第六話「ギルマスさんへの報告会」①
「……ふむ、そうなると……。お前達は黒の教団の虜囚となっていた所を脱出して、そのダークエルフだっけか? 黒髪エルフの坊主は生贄として囚われていたのをお前達が保護したと言う訳か……」
前線用の簡単な机に山のような積まれた書類に半ば埋もれながら、ギルドマスターのウェンカイさんが訝しげな様子で、最近すっかり白くなった髪を撫で付けながら、ため息をつく。
私達二人は、木の箱を椅子代わりにウェンカイさんの前に並んで座ってる。
ちなみに、つい先程無事にレイドクエスト用にやっつけで作られたギルド本隊の野営地にたどり着き、一息つく間もなく呼び出されて、仮設本部テントまでやって来たところだった。
まぁ、中はもうぐっちゃぐっちゃの物置状態。
職員の人達が雑魚寝とかしてたんだけど、ウェンカイさんが全員追い出しちゃったから、今は私達三人とウェンカイさんだけと言う状況だった。
……ジョージくんはとりあえず、私の膝の上。
中身がさっきのロン毛オジサンなんだって、頭では解ってはいるのだけど。
今の外見は、アリアとそう変わりない、いたいけな美少年……。
これは本来の姿ではない偽りのものだと解っていても、可愛いものは可愛いっ!
実を言うと私は、弟が欲しいと常々思っていたのだけど……。
ここまでどストライクな少年が下僕と呼んでくれ……なんて、まるで夢のような話だった。
なんと言うか……アリアと私の特徴を足して割ったような感じではあるんだよね。
髪の毛とかは私なんだけど……他はアリア?
黒髪とかってどっちかと言うとレアだし、並ぶと姉弟……とはさすがにならないか。
なんにせよ、好みすぎるっ!
あまりに嬉しすぎて、警戒心も自然と緩んでしまうのだけど……。
これはもうしょうがないと思うっ!
解ってても、この思いはどうにかなるようなもんじゃないのだーっ!
……それに、彼が少なくとも私達にとって、無害な存在なのも解って来た。
私達が命令すると、物凄く忠実に言う事聞いてくれるし、私達のことを第一に思ってくれてるのも確かだった。
何より、めちゃくちゃ強い……本来なら、私達が束になってかかっても瞬殺されるような相手。
この子供の姿だと、さすがにかなり弱くなってるって話なんだけど、それでも十分強いと思う。
実際、森の中で逃げる途中にフォレストウルフの群れに襲われたんだけど、10匹以上居たのにあっという間に素手で蹴散らしてしまった。
おまけに私達の言いつけを律儀に守って、一匹も殺さずに……。
余程の実力がないと、そんなマネは出来ない……。
私達、二人きりだったら、もう全力で逃げを打つところだったけど……ジョージくんには脅威にもなってなかったらしい……レベルが違うねー。
私達もさっきの状況……彼が召喚されてこなかったら、生贄として火炙りにされて、確実に奈落行きだった。
アンデッドの吸血鬼だって言ってたけど……。
こうやって触ってるとちゃんと暖かいし、心臓の鼓動だって感じる。
本人は、生きてるように見せかけてるだけだとか言ってたけど。
見せかけだろうが、違いなんて全然解らないし、この子は、暗黒神様が私のもとに遣わせてくれた御使様なのだ……伝承に謳われる禍々しい不死者……吸血鬼とはまた別物と考えるべきだと思う。
私としては、彼のことを受け入れるのは、一切問題なかった。
まぁ……大人の姿をしてた時は、色々気を張ってたのは確かなんだけど……見た目が変わっただけで、すっかりこんなだからね。
我ながら、勝手な話って思うけど……この姿のジョージくん、私の母性本能を絶妙に刺激するみたいで……。
もう離したくないって、心の底から思っちゃってるほど。
アリアも似たようなもんらしく、隣でちゃっかり手を握ってご機嫌。
さっきなんか、思いっきりキスまでしてたし……こうなったら、そのうち私も唇奪っちゃおう!
男の人とキスなんて、したこと無いけど……ジョージくんなら、私の初めてあげちゃっていいかも!
