第一話「生贄美少女達の憂鬱」④
夜の闇を司る暗黒神フォルティナ様。
世間一般では、邪神と言われていて、不死者と呼ばれるアンデッドモンスターや魔物を生み出す元凶……なんて言われてるのだけど……。
私達の一族に口伝という形で伝わる創世神話では、暗黒神様こそ、この世界を創り出した造物主だと伝えられている。
お母さんから、繰り返し何度も聞かされた創生の歌の歌い出しは……こう。
『ここは暗いし、とても寒い。誰かいないのかと、そう彼が呟いた。
そうだね、ならば君のために、火でも灯そうか……そう暗闇が囁いた』
こんな風に始まる歌。
暗闇に火が灯されて、温もりと光と影が生まれ……大地が照らし出された。
そして、火より風が生まれ、風は雨を呼び、大地に水が注がれ、やがて緑なす世界が生まれた……そんな感じの神話。
「彼」……原初の人の願いに応えて、最初に火を灯した暗闇こそが、暗黒神……黒い女神とも言われている。
故にこの世界は、黒い女神の気まぐれで、暗闇の中から生まれた。
それが、この世界の始まり。
もっとも、この世界の多くを占める人族の間で信仰されている光明神イスファタル信仰では、光明神こそが造物主であり、暗黒神はそれに仇なす邪神だと……そう言われている。
あっちでは、光あれと原初の人が呟くと世界は光りに包まれたとか、そんな筋書きらしい。
けれど、私の知る神話では、光なんてのは、始まりの炎の誕生のついでに生まれた副産物的なもので、それを司る光の神なんて、副神どころかその他大勢くらいの扱いで、むしろ暗黒神を裏切った邪神……そんな風に伝わっている。
どちらが正しいのかは、多分誰にも証明できないような気がするのだけど。
この論争は、随分昔から長々と続いており、各国、各種族の争いの火種にもなっている。
聞いた話だと、東亜大陸の住民達……獣人やエルフ、ドワーフと言った亜人や辺境の人族達の間では、黒い女神と言う共通のイメージが創世神のイメージとしてあり、どこの種族にも概ね、似たような話が伝わっているらしい。
中央大陸からは、この東亜大陸は暗黒大陸だの呪われた大陸とか、言われていたんだとか。
憶測まじりながら、多分かつて神々同士の争いがあり、暗黒神様は敗者となった……そう言う事なのだろうと私も思ってる。
けれども、その結果この世界は、歪む事になり、憎しみがうずまき、争いが絶えない世界になってしまった。
おまけに、ここ数年は天変地異も頻繁に起こっているらしい。
どこぞの国が火山の噴火に巻き込まれて滅びただの……。
止むこともない激しい雨が何ヶ月も続き、出来上がった湖の底に沈んでしまった王国の話……。
はるか遠く西の海の果てにも、それなりの大きさの島国があったらしいのだけど、その島国は大津波に洗い流されて、何もかもが流されてしまったらしい。
いつからこんな事になってしまったのだろう?
この世界は多分、黄昏時なのかもしれない……やがて、長い夜が訪れて、元の闇の中に還っていくのかもしれない。
けど、暗黒神様がこの世界を識ることが出来るのならば、きっと嘆いているだろう……。
なにせ……暗黒神を崇め奉る暗黒神信仰……。
それ自体も歪なものとなりつつあるのだから。
私達を捕えている「黒の教団」も、奈落と呼ばれる深い地の底に落とされた暗黒神とその眷属を、この世に召喚し、この世を暗黒神のものとせんとする大陸規模の地下組織……。
そして、暗黒神復活の暁には、その信者達は大陸の支配者として君臨することになるとかなんとか。
一応、私の知る真の神話に基づく教義を謳ってはいるのだけど……色々、自分達に都合よく曲解してるし、教団の信者以外はどうでもいいと思ってるらしい……。
むしろ、信者も言ってみれば使い捨てのコマのように思っているらしく、美味しい思いをしてるのは多分、幹部達だけ……。
まぁ、要するに典型的な狂信者の集まりだった。
「ねぇ! イスラ……なんとかならない? くらぁっ! クソ坊主共っ! 暗黒神ってのは無闇な殺生を嫌うんじゃないのかよーっ! アタシもイスラも希少種じゃん……勿体ないでしょ! 奴隷として売っ払ったら結構、良いお金になると思うんだけどさ! つか、ゴードン……アンタ、何しれっとクソ坊主共に混ざってんのよ! このハゲッ!」
