第三話「あたらしい仲間?」③
「そうね……大真面目に主様とか言ってるし……。じゃあ試しに……お手っ!」
アリアが恐る恐るって感じで手を差し出す……お手って、なにそれ。
わんこじゃあるまいし……さすがに、これは怒っていいと思うよ、ジョージさん。
「ああっ? なんじゃその命令はっ! おちょっくっとんか! こらぁっ!」
思わずといった様子で、ジョージさんがそんな返事を返す。
けど、その言葉と裏腹に、彼はアリアの前に跪くと、しゃがみこんだまま、何の迷いもなく、手を伸ばして、キリッとした表情のまま、アリアの小さな手のひらをターッチ!
アリアがこっちをドヤ顔で見る。
さらにもう片手も差し出すと、反対の手でおかわりターッチ!
……な、なんか、すっごい楽しそうっ!
ジョージさんもなんだか楽しそうにしてる。
ちらっとジョージさんが私の方を見ると、目が合った。
なんだか凄い澄んだ目で期待のこもった眼差しだった。
「私も……やれと?」
こくりと頷かれたので、ゆるゆると歩み寄って、手を差し出すと、当然のように、その手にターッチッ!
もう、一切躊躇なし……むしろ、待ってましたって、そんな感じ。
けど、やるだけやっておいて、ジョージさん……自分の手をガッと掴んでる。
「な、なんじゃこりゃあっ! ……い、いかんぞっ! 自分の言動を全く制御できてないではないかっ! なんで、俺が意図しないような事をスラスラ言って、意図しない行動を何の迷いもなく実行してるんだ? ……これはどうなってんだ!」
どうも、この様子からすると本人、不本意だったらしい。
「わ、私に聞かないでよ……。でも、もしかして……嫌だった? ちょ、調子に乗ってゴメンナサイ」
「しゃ、謝罪なんてとんでもない! い、嫌じゃないぞ……お前達の命令を聞くたびに、俺の心は歓喜に包まれるのだ……。いや、包まれてどうする? 否っ! それでいいのだ……ほ、本当に? いや待て、こんなんでいい訳が……」
なんだか、混乱してるみたい。
自問自答するように、意味不明なことを言ってる。
「と、とにかく、落ち着こう……ね?」
私がそう告げると、ジョージさんもそれまで脂汗流して困ってたんだけど、急速に落ち着いたようだった。
「……おお、ビックリするほど、落ち着いたな。これはお前達の言葉自体に強制力があるということか。なるほど、お前達は俺を完全なる支配下に置いているのだろう……。意外な結果だな……しかも、この俺ですらあがらえぬとは……」
「し、支配? こんな化け物みたいな高位アンデッドを? ど、どう言う事? もしかして、説明とか出来たりする? 私達も何が起きてるのか、全然解んないんだけど!」
「なるほど、それは命令だな? いいだろう……今の状況を解析し、何が起きてこうなったかを、俺自身が説明しようじゃないか……しばし待つがよい! うなれ、我が灰色の脳細胞っ!」
そう言って、ジョージさんは腕組みすると瞑目して、考え事を始める。
「え、えーっと……。無理しなくてもいいよ? 解んないなら、解かんないで済ませてもらってもいいし……」
「いや、情報処理は俺の得意分野だし、説明を求められた以上は、きっちり君達に解るように説明する! まず、この召喚魔法陣……こいつは、色々と偶然が重なって、この俺を地上に召喚する魔法陣となった。ここまでは理解できるな? そこから説明となると相当長くなるし……猫耳ちゃんには色々と協力してもらったから、少しは解ってるだろ?」
そりゃ、私も爪剥がして血を流したり、色々体張ったからね。
もっとも、私の身体に刻まれた魔法陣までもが稼働したりと、良く解んないことだらけなんだけどね。
「……理解も何も、むしろアタシが暴走させようとしてたんだけどね! けど、途中から良く解らない挙動してたけど……。あれって、イスラもなにかやってたよね。妙な呪文唱えたりしてたし……身体のあちこちに変な模様が浮き出てたし、なにあれ……生体魔法陣? って言うか、あんなの仕込んでたなんて知らなかったよ……」
「あれは……私も良く解らない。昔、お父さんが私で色々人体実験してて、その時に刻まれたんだけど……」
