美少女エルフさん、俺って結構イケメンだと思いませんか?」

 

 俺の顔は、知らない誰かの顔、ダークエルフになっていた。

 救いであることは、以前より数段イケてる顔面を手に入れられたことだが。


「私は、美少女エルフさんではありません。シエラ・アウグスタといいます。あなたの名前は最低ですが、イケメンだとは思いますよ。置き引きマスターさん」


「え?今なんて」


 エルフの美少女、シエラに『置き引きマスター』と呼ばれた。

 どこか聞き覚えのある最低な名前だが。どうして彼女は俺を『置き引きマスター』だと判断したのだろうか。


「私を意識して、見てみてください。名前とHPゲージが出ていませんか?」



—————————————


シエラ・アウグスタ

HP:■■■■■■■■■■


—————————————



 シエラを意識して見ると、彼女の名前とHPゲージが表示された。まるでゲームのように。


「ステータスを持つもの同士は、このようにしてお互いを認識することができます。ご存じないのですか?」


「はい……まるでゲームの中の世界ですね」

「その言い方は、あなたが別の世界から来たように聞こえますが」


「多分、そうなんです——」


 俺はシエラに、プレイしようとしたゲームの中で種族と名前を決めたところ、不審な声とやりとりを交わし、閃光に襲われ今に至ったと説明した。


「あなたに起きた現象をまとめると、異世界転移といったところでしょうか——。アルバ大陸伝承記にも、異世界からやって来たという人物は、実在したと記されてますが——、」


 シエラは疑うような視線で俺を見る。


「異世界転移者は皆、偉業を成し遂げた偉人として記録されています」

「そうなんですか?」

「はい。少なくとも、あなたのようなゲスい名前の方は一人もおりません」

「……俺も好きでこんな名前にしたんじゃないんです……うう……泣いていいですか? 少しだけ、お胸を……おっぺえを借りてもよろしいですか?」

「それ以上、私に近づいたら焼殺します。あ、もしかしたら死ねば帰れるかもしれませんね」


「シエラさん、ごめんなさい。もう、おっぺえ借りたいなんて言わないので、優しくしてください」


 俺の身に、突如として起こった出来事。

 それは、『異世界転移』で、間違いないようだ。


 シエラの話を聞いてもなお、事実をうまく咀嚼できない、気がかりな点が俺にはある。

 この世界は、もともと存在していた異世界というよりも、ゲームの中なのではないかという疑惑。

 きっかけは、言うまでもなくMMORPGでキャラクターを作成したこと。

 相手の名前とHPゲージが見えているなんて、ゲーム以外では考えられない現象だ。



 俺は顎に手を当て長考する。——沈黙の時間が流れていた。



「置き引きマスター、あなたに見せたいものがあります。ついてきてください」


 シエラの表情は、なにかを決意したようにも見え、その横顔には一瞬の、悲しみを灯したような、そんな気がした。


 彼女の歩く後ろを続き、タワーマンションのような太さの、幹の反対側へと歩いていく。


「この大木は、世界樹の木といいます」

「世界樹の木……。俺の世界でも聞いたことがあります。主にゲームですが……」


「私はここで、一人の男性を弔っていました」

「そうなんですか……そんな大切な時に、なんかすいません……」



 俺は、なんて空気の読めないタイミングで転移してきたのだろうか。

 故人を弔っている時に、突然『置き引きマスター』が現れたのだ。

 ガチで焼殺されてもおかしくない事案だったと思える。

 シエラの寛大な心持ちに、心の中で敬意を払っていると、彼女は故人について語り始めた。



「彼はこの世界、アルバ大陸の【太陽王子】とも呼ばれ、人々に愛されていました」


 シエラは彼のことを思い出しているのか、時おりクスリと笑い、夜空を仰ぐ。


「ふざけることが、とても好きな人で。それでいて、誰よりも仲間思いで。彼のまわりは、常に笑いが絶えませんでした」

「そんな方を亡くされたのですか……」


「——彼は殺されました。たった一人で、攫われてしまった仲間を、助けに向かったのです」



 故人は殺された。

 身近な人の死でさえ、俺は未だに経験したことがない。

 シエラの言葉から察するに、きっと親しい関係を持った大切な人だったのだろう。


 やがて、俺が寝ていた幹と正反対の場所まで歩いてきていた。

 世界樹の木の幹に上半身を預け、まるで寝ているかのような人影が見えてくる。



 俺とシエラが故人へ近づくと、突風のような強い風が吹き、世界樹の木は一層、輝きを増していた。



—————————————


アノーリオン

HP:□□□□□□□□□□


—————————————



 穏やかな表情で眠る、二十代くらいの好青年。

 彼の全身はボロボロだった。

 口には流した血の跡が残り、貴族のような上質の軽装備は八つ裂きになっている。

 これが人の死なのか。俺は彼のことを全く知らないが、悲惨な姿に強い憤りを感じる——。



「私はずっと……アノを——、愛していました」



 シエラの瞳から、ひとすじの涙が零れていた。



「アノが戦った相手は、この世界の巨悪そのものです。私は、『独りで行かないで』と止めたのですが、攫われたのは、アノ自身が愛した人だったのです。それで全然、言うことを聞いてくれなくて……フラれてしまったのですよ、私は」

