第三話「あたらしい仲間?」①
「……ストップ! もう止めてーっ! 相手はもう死んでるよっ! だから、もう止めてあげてっ!」
「そうよーっ! どんだけ惨殺死体作れば、気が済むのよ……この化け物っ! そんな事してる暇があったら、アタシらを助けなさいよーっ!」
アリアと二人で声を枯らさんばかりに、叫び続けていたら、魔神の動きが唐突に止まった。
魔神の足元には、潰れたトマトをぶち撒いたような何がなんだか良く判らない物体と、ボコボコになった床。
ひどく無残な光景……周囲を見渡しても、原型をとどめてない惨殺死体が死屍累々って感じで転がっていた。
もはや、生きて動いているのは私達だけ……巻き込まれなかったのは、まさに奇跡だった。
けど、彼もここまでするつもりはなかったらしく、当惑したように周囲を見渡していた……。
「ねぇ……私達の話、聞いてくれる?」
ここは、刺激しないように……震えそうになりながらも、なるべく優しい声になるように語りかけてみた。
「……す、すまんな、少女達よ。ひとまず、邪教徒共はあらかた殲滅した。君たちの縛めも解いてやろう……じっとしているが良い」
それだけ言うと、魔神は私達の縛めを解きにかかる……何の道具も使わずに、シンプルに鎖を力任せに引きちぎってるんだけど、ちゃんと私達に配慮して、余計な力がかかったりしないように、要所要所を的確に破壊することで、あっさりと開放してくれた。
散々殴られたアリアも何やら治癒魔法のようなものを使ってくれたようで、すっかり元気になっている。
腫れていた顔も綺麗になってて、思わず抱きしめる。
「アリア……良かった」
「な、なによ……そんな泣くほどの事? あはは、なんかボコボコにされたんだけど、すっきり治してもらっちゃったみたい。ねぇ、跡が残ったりとかしてる?」
言われて、殴られた所を見てみるけど、軽く青あざが残ってる程度で綺麗なもの。
すっかり、元通りって感じ。
「ないない! 駄目じゃない……あんな頭のおかしい奴を挑発とかして……」
「う、ごめん……。と言うか、もう大丈夫なのかな?」
アリアが心配そうに呟く。
敵の気配は……あ、うじゃうじゃいるね。
この神殿の建物からは、あらかた逃げ出したみたいだけど……。
外にやたらといっぱいいるのが解る。
こう見えて、索敵能力に関しては超一級を自認してる。
音と気配……それだけで壁の向こう側だろうと、何処にいるのかとか何人いるのかとか、手に取るように解る。
一年以上に渡って、私が冒険者として生き残れた理由のひとつでもある。
「そうだな、敵は……まだ残っているな。殺したのは、ざっと20人かそこらくらいか? ははっ、外には笑えるくらいの数の雑魚がいるようだな。どうする? 奴らの皆殺しが所望なら、そうするが……」
「……もうたくさんよっ! アタシはこれ以上、人死なんて見たくない! って言うか、そんな偉そうに見下ろしてんじゃないわよ! それになんか見るからにおっかないし!」
もっとも、この魔神が傷を治してくれたのは解ってるようで、一応礼は言っとくけどさ……なんて一人言みたいに言ってる……。
「ああ、済まなかった……。ならば、姿を変えるとしよう……これでどうかな?」
それだけ言うと、魔神は燕尾服を着て、メガネをかけた若い男の人の姿に成り代わる。
……なんていうか、知的な執事って感じ!
そのまま、跪くと、片手を胸に添えて、深々と頭を下げる。
思わず、ドキッとする。
「わ、悪くないね……良いんじゃないかな?」
思わず呟く……ううっ、イケメンだよ! イケメン!
でも、年上かぁ……年上の男の人って、ちょっと苦手。
どうせなら、年下の男の子の執事とかが良かった……じゃなくてっ!
「……ん? ちょっと待て……何故だ……? なんで、俺はこんな真似を……それになんで、こんな姿に……?」
そんなうやうやしい仕草と裏腹に、イケメン執事は自問自答するように、自分の手のひらを見つめながら呟いている。
何が起きてるんだろう? さっきも明らかに正気を失ってるようだったのに、私達の言葉に従うように殺戮を止めたし、アリアの見下ろすな……なんて言葉に応えるように、跪いて忠誠を誓うとでも言いたげな態度取ってるし……。
さらに、姿までもあっさり変えてしまった……。
なんとも言えないけど、こう言うのって、ものすごい魔力使うと思うし、戦闘力も確実に下がってると思うんだけどなぁ……。
そう言えば、縛めを解けと言う言葉にも忠実に従ってくれたよね?
