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猫と僕と異世界と  作者: 熊谷聖也
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一話・猫と僕と

暗い道を歩いていた。

木花桜雅はただ一人、暗い夜道を歩いていた。いや、正確には腕の中の一匹と。腕の中にいるのは十五年共に連れ添った飼い猫のさくら。


昔、道端に捨てられていたのを桜雅が拾ったのだ。雑種で背中に灰色の模様があった。その模様が桜の花びらそっくりだったのでそのまま「さくら」と名付けた。安直だが、自分の名前にも使われている漢字を名前にしたのでとても嬉しかった。それからはずっと家族のように、そして勝手に妹のように毎日一緒にいた。

木花桜雅の家は昔から続く偉い家系なのだとか。だから木花家の人達は皆研究者や小説家、官僚や大学教授など華々しい経歴の先人ばかりだった。桜雅の両親も父は法務省のキャリア官僚、母は名門大学の名誉教授という馬鹿げた肩書きを持っている。そんな両親の間に産まれた桜雅は両親からとてもとても厚い期待を寄せられて産まれてきた。しかし、出来のいい両親から産まれたからといって出来のいい子供が産まれるとは限らない。どんなに名門の学校に入っても、習い事をしても、勉強をしても、ダメだった。それだけで両親の興味を無くすのには十分だった。寧ろ桜雅の後に産まれた弟の方がとても出来が良く、両親の愛は全て弟に向けられていった。学校でも無理やり入らされたので当然周りに着いて行けるはずもなく、毎日嫌がらせの日々だった。そんな生きづらい中で唯一、心を癒してくれたのはさくらだった。桜雅がどんなにダメでも、お構い無しにさくらは寄ってきて頬をなめて、喉を鳴らして膝に座ってくれる。それだけで桜雅の心を満たしてくれた。

そんなさくらが血を吐いた。寿命だった。強かった足は震え、身体も痩せ細り、元気が無くなった。桜雅は両親にさくらを病院に連れて行きたい、と必死に訴えた。しかし当然叶わなかった。それどころか父親は冷たい目でこう言い放った。


「猫の火葬代なんて出したくない。さっさと捨ててこい。大体猫を飼うなんて許してないのに無能なお前が勝手に拾ってくるから・・・猫も、お前も『無駄な出費』だったよ」


それだけだった。父はそれ以上何も言わなかった。母も弟も、さくらと桜雅をゴミを見る目で一瞥して去っていった。

桜雅が生きる意味を無くすにはそれだけで十分だった。何かの糸が切れたように桜雅はさくらを抱き抱えて走り出した。


そして今に至る。

何処まで来たか分からない。

そんなのどうでも良かった。

高校の制服のまま飛び出してしまった。腕の中には静かに息をする猫のさくら。それは穏やかな、という意味ではなく、もう長くはないことを意味していた。桜雅はさくらの身体が震えているのを見る。春でも夜はそれなりに冷える。


「ごめんな、さくら。寒いよな」


制服の上着をさくらに巻く。さくらはゆっくりと桜雅を見上げ、静かに鳴く。さくらは、こんな自分にもずっと着いてきてくれた。


「さくら。ごめんな。こんな飼い主で・・・俺、自分が思ってるほど強い人間じゃなかったよ」


涙を流す。さくらは慰めているのか、涙をなめる。さくらは弱々しく鳴くと桜雅の胸に顔を埋める。

どうやら山の麓まで来たらしい。すると麓に小さな神社があった。と言ってもとても小さな鳥居に神輿程度の本堂があるだけ。その本堂の隣には一本の桜の木。桜雅は神社を見て、そういえば猫は神の使いなんて話もあったっけ、なんて思いながら腕の中のさくらを見る。可愛い神の使いを見て微笑む。鳥居をくぐって本堂の前に立って呟く。


「もし、違う世界に行けたなら、今度はさくらと幸せに暮らしたいな」


そう言って手を合わせて神社を後にする。しばらく歩くと赤い橋が見えた。赤い橋なんて聞くとどうしても自殺の名所みたいに想像してしまう。ここがそうかは分からないが、今日その汚名を着せてしまうことになる。心の中で謝りながら橋の真ん中まで行く。フェンス等は無く、軽く足を上げると簡単に橋の外側に立つ。