「なんだか、切ないお話ですね」


「ごめんなさい。私があなたに伝えたかったのは、フラれたことではなく、この世界で生きていくためには、強くならなければ、アノのように死んでしまうということです。


 近い将来、この世界では『全ての種族』対『魔族』による、大戦の口火が切られます。あなたが、もしも元の世界に帰りたいと願うなら、まずは生き残る以外に術はありません」


「全ての種族とは、ヒューマン、エルフ、ダークエルフ、獣族、ドワーフのことを指してるのですか?」


「そうです。その5種族以外の忌み嫌われし生物、それが私たちと敵対する魔族です」

「なるほど。強くならなくてはいけない理由が、理解できました」


「物分かりが早いですね」

「ええ。昔から、お前は察しがいい子だな、偉いぞと言われてました」


 彼女はクスリと笑い、アノーリオンの亡骸から鞄のようなものを取り外した。


「それでは、あなたにこれを差し上げましょう」

「これは……」

「『遺品』です」

「いやいやいやいや! そんなの貰えないですよ! シエラさんが持っててください! 愛した人の物でしょう?」

「この鞄は、『インベントリ』と呼ばれるアイテムボックスです。ステータスを持つものは、同時にこのインベントリを所持しています。見たところ、あなたにはありませんよね?」


 俺は自分の所持品を確認する。うん。無いね。服しかないや。


「異世界転移をしてきた影響かは分かりませんが、これが無いと、あなた死にますよ」

「マジっすか」

「マジです。一度、この鞄を開けてみてください」



 俺は渋々、遺品という名の、ポーチ状の大きさの鞄をあけ、中を確認してみることにしたのだが——、これには驚きを隠せなかった。

 その中身は異空間のように広く、カラーボックスを無数に寝かせたような、収納区画がたくさん並べられていたからだ。



「驚かれましたか? これが無ければ、回復ポーションや予備の装備、モンスターを倒して得たアイテム、お金も全て、現物で管理しなくてはならないのですよ」

「よくわかりました。『インベントリ』がどれほど必須なものかが」

「はい。それでは、その鞄を装備した状態で、中身を取り出そうとしてみてください」


 鞄を腰のベルトに装着し、言われるがまま鞄に手を入れた——。



————————————————————

■インベントリ


+16 ミラージュロングボウ【Bグレード】

+16 ミラージュダガー【Bグレード】

+20 ブラッディロングボウ【Cグレード】

+20 ブラッディダガー【Cグレード】

ロングボウ【Nグレード】

アサシンダガー【Nグレード】

ウッドアロー:5000本

スチールアロー:5000本

シルバーアロー:5000本


Bグレードクリスタル:36870個

Cグレードクリスタル:178230個


高級HP回復ポーション:1000個

高級MP回復ポーション:1000個

HP回復ポーション:500個

MP回復ポーション:500個


————————————————————



「中身を取り出したい時は、視界に表示されたアイテム欄から選んで使ってくださいね」

「ちょ、これは……俺、とんでもないものを貰ってませんか?」

「アノが過去に使っていた武器が入ってると思います。あ、でも、お金は0だったと思いますけど」

「いえ。多分、これはお金がなくても十分すぎると思います」

「彼が今、身につけているメイン装備は、私が遺品として預かりますので、そこは諦めてくださいね」

「これ以上なにか貰おうとしたら、俺は、物乞いマスターになっちゃいますよ」

「ふふ」


 それから、シエラに自分のステータスを見る方法と、地図の使い方、スキルの使い方などを教えてもらった。


 この世界には、【称号】と呼ばれるものもあるらしい。

 特定の条件を満たすことで、称号は獲得できるらしく、試しに自分のステータスを見たところ、俺は一つだけ称号を所持していた。



————————————————

■Lv.1:置引きマスター

ダークファイター

HP:15/15

MP:10/10

EXP:□□□


装備

武器:無し

防具:レザーメイル、レザーブーツ


称号

【解放者】名無しの獣、半獣族に名前とステータスを付与する。

————————————————



【解放者】の説明を読んでもイマイチよく分からない。

 この称号に価値があるのか、シエラに聞いてみると、彼女はクスリと笑うのみだった。


「それでは、私からあなたに送れるものはこれで全部ですね」

「本当に色々と、ありがとうございました。強くなったら、いつか恩返しにきますね」

「ちゃんと強くなってくださいね。すごくイイものあげましたから」

「はい。これから早速、レベル上げをしてみようと思います」


 俺がこの先、現実世界に帰れるかどうかは分からない。

 それでも、生きていくには、シエラが言うように強くならないといけないのだ。

 実家へと続く道を探すためにも、この世界を知っていくことが一番の近道だろう。

 

「ここから西に5キロほど行ったところに小さな村があります。そこには『レオン』という人物が居ますので、まずは彼を頼ってみてください」

「わかりました! これだけ親切にしてもらって、シエラさんに返せるものがですね、なにも無いのは心苦しいので、よかったら、チューとかしましょうか?」

「…………」


「嘘です。冗談です。俺のファーストキスに、そんな価値ないですからね!」


「……してください」

「えええ!?」

「……胸を貸してください!!!」


 シエラが、キスをしてくださいと言ったのかと思ったが、どうやら違ったようだ。

 俺の胸を借りたかったらしい。

 なんだ。それくらいのことでよかったのかと、思っていたところ……




 ——シエラは、俺の胸に飛び込み、大声をあげて泣き始めた。




 何度も、『アノ』と口に出して、ボロボロ泣いていた。

 その姿はまるで、大切なものを取り上げられた子供のようだった。

 俺と会話をしていた時は、幾分か彼の死を受け入れられてきたのかと思ったが——、どうやら全く気持ちの整理がついていなかったらしい。

『大切な人を失う』というのは、こんなにも悲しいことなのか。

 


