第七話「チンピラ冒険者に絡まれるのは、テンプレです」②
一瞬、ブワッとジョージくんのいる方から風のようなものが吹き付けてきた……ような気がした。
物凄いプレッシャー!
……クリフは、もうそれだけで白目剥いて、立ったまま気絶していた。
「……きゃ、却下よ! 却下ー! ぶっ殺しダメッ! 全然、よくないからっ! と言うか……もう気絶してない? それ……」
アリアがヒステリックに喚き立てる。
私は、一瞬で固まってしまったのに……さすが、アリアだ。
「ああ、悪い。思わずカッとなって殺気が漏れちまったよ! つか……なんなんだ? コイツ。この程度でピヨっちまったのかよ……。雑魚のくせに威勢だけいいヤツってのは、何処にでもいるんだな……。雑魚のテンプレの美学ってもんを見せてもらったぜ! ……地面の上は、さぞ寝心地悪いだろうが、そこで朝まで寝てるんだな」
ジョージくんが無造作にその手を離すと、そのままクリフはぱったりと力なく地面に横たわる。
クリフの仲間達もすぐ近くにいたのだけど、一瞬の出来事で、呆然としたまま、微動だにしない。
うーん、クリフって雑魚っぽい外見にそぐわず、腕はそれなりに立つんだけどなぁ……。
はっきり言って、C級は伊達じゃない……にも関わらず、ほとんど何もしていないのに、その意識を刈り取ってしまった……。
私達も呆然とするしかないんだけど……。
ジョージくんに手を引かれて、アリアもなんとなくと言った様子で歩き始めるので、私も慌てて、その後を追う。
「ちょ、ちょっと待てっ! よ、よくも……クリフを……お前ら、待てっつってんだろ!」
斧使いのギオさんが震える声で、背後から歩み寄りながら、ジョージくんの肩に手をかけようとする!
これ、ヤバい……ギオさんより一歩早く、ジョージくんに駆け寄って、脇から手を入れてヒョイッと持ち上げて、勢いよく振り返る。
ジョージくん、ぶらーんと浮いちゃって、ちょっと不満そうに見上げてる。
あっぶなっ! めっちゃやる気だったっぽい!
大方、先に手を出させて、カウンターで……とか、そんなんだったんだろう。
ちょっと、ジョージくんのやり口ってもんが解ってきたような気がするよ!
「ギオさんっ! そんなことより、クリフさん見てあげなよっ! と言うか、この子にだけは、絶対に喧嘩売らないで! 頼むから、そう言う大人気ないことしないでっ! もう、私達のことなんてほっといてよ!」
ホント、勘弁して欲しい。
……このままだと、私の胃に穴が開く。
冒険者仲間を殺すのはなしって、ちゃんと言い聞かせておくんだった……。
「お、おう……。そ、そうだな……確かに、お前らみたいなガキ共に絡む方が大人げないよな……。うちのクリフが……その……すまなかったな」
ギオさんも毒気を抜かれたような顔をしてる。
むしろ、軽く死にかけたんだと、自覚して欲しい。
今後は、ちゃんと馬鹿の手綱握っててくれることを強く希望っ!
「あ、ついでだから、紹介しとくわね。この子……ジョージくんっていうの。アタシと同郷のエルフ族なんだけど、血の気が多すぎて、里から追い出されちゃったらしくてね。今度、エスタールの冒険者ギルドに仲間入りすることになってるから、仲良くしてあげてね!」
アリアが笑顔でギオさんにそんな事を言う。
ギオさんは……クリフの仲間のC級冒険者なんだけど、パーティリーダーだし、クリフよりは良識ってもんがある……根はいい人なんだよ。
時々、クリフと一緒に初心者冒険者いじめとかやってるけどさっ!
