第七話「チンピラ冒険者に絡まれるのは、テンプレです」③
振り返ると、青い長髪を頭の上で結った細身で長身の剣士が穏やかな笑みを浮かべていた。
着物と呼ばれる東方の独特の民族衣装を着て、二本の反り返った片刃の長剣がトレードマーク。
良かった……サコンさんだっ!
なんだかもう、すっかり安堵しちゃってヘナヘナと腰が抜ける。
「サ、サコンのダンナ……けど、この小僧が……」
「はぁ、トーイ君……解ってないでござるなぁ。抜いてたら、君死んでたんでござるよ? その少年は見かけによらず、滅法強い……見給え、某もご覧のように、相対しただけで、腕が震えて止まらんのでござるよ……はっはっは! これは愉快、愉快っ!」
そう言いながら、その右手を見せるとその手が傍目からでも解るくらい、ガクガクと震えていた。
東方のサムライ。
エスタール冒険者ギルド、トップランカー……A級冒険者のサコンさん。
パーティを組まず、たった一人でどんな依頼でもこなす凄腕の冒険者。
……そんなAクラス冒険者の彼ですら、恐れるような相手。
暗にそう言われて、トーイさんは蒼白になり、他の冒険者共々そそくさとこの場を離れていく。
クリフとギオさんは……お仲間がコソコソーっと抱えていった。
さすがに、仲間二人が瞬殺されて、これ以上は関わる気もないようだった……賢明な判断だね。
でも、今後の事もあるから、今度会ったら、お酒でも差し入れして、頭の一つくらい下げとこうっと。
「ああ……すまねぇな。気を使ってくれた……のかな? と言うか、アンタほどの使い手が俺如きにビビるとか、そりゃねーだろ?」
「ふふっ、某が震えるのは、むしろ強敵と相対した時でござるよ。恐れが半分、もう半分は魂が奮い立つ故に……ですかな」
「なるほどな。恐怖を知り、それでも立ち向かう心意気こそ、武人の誉……故に怯懦ではなく、勇気の現れ……武者震いって事かい? いいね、やっと本物が出て来たな……」
「いかにも、よくご存知で……。いやはや、少年の殺気に当てられて、某、久方ぶりに心底、震えたでござる……おかげで、すっかり酔いも覚めてしまったでござるよ」
「そいつは悪いコトしたな……と言うか、こんな時によく酔っ払ってられるな……余裕か?」
「そうでござるなぁ……戦が近い。だからこそ、ゆっくり酒を嗜む……常在戦場とは、そんなもんでござろう?」
「ははっ! アンタ、サコンさんだっけ? おもしれぇな……俺の魂の故郷にも昔は、アンタ達みたいなのがいたらしいぜ……今はもう、絶滅しちまったがな」
……ジョージくん、あのサコンさんと普通に会話してるし……。
この人……ギルドでもトップクラスなんだよ?
と言うか、この人……いつも一言、二言くらいしか喋らないのに……。
こんな長々と話してるの初めてみた。
「ふむ、実に興味深い御仁だ……。ところで……もう勘付いておられる。そう思ってよろしいですかな?」
「そりゃ、こっちの台詞だな。実際、どうなんだ? 相手はざっと三百人……雑魚ばかりだが、多分早けりゃ払暁にでも来るぞ? 見た感じだと、こっちも戦力外の雑魚ばかりみてぇじゃねぇか……多分、この調子だと半分は確実に死ぬぞ?」
「三百を相手にして半分も残れば、むしろ上出来ではないかと……。残念ながら、この場で戦力になりそうなのは、某も含めて十人もおりませんな。どなたか心強い助っ人の参戦でもあれば、犠牲も少しはマシに済むとは思うのですがね……はっはっは!」
この二人……なんか通じ合ってるっぽいけど、何の話?
払暁って夜明け前? さっきもウェンカイさんとそんな話してたけど、何が起きるの?
ものすごーく嫌な予感しかしない……。
薄々解ってるんだけど……認めちゃったら、ダメな気がする。
うん、考えないっ! 一難去ってまた一難とか嫌すぎるっ!
早く屋根があって暖かい所で、毛布にくるまって丸くなって眠りたいよ……。
でも、この場は余計な口を挟まないほうが良さそうだった。
いくら私でもそれくらいは解る! 多分、これは二人にとって大事な話合いなんだと思う。
アリアを見ると、同じ思いらしく、無言で頷かれる。
「まぁ、そいつはうちの御主人様次第だがな……。まぁ、逆を言えば、少なくとも夜明けまで時間はあるってことだ。せいぜい、飲みすぎるなよ? アンタほどのヤツ……こんな所で無意味にくたばるのは勿体ないだろ。多勢に無勢、さっさと逃げるってのが正解だと思うんだがな……」
「義を見てせざるは勇なきなり……。某も剣一筋で、Aクラス冒険者などと言われるほどになりましたからな。ウェンカイ殿にも色々と世話になりましたし、某を慕う者達も少なからずおります。死地と解っていても、ここで逃げるのは性に合わんのですよ。どうですかな? 一献……これも何かの縁……一杯酌み交わしましょうぞ」
サコンさんがそう言って、どっかりと地面に座り込むとジョージくんもサコンさんの前で、足を折りたたむようなきつそうな座り方をする。
正座って言うんだっけ?
