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猫と僕と異世界と  作者: 熊谷聖也
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二話・アルケーの街

木花桜雅は謎の美女、恐らく愛猫のさくらと思われる女性を連れて草原から離れ、森の中を歩いていた。


女性の胸を鷲掴みし、晴れて人生初の女性の胸の感触をその手に納めた桜雅はとりあえず制服の上着を女性に着せた。


「どうなってるんだ?俺は死んだはずで、さくらも一緒に死んで・・・・・・でも」


女性の背中を見る。間違いなく、猫だったさくらの背中にあった桜の花びらの模様だった。さくらは桜雅の視線に気付くと桜雅の顔に頬を擦り寄せてきた。


「ちょ?!ちょ!何してるんだいい匂い・・・離れろ離れろ色々当たってるんだよ柔らかい・・・・・・」


透き通るような白い肌、人間離れした(元から人間じゃない)美貌、そして上着だけ羽織った裸体。本音と建前が激しく入り乱れる。当のさくらは喉をゴロゴロ鳴らしてリラックスしている。


「さくら・・・お前こんなに発育良かったんだな・・・・・・猫の時は全然分からなかったけど・・・」


そんなバリバリ童貞の考えをして自分を殴る。猫であり、家族であるさくらに対してなんて事を考えているんだ。今はとにかく状況の把握を・・・・・・


「猫って確かおっぱいが六個ぐらいあったよな・・・」




どう転んでも変態思考になるのを悟り、開き直ってさくらの胸をガン見した。人間になってから羞恥心が増したのか、顔を真っ赤にしながら顔を思い切り引っかかれた。



そういえば、さくらってメス猫だったな。





森の中を歩いてからしばらく経った。そろそろ人にでも会いたいところだった。ここが天国ならなんか、もっとこう夢みたいな感覚に襲われるはずだが、あまりにも意識がはっきりしている。断言は出来ないが、飛び降りした橋から遠い場所か、もしくは本当に遠い世界なのか。

もし後者なら俗に言う今流行りの「異世界転生」というやつなのか。流行りといってもそういうラノベとかアニメが増えたのを見ただけだ。本当にそんな事があっていいのか、なんて思うが、死後どうなるかなんて誰も知らない。死んだら最後、決して生きていた世界には戻れない。そして死んだ者が戻ってきたこともないからだ。死んだら魂だけがあの世に行き、巡って新しい命に宿る。所謂「輪廻転生」という考え方が一般的だ。しかし、今の状況はどうやら違う。確実に生前の記憶はあるし、何より桜雅は何も変わってない。猫のさくらは超絶美女になったが。

とにかく、この世界が本当に「異世界」なのならばそこに住む生命体がいてもおかしくない。

考えながら歩いていると、隣に居たはずのさくらが見えない。慌てて後ろを見ると、猫の時でいう「香箱座り」をしていた。


「どうした?・・・もしかして疲れたか?」


「ふにぁぁ・・・」


人間の、超絶美女の姿でふにぁ、という童貞には破壊力抜群のワードを発し、さくらは眠そうに欠伸をする。そういえば、さくらは確か十五歳、人間の年齢でいえば七十歳くらいだ。しかし今の姿はどう見たって二十代前半だ。肌のハリとかおかしすぎるくらいピチピチのスベスベだ。肉体的には若くても中身や体力的にはやはり歳なのかもしれない。


「うーん・・・確かに休みたいけど、まだ何も状況が掴めてないままなのはちょっとなぁ・・・・・・」


少し考えてから決める。

桜雅はさくらの前に座ると、両腕を首に回させ、背中で体重を受け止め、足を桜雅の体の前で組ませて背負う。おんぶして進むことにした。猫の姿のままならいつも通り抱きかかえればいいが、ちょっと今の姿でそれをやったら桜雅の理性が蒸発しかねない。


「ごめんな、さくら。ちょっとこれで我慢してくれ」


「にやぁ・・・」


静かに鳴くと喉を鳴らしながら顔を桜雅の背中に預けてくる。背中に当たる発育の良い柔らかい部分に耐えながら歩く。


「さくらって、こんなに重かったんだな・・・・・・それに、この髪の毛・・・猫の時のさくらの体毛みたいに綺麗だな」


白い長髪が風になびき、桜雅の顔の前に来る。さくらの獣の匂いがする。良く猫吸いをやって匂いを嗅いでいた。全く同じ匂いだった。


「本当にさくらなんだな・・・・・・ごめんな、さくら。一緒に死のうなんて、飼い主失格だよな」


辛かった。毎日が辛かった。それでも耐えられたのはさくらがいたからだ。でもそれすらも否定された桜雅はもう生きる意味を無くした。さくらを優しく見送るべきだったのに、一緒に死んでしまった。

