第一話「生贄美少女達の憂鬱」①
その日、私達は絶望の淵にいた……。
帰らずの森の奥深くの暗黒神様の神殿……。
数百年以上前に打ち捨てられ久しいはずのその神殿を「黒の教団」の一派が占拠してから、すでに一月以上が経過していた。
彼らは、暗黒神の信徒以外は人に非ずと言う、カルト宗教にありがちな発想で、近隣で商人や旅人を襲撃したり、農村へのお布施の強要……要するに略奪などを繰り返し、周囲の野盗などを統合し、国としても無視できない勢力となり、確実な脅威となっていた。
とは言っても、やっている事は盗賊集団とそう変わらず、その手の邪教団を名乗る集団も珍しいものではなく、私達の所属するエスタール市冒険者ギルドへ、執政官の名に於いて討伐の依頼が行われる事になった。
もっとも、その人数は50人とも100人とも言われ、襲撃された人々の証言からも、かなりの規模だと想定された。
こうなってくると、冒険者にとっては一般的な、4-5人程度のパーティー単位では手に負えるものではなく、ギルド全体での、冒険者総出のレイドクエストとも呼ばれる大規模クエストで対応するのが妥当と判断され、後詰めとして、王国正規軍……騎士団までもが動員される大規模なものとなった。
とは言っても、教団の人数も神殿の正確な位置も解らないまま、深い森に軍勢規模で攻め入るのは無謀。
こう言うケースでは、まずは小規模の偵察隊が複数派遣されるのが通例だった。
黒猫獣人の私ことイスラと、ここ一年ほどばかりコンビを組んでる森エルフのアリア。
戦力的には、一切期待はされていないものの、森での機動力と索敵能力を買われて、私達が偵察隊に抜擢された……。
レイドクエストと言っても、Dクラス冒険者の私達では、後方の連絡係や補給係とかそう言う役目が関の山と思っていただけに、正直とっても嬉しかった。
報酬は破格とも言える一人一枚の金貨。
それも前払いで手渡されたおかげで、出立の前日は食事も寝床もいつものワンランク上を奮発したし、装備も一式買い替えた。
金貨一枚は、銀貨百枚と等価。
銀貨一枚あれば、そこそこの宿で朝夕食事が付いてお釣りが来る事を考えると、金貨の仕事なんて大仕事も良いところ!
金貨一枚あれば、節約すれば、半年くらい仕事しなくても生活できるんだからね。
割とカツカツな万年金欠な私達にとっては、まさに破格の報酬!
せっかくだから、私の装備も新品の銀の短剣と革鎧を奮発。
念願のクロスボウもゲット!
アリアも魔杖と新品のローブを揃えることが出来て、ご機嫌。
いつも仕事に付き合ってもらってるスラムの子達にも、おすそ分けで焼き立てパンと串焼き肉を配ってあげた。
皆、一緒に行くって言ってたけど、さすがにそれはご遠慮いただいた。
もちろん、たった二人の偵察隊……なんて事もなく、Dクラスの私達よりも格上……Cクラス上位の「ノールの暁」と言うベテランパーティが第一次偵察隊として抜擢されていた。
リーダーのゴードンさんは、エスタール冒険者ギルドでも最古参に入るベテランのBクラス重戦士。
他のメンバーもCクラスながらも、Bクラスパーティに匹敵すると評される強豪パーティー。
Dクラスの私達はむしろ、おまけって感じ。
任務自体も、神殿な正確な場所とそこに至るまでのルートの把握。
要はマッピング。
それに加えて、教団の人員規模、神殿の現時点での外観と、見張りなどの配置などなど。
調べるべきことは色々あるらしいのだけど、この辺りは、ゴードンさんとこ任せで大丈夫らしい。
初回は軽い様子見程度で、あまり深入りせずに、戦闘も極力避ける方針と言うのは、ありがたい。