「逃げるのは性に合わねぇ……か。なんだ、気が合うな」
「そいつは重畳。もしかして、この作法……ご存知ですかな? その意味も……」
そう言って、サコンさんが優しい笑顔で笑うと、平たいお皿みたいな器にお酒を注ぎ合って、それをお互い入れ替えて、飲み交わす。
なにかの儀式っぽいけど……なんなんだろ?
……な、なんか見てるとドキドキしてくるんだけど……何してんの? これ。
「ああ、一応な……アンタ達のとは、ちょっと違うかもしれんがな。しかし、初対面だと思ったが、随分と俺を買ってくれたんだな……こりゃ、ますます逃げる訳にはいかなくなったな」
「ええ、某……久方ぶりに本気で剣を交えたい……そう思った故。むしろ、最大限の敬意を払うべき相手だと……担うことならば、貴殿と友誼を得たい……ダメですかね?」
そう言って、サコンさんが盃を傾ける。
エールとかとは違う透明な水みたいなお酒みたいなんだけど、美味しいのかな……?
「アンタ、イイやつだな……気に入ったよ。お、こいつは美味いな……いい酒だな! よもやこっちでコイツを飲めるなんて思ってなかったぜ!」
「某の故郷、海の向こう……東の果ての国の酒でござるよ。気に入ったようであれば、もう一杯どうぞ……」
「悪いな……催促しちまったみたいで……。ところで、本来、この作法は義兄弟の契りの盃だと思ったんだが。アンタのとこではどう言う扱いなんだ?」
「……義兄弟の契りでござるか……なるほど、そう言う意味もあったんですな。けど、それも悪くないでござるな……某、あまり友と呼べるものもおらんのですよ」
「うん、少なくとも俺はアンタの事は気に入った。ダチは多いに越したことはねぇ……腕が立って、旨い酒を酌み交わせるような奴は尚更な……まぁいい、せっかくだ。サコンの兄弟とでも呼ばせてもらおうか」
「兄弟とはまた嬉しいことを! はっはっは! よろしければ、御名を頂戴したい……失礼、これは最初に伺うべきでしたな」
「俺は、ジョージ……スガタ・ジョージだ。アンタは?」
「某は、サコン……サカキ・サコンと申します。なんだか響きも似ておりますなぁ。エルフでありながら、東方に縁でもあったのでござるか?」
「そんなところだ。ひょっとして、アンタのご先祖は異世界……日本から来たとかそんなのか?」
「日本? ひのもとの国の事ですかな? 某達の先祖は、遠い異界のそんな名前の国から来た……そんな昔話もありまする。嘘か真か……今となっては、誰も解らないのですがね」
「そっか、どうりでな。まぁ、仲良くしようや………そう言う事なら兄弟、アンタの腕を見込んで、ひとつ頼み事があるんだが……」
そう言って、ジョージくんはサコンさんに何やら耳打ちをする
「なるほど……かしこまりました……そう言うことであれば、某にお任せあれ。サムライに二言はありませぬ。ですが、貴殿ほどの方がなぜ? それに、どう考えても死地に飛び込むようなものでござろう……某も出来れば止めたい。もしくはせめて、某を伴にしていただきたいのですが」
「言ったろ? アンタはこんなつまらん戦でくたばっていいような輩じゃない。あいつらのお守役を頼むってだけさ。俺は誰かを守りながら戦うってのは苦手なんだ。兄弟なら、安心して背中を任せられるってもんよ」
「なるほど……。ウェンカイ殿も貴殿のことは随分気に入っていたようですが、納得です。某もすっかり気に入ってしまいましたよ。良いでしょう……後背の守りは某にお任せあれ……。先陣は某が……と思っていましたが、ここはジョージ殿にお譲りしましょう」
「すまんな……まぁ、後は俺にまかせとけっ!」
そう言って二人はニヤッと笑って、手を握り合う。
うーん、良く解んないけど、男同士の友情ってのが成立したらしい。
アリアは無言でニヤニヤとその光景を眺めてる……。
うん、尊い光景だってことは私でも解るよ!
かっこいいね! 男達の浪漫って奴だ!




