第一話「生贄美少女達の憂鬱」③
それに、奴隷から開放してくれた冒険者さんも……もうこの世にはいない。
彼はその後、私の後見人として、私が一人でも生きていける様に、冒険者になるって道を示してくれた。
その人は奥さんと子供が居たらしいんだけど……流行り病でどちらにも死なれてしまったらしい。
奴隷から開放されたものの、行き場もなかった私は、しばらく、彼の助手……冒険者見習いとしてお世話になって、剣の手ほどきとか、生活の知恵とか色んな事を仕込まれた。
そんなある日、彼は独り身は寂しいから、いっそ自分の養女にならないかって話を持ちかけてきた……。
……大概、モノ好きだとは思ったけど。
本当は私が未成年だったって事がバレてたら、11歳の子供を冒険者の助手とかそっちの方が問題になるからと言うご尤もな理由も語られた。
私には魔術の才能もあるとかで、魔術学校に通わせてくれる……そんな話もされた。
ホントは、小躍りしたいくらいに嬉しかったんだけど……即答は避けて、一日だけ考えさせてって、返事をした。
けれども……その人は……。
その翌日、一人で魔物退治に出かけていって、そのまま帰ってこなかった。
……返事は永遠に保留となってしまった。
本当に、いい人だった……優しくて、勇気もあって……。
その最期は、見知らぬ初心者冒険者を逃がすために、勝ち目のない魔物相手に最後まで踏みとどまって……。
そんな死に様だったらしい。
本当に、いい人だったのだ。
それは確かだったけど、そう言う人は早死するって事を思い知らされたし、これは呪いで私を家族にしようなんて思ったから……なんてことくらいは思ってしまった。
黒猫族は暗黒神の眷属にして、不吉の象徴……。
その口から放たれる恨み言は、そのまま呪いとなる。
その目線は呪いの目線、目が合っただけで不幸が訪れる。
だから、見かけても決して、目を合わせてはいけない。
怒りを買ってはならない、絶対に恨まれてはならない……そもそも、関わってはならない。
……そんな噂がまことしやかに囁かれていた。
私の場合……その噂を証明したようなものだった。
私もそれを否定しきれない。
こんな形での……幸運の後の不幸……。
関わったものに降りかかる災厄。
これが、一度や二度じゃないのだから、我ながら怖くなる。
まぁ、さすがに目線があっただの、前を横切られると不幸になるってのは、迷信だと思うけどね。
さすがにそこまでだったら、私はもはや歩く災厄だっての。
街でお買い物も出来ないし、そもそもアリアなんて不幸のどん底だと思う。
アリアは、黒猫族の悪評なんてこれっぽっちも気にしなかったし、心無い悪口やコソコソと後ろ指を指すようなヤツに、私の代わりに怒ってくれたりもした。
私は彼女のそう言うところが好きだった。
なんと言うか……幸多いんだか、不幸ばかりなんだか……良く解んない人生。
それがこの私……イスラという黒猫族の人生。
私自身は、短剣や短弓と言った軽装備主体で戦うスピードファイター……軽戦士として、これまで、冒険者としては、実に地味に堅実に、無理しない範囲でやってきた。
なるべく、人に迷惑をかけずに、出来るだけ人に優しくする……お人好しのあの人みたいになりたい。
そんな風に思いながら、これまでなんとかやって来た。
だけど……どうやら、私の命運もここで、打ち止めらしい。
今や、装備は奪われ、申し訳程度のズタ袋に腕と首の穴を開けただけの奴隷服のようなものを着せられ、抵抗するすべもなく、磔にされている。
せっかく、奴隷から解放されたのに……またこれを着る羽目になるとは……。
私は、獣人の例にもれず、俊敏さや筋力は常人を上回る上に、黒猫族は獣人にしては珍しく魔術も使いこなせる……上位種と呼ばれる位置づけの種族なのだけど。
黒一色の体毛と言う見た目から、暗黒神の眷属とも言われており、私達自身もそう主張しており、イスファタル信仰が盛んな土地……中央大陸を支配するロスマニア帝国辺りでは、迫害の対象になっており、元々数も少ないため、希少種とも言われている。
とは言え、辺境大陸とも言われる東亜大陸……それも南端部。
この辺りの地域では、そこまでイスファタル信仰は流行っていない。
この東亜大陸は、人類発祥の地とも言われ人族が支配する中央大陸とは対照的に、亜人と呼ばれる獣人やエルフ、ドワーフなども多く暮らしており、宗教の力もそんなに強くない……国も中小数多くの国がなんとなくの連合を作り、東亜連合……なんて言われてるらしい。
なにせ、東亜ってのは、東方亜人の略で東亜大陸は、東方亜人大陸ってのが正式名称。
