第九話「決戦、ヴァンパイアボーイ!」①
やれやれ、まいったまいった。
身体拭くとか言い出して、何するのか思ったら、お湯で濡らした手ぬぐいで身体拭くだけとか……。
なんでも、あれがこっちの連中の風呂代わりなんだとか。
さすがに、それはどうかと思って、髪の毛とかちゃんとシャンプーしてリンスすれば、化けるんじゃないかって、ちょっと手を出したら、エラい事になった。
まさか、この二人……羞恥心が皆無に近かったってのは誤算だった。
子供モードだったから、やばい雰囲気にはならなかったものの……。
アリアとかもう見てないところはないって位には全部見ちゃったし、イスラも身体は普通に大人。
胸とかぺたんこだって思ってたけど、それなりにあるんでやんの。
なるべく、一人で頑張れって思ってはいたんだけど……要所要所で入ってくるあいつらの言葉の強制力……。
ありゃ、なかなか強烈だわ。
もう、自然な感じでそうするのが当然だよなーって感じで、思考誘導されるんだぜ?
アリアなんぞ、見た目はガキンチョだけど、Sっ気でもあるみたいで、全身フキフキとかさせられたし……。
同年代の男にそんな事やらすとかどんなだよ……。
イスラは……なんとなく解ってきたんだが……。
あれは、人の形をして人の言葉を話す猫だ、猫。
そう思わないと、あかん。
まぁ、その甲斐あって、二人共髪の毛とかフワフワのサラサラ……美少女度が確実に数ランクはアップした!
余程疲れてたらしく、身体洗い終わって、髪の毛乾く間もなく二人共、天幕の中で毛布にくるまって、お互い抱き締め合うようにして、気持ちよさそうに寝息を立てている。
まったく、尊い光景だ。
この光景を守る……その為なら、この手を血に汚すことも、傷付くことも恐れない。
うむ! 俺、カッコいいな!
なるべく音を立てないように立ち上がると天幕から、のそのそと這い出る。
外はまだ暗い……けど、空の端の方が若干青みがかってきている。
払暁と呼ばれる時間帯に差し掛かっていた。
「ジョージ殿、出立でござるか……まだ夜明けまで小一時間はありますぞ」
……不意に声をかけられる。
サコン……完全に気配を消すとかやっぱ、半端ねぇなこいつ。
まぁ、すっかり意気投合しちまったから、心強いダチ……なんだがな。
「おう、兄弟っ! てっきり、払暁にでも客が来るかと思ったが……。このぶんだとかなり遅くなりそうだ。さすがに夜間行軍は無謀だったんだろうな。なんでまぁ、こっちから打って出てやる事にした……つか、お前……血の匂いがプンプンしてるが、斥候でも来てたのか?」
……微かな血の匂いが漂ってくる。
もちろん、サコンの兄弟は傷一つ負ってない。
「さすが、勘がよいのでござるな。まぁ、そんなところでござるよ。ちょろちょろとネズミが顔を出したから、軽く掃除をしておいた……そんなところですかな」
森の中に例の犬耳獣人の新鮮な死体がひとつ、ふたつ……。
こいつ、軽く1ダースくらいの斥候を全部まとめて蹴散らしたのか。
恐らくこの調子だと、音もなく悲鳴すら上げさせず、片っ端から切り捨てたんだろう。
あの犬耳も夜間行動に長けたそれなりの精鋭揃いだったんだがな。
……さすが、やるねぇ。
「……そいつは手間が省けた。ご苦労さん……じゃあ、さっき言ってた通り、うちの御主人様達のお守りを頼んでいいか?」
「某にお任せあれ。して、どのように三百の軍勢を屠るので? あの犬どもを狩るのは、一人ずつ背後から切り捨てただけでしたから、容易い事でしたが……。三百が相手となるとなかなか厳しいものがありますぞ」
「なぁに、どうせ隷呪で無理やり兵にしているような集団だ。術者とその取り巻きを潰す。多分、それだけで十分だろ……三百人全員とまともに正面から戦おうなんて俺も思っちゃいないよ」
「それは某も考えましたが……。森の中で居場所も解らない相手をどうやって……? それに大勢に囲まれたら、さしものジョージ殿も厳しいのでは?」
「俺は、生臭坊主の匂いが解るんだよ。それにああ言う手合は分厚い壁の後ろに引きこもってるのが常。正面から突っ込んでいきゃ済む。むしろ、軍勢相手なら陣形を整えられる方が厄介だろうからな、移動中でバラけてるうちに殴り込みかけて、大将と取り巻きを殺るってのが一番だろ。まぁ、討ち漏らしがこっちに流れるかもしれんが、それはアンタ達に任せるよ」
「無謀……そうとしか言いようがありませんが。ジョージ殿ならやってくれそうな予感もしますな。本当に助太刀は不要なので? 某、そこが死地だろうが喜んで伴をする心づもりですぞ?」
「気持ちだけもらっておくよ。むしろ一人の方が何かと気を使わなくていいから、かえって楽なんだよ。……兄弟なら解るだろ? まぁ、ここはこの場を任せられたと思ってくれないかな?」
「なるほど……確かにそう言うものですからな。お互い、気苦労が絶えませんなぁ……。では、祝杯を用意して帰りを待っているでござるよ。娘らは良く眠っているようですが……このままでよろしいので?」
「御主人様達は、かなりお疲れのようでな。ぐっすり眠れるようにちょっとした術をかけておいた。もしも逃げなきゃならん時は、すまんが街まで担いでいってやってくれ……頼むぜ?」
「後で怒られますぞ? おなごの怒りは買いたくないでござるなぁ……」
「なぁに、上手く行けば、夜明け過ぎには全部終わってるだろうさ……とにかく、ここは任せた! かるーく、殺ってくるぜ!」