さくらのしっぽが桜雅の体を巻く。薄く灰色の縞模様が入った特徴的なしっぽだ。実はしっぽの先は少し曲がっている。やっぱりさくらだ、と思った。そんなさくらは後ろで喉を鳴らしながら、気持ちよさそうに寝ている。こんな飼い主でも頼ってくれている。好きでいてくれる。


「ありがとうな・・・・・・」


心の中でさくらだけでも助けよう、と決めた桜雅は力強く歩く。


途中、しっぽが出ているおしりの方を見て、鼻血を出す。




━━━━━━━━━━━━━━━



しばらく歩いた。しかしまだ森を抜ける様子はなかった。桜雅は少し休みながら進んでいく。


「これ、まさかずっと森なんかじゃないよな・・・富士の樹海的な・・・・・・」


嫌な考えを頭を横に振って消す。もう一度休もうとしたその時。


「うわあああぁぁぁ!」


「ほあっ?!」


さほど遠くはない場所から叫び声が聞こえ、また気持ち悪い叫びを上げる。

どうやら方向的には進行方向の先だった。桜雅は自分の気持ち悪さに嫌気がさしながら、同時に可能性を見つける。叫び声が自分達以外に聞こえたということは、この世界に住む住人がいるということ。そしてその人は今、何かトラブルに巻き込まれている。助けられるかは分からないが、とにかくその住人に会わないと、今後一切この世界について情報が得られないかもしれない。


「・・・・・・行くしかないか!」


桜雅はさくらを背負って走り出す。


少し行くとすぐにそれは見えた。複数の影が何かを追い詰めている。


「や、やめろ!こっちに来るな!」


その何かは人の姿をしていた。ファンタジーゲームに出てきそうな緑の布の服に、腰の辺りには矢を入れる筒、そして手には弓を持っていた。しかし今はその弓は機能していないようだった。


「すみっ!・・・・・・んん!すみません!大丈夫ですか!」


変な声をあげそうになり、声を整えてイケボでその人に話しかける。すると、その人はこちらに向き、手を振って助けを求めてきた。


「た、助けてください!ゴブリンの群れに囲まれて!」


ん?ゴブリン?

聞き間違いだと願いたいワードを頭の片隅に追いやり、その人の元へ向かう。

その人は自分より少し小さいくらいの少年だった。そして、何より驚いたのは、その端正な顔立ちと、尖っている耳だった。弓、綺麗な顔、尖っている耳。なんかどっかで見た事あるような気がした。すると、その思考を遮るように群れは叫んだ。


「ギイィィィィィィ!!!!」


なんか物騒な棍棒やら鎌やらを高らかに上げて叫んでいる。桜雅は少年の手を掴むと後ろに走り出す。


「とにかく逃げよう!」


「は、はいぃ!」


少年は情けない声を上げて桜雅について行く。しかし群れは意外と早く、すぐに追いつかれる。そして周りからも同じ種と思われる群れに囲まれてしまう。


「う、嘘だろ・・・」


「も、もうダメですぅ!」


「てか弓持ってるのになんで使わないんです?!」


「僕、弓使えないんですよ!てかこれ本物の弓じゃなくておもちゃだし!」


「じゃなんで持ってる!」


「ナメられたくないから!」


「なんだよそれぇぇ!!」


少年を掴み、前後に揺らす。少年は「一丁前に見られたくてぇぇぇ!」と叫んでいる。その間にも群れはジリジリと近づいてくる。もう死んだはずなのに、死の経験はしてるはずなのに、まだ死の恐怖が襲ってくる。こんな生々しい感覚が襲うということは、まだ生きている証拠か。そんな宇宙の果てはどうなってる?みたいな終わりのない考えをし始めたところで、背中にあった重さが無くなっているのに気がつく。


「あれ?さくら?」


辺りを見回すと、さくらは目の前にいた。四つん這いになり、しっぽを立てて太くし、おしりを立てて上半身を低くして群れを睨んでいる。


「ヴヴヴ・・・・・・フシャー!」


どうやら威嚇しているようだった。しかし、桜雅と少年の目の前には上着を羽織っただけの、下着すら付けていない美女がおしりを突き上げている光景を目の当たりにして目をギンギンにしていた。


「こら!やめなさいさくら!女の子がそんなはしたないかっこうをしてはいけないありがとうございます!」


「ふんす!ふんす!」


童貞の性か。キモすぎる行動をしている桜雅と少年を他所に、さくらは威嚇を続ける。しかし群れはひかない。それどころか威嚇に反応してさらに叫び声を上げる。


「ギィヤァァァァァ!」


「まずい!さくら!こっちに戻れぇぇぇ!」


群れが一斉にさくらに襲いかかる。桜雅は死ぬ恐怖よりも、さくらを失う恐怖が勝り、身体を全力で動かす。


群れの一匹の鋭い武器が、さくらの背中に突き刺さる。


その寸前。




「━━━━━━━━━━━━━━━!!」


声にならない叫びをさくらはあげる。すると、とんでもない風圧が辺りを襲い、群れを全て遠い彼方へ吹き飛ばしていく。木々を薙ぎ倒し、地面を抉る。桜雅と少年は吹き飛ばされまいと地面にしがみつく。少年は桜雅のズボンを掴み、桜雅はパンツを顕にさせられる。