そもそも、ここは未だに周囲を敵に囲まれた戦場なのだ……。
あの場で敵を追わずに、私達の救出を始めるのは、合理的に考えてあり得ない対応だった。
相手が飛び道具でも持っていたら、たちまち後ろから撃ち殺される……そんな状況にも関わらず……だ。
彼には、常軌を逸するほどの戦闘力があるようなのだけど、そんな彼が無防備に敵に背中を向けるなど、その時点でありえない……。
「……あ、あの……何故、助けてくれたのですか?」
私が恐る恐る尋ねると、彼は顔を上げるとニヤッと笑う。
「人助けに御大層な理由が必要なのかな? 一応、俺には君達を助けるに足る理由があった……それだけの事だ。もっとも、その手段が当初の予定と随分と違ってしまった。すまんな、もう少しエレガントに行きたかったのだが……些か乱暴に過ぎた……大いに反省している」
「そうね……何にせよ、助かっちゃった! 助けてくれた理由……当ててみせようか?」
自由になって、怪我も治してもらって、すっかりいつものペースを取り戻したアリアが屈託のない笑顔とともにそう告げた。
「な、なんだ? お前はどこまで知ってるのだ?」
うん、私も気になる!
アリア、なんか知ってるのかな?
「うふふ……美少女の危機にはヒーローが駆けつけてくれるってのが、物語でも定番だから……でしょ? さいっこうのタイミングだったわ! ふふふ、思わず濡れちゃった……もう、ズロースがすっかりビショビショよ!」
……アリア。
ごめん……濡れたとかなんとか言ってるけど、なんだかとってもオシッコ臭いよ?
……さては、また漏らしたなっ!
と言うか、たまにオネショするんだよね……この娘。
なんと言うか、意味が違うかもしれないけど、お股がユルい娘なのだ……。
ちょっとビビると大抵、ジョビジョバやらかしてる……。
そして、びしょ濡れになったアリアのズロースを洗うのは大抵、私。
私だって、そりゃちっちゃい頃はそれくらいあったけど、もうとっくの昔に卒業してるよっ!
どこら辺が大人なのか、小1時間問い詰めたいっ!
あんたの百年って無駄に過ごしてきただけなんじゃないの?
「ああ、うん……それは違う意味のような……。す、すまない、漏らすほど怖がらせてしまったとは……面目ないっ!」
魔神さんも色々察したみたいで、とっても気まずそう。
なにせ、アリアのズボンめっちゃ滲みてるし……。
足を閉じると気持ち悪いらしく、ガニ股でとってもかっこ悪い……。
「ち、違うわよっ! これは……素敵な殿方を目にして、思わずアソコが……」
なんだか卑猥なことを言い出しそうな予感……っ!
「それ以上言うなっ! このお馬鹿っ!」
思わず、アリアの後頭部をひっぱたく!
「いったいーっ! イスラ……殴るとか酷くない? 大体、アタシはアンタより歳上なのよっ! アンタなんて年がら年中、思いっきり、お尻丸出しじゃないっ! それに寝るときだって、なんでアタシをふん捕まえて、顔におっぱい押し付けるのよ! そんなもん要らんし! 誰得なのよっ!」
……ちょっ! なんで、その秘密を今っ!
寝る時は、なんとなくギューッとしないと寝れないだけなのっ!
「な、なによっ! 毛も生えてないくせにっ! このツルペタっ!」
「はぁっ? そ、そんな事無いしーっ! 少しは生えてるしーっ! 今度、見せてやるんだから! なんなら、今すぐでもいいわよっ!」
ギャースカと、互いの秘密の暴露が始まる。
と言うか、見たくないよ……そんなの。
もっとも魔神さんは、どうやら私達の会話を聞き流すと決めたらしく、メガネをふきふきしたり、蝶ネクタイを調整して、サスペンダーを伸ばしたり縮めたり……そんな事をしてる。
謎の半透明なボードが出てくると、空中に空いた穴に手を突っ込んで、そこからベストを取り出して、身にまとう。
「ふむ、空間収納庫も使えるようだな……重畳、重畳っ! コレならば、奈落からの支援も受けられるな……いいぞ!」
なんだか、良く解らないけど嬉しそう。
さっきまで、大虐殺をしてた魔神と同一人物とは思えないんだけど……。
悪い人じゃなさそうだった。
べ、別に見た目に騙されてるとか、そんな事無いしっ!




