【二つ扉の百葉箱】参
レイが百葉箱の鍵を取ってくると言うことで、俺達は校舎から出て先に向かっていた。
白い薄汚れた百葉箱には歴史を感じる。相当昔からあったのだろう。
「見た感じ、全然使われてなさそうだね」
「ああ」
あとはレイを待つだけだ、と考えていれば何処からか声が聞こえる。
そうだな、例えるなら………まるでレイが自称JK風にキャピキャピしてる時のアレだ。
「みんな~っ、持ってきたよぉ!」
「おう、ご苦労だレイ」
「控えめに言ってきっしょ…」
うげぇ、と舌を出す真似をした望夢。
レイが頬を膨らませてぷくーっと怒る。うん、かわいくない。
「えぇ? せっかく僕が頑張って持ってきてやったってのに」
「おうおうなんだレイ、てめぇ先輩に対して良い度胸じゃねぇかオ゛ォン!?」
「ひぇえええぇ! ちょ、やめてよ帽子くん! そんなんだから女子にモテな」
「しばくぞてめぇ」
完全に893へと化したオカルト部書記。まぁ仕方ないな、これでも望夢、中学校の時は完全にイキりヤンキーぱーりーぴーぽー☆だったからな。モテないのに。
胸ぐらを掴まれうそ泣きを始めるレイと、今にも人殺っちゃえそうな勢いの望夢をぼうっと達観していれば、もうひとつの目線に気が付く。
「…おぉ」
俺の隣で、おだやかな表情をした筋肉が微笑んでいる。
なんだこいつ。聖母ばりのオーラ醸し出してる上に、微笑み方が子供を見守る優しいオカンなんだが。あれ、幸太ってこんなキャラだっけ。
「…何」
「あ、ああいやなんでもない。コホン……望夢、レイ、その辺にしとけ」
「僕被害者なんですけどぉ?」
「黙れ変態」
なんとびっくり、レイに新スペック【変態】が追加された。
いやお前ただでさえ犯罪者予備軍で家宅侵入罪あるのに変態追加したらもう逮捕されるぞ。お巡りさんこいつです状態だからな。
「レイ、鍵は」
「ここにあるよ!」
「寄越せ」
あまりにもチンタラと事が進むのでレイから引ったくる。
「流石の暴君ですね!」
「ありがとう」
「灯流部長、今の誉め言葉じゃないからね」
知ったことかと言わんばかりに百葉箱の鍵を見る…古っ。
え、何これ何時の時代の鍵だよ、ヘアピンで開けられるレベルの構造のやつじゃないか。
ヘアピン持ってないけど。
「お、開いた」
「一応オカルトだから躊躇してくださいね部長」
「中はどうなってるんだ?」
「躊躇いが皆無ですね部長」
「暴君だからしかたないね!」
そういうことだ(解決)
なんかあったらお前らの責任にする。異論は認めん。俺部長だけど真っ先に逃げてやる。
鍵を外して開けてみれば、外の外見からは想像できないほど綺麗だった。
「あれ? 誰か掃除してんのこれ」
「いや…だったら何故外にはクモの巣がかかってるんだ?」
中には最低温度計、最高温度計、乾湿球温度計…なんだこれ、自記温度計? とまぁ、至って普通の装置だけが入っている。普通なのか知らんが。
ただひとつ疑問なのは…この異常な中の新品さだ。
普通、中だけ綺麗に保つものだろうか? 装置に不具合が生じるとかなら分からなくもないが、第一この学校では百葉箱なんて全く使っていないのが現状だ。
「…紙、あそこ」
ずっと黙っていた幸太が指差したのは、装置の一番左端。
何か紙切れのようなものが挟まっている。
「え、どれどれ? おー! これかぁ!」
「中読み上げろレイ」
「了解!」
レイは紙を開く。一瞬黙ったあと、直ぐに読み出した。
"この手紙を読んでいるのなら、きっとそれは貴方が退院して、手術が無事成功したということでしょう。その時はお返事下さいね。私は何年でも待ちますから。"
「…わっつ? 部長これ翻訳してください!」
「すまないな、俺は日本語対応はしていないんだ」
「灯流部長…何人?」
「おいおい、これ俺らが読むべきじゃないヤツだろ…!」
というか字が不自然だ。
高校なら普通シャーペンを使うだろうに、驚くほど極太の鉛筆で書かれたような文になっている。
まさかシャーペンすら普及していない昔に書かれた文じゃ…いやだったらここまで紙の材質が保たれている訳が無い。
「というか、何で百葉箱に手紙が…?」
「こういうのは学校の設備使わずに直接渡せばいいのになぁ」
「うっわ、帽子くんロマンないね!」
「黙れ自称し◯かちゃん」
レイのあだ名が自称ヒロインから自称◯ずかちゃんにランクアップした。いやマジどうでもいい。
相変わらずふざけ会う二人をよそに、幸太が何か言いたそうにこちらを見ている。いやあの、単語だけだと分からないんですけどね幸太さん。
「望夢、"学校の設備使わずに直接渡せばいいのに"って、そう言った、から」
「ああ、それがどうした?」
「…直接会えない、理由…? が、ある、なら…?」
直接会えない理由?
手紙でやり取りするほど親密なのに、直接会えない理由なんてあるとは思えないが…と、思ったが…
一つ、思い当たる節がある。
【二つ扉の百葉箱】。
レイの聞き込み調査には、"別の学校の百葉箱と繋がっている"との噂話があった。
この入院して手術している人物が、何かしらの方法でこの百葉箱の存在を知って、別の学校の百葉箱に手紙を送って、やり取りをしていたとするならば。
「…ほう?」
面白くなってきた。
俺はポケットからメモ帳を取り出し殴り書きして、一枚破って百葉箱の中に入れた。