第三話「あたらしい仲間?」④
ジョージさんが手を離すと、爪が剥がれかけて無残なことになってた親指はすっかり綺麗に元通り。
「うわっ! 嘘みたいに治っちゃった! 血まで綺麗に取れてるし……。これ、どう言う魔術なの?」
「そうだな……これは魂の記憶してる身体の構成情報を元に、組織を高速再生させたってところだな。完全に轢き潰されてミンチ状態になってても、本来の形に戻るぞ? まぁ、この地上で使われるものより、数段洗練された治癒魔術……とでも思っておけばいい」
治癒魔法ってのは、本来自然回復力を強化すると言うもの。
だから、自然に治す場合と違って、どうしても傷跡が盛り上がったりして、跡が残ったりするし、骨折なんかだと、骨が変形したりと問題だらけだって、その治癒術士さんも言ってた。
状況が許すなら、時間をかけてゆっくり自然に治す方がいいんだってさ。
けど、ジョージさんの使う治癒魔法は……多分、そう言う問題点を全部クリアしてるような……そう言う代物だと思う。
名付けるなら、パーフェクトヒーリング? これって奇跡の部類に入るような……。
「「すっごーいーっ!」」
アリアも同感だったようで、思わず、二人揃ってハモりながら、尊敬の眼差しで見つめてしまう。
けど、ジョージさんは、なんだか眩しいものでも見たかのように、顔を腕で覆い隠す。
「ええい……。お前ら……そんなあっさり、俺を尊敬したり信じるな。俺が悪党だったり、壮大な詐欺師で君達をどうこうしようと思ってたら、どうするんだ! しっかりしてくれ……仮にも俺の御主人様なんだからな!」
「いやぁ、ジョージって……魔術師としても相当なもんだったのね! マジで尊敬するわ。でも話は戻るけど……召喚系魔法では、召喚陣へ術者の血を注ぐことで、召喚物との間に強制的に主従契約が結ばれるって話は聞いたことあるわよ。要するに……それが偶然できちゃったってことかしら?」
むぅ、さすがアリアだね。
けど、お父さんが私を使った召喚術を使う時は、指先切って、その血で身体の召喚陣をなぞったりとかそんな風にやってたね……要するに、血を捧げるってのが重要なんだよね……召喚術って。
「そこら辺は俺も良く解らんが、とにかく俺はお前らの支配下にある……。しかも、俺自身割と、ナチュラルに従ってしまうようだからな。あまり、無茶な命令はしないで欲しい。主従関係にあるとは言え、人間関係ってのは信頼あってのモノだからな。くれぐれも俺の信頼を裏切るような真似はするんじゃないよ?」
むぅ、確かに……盲目的に従うとかそんなんじゃないみたいだしね。
信頼感か……様子するに、仲間になろうとかそう言うことを言いたいのかな?
そう言う事なら、何となく解るな。
「わ、解りました……。吸血鬼って理性もない怪物って聞いてたのに、意外と理知的? それになんだか普通の男の人みたい……えっと、大事な事なんだけど、いきなり寝込み襲ったり、えっちな事とかしない? さっきも人の言う事全然聞いてないみたいに暴れまわってたし……何回も止めてって言ったのに……」
仲間って事なら、これは重要なことだと思う。
一応、ジョージさんは男の人……男の人って何かと言うと、女の子をスケベェな目で見る。
他の冒険者パーティとかと組まないのは、私達がマイノリティってのもあるけど。
最初の頃、変なのに当たって野営中にいきなり押し倒されかけたり……お尻触られたり、水浴びしてる所を覗かれたりとか、そんなのばっかりだったからってのもある。
もっとも、そう言う目にあうのは決まって私なんだよね……。
まぁ、水浴び覗かれるとかは、どってコトないんだけど……物陰でハァハァとか息を荒げてるのとか見ちゃうと、さすがにドン引き……はっきり言って、気持ち悪い。
アリアは……さすがにそう言う対象にはなりにくいらしく、そう言う話は一切聞かない。
いかんせん、アリアって子供体型だし、胸も男の子とかと変わりない……絶壁だからね。
そもそも入んねぇだろ……とかよく言われてるけど。
どうも、男の人の何かをどこかに入れるらしい……私、あんまり詳しくない。
アリアに聞いても、お子様には解んないよね……とか鼻で笑われた。
なんか、ムカついたから、それ以上聞かなかった!
