第六話「ギルマスさんへの報告会」③
その無駄に偉そうな態度に、ウェンカイさんも思わずと言った感じで苦笑している。
「確かにな。ハッハッハ……まったく、いい面構えをしてやがるな。気に入った……酒は飲めるか? 坊主、お近づきの印って事で一杯付き合わんか?」
そう言って、ウェンカイさんが度数の高い濃いお酒の入ったツボを引っ張り出すと、机にコップをふたつ並べる。
「俺からしたら、アンタの方が坊主なんだがな。酒は好きだぞ……ワイン、それもフルボディなんて最高だ。そいつは蒸留酒か? だが、今は酒って気分じゃねぇな……アンタ、タバコ持ってんだろ? 最近、ご無沙汰だったんだが、タバコの匂い嗅いだら無性に吸いたくなった……一本くらい寄越さねぇか?」
言われてみれば、この天幕の中……ちょっと焦げ臭い。
火鉢焚いてるから、そのせいかと思ったけど、それ以外にもなんだかややこしい匂いがしてる。
「態度もデカイが、タバコ寄越せとはまた、随分とマセたガキなんだな……。ほらよ、欲しいなら、まとめてくれてやるよ! 持っていきな」
そう言って、ウェンカイさんが麻袋を投げ渡すと、ジョージくんも不思議そうな感じで中身の煙草を一本つまみ上げて咥えると、ゴソゴソと懐を漁る。
「なんだこりゃ、葉っぱ直巻き……だな。いかにも素人が雑に作ったような代物だが、これがこっちのタバコなのか? まぁ、細巻きにした葉巻って思えばいいか……。わりぃ、火ィ貸してくれねぇかな? ライター……火を付ける道具のひとつくらいあるんだろ?」
「そこに火鉢があるから、そっから勝手に点けるんだな……。しかし、エルフも煙草なんぞ嗜むんだな……知らなかったぞ。お前らエルフって、肉も食わねぇし、酒も飲まない禁欲者みたいな奴等ばっかりなんじゃねぇのか?」
「それは多分、偏見だな……アリアとか見てみろ、こいつのどこが禁欲者だ」
名前を呼ばれて、半ば夢の世界に旅立ってたアリアがビクンって感じになって飛び起きる。
「ふ、ふぁ……? あ、アタシ? うん、起きてたよ? お肉とか食べてみたら、案外美味しいし、お酒も美味しいから大好きよっ! でも、一番好きなのは甘いものかな……滅多にありつけないんだけどねー! うん、お酒飲むの? いいね……アタシもご相伴……って違った?」
一応、話は聞いてたみたい。
実際、アリアって、お肉もりもり食べて、お酒もガバガバ飲んで、大の大人相手に思いっきり絡み酒。
ギルマスへの報告中に堂々と居眠りするような鋼のハートの持ち主。
アリアは、一般的なエルフのイメージとは全然違う……。
実は、モドキなんじゃないか……なんて言われてるけど、断じても良い……エルフって、こんなんばっかり!
アリアの話だと、かつてはそう言う禁欲的なエルフもいたって話だけど、今どきのエルフはむしろ、こんなんばっかりらしい……。
確かに、伝承とかで聞いてる話と、アリア達って全然違うしね……。
「まぁ、俺達エルフってのは、概ねこんな調子だ……禁欲者が聞いて呆れるだろ? んじゃま……久々の煙草、遠慮なくいただくぜ」
それだけ言うと、ジョージくん手慣れた様子で、葉巻たばこの端っこをナイフで切ってから、反対側を火鉢で炙って火を付けて、満足そうな顔で深々と燻らせる。
……なんだか懐かしい匂いが香る……。
そう言えば、お父さんが煙草好きだったって、お母さんが言ってったっけ。
研究室の山盛り灰皿とか、時々お掃除してあげたりして、ありがとうって褒められたっけ。
懐かしいなぁ……。
ちなみに、アリアは嫌そうな顔してる。
エルフも嗅覚は鋭いから、本来強い匂いとか苦手なんだよね……私はこの匂い、嫌いじゃないから平気だけど。
ジョージくんは……と言うと、満足そうに燻らせてたんだけど、なんだか露骨に顔色が悪くなってる。
「……グホッ! ゲホゲホ……す、すげぇ味だな! おまけに超キツい……一口吸う度に頭がクラクラする。だ、だが、久々だから……わ、悪くはないぜ? やっぱ、男はタバコくらい吸えねぇとな……グフッ、ゲホ、ゲホッ!」
……大丈夫なの? それ。
思いっきり、身体が拒否してるように見えるんだけど。
めっちゃ無理してない?
