第一話「生贄美少女達の憂鬱」⑥
そうこうしている間にも、何やら中途半端に発動したっぽい謎の大魔術は、絶賛暴走中って感じになってきていた。
電光を纏い轟音を立てながら、魔法陣からも瘴気が吹き出し辺りを埋め尽くす。
この瘴気ってのは、少量ならさしたる問題もないのだけど、あまりに濃すぎると、普通の人間はめまいを起こしたり、吐き気をもよおしたり……最悪、昏倒したり、発狂する。
要するに、毒なのだ……。
私みたいな闇の眷属は、瘴気から生まれくる……なんて言われてるくらいで、瘴気への耐性があるからなんともないし、アリア達エルフも毒や瘴気への耐性があるから、さして問題にはならない……。
けど、邪教団の人間の信者や奴隷達はそうでもないらしく、バタバタと倒れ始めてる。
邪教の神官達が懸命に魔法陣を制御しようと奔走しているようだが、突然見えないなにかに殴られたように吹っ飛んでいったり、唐突に口から泡を吹いて倒れたり……大惨事だ。
「ちょっと! これ……普通じゃない……どうなるのよ! アタシら!」
何かとんでもないことが起きつつあるみたいなんだけど。
私は魔術に関しては、素人に近い。
さっきの呪文もなんだかすっごい半端だったし……。
身体にあちこちに入れ墨と言う形で刻まれた魔法陣まで動き出してる……。
あんなんでも、お父さんは別に嫌いじゃなかった。
だって、お父さんなんだもの……嫌いになれるはずがなかった。
だからこそ、お父さんが刻んでくれた全身の魔法陣は、普段は見えない事もあって、敢えてそのままにしてたんだけど……。
それが今、起動していた……!
でも、気にしないっ! こんな死ぬか生きるかの瀬戸際……もう、何が起きたって構わないっ!
こうなったら……奇跡を信じる! これは……きっとお父さんが助けてくれてるんだよっ!
人に散々人体実験みたいなことやってたんだけどさ。
こんな時のために……お父さんが備えてたんだよ! たぶん……。
「あー、もうっ! 誰でも、何でも良いから、助けなさーいっ! こんちくしょーっ!」
思わず絶叫!
次の瞬間、私達の背後のゆりかごを抱いた黒い女神像が一際大きく光を放った。
気がつくと周囲で倒れた人々も、倒れ伏したまま、正気を失ったように一様に呪詛を唱え始めている。
これは……多分、感染型の自動増殖呪詛。
……幾人もの人々が重ね織りなす、呪詛の輪唱。
やがて、神殿内には瘴気が渦を巻くように集まり始め、見る間に濃度を上げていく。
「……な、なんだこれは? あ、ありえない濃度の瘴気だぞ! 貴様ら! 一体何をやった!」
猛烈な瘴気を物ともせず、一番偉そうなハゲ神官がアリアの仕業とでも思ったらしく、駆け寄って再び殴りつける!
「いったぁ! なんでアタシを……」
「黙れっ! 貴様がっ! 貴様が召喚陣に小細工を仕掛けたのだろう! 私がこの儀式の為にどれだけの苦労をしてきたと思っているのだ! おのれ……魔力封印まで施しておいたのに……この小癪な亜人が! 死ねっ! 死ねっ! このクソガキがぁッ!」
狂ったようにアリアを殴り続けるハゲ神官。
「や、やめなさいっ! アンタ、抵抗もできない女の子相手に、そこまでやるなんて最低よっ! 言っとくけど、この魔法陣を狂わせたのは、この私よ! 勝手に勘違いしてエキサイトするなっての! このハゲ坊主っ!」
私がそう叫ぶと、神官が私の方に向き直る。
アリアは……散々に殴られて、血塗れで顔もあちこち腫れ上がって、ぐったりとしてる……。
「……なんだと? 貴様……まさか、これは貴様の仕業なのか?」
狂気を孕んだ目……けど、怯んでなるものか!
こんな鎖……っ!
私だって、獣人の端くれ……本気を出せば、人間の……大の男くらいは軽く殴り飛ばせる。
けど、さすがに鉄の鎖を引きちぎるほどじゃない……それでも、諦めずにガシャガシャと縛めを振りほどくべく、身体を動かしてあがらい続ける。
けど、次の瞬間……唐突に、人影が地面から湧いてきた!
不意に地の底から湧いてきたそいつに、至近距離から相対することになったハゲ神官は、尻もちをついて座り込む……。
「な、なんだコイツは……! そ、それ以上……ち、近づくなっ!」
正真正銘の化け物……誰もがそう理解するに足る……。
それは、その程度には、強力な魔力と瘴気を纏っていた。
空気がビリビリと震える……何かとんでもないやつが現れたっ!