しばらくの咆哮の後、風が収まり、音が静かになる。桜雅と少年は伏せていた頭を上げる。

すると目の前には心配そうにこちらを見るさくらの顔があった。さくらはしばらく見つめていると、すぐに桜雅の頬に顔を擦り寄せ、喉を鳴らす。


「さくら・・・・・・助けてくれたのか」


桜雅はさくらの頭を撫でる。人の姿だが、頭を撫でる感覚は猫の時と変わらなかった。桜雅のズボンを下ろした少年は「男のズボンなんか触っちゃった!」と言ってきたのでとりあえず一発蹴りを入れて立ち上がる。

さくらの顎を撫でる。気持ち良さそうな顔をして喉を鳴らす。

先程の風圧はさくらが起こしたもので間違いないだろう。




え?なにあれ。さくら強くない?めっちゃ強いんだけど?何?なんか異世界転生の特典で力を授ける的なイベントでもあったの?俺ないけど?俺、軟弱童貞陰キャのままなんですけど?


そんな考えが頭の中を巡ったが、とりあえずさくらが助けてくれた事実は変わらない。さくらに感謝を述べて撫でる。すると、後ろで少年が立ち上がる。


「いやー、ボンキュッボンのお姉さんがまさかあんなに強かったとは・・・しかもいいものも見れたし・・・眼福眼福」


さくらを拝んでいる少年を見る。なんか嫌な奴だが今の情報源はこの人しかいない。とりあえず愛想良く話しかける。


「あのー、ちょっと聞きたいんですけど・・・この先に街とかってあります?」


「僕、美女にしか反応しないので」


さくらの爪が綺麗な弧を描いた。





「いやぁー、冗談ですよ!ははは!」


顔に痛々しい傷を作って笑う少年。明らかに悪いなんて思ってない胡散臭い笑みを見て、桜雅をいじめていたクラスメイトを思い出す。少年はそんな桜雅を見て苦笑いする。


「いやほんとすみません・・・・・・僕、レーベルといいます。見ての通りイケメンエルフですが何か?」


「何か?じゃねぇよ。自分でイケメンって言う奴にろくな奴はいないって名言が俺の中であるんだよ」


「イケメンに殺されたんですか・・・」


桜雅のただならぬ憎悪を感じ取って少し引いているレーベルと名乗った少年を見る。やっぱりそうだ。いかにもファンタジー世界に出てきそうなありきたりなエルフだ。

実際見るのはもちろん初めてだが、他のエルフもこんなナルシストじゃない事を願う。


「まぁいいや・・・・・・それで助けたお礼がしたいなら、色々教えてくれません?例えば・・・この先に街はあるかとか」


それを聞いてレーベルはふっ、と鼻で笑う。


「おやおや、相手が名乗ったのですが、あなたも名乗るのが礼儀というものでは?えぇ?ん?」


「木花桜雅と申しますどうぞよろしくお願い致しますレーベルさま」


「痛い痛い!ヘッドロックはやめてください!頭取れる!ごめんなさい!」


なんかムカついたので満面の笑みでヘッドロックを決める。開放されたレーベルは首を鳴らすと背負っているさくらを見る。


「にしてもキハナオウガ?変な名前ですね・・・てかこの女の人めちゃくちゃ美女じゃないですか・・・それに強い!どうやって落としたんです?」


「ナルシストな上に人の話聞かないタイプですか?」


あれから疲れたのか、さくらは桜雅に背負われると死んだように眠ってしまった。レーベルはまじまじと、主に胸を中心に見て、桜雅が満面の笑みでおもちゃの弓に手を伸ばしているのを見て慌てて離れる。


「わ、わかってますから・・・いや、ほんとすみませんだから弓だけは弓だけはぁ!あぁぁぁぁぁ!バキっていったバキって!ちょほんとにすみませんって!」


ミシミシと嫌な音を立てて桜雅の手の中で曲がる弓を見て慌てて頭を下げる。弓を返すと赤ん坊の様に抱きかかえながら桜雅の質問に答える。


「もう少し行けば街がありますよ?ほら、ちょうど見えた」


そう言ってレーベルは指を指す。森が開けたそな先には。


たくさんの中世頃のヨーロッパ風の建物が所狭しと立ち並んでおり、そして真ん中には街の中では一番高いと思われる大きな建物がそびえ立っていた。生きていた世界にも仙台や東京など政令指定都市のような大きな都市はあったが、この街も負けず劣らずの大きさだった。

桜雅がその景色に圧巻されていると、レーベルは少し驚いてから、嬉しそうに笑う。





「ようこそ、アルケーの街へ」


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