 

 わんわん泣きじゃくる彼女が落ち着いたのは、

 うす暗い夜が明け、

 太陽がふたたび顔を出した早朝のことだった——。




▲▽▲▽▲




 どこまでも続く、道なき草原を俺はひたすら西へと歩いていく。

 後ろを振り返ると、世界樹の木は光を失っているも、その存在感は距離を置いても圧巻であった。


 俺の体には、エルフの美少女シエラが残した、甘くて思春期を刺激する、とてもイイ匂いが漂っている。


 女の子を抱きしめるなんて、初めてのことだった。

 シエラはずっと泣いていたが、俺の全身に伝わる経験したことのない柔らかさ。

 その誘惑に負け、お尻に手を持っていくと、強く手をはたかれた。

 今も手がジンジンするが、感動で忘れられない思い出になったので良しとしよう。


 もしもまた、彼女を抱きしめられる機会があるなら、その時は頭を撫でてみよう。

 そしたらお尻に伸びる手にも気づかれないかもしれない。

 


 ——俺は誤った女性経験値を獲得した。



「さて、それじゃ、初めての狩りをしてみようかな」

 


——————————

ホワイトラビット

HP■■■

——————————



 俺の目の前に現れたのは、白くて小さなウサギ。

 名前とHPの表示を見るに、モンスターで間違いないだろう。


 ホワイトラビットの前でしゃがみ込んでも、襲ってくる気配はない。

 俺は鞄からアサシンダガーを取り出し、試しに軽く刺してみた。


「えい」


 一瞬、血のような飛沫が見えるも、すぐに消滅。三枚の硬貨が残った。

 硬貨を拾いあげて鞄にしまい、インベントリを確認すると『3G』が増えている。

 どうやら今の戦闘で、俺のEXPゲージも三分の一が増加されたようだ。


 なるほど。このウサギたちは、駆け出しの冒険者でも狩れる初期モンスターなのだろう。

 適正のレベルで狩りをしていけば、より安全にレベルを上げることが出来そうだ。


 それから俺は、周辺に満遍なく生息するホワイトラビットを一刺ししてまわった。

 しゃがんでは刺し、しゃがんでは刺し、を繰り返し、なんだか、自分がただの動物を虐待しているサイコパスのような気がしてきた。

 

 このままでは俺の心がもたない。

 無数のウサギたちの怨念によって、今日の夜は寝つきが悪くなりそうだ、と心配していたところ、システムメッセージが表示された。


『スキル <パワーストライク><閃光の刺突><閃光の矢> を獲得しました』

 

 レベルが3に上がると同時に、スキルを獲得したようだ。

 早速、確認してみる。



————————————————

■Lv.3:置引きマスター

ダークファイター

HP:45/45

MP:30/30

EXP:□□□□□


装備

武器:アサシンダガー【N】

防具:レザーメイル、レザーブーツ


スキル

【剣/斧/槍】パワーストライク

【短剣】フラッシュブロー

【弓】フラッシュショット


称号

【解放者】名無しの獣、半獣族に名前とステータスを付与する。

————————————————



 おお!

 ダークファイターは物理攻撃スキルがメインなのかな。

 レベルが上がったことにより、HPとMPも増えている。


 もしも俺が死んだ場合、次はどこへ行くのか分からない。

 となると、やはり簡単に死ぬ訳にはいかないな。

 シエラに恩返しもしなければならないのだ。

 生存確率を上げるため、元の世界に帰る情報を探すためにも、ちゃんとレベル上げをしていこう。


 新たな決意を胸に抱いていると、突然システムメッセージが流れてきた——。

 


『【動物愛護法違反】の称号を獲得しました』



 え。人に言いずらい称号が来たんですけど。こういうの困るんですけど。

 称号なのに、『違反』とは——。

 俺はおそるおそる、称号の効果を確認してみた。



【動物愛護法違反】攻撃力と素早さを+10%アップ



 破格だ。こいつは破格の効果ですよシエラ姉さん。

 さまざまなゲームをやり込んできた俺には分かる。

 この称号がもたらす、絶大な効果が。

 

 +10%アップは、序盤ではそこまで恩恵を感じれない。

 しかし、ステータスの上昇した後半へ行くほど、+10%は爆上がりに価値を高めていくのだ。


 攻撃力や素早さの数値も見れたら、上昇値もわかるのだが。

 そこは『ないものねだり』と思って諦めよう。


 自然とまた増えている、周辺のウサギを倒しても、そろそろ意味がないだろうな。

 俺はもう少し先へ進み、別のモンスターを探してみることにした。




——————————

シルバーウルフ

HP■■■

——————————




 草原を更に進むと、全身の毛が青みがかった狼たちを発見した。

 ウサギから狼は、ちょっと難易度を上げすぎか? 噛まれたら痛い、よね?


