第四話「無敵ヴァンパイアの孤独なる戦い」③
夜の森を駆け抜けて、最後にひときわ派手に跳躍しつつ、御主人様の前に飛び降りる!
「……主達よ。待たせたな……追手は、しばらく来ないはずだ。二人共無事で何よりだ!」
着地し跪きながら、そう告げると、そこらの木の枝とツルでこしらえたと思わしき即席の弓矢を構えたイスラと、小石を握りしめたアリアが心底安堵した様子でペタンと座り込んだ。
どうやら、追手と勘違いしたらしかった。
アリアのお尻の下に何やら水たまりが広がっていくのが見えたが……俺は何も見なかった!
「びっくりした。何かがとんでもないスピードで迫ってくるから、何事かと……。ジョ、ジョージさんだったのね……。と言うか随分早くない? まとめて全員薙ぎ払うとか、片っ端から殴り殺すとか酷いことしてない?」
「ああ……危険そうな奴らを何人かやっちまったが、無差別にごっそり殺すとかはしなかったぞ。奴らはすでに恐慌状態で追撃どころじゃないだろう。夜目が利きそうな奴らもあらかた始末しておいたから、当分は動けんはずだ。アリアちゃん……大丈夫かい? すまない……驚かせてしまったかな?」
言いながら、手を貸すとアリアも嬉しそうに手を握り返して、抱きついてくる。
ズボン濡れてるけど、そこは気にしない!
「うん、ちょ、ちょっとだけ驚いちゃった! あんな大勢にたった一人立ち向かって、ホントに無事に追いついてくるなんて! ねぇ、逃げる時ちょっと振り返ったら、重鎧を着た戦士を一撃で倒すとかやってたけど、どんな魔法を使ったの?」
「アリア……まだ、安全を確保できたわけじゃないわ。ジョージさん、私達がなるべく殺すなとか命じたせいで、大変だった?」
「まぁ、それなりにな……。とりあえず、敵は10人くらいは削ったと思うが、大半が生き残ってる。奴らがこれで諦めたとは思えないから、この程度の距離ではまだ安全圏とは言い難い……なるべく殺さずともなると、必然的に追いかけっこになるだろうな」
イスラ達は、内情や兵力構成など、敵の情報を知りすぎてしまっている。
奴らは、どうせ生贄として殺すのだからとタカを括って、内情を隠そうともしていなかったのだろう……。
ここまでの情報を持った奴を逃したら、どうなるか……連中も解っているのだ。
確実に今度は自分達が滅ぼされる……その程度の判断力はあるはずだった。
なにせ、兵力といってもたかが300人程度。
小さな街や村を全滅させるくらいのことは出来るだろうが、イスラ達の話を聞いて、本格的に国の軍勢や討伐隊が出てきたら、ひとたまりもない。
情報を持ち帰らせらせないために、敵も必死……。
俺のせいで、こちらの戦力評価が跳ね上がってる事を考えると、全軍動員での追撃すら覚悟せねばなるまい。
本来ならば、敵に情けや容赦をしていい局面ではないのだ。
だが、俺はイスラ達の願いを尊重する! むしろ、それが当然とすら思っているのだよ。
「ごめんね……わがまま言っちゃって! 敵が、私達をすんなりと逃がすつもりがないのは当然よね……。でも、やっぱり……知ってる人や罪もない人たちが殺されるなんて……」
「ああ、皆まで言うな。奴らの主力は隷属させた奴が大半だからな。だからこそ、殺すのは必要最低限に留める。むしろ、誰一人として殺さずとか無茶を言わないだけ、君は現実ってものが見えているって事だ。誓おう……殺さないで済むなら、なるべくそうする」
……まぁ、目の前で虐殺とかは控えないとな。
あくまでイスラの見てる所ではって、但し書きが付くがな。
ぶっちゃけ武器を向けてくる以上、殺されても文句は言えない。
事情があろうが、自分の意志じゃなかろうが、そんなもんは本来関係ないのだ。
とまぁ、条理の上では理不尽なお願いと思ってるのだけど。
実際は、ハンデ付きとか燃えるじゃねーかとか思ってるのだから、俺も大概だ。
「ごめんね……無茶ばかり言って」
「気にするな……。命令というよりも、君の優しさに免じてってところでもあるからな」
そう告げると、イスラの顔が真っ赤になる。
「バ、バカッ! 何言ってんのよ! もういいから行きましょう! とにかく、街道まで一気に行きましょう……。ジョージさんも……もう少し遅かったら置いていくつもりだったんだからね! 勘違いしないでっ!」
そう言って、ツーンとそっぽ向かれる。
お、おう、なんと言うかつれないな……だが、この程度のことで気を悪くするほど、俺は大人気なくない!