まったく、初めからこの姿で召喚されてきてれば、話も早かったのに……。
私、男の人に全然興味なーいって、自分で思ってたんだけど、何のことはない年下好みだったのだ。
自分の性癖ってのは、解ってるようで解ってないもんなんだね。
どのみち、アリアと二人での冒険者生活も小銭稼ぎがせいぜいで、日々の生活費を稼ぐのがやっとのその日暮らしって感じで、このまま続けていても夢も希望も無い、多分そのうちどこかで野垂れ死ぬ……そんな感じだったからね……。
もちろん、スラムの子とかの面倒みたりとか止めて、ちょっと背伸びしたりとかして頑張れば、もう少し上を狙えるのも事実なんだけど……今の私達の実力ではゴブリン退治ですら、怪しい……。
C級昇格試験なんて、多分軽く死ねる。
それを考えると、強力な味方を手に入れた事で、私達にも成り上がりのチャンスが……と思ってしまうのは浅ましいだろうか?
ジョージくんは、私達の事も鍛えてくれるみたいだし、スジも良さそうって言ってくれてるから、まずは来月のCランク昇級試験にチャレンジする……これを目標にしよう!
幸いこれまで地道にやって来たから、昇給試験の受験資格もD級クエストを二つ三つこなせば、十分だし、背伸びしてC級クエストならひとつこなすだけで、行ける!
ちなみに、ギルマスのウェンカイさんには、ジョージくんは、一緒に捕まってた所を協力して、ここまで逃げてきたって説明しておいた。
実際、エルフの若い子がフラッと森から出て来て、冒険者になる……なんて話も珍しくはない。
それに、ジョージくん以外のことは、正直に話してるから、疑われる余地もないだろう。
「そうよっ! それも同郷の顔見知りだったからね。捨て置くなんて出来なかったのよ……。ひとまず、彼もダークエルフだから、昔から微妙にハブられ気味だったのよね……。だから、もう森に戻るつもり無いみたいなのよ。けど、仮にも身内を一人になんてさせたくないからさ、アタシが保護者兼保証人になるから、ギルド登録だけでもさせてあげてくれない? 後の面倒はアタシらが見るからさぁ!」
ジョージくんはとりあえず、アリアと同郷の親戚だと言う設定にして、アリアとも口裏合わせしておいた。
アリアをモデルにしたとかで、見た目もどことなく似ているし、どのみち、それを証明するにはアリアの故郷にでも行かないと証明できない。
アリアによると今のジョージくんの姿は、ダークエルフの特徴が強く出てるとか言ってたけど、要するに先祖返りみたいなもので、エルフの里でも文字通り毛色がちょっと違う仲間みたいな扱いらしい。
なんでまぁ、本当はダークエルフだからハブられるとか、そんな事もないらしい。
エルフってのは、思われてる以上におおらかな種族……らしい。
私も猫人族の中でも、体毛が黒一色になると言う特異な種族だし……これと似たようなもんだと思う。
もっともアリアの故郷なんて、私も行ったこと無いし、普通の人間がエルフの隠れ里に行くなんてまず不可能……エルフたちは皆そこから来たと言ってるから、そう言う場所があるらしいと言うのは半ば常識なんだけど……。
どうやって行くのかとか、そう言う話になるとエルフ達は、まず森の意思に認められないとねーとか、あやふやな事しか言わなくなる。
そんな訳で、エルフの里については、誰も詳しい事は知らないし、行ったことのある人間は誰もいない。
であるからこそ、この場でウェンカイさんを納得させることが出来れば、ジョージくんは晴れて、冒険者の一員になれるのだよ。
ジョージくんが余計なことを言わない限り、バレる可能性は無い……。
なお、一連のシナリオはアリア考案……この子って、こう言うときはすっごい知恵が回るんだよね……。
その辺は、伊達に長生きしてないって感じ!