 迂闊に短剣で近寄り、まわりの狼が一斉に襲ってきたら、死んでしまうかもしれない。

 ここで死ぬのはめちゃめちゃダサい。

 きっとシエラに、狼たちに食い殺された姿を発見されても、スタートからの距離が近すぎて、泣いてはくれないだろう。

 近づくことへのリスクを感じた俺は、弓のロングボウを取り出した。


 ロングボウに矢をセットし、仕止める狼を選択する。

 そうだ。先ほど覚えたスキルも試してみよう。


 俺はシルバーウルフの頭に標準を合わせた——。



<閃光の矢>(フラッシュショット)



 意識を集中し、スキルを詠唱すると、俺の右手が力強く後ろへと引かれていった。

 矢の先端は白く光り、膨大な熱量が一本の矢へと込められていく。

 

 やがて発射と同時に、凄まじい速度で一直線のレーザーが軌道を描いた。

 そんな厨二病をくすぐる絶景のあとに残ったものは、首を失ったシルバーウルフの死体のみ。


 これはすごい。カッコ良すぎる。

 MPは30消費するも、EXPゲージは半分くらい増えていた。


 鞄には、MP回復ポーションもたくさんあるので、ポーションを飲み続けて狩りをすれば、ノーリスクでレベル上げを行える。これは素晴らしい。



 ——俺は、シルバーウルフを乱獲することに決めた。



 レーザーがカッコいい上に、一撃で倒している爽快感。

 気持ち良すぎて、俺はニヤニヤしながら狼たちを滅していった。

 もしもこの光景を誰かに目撃されていたら、ゲスい名前とセットで通報されていただろう。

 夢中になって、不気味な狩りをしていたことをちょっとだけ反省した。


 シルバーウルフを30匹以上倒したところで、新たなスキルの獲得が通知されている。

 ちょうどいいタイミングかなと思い、一休みすることに。


 レベルは一気に12まで上がっている。

 3の倍数になにかの決まりがあるのか、レベルが6、9、12で、それぞれスキルを獲得していた。



————————————————

■Lv.12:置引きマスター

ダークファイター

HP:180/180

MP:120/120

EXP:□□□□□


装備

武器:ロングボウ【N】

防具:レザーメイル、レザーブーツ


スキル

【剣/斧/槍】パワーストライク、ホーリーストライク

【短剣】フラッシュブロー、ピンポイントブロー

【弓】フラッシュショット、ピンポイントショット

【重装備マスタリー】【軽装備マスタリー】


称号

【解放者】名無しの獣、半獣族に名前とステータスを付与する。

【動物愛護法違反】攻撃力と素早さを+10%アップ

————————————————




 シルバーウルフを乱獲したことで、所持金も約1000G増えていた。

 まだ目的の村へ辿り着いてない俺には、お金の価値も分からないが、持っていて損はないだろう。


 その他の目立ったドロップ品は、『ショートソード』と『見習いのロッド』という装備が二つずつ。

 ショートソードは剣。見習いのロッドは杖で間違いなさそうだ。

 

 いつか俺にも魔法が使えるようになるのか、気になるところではある。

 ド派手な爆裂魔法で、一度でいいから山とか消し飛ばしてみたい。

 理由は至って純粋だ。

 ただ、そこに山があるから、消したくなる。だって男の子だもの。



 体調もすこぶる良く、このままレベル上げを続けようと思っていたところ——。



 前方から、どこか獣のような、小さな生物たちがこちらへ走ってきているのに気がついた。


 モンスターなのか、獣族なのか。

 目を凝らして見てみると、犬や猫のような姿をしている。


 スコティッシュフォールドのような、全身の白い毛並みをモフモフとさせた猫。

 ポメラニアンのように、下をチロっと出し、全身を黒い毛並みで包みこんだ犬。

 そして、なんかよくわからない雑種のような茶色い犬の三匹だ。


 待って。見た目がめちゃめちゃ可愛いんですけど。

 お金を払ったら、抱っことかさせてくれないかな。


 だが、おかしい。彼らは二足歩行でダッシュしている。

 なぜ前足を使っていないのか。


 いや、前足よりもなにか様子がおかしい。

 スコティッシュフォールドのような猫は、両前足を頭の上にあげ、何度もクロスさせながら泣いていた。



「助けてーーっ! 助けてください!」



 驚いた。この猫ちゃん喋ったよ。

 俺の元まで駆け寄ってきた3匹——いや、3人の獣族と思わしき人物たち。

 腰あたりまでしかない背丈で、懸命に上目を使って助けを求めている。


「む、むあでまうりをやっえあらもんうあーがっ!!」


 茶色い犬が何かを伝えようとしている。だが、ネイティブ過ぎて全然分からない。


「村で祭りをやってたら、モンスターが襲って来たんです!」


 首を傾げていた俺に、白い猫ちゃんが通訳をしてくれた。


「オーケー。とりあえず喋るのは猫ちゃんだけにしようか? ワンちゃんはちょっとハウスね」

「ワンっ!」

「よーし。いい子だ。お前は昔、近所で捨てられてた子犬のポチに似てるな。あの時、飼ってあげられなくてごめんなポチ。うん。もうポチにしか見えないから、お前は今日から【ポチ】だ」