ここは遠回しにもう二度と手出しすんなと私も釘刺しとこう。
「そうね! 結構世間知らずなところがあるけど、腕っぷしは半端じゃないからね! ちなみに、ちっちゃいけどオークくらいなら、素手で殴り殺せるくらいだから、間違っても喧嘩売っちゃ駄目よ?」
ちなみに、ジョージくんって、色々強化魔法とかも使えるらしく、さっきのフォレストウルフ戦では、キック一発で生木をへし折るとかやってた。
あのぶんだと、多分オークくらいならワンパンだろうから、間違ったことは言ってないと思う。
「……おいおい、エルフの小僧がオークを素手でって……さすがに、そりゃフカシだろ! むしろ、あっさり踏まれてくたばるんじゃねーの? つぅか、んなハッタリでビビらせようったってそうは行かねぇよ! こっちも仲間やられてんだ! 出すもん出すなり、頭くらい下げていけっての!」
ギオさん……アンタは馬鹿なのかっ!
目の前でクリフさんが瞬殺されたのに、なんでそんな無駄に強気なの?
自分で大人気ないって言っときながら、出すもん出せってどこのチンピラなんだっての!
「……イスラ、寸止めなら構わないだろ? こう言う手合はちゃんとしつけとかねぇと、まぁ軽く撫でてやるよ……」
そう言って、ジョージくんが私の腕からするっと抜け出ると、そのまま飛び上がって、パンパンパンと三回ほど、何かを叩いたような音が響く……。
「ベブッ! ……ボ、ブ、バッ……ゴヘッ……」
直後、ギオさんのふくよかなほっぺたが両方とも変形してて、不自然にボッコリとヘコんだお腹を両手で押さえると、うめき声をあげて、そのまま前のめりに倒れていった。
「ちょっと……どこが寸止めなのよっ!」
ギオさん……土下座したようなポーズでうずくまったまま、ピクピクと痙攣してる。
一応、死んじゃいないみたいだけど……結局、クリフに続いて、二人の犠牲者が出てしまった……。
「わりぃ、寸止めにしたんだが……風圧までは考えてなかったぜ……。てか、ギオとか言ったけど、アンタとオークどっちが頑丈なんだ? まだ生きてるオークとやりあった経験ないんだが、さすがにもうちょっと歯ごたえあるんだろ?」
……寸止めでこれなの?
やっぱ、ジョージくんヤバい……。
半端ないよ! C級冒険者を立て続けに二人も瞬殺とか……!
でも、この調子だと上位ランクの人達に目を付けられたりしそうだし……私達も色々考えないと……。
なんか、大変な事になってきたよーっ!
「おい? 聞いてんのか? って……なんだよ、触れてもないのにワンパンで気絶かよ。つぅか、実戦で気絶なんて即死亡だと思うんだがな……。こんなもんなのか、地上の冒険者ってのは? これで中堅クラス? ははっ、冗談だろ……笑えねぇぞ? この調子じゃ一戦確実だってのに……こりゃ間違いなく、ド派手に死ぬな……。こいつら程度が強いほうなんじゃ、他の奴らも話にもなりそうもないな……」
騒ぎを聞きつけて、近くに来ていた十人近い冒険者達を値踏みするように見渡すジョージくん。
けど、彼らにもジョージくんの言葉は聞こえてたらしく、全員一様に凍りつく。
ざっと見た感じCクラスが3人ほど、残りは私達と同じDクラス……。
けど、子供同然のジョージくんの放ったあからさまな侮蔑の言葉に、誰もが怒りを覚えている。
……そんな空気。
やめてー! これ以上、戦線拡大とかしないでーっ!
「おい、そこの見慣れねぇエルフのガキっ! ……今、俺達をコケにしやがっただろ……ふざけんなよ?」
そう言って、Dクラスのトーイさんが剣に手をかける。
その様子を見て、ジョージくんが目を細める……これは……よくないっ!
クリフもギオさんも武器を抜かなかったから、ジョージくんも手加減してくれてたけど、武器を取って……なんてなったら……っ!
「トーイさん! 駄目っ! そんな剣なんて抜いたら……!」
「う、うるせぇっ! んな、チビにコケにされて黙ってられるか!」
ジョージくんは、無言でトーイさんを睨みつけつつも、すっと構える。
トーイさんも震える手で剣を抜こうとしてるんだけど、焦ってるのか上手く抜けないらしい。
けど、抜いたら最後……最短距離でジョージくんは、トーイさんを殴り倒すだろう。
これは……止められないっ!
「止めときなさい……抜くなら、そこの少年に殺されても、文句は言えないでござるよ?」
飄々とした声が辺りに響いた。