「了解いたした……。それでは、ジョージ殿の武運を祈りますぞ!」
サコンに見送られ、素早く街道に張られた天幕の間を駆け抜ける。
まったく、俺が一人で打って出るとなると、御主人様達の安否が気になってしょうがないところだったが。
あんな腕利きがお守りを引き受けてくれたとなると、ひと安心だ。
全く異世界も捨てたもんじゃねぇな。
街道沿いの森の入口付近には、さっきのギルドマスターや如何にも腕利きっぽい剣士や魔術師が何人も固まって、険しい顔をして森の奥を見つめていたが、森に入ろうとしている俺には気付いた様子もない。
音を遮断する結界を張っている上に、今の俺は体温すらも消しているからな。
この暗闇の中では、もはや気付きようもあるまい。
「さて、さすがに武器くらい持たないとな」
今の身体は、ダークエルフ少年……この姿でいるのは、二人の命令だし、随分気に入ってもらえているようなので、戦闘モードへのチェンジはしない。
なんせ、肉体の変化は魔力の消費もばかにならないからな……一戦交える前から消耗しては、意味がない。
この身体もエルフなだけに、アンドリュー流魔術とは相性がいいらしく、魔力の効率が普段より良好な感じがする。
ダークエルフはエルフの割には、筋力やタフネスに優れ戦士としても優秀だとアリアが言っていたんだが、確かに身体のレスポンスとかも悪くない。
よって、このままで行く。
さしたる、問題はあるまい。
図体が小さいし、どちらかと言うと速度重視タイプ。
魔術戦が得手だと思うが、俺は基本的に肉弾戦タイプだからな。
そうなると、今の俺に最適な装備は、短剣二刀……かな。
どうせなら、アレが欲しいんだが……あるかな?
収納庫の管理画面を投影させると、なんかめっちゃ装備類が増えてる。
リストを送っていくと、お目当ての短剣が収納されているのが解る。
「よし、いいのがあった! 早速装備を送ってくれるなんて、奈落の奴らもいい仕事してるな!」
炎と冷気をまとった二振りの短剣を収納庫から取り出す。
その名も「絶火胡蝶」と「幽幻霧氷」
どちらも強力な魔法剣だ。
奈落の亡霊ドワーフ、名工「ストロガノフ」が打った逸品だ。
ストロガノフのおっさんも……まぁ、アンドリューの同類ってとこだな。
魔剣を打つことに命を賭けて、日々ひたすら魔剣を打ち続け……文字通り、己のすべてを一振りの魔剣に注ぎ込もうとして、力尽き死んだらしい……。
もっとも、奈落に落ちてからも、とにかく、魔剣を打たせろつって、日々、ひたすらに魔剣を打ち続けるもう筋金入りの魔剣馬鹿の鍛冶師なのである。
もうね、アンドリュー先生といいストロガノフ先生もまるっきり同類!
この人達って、自分が死んでようが生きてようが、どっちでもいいみたいなのよね……。
もう、好きなだけ研究なり、魔剣づくりなりやっててーって思う。
「絶火胡蝶」は爆炎を操る超攻撃型の魔剣。
「幽幻霧氷」は霧と幻影を操る絡め手タイプの氷の魔剣。
収納庫に入っていたので、どうやら奈落側ですでに用意してくれていたらしい。
まぁ、短剣タイプの魔剣だけで軽く20個くらいあるし……。
イスラにも、適当なの一つや二つ持たせとこう。
魔剣って、持ち主の能力をブーストさせる効果があるのもあるし……。
基本壊れないし、魔術を使えないような奴でも魔力さえあれば、魔術師顔負けの魔術が使える……なんてのもある。
「絶火胡蝶」なんて、そう言う魔剣の典型だな。
アリア用の魔杖も……めちゃくちゃあるな……。
落ち着いたら、色々おすすめのでも並べて、選んでもらうとしよう。
防具のたぐいも、フルアーマーからローブだのゴロゴロしてやがる。
奈落の仲間達からの贈り物ってところだな。
どうやら、ちゃんとこっちの状況も把握してるらしい。
フォルティナ様からの具体的な指示なんかは特に無いけど、好きにやれって意味なのかも知れない。
あのお方は根本的に、人々の暮らしを優しく見守るって感じの神様だからな。
導いたりはしないけど、荒ぶったり、無茶振りとかもしない……そう言う点では日本の神様に似てるかも知れない。
なんにせよ、俺はひとりじゃないと解った。
それだけでも、悪い気分じゃない。
背中を守ってくれる友が出来たのも……。
あの侍は実に気持ちのいい野郎だった。
無事に戻れたら、一度真剣勝負を……とか言ってたけど。
そのうち、相手でもしてやるとしよう。
あのギルドマスターのウェンカイってヤツもいいヤツだった。
俺のことをガキ扱いせずに、真面目に取り合ってくれて、暗にさっさと逃げろって言ってた。
まぁ、金ももらっちまったし、黒の教団をここまで引っ張ってきたのは、他ならぬ俺達だからな。
始末を付けるのは、むしろ俺の役目だろう。
そして、可憐なる御主人様達。
奴らには指一本たりとも触れさせねぇ……。
それに、御主人様達に随分な扱いをしてくれた礼をまだ済ませてねぇ……。
総大将は壁のシミにしてやったが、もう一人くらいはリーダー格の奴が居ると見た。
そいつを殺して、このミッションはコンプリート扱いとなる。
守るべきものの為に、一人強大な敵に戦いを挑む……か。
いいね、いいね! このシチェーション、実に燃える!
思わずウキウキしちまうぜ!
殺し合いの前ってのは、陰惨な気分になりがちだが、むしろテンション上がりまくりだ!