 俺はワンちゃんの顎下をコロコロしながら、勝手にポチと命名した。すると——


 上空から、チュドーンと稲妻のような白い光が降り注ぎ、ポチを飲み込んでしまった。


「えええ!?」

「きゃああああ」


 ポチ死んだ? 嘘だろう? こんなに広い草原で、突然白い稲妻に襲われる確率は如何ほどか。

 せっかく会えたのに。まだちょっとしかコロコロ出来なかったのに。

 心の中で悔やんでいると、光は四散し、目の前には無傷な姿のポチを確認できた。


——————

ポチ

HP:■■■

——————


「よかったぁ。ポチ、死んじゃったかと思ったぞ。しかも名前も、本当にポチだったんだな」

「ワンっ!」

「嘘っ!? そんなまさか!?」


 尻尾をブンブンに振るポチの頭を撫で、元気いっぱいな健在ぶりに安堵する。

 白い猫ちゃんは、口をワナワナさせて驚いていた。

 

「その子に、名前が……ステータスがあるんですか!?」

「ポチにはあるよ。君と、そこの黒いワンちゃんの名前とステータスは見えないけどね」

「ポチもさっきまで無かったですよ!!」

「そうなの? あ、もしかして——」



 俺は自分の持つ称号のことを思い出した。



【解放者】名無しの獣、半獣族に名前とステータスを付与する。



「君たちは、半獣族だったのかな?」

「……そうです。まさか……あなたは、勇者様なのですか?」

「いやいやいや! 違うからね? とてもじゃないけど、勇者には、なれそうもないゲスい名前の一般ピーポーだからね?」

「…………」


 俺は勇者ではない。そう否定すると、白い猫ちゃんは体を震わせ押し黙った。


 称号の存在を忘れ、勝手に名前とステータスを与えてしまったことで、混乱させたようだ。

 申し訳ないことをしたなと思うも、俺は遮ってしまった当初の話へと仕切り直す。


「そう言えば、村がモンスターに襲われてるんじゃなかったっけ? なにがあったの?」


 その言葉を受けて、白い猫ちゃんがハッと目を見開いた。

 

「そうなんです! 今日は、獣の村祭りをやってたんです。広場で、村のみんなで乾杯したら……突然、大勢のアンデッドモンスターが現れて。一緒にカンパーーイ! って」

「……アンデッドも喋ったの?」

「いえ……喋ったかどうかは分からないんですけど……」


 ひとまず、アンデッドが喋ったかどうかは置いておこう。

 この子も、まともそうに見えて、どこかズレている気がする。


「それで、村の人たちは?」

「なんか人が増えたね〜とか言ってた人も居たんですけど、いきなりゾンビに殴られて喧嘩になっちゃったんです!」

「う、うん。そりゃあ喧嘩にもなるだろうね」

「そこからはもう、一方的に村の人たちがやられはじめちゃって……ぐす……村長さんも居ないし……誰か助けを呼ばなきゃって……」

「もしかして、村長さんていうのは、レオンさんて人かな?」

「そうです!!」


 なるほど。この子たちは、俺が向かおうとしていた村の子供たちということか。

 猫ちゃんの伝え方、ポチの滑舌が悪いことを踏まえると、半獣族は人族よりも知能が低いのだろう。


 それにしても、黒いワンちゃんは一言も喋らないな。

 尻尾をガンガン振って、俺のことを見つめているのは気になるが……。

 

 これは、ゲームで言う『突発クエスト』なのかもしれない。

 レオンさんを訪ねるという、目的とも合致しているし助けてあげよう。


「オーケー。話はわかった。俺に助けられるかは分からないけど、村まで案内してくれるかな?」

「ニャーーっ! ありがとうございます! こっちです」


 目をウルウルさせた猫ちゃんに手を引かれ、俺は獣の村へ向かうことにした。



 ——5分ほど草原を駆け抜け、エルフの森を少し入った浅瀬にその村は在った。



 広場を中心に木造の平家が30軒ほど、円を描くように並んでいる。

 屋根の無くなっている家屋も多数あり、元々は廃村になった集落ではないかと窺えた。


 そして現状、村の家屋はゾンビの群れによって破壊され続けている。

 泣いて逃げ惑う者、ゾンビに勇敢に立ち向かい戦っている者、状況がわからず家で干し肉のようなものを齧っている者など様々だ。

 広場の中央に居る、大きな鎌を持った浮遊霊を中心に、ゾンビの数は40を超えているように見える。

 