「なんだそりゃ、ヒデェ親だな……自分の娘で人体実験とか何考えてんだ。お前、その感じだと、歩く召喚陣みたいなもんだぞ……? だが、それもあって俺と言う高位存在が地上に召喚……なんて、離れ業が成功したんだろうがな。まったく、よくもこんなんで、これまで何事もなく過ごせてたものだ……。だが、安心しろ。落ち着いたら、俺が解析の上で再調整してやるよ」
「そ、そうね……。私もびっくり……はは、魔神が召喚されて全部ぶっ飛べばいいのにって言ったら、ほんとにそうなっちゃうなんてね……」
「そうよね……まさかこんな事になるなんて……偶然って言うにはちょっと出来すぎじゃない?」
アリアの言葉もごもっとも。
偶然……じゃないよね、これ。
「うむ、確かに偶然ではないだろうな。実を言うと君等の窮状を、俺は見ていたのだよ。そして、手助けをしてやりたいと思ったのだよ。もっとも、配下のアンデッドを送るつもりが、俺自身が召喚されてしまったのだがね」
「……見てたって……どうやって? それにどこから?」
「神像の目を通して……奈落の底から? あれはもう一つの世界と言えよう。君達は暗黒神フォルティナ様を知っているかね?」
「原初の暗闇……だっけ? アタシらエルフの創世神話に出てくる創生神様の名前がフォルティナ様。……エルフは最初の人として、フォルティナ様が直々に生み出した種族だって話なのよ」
最初の人……。
私達獣人の間では、エルフじゃなくて最初の獣……なんて、伝わってるんだよね。
最初の獣の願いで、世界は形作られたって……そんな感じ。
まぁ、どの種族でも自分達が創世神話の主役……みたいな認識なのはしょうがないよね。
「なるほどな。結論から言うと、フォルティナ様は実在する。あのお方の本質は、全にして無、無にして全……そんな偉大なる存在なのだ。お前達を救いたいと言うのが、フォルティナ様の願い……それ故に、俺はその願いに応えるべく、お前達の元に、配下のアンデッドを送ろうとしていたのだよ」
「その代わりに、えっとジョージさんだっけ? アナタが召喚されたと?」
ふふふ……話が壮大過ぎて、半分も解ってないよ。
私、自慢じゃないけど、結構おバカだと思う。
「まぁ、そう言うことだな。そして、そこのエルフ娘……アリアちゃんはこの召喚陣への干渉触媒として、自分の血を使ったということなのだろう? だが、その時、ネコ娘……お前も俺の指示に従い同様に魔法陣に自分の血を注いだ……。つまり、貴様らの干渉の結果、俺自身を召喚したと言う事実が成立してしまったのだ……。そして、その結果、どうやら俺は貴様らを召喚主……つまり御主人様として、認識するようになったようなのだ……。まぁ、あくまで状況からの推測、仮説に過ぎんがな」
「確かに、言われたとおりに爪引っ剥がして、血を流したんだけどね。めちゃくちゃ痛かった! これって治せるかな? 親指だったから、物がうまく掴めなくて……もう少し考えるべきだったね」
そう言いながら、ジョージさんに手を見せると、思わずと言った感じで生唾を飲み込むのが解った。
しまった……吸血鬼に血を見せるなんて……。
そんなのお腹空いてるところに食べ物の匂いを嗅がせるようなものだ……。
いきなり、押し倒されて首筋に牙突き立てられて……とか、そんなになる可能性だってある。
「ね、猫耳ちゃん……た、頼む、俺に命じろ……傷を治せとな。すまん、察していると思うが俺は今、お前に襲いかかりたいと言う衝動に耐えているのだ……。だが、命令があればこの衝動も乗り越えられるはずだ……頼む!」
「え、えっと……この傷を治して! あと頑張って耐えて! 私、襲うの禁止っ! 我慢してっ! それと私……ネコ耳ちゃんじゃなくて、イスラ! 名前くらい覚えなさいっ!」
……うん、ご主人様とか言っときながら、ネコ耳ちゃんとか変な名前で呼ぶの反対っ!
私、ネコ獣人だけどネコじゃないもんっ!
けど、ジョージさんも私の言葉に応えるように、ニヤリと笑うと、私の親指の指先を軽く握ると治癒の魔術を発動したらしい。
ポワッと光って、親指が暖かくなる……前に旅の治癒術士さんの護衛クエストやってて、怪我した時に治癒魔法をかけてもらったんだけど、それよりも強力なような?
確かこれって、完全に治るには一月くらいかかるような怪我を三日くらいで治すとか、回復力の促進みたいなものだと思ったんだけど。




