第一話「生贄美少女達の憂鬱」⑦
「しかし、これは……参ったな。俺の方からも色々干渉してたのは事実なんだが。召喚陣自体が変なふうに暴走して、竜牙兵じゃなく、近くに居た俺の方を召喚しちまったのか……。多少予定と違うが……ここが地上って事なら、これもそう悪くも無い展開かもしれんな……」
無造作に座り込むと、魔法陣を見つめながら、ぶつぶつと独り言を始める魔神。
周りのことなど、眼中にない……そんな様子だった。
けど、これは私達にとっては間違いなく僥倖。
この魔神が何者であれ、この絶望的な状況を打破しに来てくれた……そう思いたい。
相手が悪魔だろうが、魔王だろうが……この際、何だって良い!
「し、神官長様が……」
「……あれは、まさか上級魔神……馬鹿な! あんなもの……聞いてないぞ!」
「ひ、怯むな! 総員、総掛かりで調伏の儀法を完遂せよ! 大丈夫だ……あの程度の魔神、我らの外法陣ならば調伏出来るはず! あれを従えれば、我らもはや恐れるものなし!」
「バカを言うな! あれは……桁違いだぞ! あれを調伏だの従えるだの……一体、何の冗談だ! こんなもの……手に負えるはずが……っ!」
一瞬、思考停止していたらしく、我に返った邪教の神官や信者達が口々に大男に向かって叫ぶ。
しゃがみこんで、思索にふけっていた大男が、面倒臭そうにゆっくりと立ち上がる。
「ああ? お前ら……さっきから、うっぜぇな! この俺を従えるだと? 出来るわけねぇだろ! このカス共がっ!」
魔神が吠えると同時に、神官たちが数人、まとめて耳や目から血を吹き出して倒れる。
単純な魔力解放の暴風の直撃で、身体の魔力器官が暴走して焼き切れたようだった……。
これは……文字通り、桁が違う。
「オーケーオーケー、構わん、構わんぞっ! 状況は理解した……暗黒神様のオーダーも明確だ! これより任務を遂行するっ! おい……お前ら! この俺に喧嘩売ったんだ……よもや、命なんぞ惜しむんじゃねぇぞ? この場でまとめて、ド派手に死ぬが良いっ! まずは開幕の挨拶だ! おらっ! このクソハゲ……もう土下座はいいから、最後に派手に弾けなっ!」
魔神の足元でビクビクと痙攣してたハゲ神官が魔神の蹴りを受けて、半ばバラバラになりながら、壁まで飛んでいきパァンなんて音を立てて、弾け飛ぶ……。
……さすがに、これはエグい。
思わず、目線を逸らす……ああ言う最期はさすがに嫌だな。
「な、なぜだ! なぜ、我らを攻撃するのだ……我らは、むしろ貴様を召喚した側だ! なぜ、逆らえる……なぜ我らを殺す! 貴様は暗黒神様の眷属ではないのか!」
「そうだな。確かに俺は、お前らが召喚した……事になるのだろうな、ご丁寧に生贄まで捧げてな……。だがな! このガキは、正真正銘、暗黒神様の眷属なのだぞ? よく考えてみるのだな……自分の眷属を無残に殺されて、暗黒神様が黙ってると思うか? 故にお前達の命運はすでに決まっているのだよ!」
「き、貴様は……何者なのだ?」
「へっへっへ、ようやっとその質問が来たな! 我こそは、創世神たる暗黒の女神フォルティナ様、イチの舎弟にして、忠実なる下僕、愛と正義と暗黒の使者! ブラッディ・ジョージ様だ! 貴様らの望み通り、現世に召喚され、貴様ら愚劣なる者達に、等しく滅びを与えにやってきたのだ! 告げる! 全員、愉快なオブジェとなって死ねっ! フィンガーショットォオオオッ! フィーバーッ! それそれそれーっ!」
魔人がパチンと指を鳴らすと、その指先の延長線上にいた教団の神官が身体をくの字に曲げて、血を吐きながら吹っ飛んでいく。
武器を抜いて、斬りかかろうとした獣人の警備兵の首から上が一瞬で舞う。
その光景を見て、一斉に逃げ出そうとした神官たちの群れに魔神が飛び込んでいくと、指先で軽く肩を小突かれただけの男の身体が真っ二つにへし折れて、軽く蹴られただけの男が身体に大穴を空けられて、即死する。
「フハハハハハッ! なんと脆い……なんと呆気ないのだ! 弱いぞ! 貴様ら弱すぎるぞ! 貧弱っ! 貧弱ゥッ! おっと、これはパクリかな? だが、言いたくなる気持ちは解るなぁ! それそれそれーっ!」
踊るように軽快に指を鳴らすだけで巻き起こる……死と破壊の暴風。
つい先程まで、私達の生殺与奪を握って、見世物気分で見物していた教団の幹部共が、一瞬で肉塊へと変わっていく……。
……もはや、私には何がなんだか。
目の前で繰り広げられているのは、戦闘と呼べるものではなかった。
もはや、虐殺……いや、ここまで来ると、単に踊るのに邪魔なものを片っ端からどけているだけ……そんな風にも見える。
5分も経たないうちに、周囲で生きて動いているものは、私達とその魔神だけになった。
「GYOOOOOOOOOO! OHOOOOOOO! 血ィッ! 血ィッ!」
明らかに正気を失った様子で、魔神が咆哮をあげながら、片足を失い瀕死の状態で這いずり回りながら、逃げようとしていた男に襲いかかっていく……。
踏み潰されたその男は一瞬で無残な残骸へと変わり、また、あるものは雑巾のように身体をねじ切られる。
魔神は恍惚とした表情で流れる血を浴びながら、歓喜の叫びをあげる。
目の前の魔神……それは、血を好み、殺しを楽しむ、まさに悪魔。
これは……さすがに、駄目かもしれない。
そんな思いが……脳裏を横切った。
なんと言うか、誰が呼んだか「不幸を呼ぶ獣」の二つ名にふさわしい最期……なのかもしれない。
と言うか、私……普通に雑魚冒険者なんですけど!




