第六話「ギルマスさんへの報告会」④
私達が立ち上がると、ウェンカイさんも肩をすくめて立ち上がる。
どうやら、外まで見送ってくれるようだった。
「なんだ、わざわざ……冒険者ギルドマスターともあろうお方が、D級冒険者の見送りなんぞするのかい? アンタくらいの立場なら、ご苦労だった下がってよしの一言で済むんじゃねぇのか?」
ジョージくんが楽しそうに告げる。
「そう言うなよ。なにせ、命からがら逃げ帰ってきた所を休む間もなく呼び出したんだ。こっちが見送りくらいするのが、せめてもの礼儀だろ? 相応の働きをしてくれた以上は、相応に気遣いをする……そこら辺は上級、下級関係なしだ。それに勘違いしてるようだが、俺はこいつら冒険者への命令権なんてもんは一切持ってないんだ。あくまで世話役の頭領みたいなもんだな」
「ふむ……気を使ってくれて、すまんな。こいつらにも、それなりに気をかけてくれてたようだし、強権ではなく、あくまで仕事を頼む、お願いする立場だと……そう言う事なら納得だ」
「まぁな、だからこそ、お前らの仕事は終わりだから、早く街に帰れって言ってるんだ。解るな?」
「なるほどな……相わかった。それでは、ごきげんよう……再び会える日を楽しみにしている」
そう言って、ジョージくんは胸に拳を当てながら、深々と腰を曲げて一礼。
な、なんだか何処かの王族か貴族みたい……っ!
なんとなく、私も真似して一礼、アリアもペコっとお辞儀一つ。
「ご丁寧にどうもな……それとこっちこそ、すまねぇな、最初ただのガキだと侮ってたが……お前さん、実のところ相当使えるんだろ? どんだけ修羅場くぐって来たんだかしらんが、相当な腕利きだってのは解るぜ? まぁ、いざって時は当てにさせてもらうぜ……」
「ふむ、いい心がけだな。俺は一向に構わんから、クエストなり命令なりをすればいい。仕事として依頼してくれるなら、大抵のことなら引き受けるぜ?」
ジョージくんはちらっと私の目を見てる。
それで構わないだろ? と言いたげな感じ……。
と言うか、何が起きるのかすら、私よく解ってないんだけど!
ウェンカイさんも私をじっと見つめてるけど……。
き、期待されても……ね?
「……まぁ、そうさなぁ……。そう言う事なら、むしろ、エスタールの守りを頼みてぇんだが、どうだ? 俺達もギリギリまでここで踏ん張らねぇとカッコが付かんのだが、俺達が抜かれるとエスタールまで素通しだからな……。ちょっと休んだら、その足でエスタールに戻るって事でどうだ? どうせ、ここにいても出来ることなんて知れてるだろ」
苦笑しながら、そんなことを言われてしまう。
がーん、戦力外のお知らせ?
「おいおい、戦う前から、そんな弱気でどうすんだよ? 何度も言うようだが、俺に何かをさせたいなら、イスラかアリアに命じればいい。俺はこの子らに借りがあるからな。こいつらの命令には忠実なんだ。実際、どうするつもりだ? アンタが言ってた騎士団がうんぬんってのは、最大限楽観的で……の話だろ? 悲観的に見た場合はどうよ?」
「……若いうちから女の尻に敷かれて……なんとも、情けねぇやつだなぁ……。俺の買いかぶりだったかな?」
軽口を叩くウェンカイさん。
けど、それに答えず、厳しい目を向けるジョージくんを見つめ返すと、ウェンカイさんも深々とため息を吐く。
「……やれやれ、敵わんな。まぁ、そうだな……騎士団が動くかどうかは、正直微妙だ……教団の正確な情報を得た上で、積極的に討伐に動くか、あるいは、連中の拠点ザルツブルカ市の防衛に専念するかってなると、団長の性格からすると後者に回りそうでな。まぁ、ここまで言や、あとは解るだろ?」
「なるほどな……。まぁ、状況は俺も解ってる。なぁに、俺がこの場にいる限り、なんとでもしてやるよ。それとひとつ訂正な。女の尻って奴は最高だ……こいつらは、まだまだボリューム不足だがな」
ジョージくんがそう言うと、ウェンカイさんもお腹を抱えて大笑いする。
確かに、まだまだお尻は小尻……胸共々これからなんだよっ!
アリアに関しては……ノーコメント。
友として、言及は控えるべきだと思うの。
「はっはっは! まぁ、そうだな……。うちのおっかぁもケツは立派だ……。敷かれ心地はなかなか悪くねぇ……なんだ、小僧のくせに解ってるじゃねぇか!」
「良く解らないけどマスター、奥さんには滅法弱いって有名だからねっ! ジョアンナさんはエスタール最強っ! アタシも男は女の言う事を黙って聞くほうが可愛いと思うわよ」
「……そのとおりっ! うちは夫婦円満、笑顔が絶えない良い家庭でな。はっはっはっ! ああ、それとイスラ、獣人とは言え若い娘がいつまでもそんなボロ着てちゃ駄目だし、さすがに尻見せてそこらを歩かれると若い奴等の目の毒だ。それに装備一式まとめて失ったそうだが、最低限でいいから武装しとけよ。補給係のサレサにこの書類を見せれば、肌着と革服、それに短剣程度なら支給してくれるはずだ。早めに行って一式もらって来い、いいな?」
そう言って、書類を一筆書いてくれる……支給品とは言えタダじゃないんだろうけど。
お代とか気にしなくて……いいのかな?