その名の通り、住民の大半が獣人や亜人で、人間のほうがあとから来た少数派。
東亜大陸は、三日月のような細長い形状をしていて、大陸とは名ばかりで限りなく大きな島な中央大陸を半分囲いこんだような形をしてる。
中央大陸は、徒歩でも二ヶ月くらいで横断できると言う話なんだけど。
東亜大陸は広大極まりなく、南北にやたら長く、歩いて縦断なんて言ったら、軽く年単位はかかるらしい。
未開地域もあちこちにある混沌とした大らかな地域であるので、私もハブられがちとは言え、割と平穏無事に冒険者生活できており……。
同じくどこから見ても、ただの幼女と言う理由で、まともに冒険者たちから相手にされず、ハブられまくっていたアリアとコンビを組んで、冒険者として、それなりに上手くやっていたのだ。
相方のアリアは……と言うと、エルフと言えば物静かな求道者と言うイメージなのだけど。
そのイメージを台無しにする程度には、年中無休で騒々しくって、素晴らしく口汚い。
その声量も身体の大きさの割にバカでかく、ひとつ言えば、二倍三倍言い返してくる位の勢い……歩く暴風雨……そんな愉快な渾名持ちだった。
エルフってのは、人間よりも魔力容量が多い上に、より魔力効率が高い独自系統の魔術を使う事で有名で、実際アリアも魔術に関しては結構な腕前の持ち主なんだけど……。
二人、三人で組むことで相互連携して、大規模な魔術を扱う人間の魔術師とは、相性が悪く……それもまた、彼女がハブられる理由にもなっていた。
人間っての一人一人は能力も低めで、亜人や獣人と比較するとはっきり言って弱いんだけど……力を合わせることや集団戦闘に関しては、亜人よりも一歩抜きん出てる。
人間って、やっぱそこが強みなんだよねー。
亜人は、そこら辺が苦手……結局、東亜大陸には亜人の大国なんてのが出来る気配もなく、着々と中央大陸の人間達の大国の侵略を受けているってのが実情だったりもする。
いかんせん、亜人や獣人の種類自体も多すぎて、まとまりなんて皆無。
亜人の中でも飛び抜けて長寿で、強力な独自魔術を使いこなすエルフ辺りは、比較的まとまりもあって、人間達からも敵に回してはいけない種族ナンバーワン……なんて、恐れられてるんだけど。
その隠れ里は、何処にあるのはもちろん、どうやって行くのかも知られてない。
街中とかで見かけるのは、むしろ変わり者で追い出されたとか、気まぐれで森から出て来たとか、そんなのばっかり。
アリアの話だと、エルフの里は、森なら何処だって繋がってる……とかなんとか、意味の解らない事を言ってた。
友達だからそのうち連れて行くね! なんて言ってたけど、エルフのそのうちに……なんて言葉を当てにするほど、私は馬鹿じゃない。
エルフの近いうちに……それは、軽く10年単位とかそんな調子なのだから。
「ザッケンナコラー! いい加減にしないとお前ら全員ぶち殺してやるんだから! ムキーッ!」
……なんて、色々と物思いにふけりながら、現実逃避しているとアリアの罵声に嫌が応にも現実に引き戻される。
よく喉が枯れないなぁって感心する……もっとも、今現在、彼女の足元には藁束や薪が置かれ、着々と磔刑の準備が進められていた。
もちろん、私の足元にも可燃物山盛り……もはや点火までそう時間はなさそうだった。
まさに、ピンチ……絶体絶命の状況だった!
「ねぇ……アリア、なんか……そろそろヤバそう……よね」
「さっきから、そう言ってるじゃない……。と言うか、もう諦めたのかと思ってた! 現実逃避は終わった? なんかいいアイデア思いついたりしない?」
「全然っ! 色々と、これまでの人生を振り返ったりとかしてたのよ。でも、ここで終わりとはやっぱあり得ないなぁ……!」
うん、改めて思う!
ここで私は死ねないっ! いや、死んでたまるものかっ!
「あったりまえじゃないっ! 弱気になったら負けだかね! けど、そこの暗黒神の神像も……これアーティファクト級の代物。あきらかに本物っぽいのよね……なんか、ものっそいのが封印されてる感じがビリビリする。おまけにこの魔法陣も……なんだかとんでもない量の魔力を溜め込んでるみたいだし……。連中、ここまでやる以上は、本気も本気よね……。これは本格的にヤバいかも……」
「ううっ、暗黒神様……どうか、こんな頭のおかしい人間共にではなく、むしろ我ら眷属たる者達へ救いの手を……お願いします!」
この世界では邪神とされる暗黒神フォルティナ様の神像に祈る。
私に出来ることはもう、その程度のような気がする……。