第一話「生贄美少女達の憂鬱」②
「納得できない……なんで、私が生贄なのよ……。どうして、暗黒神様の眷属たる私を……私、別に悪いことなんてしてない……まだ、やりたいことはいっぱいあるんだから……死にたくないよ……」
本音では、チクショーとか叫びたいけど、お下品なので言わない。
けど、愚痴くらいは言いたい。
と言うか、適当に作った丸太の十字架に、ご丁寧に脱力の儀法が施された鎖でがんじがらめとか、悪意に満ちてる……。
暗黒神様……もし、私達の言葉を聞いているのならば……そのお力による奇跡のひとつでも、このちっぽけな眷属に与えて欲しい。
「……あああああ、ムカつく、ムカつく、ムカつくーっ! ゴードンのおっさん、何がお前らのことは俺が守る……だっつの! 5分も戦わないうちから、あっさり白旗あげて、死にたくないからお前らも降伏してくれ……とかダサすぎっ! おまけにあのスカした若造、命惜しさにアタシらの潜伏場所までバラすとか……酷すぎっ! もう死んで詫びろーっ! 全員、腹かっさばいて死ねーっ!」
隣でやっぱり磔にされたアリアが毒づきながら吠える。
アリアはいいな……普段から下品だから、こう言う時はフルスロットルだ。
なお、アリアの方は、色々魔術が使える為か、両手両足のみならず、体中を鎖でがんじがらめにされており、首枷のようなものまで着けられている。
どうも、封魔の儀法が施されているらしい……さすがにああなると、アリアも無力……。
人間で言うと、幼女としか言いようがない姿なのだけど、これでも彼女は100年近く生きている。
エルフは長寿な分、成長も遅いので人間で言う所の成人並まで育つには、もう100年くらいはかかるらしい。
……なんとも、気の長い話だった。
緑基調の襟付きの上着に膝丈キュロットと言う出で立ちで、黄色のおかっぱ頭のせいで、ますます子供っぽく見える……髪を長く伸ばすとかすれば、もう少し落ち着いた雰囲気になると思うんだけどなぁ……。
エルフ種女子の例にもれず、顔立ちは美しく整っていて、もう少し成長すればさぞかし美人になる……誰しもがそう言わしめる程には美形だった……。
でも、パッと見はどうみても幼女……。
おかげで、ギルドでも完全に子供扱いされてるのが実情……。
もっとも、彼女のメンタルは、鋼鉄で出来てるらしく、何言われても十倍くらいで言い返す上に、子供扱いする冒険者がいたら、ズカズカとその食事のテーブルに乱入し、怒鳴り散らした挙げ句、食べ物とかお酒を問答無用で、強奪したりしてる。
こう見えて、結構ふてぶてしいし、逞しいところがあるのだ。
実際の年齢は詳しくは知らないけど、エスタール市の長寿認定記録の持ち主よりも長く生きてるらしい……ある種の詐欺なんかじゃないかって気もする。
とは言え、彼女自身は、人間で言うと10才児くらいの子供同然……非力な事この上ない。
その身体も、出る所は全く出てない寸胴ボディに、男の子と変わりないまな板胸……彼女に欲情出来るのは余程の特殊性癖の持ち主であろう。
顔も割と丸っこくて、美人というより、可愛らしいと評される……そんな容姿だった。
一方、私は年下ながら、見た目に関しては彼女よりは大人に近い容姿をしている。
アリアのような幼女の姿ではないものの、10代後半くらいには見られる。
腰回りは女性らしく多少は丸みを帯びて来ていて、豊満ではないもののそれなりの大きさの胸もある。
もっとも、多くの冒険者連中からはアリア同様、子供扱いされてるし、普段はせっせと薬草取りやら、角ウサギ狩り、地下下水道の巨大ネズミ退治やらをスラムの子供達や、若葉マークの冒険者達と一緒にやってるような……いわゆる冒険してない冒険者……。
まぁ、なんだかんだで、お子様冒険者呼ばわり……。
一応、Dランク認定はされてるんだけど……Dランクなんて、最下級のEランクで、毎日薬草取りでもやって、半年くらい生き延びれば、半ば自動的に認定される。
この業界、Cランクから上が本物の冒険者だと言われてるんだけど。
我がエスタール冒険者ギルドは、その7割が見習い初心者のEランクと、それに毛が生えた程度のDランクで構成されてるし、他も似たようなもんらしい……。
3割しか居ないのに、本物の冒険者呼ばわりってのもそれはどうかと思うんだけど、Cランクの昇給試験はちょっとした難関だと言われていて、毎回死人が出るくらいには過酷だって聞いてる。
もっとも、実際の所、冒険者の平均寿命は約半年ってのが相場と言われてる。
もうかれこれ一年ほど冒険者として活動してる私達は、お子様冒険者なんて言われつつも、長生きしてるベテランな方なのだ……。
けどまぁ、お子様ってのは概ね事実……。
実際のところ……年は数えで11歳だからね。
私達、猫獣人族は成長が人間より若干早いので、15歳くらいで大人同然に成長すると言うのはあまり知られていない。
……なのだけど、ギルドでは15歳以上でないと冒険者としては認められないというので、年齢を詐称している……。
ちなみに、自称18歳設定っ!