いつもながら、ウェンカイさんは気さくないい人だった。
こう言う人だから、荒くれ者揃いの冒険者ギルドのまとめ役なんて務まるんだよね……。
「わかりました! では失礼します。二人共行くわよ……」
「ああ、ご苦労だった! それと坊主! 一応聞くが……お前、客の来訪はいつくらいだと思う?」
「早けりゃ払暁……どんなに遅くとも正午ってとこかな。飯食って、仮眠する時間くらいはあると思うぞ? なにせ、情報持った奴を取り逃がしたんだ……向こうが余程の馬鹿でもない限り、もうとっくに動いてるだろうな。どうするにせよ、早め早めに動くのに越したことはないぞ?」
「確かにな……どっちにせよ、騎士団は間に合わんか。そうだな、やれることはそう多くないだろうが。来ることが解ってりゃ、やりようはあるか……。とにかく、いいな? いざって時は迷わず逃げて構わんからな」
「俺は逃げるのは性に合わねぇんでな……。まぁ、報酬も相応に弾んでくれたことだし、金貨二枚とタバコ一袋分程度は働いてやるよ」
いまいち、意味が良く解らない会話が交わされ、アリアとジョージくんを連れて、本部テントを退出する。
ジョージくんは、マスターお手製タバコが気に入ったようで、二本目を指先に点した火で炙って燻らせてる。
「小火の魔術? そんなの使うくらいなら、普通、魔道具使わない?」
アリアが不思議そうに尋ねてる。
小火の術……小さな火を灯すだけって言う、初歩的な火系元素魔術なんだけど……。
魔力消費から考えると、あまり効率よくないから、使ってる人ってめったに見ない。
「ほぅ、この術にも名前があったのか。けど、火を点けるだけの魔道具なんて、そんなものがあるのか?」
「そりゃ、あるでしょ。火を使う度に火打ち石でカチカチなんて面倒くさくってやってられないし、小火の魔術だって誰でも使えるわけじゃないからね。私も持ってたけど、荷物と一緒に失くしちゃったからね……。身ぐるみ剥がされちゃったのは、やっぱ痛いわぁ……最低限の装備はもらえることになったけど、街にもどったらイチから揃え直し……」
言いながら、さっきお尻丸見えとか言われたことを思い出して、尻尾と片手でお尻を隠す。
ジョージくんにちらっと見られるんだけど、あまり気にしてないらしい。
それはそれでちょっと悲しいんですけど……。
「んじゃ、作ってやるよ。これでどうだ?」
言いながらそこら辺に落ちてた石ころの表面を指でなぞると記号みたいな文字がぽうっと浮かぶ。
「火よ」
ジョージくんが一言口にすると、親指くらいの大きさの小石からぽうっと炎が立つ。
「うそっ! これもしかして、魔文字……?」
アリアが驚いたようにしてる。
「……ま、魔文字ってなぁに?」
あまり聞かない単語なんだけど……さらっと、また物凄い高度な事やったの?
もしかして……。
「魔術刻印のことよ……文字自体が魔力を持ってる上に魔力効率がやたらいいから、持続時間が超長い。要するに、やたら長い時間持つ付与魔術って所よ。これ……どれくらいの時間、使えるの?」
付与魔術……剣の切れ味を良くする「鋭き剣」とか、やたら矢が当たりやすくなる「導きの矢」とか、そんなんだっけかな?
武器や防具に一時的に魔術効果を施すって魔術で、掛けてもらえると戦いが格段に楽になるとってもありがたい魔術。
効果時間が短いのが難点なんだけど、それがずっと長持ちするとか、そんななのかな?
「このまま点けっぱなしでも丸一日は持つかな……すぐ消すなら、300回位は繰り返し使えると思うぞ。基本的にささやかな効果なのだと長持ちするし、派手なのだとすぐに尽きちまう。もっとも派手にやるなら、普通に魔術を使ったほうが早いだろうからな。むしろ、こう言うささやかな効果を与えるには最適な魔術だろうな」
「うわ、なにそれ……便利すぎっ! と言うか、本来これって、国家秘匿レベルの上級儀式魔術なのよ? なんで、そんなのさらっと使ってるの? え? そんな簡単でいいの?」
「そんな御大層な代物じゃねぇだろ。奈落では当たり前のように使ってたぞ……そいや俺達も刻印って呼んでたんだが。とにかく、照明や空調やら、奈落は光もなにもないからな……無いと困る。それだけの話しだ。俺のこの服にもいくつか刻印を刻んであるぞ。間に合わせだから、強靭化、保温、清浄とかそんなもんだがな」
「いやいやいや、魔文字入りの服なんて……軽く金貨10枚とかするわよ!」
思わず、びっくり!
ジョージくん、そんな凄い服着てるんだ!
……今の私の服とか。
銅貨一枚とかそんなんだと思う……。
作り方……麻のズタ袋に手と頭出す穴を開けて、ずぽっと被せる。
……以上。
「ほぉ、そうなると……。刻印入りの服やら武具、格安で売ったら、良い商売になりそうだな」
「ダメダメ、国家秘匿魔術なんだって……当然、その手の魔道具は国の専売だから、そんなの勝手に作って売ったら捕まるわよ? でも、魔文字、こんな一文字だけで機能するものなの? うう、良く解らなくなってきた……」
「……なんとも、ケチクセぇ話だな。まったく……そんなんだから、文明も低レベルのまま停滞してるんだろうな。それより、魔道具ってのは、刻印とどう違うんだ? その分だと、これじゃないみたいな感じだな」
言いながら、ジョージくんが小火の刻印が刻まれた石ころを無造作に手の中で弄ぶ。
……これって、使い捨てっぽいけど、軽く金貨ウン十枚とかそんなするんじゃ……ひぇええええっ!