「おいおい、無理すんな……。だが気に入ったぞ……実はそれ、俺の手製でな。大抵のやつが一口吸ってもういらねぇとか言いやがるんだ……そんな、むせ返りながら、嫌な顔ひとつしねぇなんて久々だよ。解ってんじゃねぇか、坊主! 気に入ったぜ!」
「俺もアンタのこと嫌いになれそうもないわ。それで本題なんだが、こいつらの報酬の件……生還ボーナスって事でちょっとくらい上乗せしてくれないか? どうも装備もまとめて失って、文無しになっちまったみてぇだから、このままだと野垂れ死にしかねないんだわ」
まぁね……持ってたお金も荷物と一緒に全部取られちゃったからね。
今の私の持ち物って、今着てるこの奴隷服だけ……。
宿の部屋は、今月分を先にまとめ払いしといたから、寝る所はあるけど……。
武器も装備も何もないから、草むしりしながら薬草集めとか、犬の散歩のバイトクエストでもしようかな……とか考えてた。
「ちっ、しょうがねぇな。そう言う事なら、金貨一枚報酬として追加しといてやる。持っていきな」
そう言うと、ウェンカイさんは懐から二枚の金貨を取り出して、ジョージくんに握らせる。
「一枚じゃなくて、二枚あるんだが……。一人金貨一枚とは、随分と気前いいな」
「いやいや、もう一枚は俺のポケットマネー……要するに気持ちだ。お前の取り分にでもしな……こいつらを無事に帰してくれた礼だ。それとコイツは俺達の仲間入りの前祝いだ……ついでに取っておけ!」
そう言って、ウェンカイさんが金貨をもう一枚ジョージくんに投げ寄越す。
ジョージくんも嬉しそうにキャッチすると、そのまま右から左で、全部まとめて私にパスしてくれる。
自分は報酬なんて要らないから、御主人様取っとけと言わんばかり。
けど、いきなり金貨三枚なんて……一気にお金持ちだよっ!
隣で見てたアリアなんて、もう目が爛々としてる。
「なんだ、お前の分だって言ってるのに……懐にしまっとかないのか? なぁに、お前とは仲良くしとくべき……俺の直感が囁いてるんでな。出来れば、そいつは黙って受け取って欲しかったんだがなぁ」
金貨三枚なんて、大金も大金だよ……。
追加で金貨一枚って時点で十分な報酬なのに……。
ジョージくんは、お金の価値とかよく解ってなかったみたいだけど。
金貨一枚あれば、余裕で二、三ヶ月は遊んで暮らせるって説明したら、30マンエン相当くらいかなーとかなんとか言ってた。
「俺は、もうこいつを頂いたからな。この程度の働きで金貨二枚なんてもらい過ぎだぜ。なぁ、手助けが必要なら、手伝ってやらんこともないぞ? もっとも、やるかどうかは、コイツら次第なんだがな」
ジョージくんが葉巻煙草の詰まった袋を片手にそう言うと、ウェンカイさんも苦笑する。
「ははっ、口の減らない坊主だな。その分だとこの後の展開もお見通しってか……。だが、ガキ共の手なんぞ、借りるまでもねぇっ! とりあえず、ここはまだ安全だからな……疲れてるだろうから、少し休め。その後は好きにするといい。ただし、長居は無用だぞ……いいな? 実際、何歳なんだか知らんが、一応見た目はガキなんだから、大人の言うことは素直に聞くもんだぞ」
子供扱いされて面白くないらしく、ジョージくんが不機嫌そうに煙を燻らせる。
これは私がフォローしないと……御主人様である上に、私はお姉さんなんだから!
「ウェ、ウェンカイさん、ありがとうございました! それではお言葉に甘えさせて、退出させていただきます……ジョージくんもそれでいいよね?」
よく解んないから、もうコレまででいいよね?
あと3、4時間もすれば夜も明けるんだけど。
捕まってる間、まともに寝れてないから、さすがに疲れたよ……。
「ああ、イスラが言うなら、それでいいよ。んじゃ、オッサン……次は酒でも奢ってくれよな。タダ酒ってのは、安かろうが、問答無用で美味い。だからこそ、この戦……きっちり勝ってもらわねぇとな」
相変わらず、めっちゃ素直。
ジョージくんって、たとえ言ってることの真逆の事でも、命じちゃうとあっさり折れちゃうんだよね……。
でも、もしも……私達の判断が間違ってたら……どうするんだろ?
吸血鬼は不死身、むしろ死ねないとか言って、無謀な命令でも喜んで聞く……とまで言ってるんだけど。
どうみても、人生経験とか場数とかジョージくんは圧倒的に上って気がする。
今も、どっちも口には出さないだけで、ウェンカイさんと無言のうちになにか共通の認識みたいなので通じ合ってるし……。




