第四話「無敵ヴァンパイアの孤独なる戦い」①
さぁて、御主人様達は無事に逃げ延びた。
まずは……戦況分析だな。
神殿の位置は、ろくに道もない深い森の真っ只中。
森の中にまばらにいて囲い込んでた連中は、松明持って、手探りで動いてるらしく、もっさりもっさりと言った調子でしか動けてない。
と言うか、まっすぐ動くのも怪しいみたいで、反対側に向かって迷走してる奴すらいる。
イスラ達の話だと、こいつらは従属された普通の人間がほとんど……となると、夜目は効かないと見ていい。
実際、敵の動きを見てもそれは明らかだ。
もっとも俺達はたった三人……敵は三百人……百倍の兵力差とか実に笑える状況だ。
ロクに装備もない二人は戦力外ながら、夜目が利くし小回りが利くらしい。
御主人様達の生体反応からすると、この暗闇の中……割と平然と走り抜けているようだった。
これは、逃げるにせよ戦うにせよ、圧倒的に有利だと言える。
普通の人間……それも子供だった頃に、富士の樹海でサバイバル訓練を受けたことがあった。
夜のそれも深い森ってのは、月明かりや星明りが届かなくなるととんでもなく暗い。
明かりを消すと手元も見えないくらいの闇だったのをよく覚えてる。
明かりを消せと命じられたのに、結局、三十秒もしないでパニック状態に陥って、慌てて懐中電灯を点けて、心底安堵したものだ。
最初の頃は、その懐中電灯があっても、森の中のハイキングコースを歩く程度で、木の根やら石やらに躓いたり、道に迷いそうになったりで、一時間もかけて数百mしか進んでないとかそんなペースだった。
松明なんかで、森の中の道なき道を歩けなんて、そりゃ話にもならんだろう。
だが、今の俺にとってはこの深い森の闇ですら、昼間同然に見渡せる……敵の所在も手にとるように解る!
……夜の闇は心強い味方に他ならない!
闇こそ、我が友! 我がオンステージッ!
ここは、このアドバンテージを最大限活かすのだ!
なにげに、イスラの言葉で結構な制約をかけられた。
魔神モードの使用禁止やらスケベェ禁止だのはともかく、無闇に人殺しをするなってのはキツイ。
なにせ、なるべく敵を殺すなってのは、戦いにおいては正直キツイ縛りではある……。
いかんせん、俺の能力は即死系とかそんなんばっかりだし、今の俺でも軽く撫でた程度で相手は粉々になる。
とにかく、魔力効率を重視しての対人戦闘ともなると……。
問答無用で相手をぶっ殺すってのが、一番効率がいいのだよ。
皆殺しで徹底的にやれって話なら、この夜の森という条件なら、三百人が相手だろうと小一時間もあれば出来るだろうけど……それはご法度だった。
まぁ、それはしょうがないし……異論もない。
ただ、相手を極力殺さずに、逃げるだけとなると、必然的に追手がかかるのは目に見えてる……。
森の中での鬼ごっことかやってらんねぇ……。
ここは、御主人様達を先に逃がせた以上、何人か追手をなるべく派手に、無残にブチ殺して戦意をヘシ折って、追撃を断念させる……そう言う方向で行こうか。
ちなみに、この戦術は古代中国かどっかでよく使われてたらしい。
まるっきり野蛮人の発想だけど、結果的に犠牲者も少なく済むなら、それが一番だし、何よりご主人様のオーダーにも適ってる……なんだ、さすが俺! パーフェクトじゃないか。
更に上から、次々と矢が射掛けられる……月明かりだけで、ほぼ真っ暗なのに、向こうもこっちが普通に見えているらしい。
屋根の反対側から射ってる時は、狙いも付けずに適当に射ってたみたいだけど、こっちに回り込んで姿を見せるようになったら、急に精度が上がった。
今も反射的に頭の横で手を払ったら、硬い感触と共に矢が地面に突き刺さった……ふむ、ヘッドショット狙いとはまた気が利いている。
それに、「矢避けの防風」を発動してるのに、抜いてくるとは……なかなかの射手らしい。
よく見ると、犬耳っぽいのが頭に付いてるのが見える。
「獣人か……」
となるとおそらく、暗視能力持ち。
獣人って、基本的にフォルティナ様の眷属らしいのだけど……。
敵対しているなら、情けなど無用……何より、夜目が利くような敵。
この後、俺も逃げに転じたとしても、こいつらが生き残ってると確実に御主人様達の脅威になるだろう……最優先で消すべきだ。
俺の投石なら軽く砲弾くらいの威力はあるだろうが。
小賢しくも一発撃ったら、即座に移動して射点を変えてやがる……。
スナイパーの基本ってもんを解ってる……舐めていい相手じゃねぇな。
こんな奴ら相手に、ちまちまと撃ち合うとかめんどくさいから、もうアレで、やっちまうか。
「闇の腕よ……疾れっ!」
一言だけ、コマンドワードを呟く。
月明かりで微かに地面に映った両腕の影が、厚みのない布切れみたいになって実体化する……そのまま、右腕の影を伸ばして、神殿の壁つたいに登らせる。
軽い痛み……見ると足に矢が刺さっていた。
……なんと驚き、身体の表面に膜のように展開させていた俺の防御結界を突破しやがった。
刺さったところから、ジュッなんて音がして、煙が立ち上る。
こりゃ、普通じゃねぇな……。
無理やり引き抜くと、やたらと銀ピカで鏃に細かい文字が刻まれてるのが解る。
どうも、対アンデッド用の退魔の鏃らしい……なるほど、こっちが不死系の怪物だと、見抜かれたのか?
