第一話「生贄美少女達の憂鬱」⑤
「……暗黒神の軍勢って、良くてゾンビとか、アンデッドかなんかじゃないのー? って言うかー、暗黒神の生贄なんて冗談じゃないっ! くっそーっ! こんな鎖でがんじがらめにしやがってーっ! アタシは諦めないぞー! こちとらまだ100年も生きてないんだからっ! クッソつまんねー森での引き篭もり生活からやっとおさらばして、これから大魔術師アリアーナ・サレスディナ・フィグナカルルフ・フラノイフル・レンデカンプちゃんの伝説始まる! って感じだったのにー!」
私達獣人の寿命なんて、50年もないんだけどさーと位言ってもいいかしら? っと……。
エルフって、やっぱ時間感覚がおかしい。
この子達って、十年、百年単位とかで平気でものを考えるんだよね……たまに付いてけないと思うことしばし。
ところで、フルネーム……なんだって? 改めて聞くとめっちゃ長い……アリアーナってのが本名で、アリアは略称ってのは知ってたけど……。
「ゴメン、アンタのフルネーム……聞き取れなかった。でも、初めてちゃんと名乗ってくれたね!」
「そりゃ、クソ長いし……ねぇ。ちなみに、歴代の先祖の名前を受け継ぐってなってるから、正式には百人分くらい続くのよ。自分でも覚えきれてねーし! うはっ! マジウケるしっ! そいや、アンタはイスラって自分の名前しかないんだっけ……」
「一応、フォルティナ様にちなんだフォルティニア族ってのが族称なんだけどね。しっかし、お互い少しは仲良くなれたのに、残念よね……。唯一の救いは、友達と言えるアンタと一緒にって事かしらね……。奈落に落ちても仲良く出来るといいわね……」
旅は道連れ世は情け……奈落への旅路も一人じゃなさそうなのが救い。
人間死ねば天国って所に行くらしいけど、暗黒神様の眷属の私の場合……地の底、奈落行きがお決まりだろう。
暗くて寂しいところらしいけど、賑やかなアリアが一緒なら、少しは楽しい所になるかもしれない。
「だが断るッ! アタシはイケメン美少年と一緒がいーです! そりゃ、アンタは誰もまともに相手にしてくれなかったアタシに、今日まで付き合ってくれて、寝食や生死を共にした良いお友達だったけど。同性とは愛し合えないし、子供だって出来ないのよ……。うがーっ! 燃えるような恋をしたかったし! めちゃくちゃになるまで愛されたりとかしたかったーっ! ああっ! もうっ! いっそこの神殿、今すぐ爆発しろっ! ただし、アタシとイスラを除いてっ!」
但し書きで、私のことを除外してくれるアリアはやっぱりいい子だ。
隣りにいたら、頭ナデナデするところだけど、残念ながら叶いそうもなかった。
「そりゃ、素敵だよね。いっそ、今この場に、最強無敵な魔神でも湧いてきて、私達以外皆殺しってのはどう? まさに奇跡……こうなったら、もう奇跡でも祈るか。暗黒神様に……私なら、届くかもしれない……実は、実績あるのよ」
この奴隷商人、くたばれって毎晩祈ってたら、ホントに死んだからねっ!