ゴードンさん……禿頭の中年男が申し訳無さそうに、頭を下げながら、壺から刺激臭のする液体をアリアの足元にドバドバと注いでいるところだった。
「す、すまねぇ……アリアちゃん。俺達は隷呪を刻まれちまったんだ……。だから、もうアイツらには逆らえない。俺達のせいで、任務を失敗した挙げ句、お前らまでこんな事に……すまねぇっ! 本当に……すまねぇっ! 許してくれ!」
隷呪……奴隷に刻む、強制命令の刻印。
アレを刻まれた状態で、主人の言う事に逆らおうとすると、耐え難い苦痛に苛まれる事になる。
うん、経験者は語る……逆らうなんて、絶対無理。
いっそ殺せって思うくらいには痛いんだよね……アレ。
ゴードンさんの目を見れば解る。
もう、心が折れるまで隷呪の痛みを刻みこまれて、誇りも尊厳も無くした奴隷の目になってる。
内心では、やりたくないんだろうけど、せざるを得ないのだ……解る。
でも、絶対許さない……それとこれとは話しは別。
死んだら、化けて出てやる……黒猫族は執念深いのだ。
とは言え……偵察隊の未帰還ともなると、多分改めて偵察隊が派遣されるだろうけど。
邪教団の監視網は、帰らず森の入口付近からすでに展開されていたようだった……教団も冒険者ギルドの大規模襲撃は、すでに察してる以上、何度偵察隊を繰り出しても、恐らく同じ結果になるだろう。
私達、猫耳の耳はその気になれば、1km先の獲物の足音を察するくらいなので、当然教団の連中の会話だって聞こえてくる。
その上で、色々と小耳に挟んだ感じだと、どうも、イスタール市への襲撃計画すらも計画されてるっぽい。
人数だって、五十人とかソレくらいだと思われてたんだけど……そんなもんじゃなかった。
軽く三百人は居る上に、武装もしっかりしてて、長弓持ちの獣人の射手やら、重鎧に身を固めた重装騎士、ダークエルフの魔術師……なんてのまでいた。
ここまで、念入りかつ組織化されているとなると、もうこの国……ラジエル王国自体の存亡に関わるような騒ぎに発展するのは確実だった。
彼らが欲しているのは、出来るだけ多くの血が流れ、多くの人が死ぬこと。
それらは、この世界を奈落に近づけるための生贄なのだと言う……
考えられる限りでも、最悪で最低な奴等だった。
お金や領土とか、そんなのが目的の方がまだ可愛げがあるし、話し合いの余地だってあるけれど。
この邪教徒達は、そう言う次元を軽く超越している……。
けど、今……その計画の一端でもギルドなり、王国軍にもたらすことが出来るならば、その計画も阻止できる可能性が出て来る。
こいつらはまだまだ、数が少ない……十分対処は出来る。
正確な情報さえもたらせる事が出来れば……。
そして、A級と呼ばれる凄腕の冒険者や超絶の騎士、そんな頼もしい人達が動けば、こんな奴等、なんとでもなる。
……私達は、何が何でも誰か一人でもいいから帰還すべきだったのだ。
けど、それはもう叶いそうもなかった。
「そう思うんなら、死んだ気になって、これ外してよっ! 魔法さえ使えれば……あ、待て……逃げんなっ! このボケッ! アホーッ! ハゲーッ! 死ねーッ!」
罪悪感に耐えかねたのか、ゴードンさんは所定の作業を終えるなり、脱兎のように走り去っていった。
他の教団の者達は、死んだような目で無言で作業を続けている……。
結果的に教団に潜入出来て、解ったこと。
この邪教団……三百人くらいいるけど、本隊と言えるのは、二割程度……ほんの一握り。
後はそこらで併合した盗賊団やら、捕えてきたどこぞの村人やらに隷呪を刻んで、強制的に従属させているだけ。
隷呪を刻んだ暗黒魔法の使い手を殺せば、まとめて解除できるから、そうなれば逆転は可能……なのだけど。
どのみち、私達は身動きも出来ない……助けが来る可能性なんて、奇跡でも起きない限りない。
生き延びれる目は、普通に考えてほぼあり得なさそうだった。
さすがに、心が折れかけてくる……。
「これは……本格的にダメかもしれないね……。しかしまぁ、なんとも皮肉な話よね。暗黒神の眷属と言われた黒猫族の私の最期が暗黒神様の生贄に捧げられるなんて……。願わくば、死後、奈落の底……暗黒神のお膝元で、その軍勢にでも取り立ててもらえることでも期待しようか……」
アリアには、悪いと思ったけど……さすがに、私もあきらめムード。
超後ろ向きな発言しか出なかった……すまない、相棒。




