第六話「ギルマスさんへの報告会」②
「ああ、すまん、すまん。要点は聞けたから、そろそろ解放してやるよ。ゴードンの件もお前らを責めるつもりは毛頭ない。あいつらには、イザって時は捨て駒になるように命じていたからな。それも本人達の提案だ……文句もあるまい。だから、お前達には何の責もない。貴重な情報を持ち帰ってくれた時点で十分な働きだ……ミッションは成功、完遂扱いとする。ご苦労だった! 空いてる天幕があるはずだから、ゆっくり朝まで休んでいけばいい……疲れてる所、無理を言って悪かったな」
ギルマスへの報告中に居眠りとか、思いっきり失礼な話で、怒鳴られても不思議じゃなかったけど。
ウェンカイさんは、軽く笑って済ませてくれたようだった。
最初に報告に行ったサブマスのランドウさんなんかは、まずは一休みして報告はそれからでいいよって言ってたのに、ウェンカイさんの命令で、とにかく、簡単でいいから概要をすぐに報告しに来いってなったのも事実なんだよね。
けど、ウェンカイさんもそれくらいには、私達の帰還を待ち望んでいたって事でもある。
それになにより、ジョージくんも状況は一刻を争うと言って、あれからここまでほとんどノンストップで逃げてきたんだよね……。
うーん、ここは気を抜いちゃいけないんだけど……眠いっ! 眠すぎるよっ!
アリアなんて、早速船漕いでるし……!
「お気遣い、ありがとうございます。けど、このままで良いのですか? 現状、100人足らずでは、教団の総勢300人相手は厳しいのではないでしょうか? 私が聞き及んだ限りだと、奴らはエスタール市に攻め込む事まで企ててたようです……ここにだって、いつ攻め込んでくるやら……何か勝算でもおありなのですか?」
ジョージくんがいくらか削ったとか言ってたけど。
一人だったから、倒したと言っても十人にも満たないと思う……常識的に考えて、そんなもん。
教団の幹部っぽいのがまとめてごっそり死んだっぽいってのは、見てたから知ってるけど……。
なんだかんだで、軍勢も立て直してたから、幹部が全滅したとは思えない。
こう言うのは、むしろ悪い方に報告しておいた方がいいとジョージくんにも助言されてたから、そこら辺は敢えて黙っておく事にした。
けど、普通に考えて100人では300人は相手にできない。
ジョージくんの見立てだと、全軍まとめて私達を追ってきている……なんてコトも言ってた。
となると、ここだって全然安心できないんじゃないかな?
とは言え、実際にこれからどうするかは、ウェンカイさんの判断次第。
私達はすでに与えられた任務を終えている以上、本来、口出しする権利なんて無いのだけど……。
ジョージくんにも色々、今の状況は説明してもらってるから、ここで呑気に寝てられるような状況じゃないってのは解る。
「それがな……「光の教団」の武装神父達がたまたまエスタールを訪れていてな。今回の「黒の教団」殲滅作戦に協力してくれるって話になって、すでにこっちに向かってる所なんだ……数は十人程度だがいずれも腕利きの精鋭らしいぞ」
「……援軍が来る……そう言うことですか? けど、いくら「光の教団」の精鋭とは言え、たった10人ではさしたる戦力とは言えないのではないですか? 私は……現状を鑑みて、即座に撤退を進言します!」
……うう、敬語とかもだけど、ギルドマスター相手に意見なんて……おこがましいって解ってるんだけど。
実際に敵の陣容を見てきたからこそ、私には危機感ってものがある。
そんな十人足らずの援軍で、どうにかなるような状況じゃないってのは私だって解る!