お酒だって堂々と飲んでます……すぐ酔っ払うから、程々にしてるけどね!
とにかく、アリアと比較したら、女としては圧勝だと思ってるけど……口には決して出さない。
口は災いの元……私は、無口という評判で通ってるのだ。
ちなみに、私の容姿は……と言うと。
肩の辺りで切りそろえた黒髪に、黒い猫耳、黒い尻尾……浅黒い肌。
赤いツリ目は夜の闇でもよく見えるし、飛んでくる矢ですら見切れる抜群の動体視力を誇る。
実は、冒険者になる前……一年ほど前までは奴隷だったのだけど、主人だった奴隷商人が旅の途中で紫黒病にかかり、勝手に死んだので、自動的に解放された。
私は、暗黒神様の加護だと信じて疑ってない。
なにせ、こいつ突然死とかしないかなーって思ってたら、ホントに死んだんだからね。
そもそも、紫黒病なんて普通はかからない。
全身紫の斑点だらけになって、真っ黒の血を身体中から垂れ流して、死に至る致死率100%の恐るべき病なんだけど……。
暗黒神様の怒りを買った者がかかる死の呪い……とも言われるような病で、真っ当に暮らしてる限り、かかる事自体があり得ない。
ちなみに、奴隷からの解放も、護衛の冒険者が割といい人で、私達奴隷へのあんまりな扱いを見て同情してくれてたらしく、いい機会だとばかりに、他の奴隷も含めて契約書を燃やして、従属魔法を解除してくれて、奴隷契約をチャラにしてくれた。
その気になれば、そのまま所有権を引き継いで一山稼ぐことだって出来たのに……あの人はそうしなかった。
……幸運……そうとしか言いようがなかった。
私の人生って、割とそんな調子で悪運や幸運に恵まれてってことが人より多いと思う。
普通は死ぬって事故とか怪我、病気からの生還も一度や二度じゃない。
だからこそ、神様の加護の賜物って信じたりもすると思う。
……もっとも、私の人生幸運ばかりじゃなかった。
お父さんやお母さんは割と早いうちにどちらも亡くなってしまった……そもそも奴隷になったのも、食べるものがなくて街を彷徨っていて、奴隷狩りにあったから。
奴隷狩りにあったおかげで、結果的に餓死の危機は回避できたけど、その代わり奴隷にされるとか……ぎりぎり助かったのは良いんだけど、ツイてるんだか、ツイてないんだか。
お父さんやお母さんが死んだのだって、そう。
人間の魔術師だったお父さんは、魔術暴走事故で亡くなったのだけど。
……黒猫族だったお母さんも、その現場に居合わせて……一緒に死んじゃった。
今から考えると、お父さんは明らかに暗黒神の崇拝者で、暗黒神の眷属を召喚するとか、禁忌とされる闇の魔術についての研究とか……そんな感じの実験を繰り返してた。
お母さんは、もうやめようって反対してて、お父さんとも喧嘩ばかりしてて……。
挙げ句に二人共、命まで落としてしまった。
お父さんは自業自得だと思うけど。
お母さんは……単なる巻き添えで、納得なんてとても出来なかったと思う。
「お父さんなんて、もう死んじゃえっ!」
結局……それがお父さんと交わした最後の言葉になってしまった。
お父さんは……日頃から、これはこの世界と奈落を繋げる為に、必要な事なんだとかなんとか……いつも熱く語ってたけど。
その日に限っては……私の言葉に、悲しそうに目を伏せただけで、何も言わなかった。
そして、珍しく私を実験に使わずに……お母さんと二人、何かの儀式をしようとしてた。
……結果として、二人は死んでしまった……。
私が、死んじゃえなんて言ったばかりに……。
そうやって、何回も自分を責めたのだけど……。
お父さんもお母さんももう居ない。
この現実は覆せなかった……。
思えば、これは初めての身近な人の「死」……だった。