戦闘に関しては、私達二人はあまり得意とは言えない……ゴブリン程度が相手でも、正面から相手にできるのは、せいぜい1-2匹。
それ以上だと、ちょっと厳しいのが実情。
もっとも私達の戦闘力なんて、始めから誰も期待なんかしてない。
私達の役目は、森の道案内や早期警戒役。
「帰らずの森」……エスタール冒険者ギルドの推奨ランクはCクラス以上。
奥地ともなると、BクラスともAクラス相当とも言われているこの辺りでも随一の危険地帯。
そんな危険地帯に普段から、採取クエストでモンスターと一戦も交えずに、平然と出入りしている私達の事はギルド側も把握していたので、今回の任務に最適な人材だと判断してくれたらしかった。
さすがに、森の奥深くは危険なので、私達にとっても未知の領域ではあるのだけど、道中のモンスターや教団の斥候や見張りへの対処などは、ゴードンさん達任せでも問題ないとのことで……。
万が一、教団の主力と遭遇したり、帰還が難しい状況に陥りそうになった時は、身軽な私達だけで全力で逃げ帰って、ギルドに情報を持ち帰る……その点については、当のゴードンさんから、念を入れて言われていた。
要するに、イザって時は仲間を見捨ててでも逃げ帰れ。
そう言う話なのだけど、私達より格上のゴードンさん達が逃げられないような状況で、私達に出来ることなんて、目一杯全力で逃げるくらい……。
ゴードンさん達も自分達の役目は、本命の偵察要員の私達のお守りとイザという時の時間稼ぎだと言っていて、その時が来たら、迷わず逃げろと言われてる。
どのみち私達二人程度じゃ、戦力外……らしい。
戦闘になって、下手に手出ししても、むしろ邪魔にしかならないんだとか。
思いっきり、馬鹿にされてる気もしたけど……。
そこはそれ……適材適所。
本命のギルド主力による強襲の際も、私達偵察隊は参戦せず、後方要員の護衛程度と楽をさせてくれると言う話で、相方のアリアはすっかりお気楽ムード。
道中で食べるお菓子なんかを買い込んだりと……なんと言うか、もう遠足気分。
ぶっちゃけアリアはこう言う子……それなりの腕利き魔術師ではあるのだけど、真面目に生きるつもりがあるのか、甚だ疑問。
いくら庭同然に手慣れてるからって、遊びに行くのとは違う……なんて説教する羽目になったものだ。
けど……実際、事に及んでみると……私達の想定は甘かったと思い知らされることとなった。
相手は、私達が想定した以上の人数を揃え、獣人やダークエルフと言った闇の種族と呼ばれる者達も含めた三百人規模もの大軍で、当然ながら、周囲の警戒網も重厚で……。
私達偵察隊は、誰も気づかないまま、連中の仕掛けた罠に誘い込まれ、呆気なく包囲され、捕縛された。
正確には、私とアリアはゴードンさん達と距離を置くことで、一手早く包囲を察して、全力で逃げに入ることで、包囲網からの脱出に成功しかけていたのだけど……。
ゴードンさん達があっという間に降伏しちゃった挙げ句に、人質に取られて、逃げたら人質を全員殺すと脅され、やむなく降伏した。
それについては、ゴードンさんはただ一言、すまんとだけ言われた……。
なにせ、私達の存在を教団に伝えたのは、ゴードンさんの仲間の一人だったから。
……命惜しさに仲間を売る……最低だと思うけど、同じ立場になった時、私もそうしないなんて保証は出来ない。
偵察を仕掛けられたら、偵察は生かして帰さないと言うのは、兵法の基本らしいのだけど。
連中も拘束するだけで済ませて、お優しい……と思ってたけど、甘かった。
私達二人は、生贄の条件に最適だったようで、捕虜どころか、暗黒神召喚の儀の生贄として、死のカウントダウンを待つばかり……そう言う状況に陥ってしまった。