そりゃ、ちょっとは労ってくれてもいいじゃんとか思わなくもないけど。
まぁ、大方照れ隠しってところだろうな。
「ふむ、気遣いに感謝する……なぁに、コレくらい縛りがあった方が程よい緊張感が持続できるから、悪くない。なんなら、もっと無茶振りしたって、構わんぞ?」
そう言う事なら、俺だって強がっちゃうもんねーっ!
無茶は無茶なりに達成感と言うご褒美があるのだ! もう、どーんと来やがれって感じ?
「……ホント、殺すなとか大概、無茶ぶりだったのに余裕って感じだったよね。さっすがだわ! ……と言うか、ジョージも別に悪い奴じゃないんだし、いい加減、きちんとお礼くらい言ったらどう?」
いい子だね、アリアちゃんは……。
クソ生意気なガキンチョとか思ってたけど、意外と賢いし、可愛いところがある。
まぁ、お漏らし癖があるのはいただけないけどな。
追われる立場の被追撃戦では、自分達の痕跡を残さないってのが基本なんだがね。
紳士な俺は、さり気なく足で土をかけて、出来たての水たまりを埋めといてやる。
俺ってばやっさしー!
「ふっ、俺に礼など不要だ……なにせ、俺は君達を問答無用で主だと認識しているのだ。主たるもの、下僕のやることにいちいち礼などする必要なぞない……もっとも、礼を言われて、悪い気分はしないがな。こう言うのは大事だぞ? うん、アリアちゃんは……解ってるね! いい子いい子!」
そう言って、アリアの頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細める。
そいや、耳くすぐると喜んでたよな……。
コチョコチョさわさわとアリアの耳を撫でると、なんかビクビクしてる……。
うーん? これはどう言う反応なんだろう? まぁ、止めないってことはもっとやれって意味だろう。
「ん……ふぅ……。ジョージさん、上手よね……うふふ、ありがとう……アタシ、こう言うふうにされるのって大好き。イスラ、こう言うのが素直にお礼を言うってことよ? あ、そこ……そこ……もっと……。うう、アタシ……もう濡れ濡れなんだけど……」
ふむ、確かにズボンは濡れ濡れだな。
痒くなったり、臭うと困るだろうから、小川でもあったら、ジャブンと水にでも漬けて洗い流させないとな。
「まぁ、イスラもな……思ったより近くで待っててくれてたみたいだが、もしかして、心配かけてしまったかな?」
「……と、と言うか、あんた、道とか知ってるのかなって気になって……だから、待っててあげたのよ! 悪い?」
「うむ! この世界の細かい地理など、俺に解るはずがないからな。実を言うと、その気遣いちょっとうれしかったぞ! イスラ……ありがとうっ!」
あちゃー、この子……思いっきり、素直じゃないツンデレ系なのに……。
そんなのに、ありがとうとか正直に言ってどうするって気もするんだが……。
案の定、向こうも困ってる……。
俺、この子らに嘘つけないのよね……どうも、思ったこと、バカ正直に言っちゃうみたい。
けど、礼を言うのはすぐに言うに限るって言うからな。
時間を置いたりすると、素直に言えなくなる……そう言うもんだ。
彼女達とは、主従関係になってしまったようだが、そう言う事ならむしろ、お互いを信じ合える……信頼関係を築き上げたいものだね。
しぶしぶ従うよりも、喜んで手伝うとかそう言う方が気持ちいいじゃん。
けど、イスラも、ポッって感じで顔を赤くする。
「ど、どういたしまして……。と言うか、わ、私もお礼言い忘れてた。あの、その……助けてくれて、ありが……とうっ!」
目線を逸しながらのありがとう。
……悪くないねー。
うんうん、ツンデレいただきましたー!
ご馳走様です。
ご褒美としては、十分すぎるモノを頂きました。
可愛いねぇ……こんちくしょーっ!