それ以来、怖くなって、誰かを憎んだり、死ねとか思わないようにしてたけど……今なら、許されると思う。
「そうね……寿命で死んでからの後払いでいいなら、魂くらい捧げたっていいから、とにかく助けろーってね! 大体、生贄とか相手の都合とか考えてない、押し付けじゃん……。こんなやかましい生贄なんて、絶対迷惑……そう思わね? ねぇ、そこのハゲ、聞いてんでしょっ!」
別にハゲじゃないローブ姿の神官が、動きを止めてアリアを睨むと、唐突に無言で殴りつけた。
……はい? なに、コイツ……沸点低すぎ。
「……いい加減、少し黙れ。生贄に必要なのはただ絶望することのみ。そして、この世を……人を憎むのだ! 怨念と呪詛を纏って、絶望しながら死ぬ……それがお前の出来る最後の奉公と言うものよ」
「……痛ったぁ……口ン中切れたし……。ふん、お前のこと個人的に呪ってやるんだから、禿げあがれっ! つか、邪神召喚とかこんなしょっぼい儀式なんかで出来たら、誰も苦労しないっつーの! ううっ、ひっど……鼻血も出た……誰か拭いてー」
鼻血に塗れ、血混じりのツバを吐き捨てながらも、アリアはそれでもアリアだった。
この子ってホント強い……この子が静かになるのは多分、その命が天に召された時くらいだろう。
その目からは、微塵たりとも闘志は消えていないのを見て、私も半ば諦めてかけていた考えを改める。
(最後まで諦めるものか……チャンスはある。絶対……生き延びてやるんだから……)
唯一、自由になる尻尾をブンブンと振って、アリアにお互い同士だけ通じる符丁を送る。
決して、諦めるなと。
アリアもコクコクと頷く事でその意を返す。
「汚らわしい亜人風情が……せいぜい恨み、呪え……だが、ハゲさせるのだけは止めろ。ソレ以外だったら、呪いだろうが恨み言だろうが、いくらでも甘んじて受けよう……汝に暗黒神の慈悲のあらんことを……」
肩を怒らせながら、ハゲと呼ばれた神官が下がっていく。
よく見るとその後姿は、頭頂部が薄くなっているのが解る……。
ハゲにハゲとか、アリアも酷な真似をしたものだった。
でも、許さん……お前はハゲろ……私もこのハゲを呪ってやる……ハゲるか、死ぬかどっちか好きな方を選びやがれっ!
はぁ……やっぱり虚しい。
「ぜってぇ、全部毟る……震えて待ってろ……」
この期に及んで、本気でやる気のアリアは情け知らずだった。
……やがて、儀式の準備は完了し、篝火が焚かれ覆面で顔を隠した暗黒神の神官たちとその信者が立ち並ぶ。
「……これより、暗黒神フォルティナ様を現世に召喚する儀式を開始する。さぁ、生贄共よ……出来るだけ長く、苦しんで死ね……ハァーハッハッハ! 特にエルフのガキ、貴様は串刺しにした上で念入りに焼いてやろう……」
ゆっくりとテンション高めのハゲの神官が松明を掲げて前に出る。
同じ様に松明を掲げた者達が後に続くとゆっくりと前に出る。
……いよいよ、私達の最期の時が間近に迫ってきたようだった……。
思わず目を閉じる……! 誰か……助けてっ!
『……これで、同調できたはずなんだが……。おい、黒ネコ娘……聞こえているか? 聞こえていたら、尻尾でも振れ!』
覚悟を決めた瞬間、不意に耳元で聞こえた聞き慣れない声。
思わず、頭上を仰ぎ見るのだけど何もない。
なにが起きているのか、解らないけど……藁にもすがる思いで、尻尾をブンブンと振ってみる!
『……よしよし、素直でよろしい。……ひとまず、俺はお前達の味方だ。いいな? これから、貴様らを助けるべく、援軍を送ってやる! だから、今から俺が言うとおりにしろ……お前達の協力が不可欠なのだ!』
コクコクと頷く。
コイツ、なに? とか、援軍ってなに? とか、聞きたいことはいくらでもあるけど……。
この際、助かるなら、もうなんだっていいっ! 早くっ!
『まずは、自分の血を足元の魔法陣に振りかけろ……その上で、奈落と現世を繋ぐ門を奴等ではなく、お前の手で開くのだ。なぁに、こちらですでにお膳たては済ませてある。召喚陣起動のコマンドワードを教えるから、その通りに唱えろ……やれるな?』
……血を……流せばいいの?
どうすれば……。
いや、それくらいは自分で考えないと……そう言う事だよね?
良く解んないけど、覚悟や生きる気概を見せる……そんなところだと思う。
すっごい痛そうだけど……手首だけなら動かせるから、自分の爪を無理やり剥がす……。
想像しただけで、痛そうだけど……こう言うのって、まとまった量の血を流さないと駄目だと思うし、床に垂らす程ってなると、かすり傷程度じゃ間尺に合わないだろう。
親指の爪の間に磔になってる丸太のササクレを差し込む……。
覚悟を決めて、思いっきり親指を押し込むと、激痛と共にベリッと爪が剥がれるのが解った。
「あっ……がっ……い、いったぁ……」
めちゃくちゃ痛い……一瞬、頭の中が真っ白になった。
けど、コレくらい……大丈夫。
もっと痛いのだって経験してるんだから……。
命がかかってるんだから、我慢、我慢……黒猫族はタフな種族……コレくらいじゃ死なないから。
親指の爪が剥がれて、その隙間から、ドス黒い血がパタパタと垂れて、足元の魔法陣に染み渡っていく。
すると……魔法陣の魔力が自分に流れ込んでくるのが解る。
……これって、暗黒神様の召喚魔法陣って言ってなかったっけ?