「お前らエルフの事情なんぞ、俺らにゃ良く解らんからなぁ……。ダークエルフなんてのがいるってのは聞いたことあるが、実物にお目にかかったのは始めてだぜ。まぁ、いいさ……どのみち、我がエスタール冒険者ギルドは来る者拒まずだからな。普通に街に行って受付嬢にでも登録申請してくれればそれでオーケーだ。……門の通行許可もお前らが一緒なら顔パスで行けるだろ? そんなことより、良く無事に戻ってきてくれた。黒の教団の拠点……それも300人規模の軍勢まで揃えていたとは、恐れ入ったな。こっちは、フリーの傭兵やら酒場で酔っ払ってたチンピラだの、ほうぼう掻き集めて、ようやっと100人足らず。このまま無策で森に入ってたら、軽く全滅だったな」
「向こうは、獣人の傭兵みたいなのもいましたからね……。夜の闇の中でも平気で射掛けてくるような奴等でした……正面から無策で攻め込んでたら、為す術無かったと思いますよ」
さすがに私も生真面目な顔で返す。
実際問題、ウェンカイさんが慎重な人で良かった……。
私達が帰らないからって、このまま力押しで……とかなってたら、今ごろ全員揃ってまとめて討ち死にしてただろう。
「そうだな。地の利も情報もない……その上、こちらの三倍の兵力ともなれば、勝てる道理がない。まったく、危うくこっちが全滅するところだったな。ところで、ゴードン達は……どうなった? まぁ、一緒に居ない時点で凡そ見当は付いてはいるがな……」
やっぱ、聞かれるよね……。
でも、これは正直に答えるしか無い。
「ゴードンさん達は……真っ先に捕まったんだけど、一応生きてはいるみたいよ。もっとも隷属魔法で従わされているとかで、もうあっち側って感じよ……。そんなんで、一緒に連れて逃げるなんて出来る訳ないわ……アタシらだけで精一杯だったのよ……。だから、見捨てたとか薄情者とか、そんな風に責めないでちょうだいっ!」
アリアが言う通り、ゴードンさんのあの様子じゃ、もう向こう側と思うしか無い。
多分、私達と戦えと命じられたら、ゴードンさん達も戦わざるを得ないだろうから……。
ゴードンさん達も、運が良ければ、捕虜として生還出来る目もあるだろうから、そうなることを祈るほかない。
悪い人じゃないってのは解ってるけど、現実は非情。
従属魔法の犠牲者だからって、手加減してるとこっちがやられる……。
それを考えると、ジョージくんになるべく殺すな……なんてのは、随分な無茶振りだった。
けど……何ていうんだろう。
彼には、なるべく人殺しはさせちゃいけない……そんな気がしたんだよね。
根拠はないんだけど、なんとなくの直感ってヤツ。
だから、今後も調子に乗って無茶とかやらせないようにしないと……。
……背伸びして無茶な討伐ミッションとかやらないで、地味に剣の修行とかしつつ、地道に護衛とか採取とかやって行こうと思ってる!
けど、C級昇格の目が見えてきてるのも事実だし……ちょっとくらいはなんてコトも考えちゃう。
悩ましいなぁ……。
「そうか……ゴードンと俺は若い頃、戦場を共にした戦友でもあったんだがな。いい加減引退の上でギルド職員に再就職するように話をしてたんだ……若手や初心者の指導官あたりなら、あいつも経験を活かして、いい仕事をしてくれると思ってたんだがな。いずれにせよ、奴自身も納得はしてるだろうから、本望だったろう……」
そう言ってウェンカイさんは、言葉をとぎると目を瞑って押し黙る。
瞑目……死者の冥福を祈るって奴だ。
ゴードンさんは、まだ生きてるんだけど。
現状、生還の見込みは限りなく低いってのは、ウェンカイさんも解ってるようだった。
クエスト中、行方不明になった冒険者は、潔く死んだものとして扱う……。
もしも、運良く戻ってきた時は暖かく出迎える。
……冒険者の流儀でもある。
遭難なんかの場合でも、救出も捜索も普通はしない……。
二次遭難の可能性がある以上、当然の措置だ。
私もウェンカイさんに習って、目をつぶる。
ジョージくんも、見習って瞑目。
アリアは、今頃になって眠気が一気に来たみたいで、目を瞑ったまま寝息を立ててる。
ジョージくんが軽く小突くと、ハッと目を覚ます。
私も……ちょっと眠い。
目を閉じたいと言う誘惑に駆られてしょうがない……この部屋、暖房が利いてるから、尚更だった。
その様子をしっかり見られてたみたいで、ウェンカイさんも苦笑する。