「うむ! 先程は失礼した……あの時は、まさに戦闘モードだったからな。スイッチオンで動くものが居る限り暴れまわるのだ……完全に我を忘れてしまうとは、不覚。だが、今の俺は紳士モード……。あのような獣とは違うのだ! そうだな……あれは些か問題があると解ったからな……命令として、明確に禁ずると言ってもらうと確実だな」
「姿によって、性格が変わるの? 命令ね……解った。ジョージさんは、あの野獣モードには勝手にならない、禁止! 人殺しも最低限にする。そう約束してもらえる? それとエッチなこともしない!」
「ああ、構わんよ……約束する。今の俺は紳士だからな。君達のような子供にいかがわしい真似などしない……なんにせよ、するなと言われた以上、俺は命令を確実に守る」
「あら、そんな事言ってもいいのかしら? アリアちゃんのナイスボディに欲情しても知らないんだから! 男はいつもそう……何もしないよとか言いながら、女の子の誘惑の前にはあっけなくケダモノになるのよ……」
腰をくねくねとさせながら、そんな事を言うアリアに、ジョージさんが呆れたような様子で、私に視線を送ってくる。
ゴメン、アリアはこういう奴なのだ……。
とりあえず、無言で首を横に振ると、納得したように頷かれる。
うん、まさに目と目で通じ合った!
「欲情するかどうかはともかく、俺を理性もないゾンビだのと一緒にするなよ。なにせ俺は、こう見えて転生者でもあるからな。普通のアンデッドと違って異世界人の魂を持つのだ……。そんじゃそこらの自然発生するようアンデッド共とは成り立ちも違うし、存在としての格も違うのだよ。むしろ、当たりを引いた……そう思っておくがいい」
ジョージさん、ナイス話題転換。
これはやっぱり、その治癒術士さんに聞いた話なんだけど……。
アンデッドってのは、死者の魂が様々な理由で死体を自らの身体として、動かす……そう言うものなんだって。
ただ、人の魂ってのは、普通は自己の死を認識した時点で、激しく摩耗し変質する……それ故に、アンデッドとして復活しても、まともな知性や自我が残ることは少ないらしい。
だからこそ、自然発生型のアンデッドってのは多くの場合、無意味に血を求める単なる怪物に成り下がることがほとんど……だからこそ、その魂を救済する……。
そう言う意味もあるから、アンデッドは見かけたら、倒すってのが基本なんだとか。
もっとも、例外としては、生前強い力を持っていたとか、自ら率先してアンデッドとなる事で、魂の変質と劣化を最小限に留めたような奴等……そう言うのは、リッチーだのヴァンパイアのような強力なアンデッドになり、不滅に近い存在となるんだとか……。
そうなると、ジョージさんは後者の例外型のアンデッドなのかな?
「ねぇねぇ、吸血鬼って結構弱点も多いんじゃなかったっけ? 日の光を浴びると蒸発するとか聞いてるし、ニンニクとかって猛毒になるんでしょ? それと銀の武器なら倒せるって聞いてるけど……どうなの?」
アリアがジョージさんに質問してる。
ヴァンパイアって、めったに遭遇しないアンデッドなんだけど、色々な逸話があるから、結構有名だったりする。
弱点とかも、昔話なんかで良く語られてたりするんだけど……実際はどうなんだろ?