脳裏に底しれぬ黒く深い穴がイメージされる……猛烈な虚脱感と、全身を駆け巡る怖気……。
まさか……これ、奈落に繋がる穴? 今ので私に接続された……?
『……いいぞ。今、貴様はその召喚魔法陣に接続した状態となっている……つまり、魔法陣の制御はお前のものなのだ。続いて、召喚魔法のコマンドワードを唱えるのだ……ウェザル、イズアム、イズラール、我は求め訴える……続けろ』
聞いたことのない呪文。
けど、考えるのは後回し……!
「ウェザル、イズアム、イズラール……我は求め訴える……』
『奈落の門……開くとき、我、汝を招かん……我が身を現世と奈落を繋ぐ門となせ……』
「奈落の門……開くとき、我はあり……我が身を現世と奈落を繋ぐ門となし……汝をここに招かん!」
ん? なんか違わなかった?
と言うか、勝手に口が動いて、訳の解らない発音で意味の解らない呪文を勝手に詠唱してる……。
自動詠唱? お父さんがお母さんや私を使って、暗黒神の眷属と呼ばれる下級アンデッドや魔獣を呼び出す時に使ってたから知ってる。
それが今になって、勝手に発動しちゃったらしい。
けど、得体のしれない何かが身体を通って、周囲に吹き出していくのが解る。
……これは瘴気?
たちまち、魔法陣の周囲に黒い霧のようなものが吹き出し埋め尽くしていく。
「これは……何事だっ! なぜ召喚陣が起動しているのだ! この濃密な瘴気は! まさか、本当に奈落と繋がったのかっ!」
「し、神官長……制御が……召喚陣の制御が出来ません! この瘴気……あのネコ娘から出ております! 信じられん……あれで正気を保っているのか! 神官長、これは危険かと!」
「い、いや……これは、考えようによっては素晴らしい事かもしれません! 本当に……神が降りつつあるのかも! 我々の悲願が……成されつつあるのでは……」
「馬鹿を言うな! 制御できぬ力など、我らの方が破滅する……あの娘をすぐに殺すのだ! このままでは……」
ハゲ神官の取り巻きの魔術師達が口々に騒ぎ立てる。
言ってることはてんでバラバラ……せめて、意見くらいまとめるべきだと思うよ?
「神官長! しょ、瘴気の濃度が許容値を超えています……。これでは我々はとても持ちません! 闇の眷属以外の術者は、大至急退避を! 我々も危険で……ううっ」
声の主が唐突に昏倒したのをきっかけに、邪教団の連中が悲鳴のような声をあげて、大混乱の渦に包まれる。
何人かは、瘴気に当てられて、正気を失い立ったまま、何やらブツブツと呟いてたり……。
床に跪き、ガンガンと床に頭を打ち付けたりと、もうむちゃくちゃ!
唐突に警備の犬人が剣を抜いて、手近な信者に斬りかかるとパニックは唐突に最高潮を迎える!
「ちょっと、イスラ! 何を……これは……アタシのせいじゃないわよっ!」
アリアも何が起きているのか解っていないらしい。
けど、すでにこの良く解らない魔術は起動している……その事が私には解る。
(ちょっと! 続きは……なんか凄いことになってるんだけど!)
呪文の続きがいつまで経っても告げられず、思わず頭の中で抗議する。
おまけに、私の自動詠唱はまだ続いてる。
これ……もう、とめられない。
『い、いや……すまない! こちらでもちょっと想定外が……。そ、そうか……お前は……そう言う事だったのか! い、いかんぞ! これは……っ! そ、総員退去っ! アッカーンッ!』
声の人……もう何、言ってるのか良く解らない。
どうも、私の声も届いた様子ではあるのだけど……。
あっちでも、どうやら予想外の事態が起こりつつあるようだった。
耳元で聞こえてきた騒音が、重い轟音と共に不意に途切れる。
なんだか、お耳がビリビリして痒いよ? 思いっきり、足でポリポリしたいよーっ!