「これは……かなり厳しいな」


 何よりも数が多すぎる。倒すだけならまだしも、村人を助けながらでは手が足りない。

 しかし、増援を待っていては、救えなくなる命が出てきてしまう。

 仕方ない。ソロでやれるだけやってみるか。


「出来る限りのことはしてみる。お前たちも、これを使って自分の身は、なるべく自分で守ってくれ」


 先ほどのシルバーウルフ狩りで入手した、ショートソードと見習いのロッドを鞄から差し出した。


「あの……これってアイテムの武器ですよね?」

「そうだが? つかえないのか?」

「半獣族は……アイテムの武器や防具を装備することが出来ないんです……」


 まるで、この世界の人権が無いかのような、彼らの冷遇さに俺は唖然とした。

 知能の低さ故、一般的な町で暮らすことも難しいだろう。

 況してや、モンスターの存在する環境の中、まともに戦うことも出来ない。


 ポチ以外の二人にも、名前を与えるべきではないだろうか——。

 非常事態の真っただ中に、一生に関わることを提案するが、選ぶのは彼らだ。


「なぁ! 俺が二人にも名前を付けるって言ったら受け入れるか? ステータスがあれば、レベルを上げられるようになる。きっと戦えるようになる!」


「あ……お願いします! わたし達に名前をください!」

「バウっ!」

「なあえおえあいしあす」


 二人とも了承した。

 最初からずっと喋らなかった黒いワンちゃんも返事をした。

 ポチは既に名前がついているのに、またお願いしてきた。


「オーケー。それじゃあ、お前達に名前を付ける!  猫ちゃんは【タマ】! ずっと喋ってなかったお前は、【イッヌ】だ!」




 ——名前を付けると同時に、二人の上空から白い稲妻が降り注いだ。




 二つの光の柱が、名無しの獣であった二人を包み込む。

 彼らの見た目に変化はないが、俺の視界には決定的な変化がある。



 ——彼らの名前、HPが表示されているのだ。



「よし。これで一緒に戦えるな! パーティー申請を送るから、『はい』を選んでくれ! <パーティー編成>」


【タマ】がパーティーに参加しました。

【ポチ】がパーティーに参加しました。

【イッヌ】がパーティーに参加しました。



 視界の左上にある、俺の簡易ステータス表示の下に、彼ら3人のアイコンが続々と追加されてきた。



■Lv.1:タマ

獣メイジ

HP:10/10

MP:15/15


■Lv.1:ポチ

獣ファイター

HP:15/15

MP:10/10


■Lv.1:イッヌ

獣ファイター

HP:15/15

MP:10/10



 三人がパーティーに参加したことで、レベルと職業、そしてHPとMPの詳細も分かるようになった。

 タマには見習いのロッドを手渡し、ポチとイッヌにはショートソードをそれぞれ渡す。


「素敵な名前をありがとうございます! これでわたし達も戦えます!」

「ワンっ!!」

「わん……」


 イッヌ大丈夫か? お前、まさか名前が気に入らなかったのか?

 俺の世界では、愛すべき犬の代表みたいな名称なのだが……詮索は後回しにしよう。


 三人は武器を装備して戦えるようになったとはいえ、Lv.1では一撃でやられてしまうかもしれない。

 パーティーを組んだということは、経験値も分配出来る筈だ。試してみよう。



「これから俺がゾンビを1体倒すから、その場で待機しててくれ」



————————

ゾンビ

HP■■■■■

————————


 

 緑色の皮膚に、口から紫の体液を垂れ流す、いかにもゾンビって感じのモンスターに弓を構える。

 シルバーウルフのように一撃で倒せるかは分からないが、頭を狙い照準を定めた——。



<閃光の矢>(フラッシュショット)!」



 発射と同時に超高速で放たれた光のレーザーは、一直線でゾンビへと向かい、即座に頭を吹き飛ばしていた。

 よし。一撃で倒せるなら活路はある。


「すごいっ! あ、レベルが上がりました! そ、それと【獣ヒール】ってスキルを覚えたみたいです!」


 タマが目をキラキラさせて報告してくる。

 俺の視界に表示されているアイコンからも、タマ達のレベルが3に上がっていることを確認できた。


「もう少しレベルを上げたら一気に攻め込もう! タマは、獣ヒールをポチとイッヌに使ってテストしといてくれ! スキルを意識して、言葉で詠唱すれば使える筈だ!」

「はい!」


 その会話を口火に、俺は溢れかえったゾンビたちに向かって、次々に閃光の矢を放っていった。

 一発でMPを30消費するため、MP回復ポーションもガブ飲み状態だ。

 ちなみに、ポーションの味はエナジードリンクに似ていて、美味かった。


 近くにいたゾンビを半分ほど倒したところで、タマ達のレベルが10になっているのを確認。


 俺たちは村の広場へと少しずつ前進する。

 倒したゾンビからは、いくつか武器をドロップしていたので、即座に回収。

 さきほど彼らに渡した装備よりも、明らかに使えそうだ。



【アンデッドメイス】片手鈍器

 アンデッドモンスターへのダメージが小アップ



 

 アンデッドメイスは合計6本もドロップしていた。

 ドロップしたての武器を三人へと渡す。これで準備は整った。



 ——ここから、『獣の村』奪還作戦を開始する。



「よし。広場へ移動して残りのアンデッドを一掃しよう! ポチとイッヌは、二人で協力して村人を襲ってるゾンビを優先して倒してくれ!」

「了解しました!」

「承知」


 おや。この子たち、さっきよりまともに喋れてないか?

 イッヌに関しては、承知とか大層な言葉を使っていて、なぜか俺はムッとした。


「タマは、怪我をしてる人に獣ヒールを! ポチとイッヌが負傷したら、ヒールでサポートしてあげてくれ!」

「わかりました!」


 彼らにもHPとMPの回復ポーションを適当に持たせて、簡単な指示を出す。

 俺たちは広場へと一気に押し進めることにした。


 最終的には、広場の真ん中に堂と構える、あのデカい浮遊霊を倒さなくてはいけないのだろう。

 広場の手前で好き勝手に暴れるゾンビ達を、俺は閃光の矢で沈めていく。

 レベルはこの短時間で17まで上がっていた。これなら大丈夫だろうか。


 このアンデッド討伐イベントは、俺があの浮遊霊を倒して、村の英雄になるのが本筋っぽい気がする。

 ここまで来て、もしも返り討ちに合って死んでしまったら……考えるとちょっと怖いな。


 童貞の俺は、まだシエラさんのお尻しか触れていない。

 俺が目指しているものは、もっと先にあるのだ。こんなところで終わってたまるか。


 ポチとイッヌ、タマも上手く連携してゾンビを倒している。

 ポチが反撃を受けてしまってはいるものの、タマが即座にヒールをして、イッヌはゾンビの背後を取り、パワーストライクを放ち、不敵にふっと笑っている。やっぱりこいつなんかムカつくな。良い動きはしてるんだけども。



