蒼空の会
少女は青年を見つけ出すために、少女に出来うる限りの情報収集を始めた。
まずはインターネット。自分の部屋にあるパソコンを使えば母に見つかることも無いし、万一部屋に入られて画面を見られても「歴史の勉強中だ」と言えばいい。
今は空落ちの日から7年が経っているが、その間の世界やこの国の動きを調べることにした。
やはり最初に目に入ってきたのは空落ちの日だ。この日を境に少女の母は変わり、国が変わり、人が変わり、世界が変わった。上空を飛行していた航空機がすべて落ちてきたこの日、世界は恐怖に包まれたそうだ。
その理由について、ある解説記事が目にとまる。
”地震は崩れるものが少ない開けた場所に逃げればよい。津波は波の届かない高台や山に逃げればよい。洪水は川から離れた場所へ逃げればよい。台風は頑丈な建物の中に逃げればよい。あらゆる自然災害には、必ず逃げる場所がある。
しかし空落ちの日に逃げ場はない。開けた場所も、高台や山も、川から離れようと、頑丈な建物に入ろうと無意味だった。何しろ、そのどの場所にも空は存在する。そこから鉄の塊が降り注いでくることを考えると、当時の人々は恐怖に支配された”
少女はそもそも鉄の塊が空を飛べる意味が分からなかったが、隕石のように巨大な影が降り注いでくると考えるとこの恐怖にも共感できた。当時まだ小学校高学年だった少女にとってテレビの映像だけではそれほど恐怖が印象に残らなかったのだ。幸い、空深市とその近辺では航空機が墜落しなかったことも影響しているのだろう。
そして空落ちの日からしばらく、人類の空への挑戦は続いたようだった。
旅客機・戦闘機・ヘリコプター・ミサイル・ドローン・気球・・・・
その全てが飛行開始からいくばくもしないうちに墜落してきたそうだ。少女はここに羅列されている空を飛ぶ道具をよく知らない。調べようとしても今ではロクな情報が手に入らないし、これらについて教えてくれる人もいないのだ。
ただ、何をしてもどうやらダメだったらしい。そして特徴的だったのは、墜落してくることで余計な被害ばかり増えたことだったようだ。
それからも少女はインターネットを使って情報を集めたが、気が重くなるような内容しか見つから無かった。
国が全面的な飛行禁止措置をとったり、報道規制や学校教育の改変を行ったり、それに反発した人たちがデモを起こしたり。そのせいで治安が悪化した地域も少なくないようだった。
当然、国だって黙ってみていたわけではないみたいで、最終的には武力行使で済ませたらしい。どうやらこの時に死んでしまった人もいたみたいだった。
大半の内容は歴史の授業や教科書にも書いてあることだったが、こうしてざっと調べてみると少女は薄気味悪さを覚えずにはいられなかった。
(人間が空喰いとかいう空想を作って勝手に怯えてるだけじゃないの・・・)
これは空落ちの日にまだ少女が幼いからこそ抱けた感情なのかもしれない。
一息つくために時計を見てみると、すでに日をまたいでしまっていた。窓の外を見ると、闇夜の空に三日月が輝いていた。昔は夜の空を見上げれば動く光の粒もあったらしいのだが、今の空にそんなものを見つけることはできない。
ただゆっくりと動いているのかどうかも分からない星だけが輝く空を見るのも飽きたので、少女は眠ることにした。
(あしたは図書館でしらべてみようかな・・・)
そんなことを考えながら少女は深い眠りにつくのだった。
*
翌日、雲一つない青空の下を少女は空深市にある図書館に向けて歩いていた。最近、改装したばかりだというこの図書館には学習スペースや休憩スペース、さらには雑談ができるように配慮のされたコミュニティスペースが併設されている。
市立の図書館にしては規模が大きすぎる気がするが、意外にも利用者は多いようだった。
図書館へ入ると、少女は足早に歴史コーナーへとむかい、気になった本を端から取り上げていった。持ちきれなくなると空いている机に持っていき、ひたすらページをめくった。
やはりインターネットとは違い、欲しい情報にありつくにはそれなりに時間がかかった。だが、この空深市の図書館というだけあって、この街特有の情報がインターネットより多く集まった。
本を指でなぞりながら情報収集をするという地味な作業を続けること30分、少女の気を引く単語があった。
蒼空の会
青色が好きで空が大好きな少女にとってみれば、その文字は見逃せるはずもなかった。
前後の文章を改めて眺めてみると、とある文章が目についた。
”空深空港を拠点に蒼空の会と呼ばれる団体が抗議活動を続けており、一時は自作モーターグライダーで飛行を強行しようとしたことがあった。”
この出来事の年月を追ってみると、どうやら国の政策に反対するデモ活動が活発になっていた時期のようだ。そして、少女が中学生の頃らしかった。
もしやと思い、蒼空の会というキーワードをもとに本を漁り続けると、少女はある情報にたどり着く。
「これだ!」
この情報の意味を理解した瞬間、少女は図書館という場所を全く気にすることなく声を上げた。
そして、机の上に広げたたくさんの本のことなど忘れてしまったかのように片付けることなくページも開いたまま図書館を飛び出した。
少女が開いたままのページには青年の顔写真が載っていた。