しっかし、これ……矢傷の再生が上手くいかんな……。
本来ならこんな傷、一瞬で治るのにじわじわとしか塞がっていかない。
銀で出来てるっぽいし、なるほどこんな風になるのか。
……吸血鬼退治の基本アイテムだが、こんなものまで持ってるとなると、御主人様には悪いが、やっぱりこいつらは要殲滅だな。
なんでアンデッドだって、バレたかは何となく見当付く。
この吸血鬼の身体って、体温もないし、鼓動とかもしないからな……。
さっきアリアちゃんも言ってたけど、魔力の色でも解るらしい。
一応、偽装くらいは出来るとは思うけど、今更やってもしょうがない。
こっちも地上での本格的な実戦は初めてだ……戦いについちゃ、玄人を自認してるが。
何かと言うと始めてづくし……何もかも上手くいくなんて思っちゃいない。
矢自体は、当たるより先に黒い影みたいなのが先行してくるから、それを掴むようにすれば対処可能なんだがな。
これは……殺気感知とでも言うべきかな?
奈落に落ちてきた……軍団長の一人の元勇者と割とガチの死闘を繰り広げた際に身に着けた能力だ。
アイツとのバトルは、マジでキツかった。
俺不死身じゃなかったら、軽く10回以上死んでたよ……。
もっとも、軍団長クラスとの模擬戦では一度も見なかったから、恐らくこれはガチで殺す気の攻撃にこそ見えるとか、そう言うものなのかもしれない。
屋根の上には、何人も犬耳がいて、軽く50m近く離れてるのに、さっきから、直撃コースがバンバン来る。
……この腕前と言い、対アンデッド装備といい……多分、連中の精鋭部隊とかそんなんだろう。
それが高所を取って、一方的に射掛けてくる……あまりいい状況じゃないな。
だが……調子に乗ってられるのも今のうちだっての。
闇の腕が一際図体のでかい犬耳の足首に到達。
そのまま、足を引き込むように闇の腕を引っ張ると、直後犬耳は硬直して、そのまま神殿の屋根の上から力なく落ちてくる。
……重たい水音みたいな音を立てて、犬耳はなんだか良く解らない形になってあっさり即死した。
神殿の屋根の上っても、軽く3階建のビルくらいの高さはあるから、まぁ、そうなるな……。
厳密には屋根の上でもう死んでたんだがね。
しばらく、神殿の屋根の上に、半透明の犬耳と同じ形をしたぼんやりとした人影が佇んでいたが、それも形を無くして、四散する……。
簡単に言うと、これは魂を身体から抜き取る即死攻撃だ。
対抗できる呪具なり、防御魔法を予めかけていないと、どんな腕利きだろうが、こんな風にあっさり即死する。
人間に限らず、生き物は魂と肉体が重なっていてこそ、生きていける。
魂のみが剥がされてしまうと、その肉体は死体同然となり、やがて生命活動も停止する。
そして、魂のみとなっても、通常は数分も持たずに離散し消滅する。
本来、不可分の魂を強制的に肉体から引き剥がす文字通りの必殺技……それが「闇の腕」だ。
初めて、実戦投入したが案の定凶悪だった。
射程もこの闇の腕は、ほんの僅かな光さえあれば、実体化出来て、どこまでだって延々伸びるから、極端な話、俺の視界内なら、どこだって届く。
物陰に隠れたって、手探りで捕まえることが出来れば、多分殺せる。
同じ様に屋根の上から身を乗り出していた射手を片っ端から、殺していく。
最初に殺した犬耳は、どうも隊長格だったらしく、他は雑魚らしい……屋根の上にいる奴等が明らかに混乱しているのが解る。
だが、高所を抑えられていると後々面倒だ。
視界に入ってる奴等は、もう手当り次第片っ端から殺しておく。
向こうも剣を抜いて、背中合わせになってかばい合ったりしてるようだが、そんなもん関係なし。
片っ端から魂を引き出して、殺していく。
普通にやりあったら、高所を取って暗闇の中でも平然と射掛けてくるような相手、厄介極まりないのだけど。
俺には、こう言うチートがある……。
まぁ、一山なんぼの雑魚程度、束になっても、負ける気はしないね。
どうよ? 美少女たち……俺ってば、お買得物件だったと思うぞ?