 やがて広場へと到着した俺たちが目にしたのは、想像の斜め上をいくものだった——。



 それは、ボスらしき浮遊霊のちょっと上。広場のステージを彩る横断幕。

 下手くそな字で書かれた、『呪!獣の村祭り』という、明らかに『祝』の文字と間違えられたであろう誤字だった。


「おい、祝い事の祭りが、呪いの催しになっちゃってるけど?」

「お恥ずかしい。あの時の拙僧は、未だ青かったということでしょう」

「書いたのイッヌかよっ!!」


 え? じゃあ、このアンデッド達は、字の読み書きもまともに出来ない、おバカなイッヌによって偶然呼び出されたモンスターだというのか。


「はぁ。なんてしょうもない……」


 悲劇だ。なにも悪いことはしていない。悪いのはこの子たちの頭だけだ。

 楽しい祭りごとが、突如としてアンデッドモンスターに襲われる不幸を呼び寄せてしまったのか。


 残念すぎる現状を目の当たりにしても、不思議と俺の胸はホッコリとしていた。

 そうか。俺がここへ来たのは——、



「しかたないから、俺がお前たちの村を必ず取り返してやるぞ」



 ——この可愛い獣たちのためなのだろうな。

 彼らは愛すべき、そして守るべき存在だと俺は認識していた。

 よくわからない感情だが、俺はこの子達が大好きみたいだ。絶対に守ってやろう。

 誓いを打ち立て、広場の中央にいる、ボスであろう浮遊霊と対峙した。



============

レイス

HP■■■■■■■■■■

============

 


 見た感じ、HPが多そうだ。

 サイズ感もゾンビの三倍ほどあってデカい。

 右手に持っているのは大鎌。あれで裂かれたら、無事では済まないだろうな。

 まずは距離を置いて、一撃を放ち、どれだけ削れるか確認しよう。



「このボスは俺一人でなんとかする。3人は残りのゾンビをなんとかしてくれ」

「はい! ゾンビをやっつけたら戻りますので、どうか無事でいてください!」

「わかりました! お気をつけて!」

「承知」



 今のところ、レイスから仕掛けてくる気配はない。

 最大射程の距離を取って、俺は弓を構える。

 もしも一撃でHPを半分削れたら、勝利は確定的だ。

 さぁ、いくぞ。これが俺の英雄譚の始まりだ。



<閃光の矢>(フラッシュショット)!」



 狙い通りの完璧な軌道を描き、レイスの頭を目がけて矢が飛んでいく。

 俺は二射目を放つために、次の矢に右手を回すも、視界に捉えたのは予想もしない光景だった。


 放った閃光の矢は、レイスの頭部を何もなかったかのように通過し、レイスは俺を目がけて一直線に向かって来たのだ。え。ヤバい。

 そう思った瞬間——、もう目の前でレイスが大鎌を振りかぶっている。

 ワープでもしたかのような、異次元な移動速度に俺は驚嘆した。

 

 視界の左上から振り下ろされてくる大鎌を、前方に倒れ込むようにしてギリギリ回避。

 すぐさま起き上がり、距離を取ろうと駆けるも、レイスはピッタリ俺を追尾して、何度も大鎌をフルスイングしてくる。


 一撃でも貰ったら、どうなるかわからない。

 そもそも俺は、まだモンスターの攻撃を受けたことがないのだ。

 ましてやあんなに大きな刃物だなんて、体を切断されたら生きてはいられないだろう。

 

 どうしてこうなった——。

 なぜ初陣から、攻撃が当たらないクラスのモンスターが現れたのか。

 考えろ。なにかカラクリがある筈だ。

 俺は過去にたくさんのゲームを攻略してきている。


 集中して脳を全回転させる刹那の中——、意外にもレイスの攻撃を、俺は上手く回避出来ていた。


 左上段、右上段、横薙ぎと、ワンパターンな攻撃モーション。

 次第に目が慣れていき、体を置いてはいけない位置がなんとなく掴めていく。


 【動物愛護法違反】の称号で、素早さに補正を受けているからだろうか?

 とは言っても、避けてるだけでは勝てない。どうにかして、ダメージを与えなくては。

 距離を取るのは無理だと判断し、俺は弓を投げ捨て、鞄からアサシンダガーを取り出した。


 

