第二話「ジョージ先生、かく語りし」①
さて、お次は俺の記憶。
自分語りって奴だな。
……まず、俺の本名は菅田 譲治。
かつては、日本のヤクザ者だった……。
真っ当とは言い難い闇の世界の住人。
孤児だった俺は、殺しのプロとしてとある組織で育てられ、物心ついた頃から暗殺者として……。
またある時は、兵隊として……とにかく、敵を殺す為の機械。
そんな風に生きていた。
日本という国は、確かに平和だったがね。
裏社会ってもんは確実に存在していたし、同業者も少なからずいて、何人かとは直接相対して殺し合って……。
確実に葬ってきた。
けど、俺はいつしかそんな暮らしにうんざりしていた。
そして、気がつけば三十路を過ぎて……自分の限界ってもんを感じるようになった。
いつのまにか、最前線に出されることもなく、後進の育成……年端も行かない子供を戦闘マシーンに仕立て上げるような……そんな気が滅入るような仕事ばかりさせられるようになっていた。
けれど、俺がオヤジと呼んでいた組長。
黒田組の親分との出会いが俺を変えてくれた。
ちょっとしたハッタリとして、組長の隣で突っ立ってるだけの護衛ミッション。
そんな仕事で知り合ったのだが、妙に気に入られてしまって、うちに来ないかなんて話を持ち掛けられた。
組織としても、俺は半ば用済みで持て余してたらしく、オヤジの身請け話にあっさり乗ってきた。
てっきり、組専属のヒットマンとして使われると思っていたのだが。
「殺しはもう良いから、真っ当に働け」
……そんな風に言われて、表向きの業務のひとつ、金貸しの仕事を与えられた。
殺し屋からサラリーマン……どんな転身だよ……と思ったが。
意外と性に合っていたようで、それなりに上手くやれて、殺伐とした世界から足を洗って、普通のカタギに近い人間としての生活を始めることが出来た。
オヤジにも可愛がられて、時々飯に連れて行ってもらったり、一応本業……ガードマンとして、屋敷の門番やら、交渉の時、傍らに立ったりと……そんな調子で、穏やかな日々を送れるようになった。
闇の世界の住人には変わりなかったものの、黒田のオヤジには随分と世話になって、盛大な借りが出来てしまった。
けど、それも悪くない……穏やかな日々の中、俺もそう思い始めていた。
けど、それも唐突に終わりを告げた。
内部抗争の末、黒田のオヤジが殺された。
速やかにトップの交代劇が起き、黒田組はあっさり乗っ取られてしまった。
……そこで、大人しくしていれば、良かったんだがなぁ……。
新しく組長になった奴も好き好んで、俺に喧嘩売ろうとはしなかった。
やんわりと、手出しはしないが、余計な真似もするなと釘を差してきた程度だった。
……だが、俺には、恩人の仇、裏切り者共を許す理由はなかった。
単身、組の事務所に殴り込みをかけて大立ち回り。
もっとも、所詮は多勢に無勢。
結局、腹にしこたま鉛玉をもらっちまって、虫の息に……。
戦力比からして、そうなるのは当然の結果だった。
おまけに、俺も全盛期を過ぎたロートルヒットマン。
かつてのように、冷酷な殺人マシーンでも無くなっていた。
我ながら、馬鹿な真似をしたものだ。
だが、俺はそうなるのも覚悟の上だったし、端からタダで死ぬ気は無かった。
予め、身体に巻きつけておいたダイナマイトを使った壮絶な自爆。
かくして、俺はド派手に散った。
新組長とその一味は、全滅に近い被害を受けて、黒田組は壊滅。
仇は取れた……暗闇の中を生きた殺し屋の俺が、短い間ながらも真っ当な暮らしなんてのが出来て、恩人の敵を取って……満更じゃなかった。
年取って、病院のベッドで死ぬとか普通の死に方とは程遠いけれど、まずまず悪くない最期。
カッコいい野郎の壮絶な生き様……。
――そう思ってたんだがな。
意外なことに続きがあったんだ。
光の女神イスファタル……そいつは、そう名乗った。
そして、俺に世界に光で満たすことに協力しろと訴えかけてきたのだ。
要約すると。
イスファタルは、こっちの世界から様々な人間を召喚して、自分の手下として、闇の眷属とか言う奴等を滅ぼすのに力を貸せ……なんて言ってきたんだ。
奴によると、この世界には暗黒神と言う邪悪な神と、その下僕、闇の眷属ってのがいて、暗黒神を滅ぼすには、闇の眷属を滅ぼす必要がある。
暗黒神を滅ぼさないと、世界の終わりがやってくる。
だから、闇の眷属は皆殺しにしないといけない。
そんな与太話を俺に聞かせてきた。
なんでも、このイスファタル……日本から色んな奴を召喚したのは良いものの……どいつもこいつも使い物にならなかったらしい。
平和国家日本で普通に暮らしてたヤツを、いきなり異世界の切った張ったにブチ込むとか。
そりゃあ、使い物になる訳がない……まぁ、至極当然の話だな。
ガキのうちから仕込んでも、モノになるなんて、十人に一人、二人……組織に居た頃、指導官として、実際に孤児のガキ共相手に指導した時も概ねそんな感じだった。
ましてや物心ついて、真っ当な生活を送ってたような奴等ともなると……3-40人くらい掻き集めて、一人くらいは使い物になるとか、そんなもんだと思う。
その点、俺は闇の世界の住民、殺しのプロだったからな。
一般人なんかとは訳が違う。