昼間はほとんど動けない……とかだったら、かなり不便だと思うんだけど……。
「いや、確かに直射日光は辛いが、蒸発したりはしないぞ。長時間浴び続けるとやばいかもしれんが。ほぼ問題にはならんよ……もちろん、能力は低下するから、昼間は弱くなるのは事実だがね。ニンニクや流水も平気だし、銀の武器も傷の治りが遅くなる程度だ。転生者って奴は……魂の格が違うのだよ」
「転生者……聞いたことがあるわ。なんだっけ、イスファタルの使徒? ……なんか、ろくでも無い奴ばっかりらしいけど……」
一言で言えば、頭がおかしい人達?
光明神の名に於いてとか言って、むちゃくちゃやってるって話も聞く。
私みたいな暗黒神の眷属なんて、見かけるなり襲いかかってきたりするって話。
妙な知識を持ってたり、何人も奴隷を引き連れてるようなヤツなんかも多いって聞く。
奴隷って基本的に逆らわないし、裏切らないから、何かと使いやすいとかそんな理由なんだとか。
ちなみに、その最大の特徴は不死身。
一応、殺せなくもないのだけど、殺すと光になってどこか遠くへと飛んでいって、しばらくしたら何事もなかったかのように再び現れるらしい。
私は実物を見たこと無いのだけど、同じ獣人……剣狼族のベルガーって冒険者が仕事でイスファタルの使徒を敵に回して、実際に戦ったらしく、そんな話をしてた。
ちなみに、ベルガーさんはとある人物の護衛ミッションで、ウラガとか言う使徒と三回戦って、三回殺して、四回目はもう何もかも放り出して、逃げ帰ったらしい……。
「まぁ、どんな奴がどんな事やってるかは見当付くな。大方、現世で底辺生活してたようなニートだの、馬鹿なガキやらが、強大な力と不死身チートで調子こいて好き勝手やってんだろうさ。だが、そんなのと一緒にされるとか、激しく気分悪いっ!」
良く解んないけど、別物と言いたいらしい。
「ご、ごめんなさい。私も転生者とか直接会った訳じゃないし、ジョージさんはちょっと違うってのは何となく解るよ?」
「ああ、そうだな……とにかく、そいつらとは別口だと思ってくれ。俺とそいつらは出自は同じ世界なんだろうが、生きてた世界が違うし、俺はあくまで暗黒神様の側だ……。とにかく、信頼はしてもらっていい。なぁに、俺が危険と思ったら、即座に制止の言葉を口にすればいい。それで問答無用で止まるはずだ」
「そうね……さっきもそんな感じだったし、何より、私は暗黒神フォルティナ様を信仰している……。その御使いが不死の怪物なのも納得は出来る……。でも、主従関係とか言われても……むしろ、奴隷だったことはあるんだけど……どうすれば……?」
「ねぇ、イスラ……。もっと、普通に考えましょ。要するに、スーパーな下僕を手に入れたって事よ。アタシらにとっては、これって成り上がりのチャンス! 当たりも当たり……超大当たりなんじゃないの?」
「そうだな……俺はスーパーな下僕モンスターとでも思えばいい。要するに当たりレアモンスター! 絶対、役に立つぞ? 俺、結構有能だしさ」
……なんで、この人はこんな楽しそうなんだろ?
奴隷とか全然楽しくなかったんだけどなぁ……。
何かと言うと鞭で打たれたり、こき使われたり……ご飯もロクに食べさせてもらえなかったし……。
「そ、そうね……。けど、私は……暗黒神様が私みたいな半端な眷属を見守ってくれて、助け舟を出してくれた。この事実を知っただけで、十分嬉しい……ありがとう、ありがとうございます……フォルティナ様」
感謝のあまり、自然に涙が溢れる。
「うむ、イスラちゃんはいい子だな……よしよし」
その様子を見ていたジョージさんがそんな事を言いながら、優しい目で頭を撫でてくれる。
耳をサワってやられて、ゾクゾクっとする。
あ、これいーかも。