下を見ると深い深い谷が桜雅を見ていた。夜だからか最深部は見えない。桜雅は足がすくむ。背中を嫌な感覚が襲う。

にゃー、と鳴き声が聞こえる。目線を落とすとさくらが桜雅を見上げていた。その顔はいつもと変わらないさくらの顔だった。何を訴えているのかは分からなかった。

桜雅はさくらを強く抱く。


「さくら・・・・・・一緒にいこうか」


さくらの息が無くなるのを感じ、桜雅は身を投げる。そして、強い衝撃の後、一瞬で目の前が真っ暗になった。





━━━━━━━━━━━━━━━






貴方の最期の願い




『 』が叶えましょう






ただ、ごめんなさい







幸せに暮らせるかは








分かりません







それでもよろしければ━━━━━━━━━━━━















━━━━━━━━━━━━━━━









目が覚める。

眩しい光に目を細める。

身体を起こす。




「ん?」



身体を起こす?

記憶が曖昧だが、何故かその行為に違和感を覚えた。



「あれ、俺確か・・・・・・」


そして思い出す。目が覚める前、橋から身投げした事を。

は?!と叫びながら身体中を触る。最後に感じた嫌な衝撃の感覚が少し残っているが、それ以外は五体満足の全くの無傷だった。桜雅は不思議に思いながら辺りを見回す。綺麗に晴れた空、眩しい太陽、気持ちいい風、揺れる草原。それを見て一つの解を導く。


「・・・・・・天国か」


そう。今までの記憶が正しいなら桜雅は死んだ。生きているはずがない。ならばここら死後の世界。見た目的に地獄では無さそうだからおそらく天国だろう。

なんだかすごく開放された気分だ。


「あぁー!やっとのんびりできるー!」


背伸びをして大声を上げる。誰も怒らない。誰も桜雅を否定しない。ようやくゆっくりできる、と思い思い出す。


さくら。


桜雅が望む幸せな死後の世界にはいなくてはならない存在である猫のさくらがいない。どこにも。あの、背中に桜の模様を背負った可愛い白猫が、いない。


「さくら・・・・・・さくら!」


叫ぶが、あの鳴き声は聞こえない。ここがしごのせかいなら、ここが死後の世界ならさくらだっているはずだ。


「さくら!何処にいるんだ!俺はここだぞ!」


手を振り回してもさくらのもふもふした身体はどこにも無い。

そして、右手が何か柔らかいものに触れる。


ふにゅん。


「・・・ふにゅん?」


何かと思って右手を見る。何か肌色の、柔らかい山のような膨らみに触れている。それは桜雅が今まで一度も、童貞故に触ったことがないもの。


そこには、全裸で横たわる、白髪の美女が仰向けで寝ていた。


思考が神速で巡る。


全裸で横たわる美女→右手の柔らかい物体→桜雅は童貞→・・・・・・・・・



「うひょあぁぁぁぁぁ?!」


キモすぎる声を上げて手を光速で離す。「っ・・・」と顔を赤くしながら反応する美女を見て心臓が爆発しそうになる。自分でもキモすぎる叫び声を聞いて死にたくなる。もう死んでるが。


キョドキョドしているとその美女が目を覚ます。まずい。このまま起きてしまったら、桜雅は「全裸の女性の胸を鷲掴みにした変態童貞陰キャ」の称号を得てしまう。そんな名誉ある称号は嫌だ。

何とかしようとアタフタして無駄な抵抗をしていると、その美女と目が合う。

その瞬間、何故かこう思った。


この目を知っている、と。

そして、その目は十五年連れ添ったある生き物に似ていた。しかそ、そんなはずはない。何故なら、その生き物は「猫」なのだから。白髪の美女では無いはず。しかし、その美女が上半身を起こし、辺りを見回した時、背中を見た。


「え・・・・・・どうして」


その背中には、見慣れた桜の花びらに似た模様があった。

そしてその美女は桜雅を見て・・・・・・



「にゃあ」




ひと鳴きした。


なんか書いてみました。家で飼ってる猫が美女になってキャッキャウフフしてくれたらなぁ、なんて気持ち悪い妄想を文字にしたらこうなりました。

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