身長はおよそ2mを超える長身……。
その背には、巨大なコウモリのような翼が生え、ヤギのような頭に、黒光りする鱗に全身覆われた赤い角を生やした怪物……。
正真正銘、魔界の悪魔。
魔神とも言うべき、存在がそこにいた!
「……お、お、お? ど、どこだ……ここは奈落じゃないな? おい、そこのおっさん……これどう言うことだ?」
魔神が口を開いた……。
けれどその声は、意外にも当惑に満ちており、そして、見た目に似つかわしくないなんとも軽い調子の声だった。
「な、何なのだ……貴様は! ど、どこから……? そもそも、貴様は……魔族……なのか? と、とにかく儀式はまだ終わっておらんし、貴様なぞ呼んでおらん! 消え失せろっ! 死ねっ! 黒弾!!」
そう言って、神官が手にした錫杖を振りかざすと、黒い弾丸状の射出魔法が立て続けにその魔神に向かって、打ち出されるっ!
極めて至近距離……躱す術などない上に、あの黒い弾丸は大木ですら、たやすく貫通する。
正面から撃たれたら、まず助からない……!
実際、先の戦いでゴードンさん達の仲間の一人はあれで、体中穴だらけにされて死んだ……。
けど、その黒弾は、魔神の身体に触れるなり、一瞬だけ弾けてあっさり消えてしまう。
「あっちぃっ! おい、いきなり死ねとか言って、ぶっ放すとか、お前……ふざけんなよ? ああっ!」
不機嫌そうにそう言って、魔神は神官の頭を片手で掴む。
当然、神官も防御結界くらい張っていたようなのだけど、全く意味が無かったようだ。
「ば、馬鹿な! 聖別結界が一瞬で……ぐっ! な、何というパワーっ! 貴様、まさか魔神クラスの存在なのか! だが、貴様とて我が術式にて召喚された以上は、召喚者の命に従うはず……わ、我が命に従えっ! その手を……離せっ!」
一瞬……魔神の手が止まる。
「くっ……これは、強制力か? ふ、ふざけんなよっ!」
まさか、この魔神が……こんな奴に従えられる?
そうなったら、私達なんて真っ先に殺されるっ!
「い、いいぞ! さぁ、我が言葉に従え! くっくっく……悪くないではないか。魔神よ……手始めにこのガキ共を餌にくれてやろう……存分に貪り食えっ! いや、それよりもまず、この手を離せっ! 我は貴様の主であるのだぞ? ハーッハッハ!」
神官が狂気に満ちた笑みを浮かべる。
なんてことだ……状況は最悪だ。
生きたまま食べられるとか……冗談じゃないっ!
こんな奴の言うことなんて、聞かなくていい! お願いっ!
「ああッ? なんで、俺がテメェみてぇなハゲの言う事聞かねぇといけねんだよ! まずはゴメンナサイだろっ! 頭くらい下げろやっ! ウラァっ!」
魔神がそう言いながら、神官の頭を地面に叩きつけると床が割れて、ミシミシ、ブチブチと嫌な音がする。
遠目から見ても、神官の頭が半分くらいに潰れてるのが見えた。
狂ったように神官の身体がデタラメに、バタバタともがくように暴れ狂っていた。
「おっとすまん……ついうっかり力が入りすぎたようだ。なんだか髪の毛もごっそり逝っちまったみたいだな。ははっ! 中途半端に半分丸ハゲとか可哀想だから、もう半分も引っこ抜いて、丸坊主にしてやろうか? おい、なんとか言えよ……このボケッ!」
ハゲ神官……哀れ、半分だけごっそりハゲになって、床に顔が半分めり込んだまま、ピクリとも動かなくなった。
多分……いや、確実にお亡くなりになってる。
もっとも、これっぽっちも同情心なんか湧いてこない……ザマミロって心底思う。
いいぞ、魔神さん! もっとやっちゃってっ!
「あちゃあ……髪の毛毟るどころか、頭潰しちまったのかよ。つか、この程度の実力でこの俺様を行使するとか、馬鹿言ってんじゃねぇよ! カーカカカッ! なんつの? 土下座死? 死んでも詫び続けるってか? こいつは傑作だな!」
この魔神は……どうやら、私達の敵には回らなかったようだ。
それに、この声……聞き覚えがある。
さっきの声の主……そうか、この魔神の声だったんだ……。
その目的は……私達に自分を召喚させるとか、そんなんだったのかも。
私は、我が身可愛さでとんでもないことをしてしまったのかも……。
でもさ……この魔神……そんな悪い存在じゃないと思うんだ。
あの声は……なんだか、とっても優しい響きを伴ってた。
ほんの短い間、一緒に暮らしたあの人みたいに……。
思いっきり、美化してるかもだけど……。
と言うか、思わずドン引きするくらいには残虐だってのは、何となく解る。
なにせ、人一人殺しておいて、高笑い……だもの。
それでも、彼は私達の救い主だと。
私は心から信じた。
と言うか、助けてくれるなら、もう何だっていいよっ!