 ——レイスの攻撃を回避しながら、短剣で反撃を試みる。



 レイスが横薙ぎをした後の大きな隙を狙っていく。

 獲物が短い分、斬撃を二回入れられた。これを繰り返すしかない。

 攻撃のほとんどがレイスを通過したが、たまに手応えを感じる時があった。

 レイスのHPゲージも二割ほど減っている。ようやく活路が見えてきた。


 これなら倒せる。俺の立ち回りが上回った。

 レイスの攻撃を華麗に回避した俺は、敵の背後を取り、ここだと言わんばかりにスキルを放つ。



<正確無比の刺突>(ピンポイントブロー)!」



 重心を低くした上半身が後ろ向きへと構えを取る。

 全身のオーラが右手の短剣に集中し、凄まじい速度の突きが、レイスの中心を捉えた。


 手応えありだ。おそらく、胸の真ん中あたりに弱点があるのだろう。

 レイスのHPゲージは五割ほど削られ、残りは三割。


 スキルの勢いを受けた俺の体は、レイスの体を背後から通過——。


 今度は逆に、自分の背後を取られる形になった。

 まずい。なぜか体が硬直していて、身動きが取れない。


 グシャ——と、俺の背中をレイスの大鎌が一瞬で切り裂いた。

 攻撃を背後からまともに受けた俺は、そのまま地面へと倒れ込んだ。



 やってしまった。判断を見誤った。背中が痛い……というよりも……熱い。



ーーーーーーーーーーーーー

■Lv.17:置き引きマスター

ダークファイター

HP:157/255

MP:110/170

ーーーーーーーーーーーーー



 HPはまだ半分残っている。

 すぐに立ち上がって、レイスから離れなければ——、



 ——ザクっ



「うがああああああ!!」

 

 無情なる追撃。レイスの大鎌が俺の左肩を突き刺した。

 残りのHPは67。……死ぬ。もう一撃もらったら、俺は確実に死んでしまう。


 勝ち急いだことを後悔する。も、既に遅い。

 あのまま、コツコツ削っていればよかったのだ。

 この世界はゲームとは違う。

 流れる血と痛覚が教えてくれている。

 

 顔を起こすと、レイスはトドメを刺そうとしているのが見えた。

 もうダメだ。嗚呼、俺はゲスい名前のまま、なにも出来ずに終わるのか。そう思った——。



「させるかーーーっ!!!」

「うおおおおおっ!!」



 左右から目の前に飛び込んでくる二つの影。

 その影が重なり、レイスの斬撃とぶつかった。

 ギィンと金属が衝突した音が鳴り響き、二人は吹き飛ばされる。

 ポチとイッヌが、身を挺して俺を守ってくれたのだ。



「<<<獣ヒール>>>!!!」



 直後、タマのヒールが俺、ポチ、イッヌへと行き渡る。

 信じられないことにタマは、一度に3回分の詠唱を同時に行なっていた。



「<<<ウインドストライク>>>!!!」



 覚えたばかりであろう、風の突風魔法3連撃がレイスを直撃。と、同時にレイスはタマへとターゲットを変更した。


 レイスのHPは残り1割だ。


「ニャーーーっ! MP切れちゃいました!!」


 やばい。タマはファイターに比べてHPが少ない。

 一撃でも貰ったら、即死もあり得る。


 先ほど投げ捨てた弓を後悔した。

 鞄にしまっておけばいいのに、なぜ俺はワイルドに投げ捨てたんだ。

 もう間に合うか分からないが、レイスを追うしかない。

 そう思うと同時に、俺の左手に弓の持ち手の部分が——。


「こちらを……お使いください」



「イッヌ……お前……」

「貴方の戦いに魅入られました。どうか、拙僧らの村をお救いください。勇者殿」



 胸の中に熱いものを感じていた。

 救って貰ったのは、俺のほうだ。

 イッヌ、ポチ、タマが助けてくれなかったら、間違いなく死んでいた。

 助けてくれた彼らも、死んでてもおかしくなかった。

 こんなに小さな体で、さっきまでレベル1もなかった彼らが勇敢に戦ってくれたのだ。


 ——俺はレイスに向かって弓を構える。


「イッヌ、ありがとう——。あいつ倒したら、俺も一緒に祭りに参加してもいいかな?」

「勿論でございます」


 不敵にふっと笑うイッヌに応えるよう、俺は最後の一撃を放った。



<正確無比の矢>(ピンポイントショット)!!」



 ——タマを捉えようとしていた大鎌よりも、その光は速く、正確な軌道がレイスの胸を撃ち抜いていた。



「勇者様! すごかったです! わたし感動しました!」

 タマがピョンピョン跳ねて駆け寄ってくる。


「本当にありがとうございました!」

 ポチも傷だらけだが、無事を確認できた。


 俺は三人への感謝の気持ちが溢れ出し、モフモフな彼らをいつまでも抱きしめていた。




 こうして、俺たちは獣の村の奪還に成功したのであった。




▲▽▲▽▲




 ——数年後。




 思えばあの日の獣の村から、俺たちの冒険は始まったんだな。


 今日まで、楽しいことも、悲しいこともたくさんあった。

 多くの出会いと別れを繰り返して、ここまで来たのだ。


「もう準備は出来たかしら? ——勇者様」

 シエラが不敵な笑みを向けてくる。


「拙僧は、マスターと出会ったあの日から、運命を感じておりました」

 イッヌが片膝をついてフッと笑う。


「マスター、わたし達ならきっと倒せる筈です! 魔王を倒してお家に——、獣の村に帰りましょう!」

 タマが俺の背中におでこを乗せて士気を高めてくれる。


 この世界で誰よりも頼りになる5人の獣族の戦士達と、タマ、イッヌ、そして俺の拳を全員で合わせる。


「あなた達で倒せなかったら、私も潔く諦められるわ」


 見送るシエラを背に、俺たちは大きな扉の前へと歩いていく——。



「それじゃあ、7人の獣族とゲスい名前の勇者の名を——、歴史に残してやりますか!」



 さぁ、行こう。

 この世界を救うため、世界に選ばれた者として——。




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