「まぁ、最後まで話を聞け。他にも、後詰めの予定だった青銅騎士団も教団の正確な偵察情報があるなら、参戦してくれるって言質をもらってるんだ。……連中は徒士も含めて五百人はいるからな。お前達の持ち帰った情報を知らせれば、腰の重い騎士団でも、さすがに泡食って動くはずだ……騎士団が動けば、戦力的には倍以上になるからな。どうだ? 要するに、ここで踏み止まって、粘れば勝算は十分にあるんだ。それに撤退って言うが、エスタールまで退いて、それでどうするんだ? あの街はロクな城壁もないからな。市街戦なんぞになったら、ヒデェ事になるぞ?」
言われてハッとする。
エスタール市は、城塞都市でもなんでも無い。
常駐兵力も軽武装の警備隊程度で、市街地と外の境目すらもいい加減だから、あんな所まで軍勢なんかが攻め込んできたら、ウェンカイさんが言うように酷いことになるのは目に見えていた。
「……た、確かに……。では、皆は敢えて、ここで踏み止まって戦う……そう言うことですか?」
「まぁ、そうなるな。だが、お前達の持ち帰った情報はまさに値千金……! 敵の兵力はこちらの想定以上だったが、勝ち筋は見えたし、状況も解りやすくなった。さっきまで敵の規模もはっきりしねぇし、敵がどこにいるのかすら、解ってなかったからな。敵の兵力は300……黙ってても、こっちに攻め込んでくるってことなら、いくらでもやりようなんてある。イスラ……改めて言うぞ、良く無事に戻ってきた! お手柄だぜ?」
おおお、ジョージくんも無事に帰って、情報を伝えるだけで、十分大手柄だって言ってたけど……。
情報ひとつで、こんな絶大な効果があるんだ……。
ウェンカイさん達も、状況が見えなくて、野営地から動くに動けなかったんだろう。
そこで、はっきりとした情報がもたらされて、その情報は騎士団が動く材料としても十分……ともなれば、ウェンカイさんの言う通り、勝ち筋ってものが見えてくる。
私達の生還は文字通り、勝利の鍵となた……そう言う事だった。
これは希望が出てきたかもしれない!
「なるほどな。騎士団も情報不足の状態で、森に突っ込むとか御免こうむるが、そうでもないなら、勝ち馬に乗るって事か。その様子だと、勝ち目はあると踏んでいると……。実際、それだけの戦力が集まれば、戦力はほぼ倍、相手は寄せ集め集団だから、一方的ななぶり殺し……殲滅戦になるだろうな。であれば、ひとまず安心だな。ただ、こいつらも、かなり危うかったからな……。何より、イスラ達の働きは千金に値するって、言ってたよな? 当然、そう言う事なら、追加報酬くらい弾んでくれるんだろ?」
それまで、黙って話を聞いてたジョージくんが唐突に口を挟んできた。
なお、口調は相変わらず、偉そう。
でも、おじさんだった頃のバリトンボイスと違って、女の子みたいなボーイソプラノ。
……甘いささやくような声がたまらない。
まさに天使の美声だよ……これ。
なんで、最初からこの姿で出てこなかったの? とくらいは思う。
思いっきり化け物だったしね……あの惨殺死体の山はしばらく夢に見そう……。
けど、確かに報酬は上乗せして欲しいくらいとか、内心思ってたのは事実……。
報酬前払いなのは、相応のリスクがあるからとは言われてたけど、生贄にされかけるとかあんまりと言えば、あんまりだし、ここまでの重責がかかった仕事だったなんて思ってなかったよ!
敢えて、ウェンカイさんには言ってないけど、捕まったのはゴードンさん達の裏切りが原因だし……。
あんな土壇場でやらかすなんて、何がベテランパーティーだ。
ウェンカイさんとゴードンさんは、昔なじみだって話だけど……。
別に帰ってこなくたって、いいと思うっ!
と言うか、無事に帰ってきたら、まずブン殴っていいと思う……私がっ!
……ベテラン冒険者のゴードンさんは、もう星になったんだ……。
私には見えるもんね!
天幕の天井あたりで半透明でニヒルな笑顔を浮かべるゴードンさんの遺影がっ!
もうねっ! そう思わないと腹ただしくてやってらんないの。
もし、のうのうと生き延びて帰ってきたら、はっ倒してからマウント取って2ー3発ぶん殴って、慰謝料くらい、ふんだくっても許されると思う!
けど、報酬のつり上げ交渉かぁ……。
こう言うとき、私達はどうも相手の言うがままになりがちだったんだけど……。
確かに、これは当初聞いてた以上にヤバい案件だった。
ゴードンさん達がベテランとは名ばかりのヘタレだったことも含めて、甘い見通しで討伐作戦を立てたギルド側にも責任があると言っていいだろう。
ここは、ジョージくんに交渉、任せても良いのかな?
ちらっと顔を見ると、任せろと言わんばかりにウィンク。
よしっ! ……任せてみようっ!
私もやっちゃえとばかりに、ウィンク一つ! これで通じたかな?
「やっと口を開いたと思ったら、なんとも偉そうな小僧だな……。確かにお前らエルフってのは、見た目はガキでも100年くらい普通に生きてるんだよな? と言うか、せっかくだから、まず名前くらい聞かせて欲しいんだが……」
「俺の名はジョージ……見ての通りエルフ、それも希少種ダークエルフだ。まぁ、フルネームはクッソ長いし、人間に俺達のフルネームなんぞ名乗ってもどうせ覚えきれんだろ? ならば、名乗る意味などあるまい」
そう言いながら、ジョージくんは私の膝の上から降りると、偉そうに腕組みをして、ウェンカイさんの目の前に立つ。
うん、あんま迫力はないね。