イスファタルとしては、是非有効活用したいとか……そんな風に思ってたらしい。
もっとも、軽く蹴ってやったんだがね。
なにせ……そのイスファタル。
これがとんだ売女だったからなぁ……。
後光を纏った光り輝く女神様……と如何にも善人臭かったけどな。
俺みたいな闇の世界の住民から見たら、胡散臭いことこの上ねぇ上に、その本質はゲスな裏切り者。
俺が一番嫌いな手合だった。
そんな奴の下僕……使徒として、生まれ変われ……とか偉そうに言われて、ハイそうですか、なんて言えるわけがなかった。
てめぇの下僕なんて、冗談じゃねぇ、おととい来やがれって言い放って、思いっきり怒りを買った。
まぁ、具体的には八つ裂きにされて、地の底……奈落の闇って所にバラ撒かれた。
かくして、俺は一度死に……異世界で転生するチャンスを自分から投げ捨てて、未来永劫の暗闇の世界にゴミのように捨てられる……そんな最期を遂げた。
けれど、捨てる神あれば拾う神あり。
暗黒神フォルティナ様。
彼女はそんな俺の魂の欠片を拾い集めて、復活させてくれたのだ。
かくして、俺は彼女の唯一無二の眷属にして下僕なんて、立場におさまる事になった。
その出会いもよく覚えている。
目を覚ましたら、永遠に続くかのような闇の中……。
ぼんやりと時間を過ごすうちに、ふと誰かの気配を感じて、呼びかけてみたら、返事があったのだよ。
俺としては、唯一の話ができそうな相手だったから、敢えてそいつに色々と話しかけてみたんだよ。
そしたら、思った以上に食いついてきて、いろいろなことを話した。
どうでもいい話や、身の上話しやら。
与太話でしかなかったのだけど、なぜかそうしたいと思ったのだ。
その上で、姿を見たいから、少し明るくして欲しいってリクエストしたんだが……。
その瞬間からこの奈落が生まれた……なんていうから、驚きだった。
フォルティナ様は、全にして無、無にして全。
全てを内包するもの……原初の闇と言える存在だった。
その闇が他者を認識し、その者が闇の存在を認識することで、暗闇もまた世界を認識する……その瞬間、世界が生まれ出ずる。
どうも、この世界はかつて、そう言うプロセスを辿って、生み出されたようなのだが。
ほとんど全く同じプロセスを辿って、どうやら俺はもう一つの世界を作り上げてしまったらしい。
要するにあのクソ女神が言っていた異世界ももとを辿れば、フォルティナ様が作った世界。
まぁ、結局紆余曲折があって、フォルティナ様が作った異世界は、クソ女神に乗っ取られたようなかたちになってしまったらしいんだがね。
けれど、俺がこの奈落に捨てられ、フォルティナ様を認識したことで、もう一つ、別の世界……新世界が作られた……そんな認識で合ってるらしい。
もっとも、この新世界はまだまだ発展途上。
暗闇の中に浮かぶ巨大神殿……そんな閉ざされた世界なのだ。
この闇の神殿の外は無限に広がる闇の世界……無窮の闇ってヤツだな。
そして、俺の仕事は……と言うと。
言ってみれば、フォルティナ様の万能執事って感じ?
朝のお着替えに始まり、食事の支度、その住居にして世界たる暗黒神殿の見回り、メンテナンスに、暗黒軍団の状況確認。
そして、亡霊魔術師達が死後も延々飽きること無く続ける魔術実験や魔術開発の進捗管理などなど。
フォルティナ様は神を超えた神なので、本来食事も睡眠も必要とされないのだが、ほっとくと、怠惰に何もせずダラダラとするという悪い癖があった。
まぁ、あまりに長い時間、何もない奈落に居たせいで、ボケーと何もしないでいるのが当たり前になってたからだとは思うのだけど……良い傾向だとは思えなかった。
だからこそ、不定形のなんだか良く判らん、黒い霧の塊と言うお姿よりも、人間の姿を真似た形態を取るようにお勧めし、お風呂、着替え、睡眠、食事と人並みの生活を行えるように神殿の設備を整え、それらをとりあえず、試してもらったら、思いの外お気に入りになられた。
神様も刺激や快楽ってもんが必要なんだ……長い孤独は、確実にフォルティナ様を変質させ、危うく意思も何もないなにかに成り下がるところだったらしい。
もしも、そうなっていたら……この奈落と呼ばれていた暗闇の空間は、消失していたのは間違いないが、それはその程度では済む訳もなく。
要するに、風呂の栓でも抜くようなもの……奈落という底があってこそ、この世界は成立している。
底が抜けると必然的に、風呂の水……この世界は無限とも言える奈落の底に沈み落ちる。
それはすなわち、世界そのものが消失すること言うことで……全くもって洒落にならん!
実際の所、この俺自身もこのフォルティナ様の本質はよく解っていない。
世界そのものを生み出すような超巨大な存在。
……神ですら、フォルティナ様の前ではゴミも同然。
ガイア理論とかガイア仮説とも呼ばれる理屈の中で、まことしやかに囁かれる大いなる意思。
地球そのものの意思と言われるモノ……それに近いのではないとか、俺は推測している。
どうも俺は、偶然ながらこの奈落に落とされた事で、その大いなる意思に接触したらしく、結果的にそれに認識され、一つの世界を確立させてしまったようだった。
言ってみれば、この巨大神殿はもう一つの世界……俺はこの世界を改めて「奈落」と呼ぶこととした。




