少女の望みと青年の思い
「そこのあなた!」
少女はこちらを指さし、まるで宝物を見つけたかのように目を輝かせてそう言った。
青年が意味も分からず、ただ呆然としていると
「私と一緒に空を飛びましょう!」
と、さらに訳の分からないことを言い始める。
さすがに青年も黙っているわけにはいかなくなったので、ありのままを口にする。
「言っている意味が分からないんだが・・・」
「あなた、こんなところに来るなんて、さては空を飛びたいのでしょう?」
「いや、俺はただ」
青年はここにいる理由を説明しようとしたが、いざ言葉にしようとするとすぐには出てこないので、こう答えた。
「ただ、暇つぶしに来ただけだ」
「暇つぶし?こんな山の上の寂れた空港で?」
至極まっとうな反応だった。青年は返答に窮したのか、質問に質問で返すことにした。
「あんたはこんなところで何やってるんだ?」
「私?私はここに来れば空を飛ぶヒントがあると思って来たのよ。まあ惨敗みたいだけどね」
それはそうだろう。空落ちの日以降、国の飛行対策は万全なものだった。単純に飛行機という空を飛ぶ道具を撤収させただけでなく、あらゆる部品、技術、さらには空を飛ぶことを良しとする思想の反映された書籍すらも公開禁止の対象となった。
この空港も空落ちの日から厳重な警備の下、立ち入りは禁止されていたのだ。今のように全く警備のいなくなるまで、あの日から2・3年は経っている。
「そんなもの、どこを探しても見つからないと思うがな」
「探してもいないのに、どうしてそう思うわけ?」
「別にどうだっていいだろ。じゃあ、俺は帰るからな、好きなだけ探すといいさ」
これ以上、付き合っていられないと思い、青年はその場を後にする。そもそもこの世の中で空を飛ぼうとするやつなどまともじゃない。
背後から何かを訴える声が聞こえてきたが、振り返ることなく青年は立ち去る。
空港から出て再び壊れたエスカレーターを歩いて降りていると、青いスクーターが目に入る。晴天の空と同じその色は、今では忌み嫌われる不吉な色として扱われることが多い。だからこそ、このスクーターの持ち主のことを考えると、やはりあいつはまともじゃないと思うのだった。
*
青年が立ち去るとき、少女は
「ちょっと!人の話は最後まで聞きなさいよ!」
と叫んだのだが、青年は振り返ることなく立ち去って行った。
確かに青年の言うことは間違っていない。寂れきった無人のこの空港の警備がされていないのは、ここに見られて困るものがないということの裏返しなのだろう。
それでも少女は、誰も近づかず、それどころか避けるような場所に来るような人が空と無関係であるとは思わなかった。
だからこそ少女は呟く。
「絶対にこのチャンス、逃がさない」
事情を知らない人が聞くと、まるでストーカーのようだったが少女はそんなことは気にしない。
ただ、空を飛ぶのだという強い意志こそが、その行動力の源だ。
出会った青年の容姿や特徴を頭に焼き付けながら、再び少女は滑走路を眺める。
昔はここから飛行機が飛び立ち、そして空から帰って来たらしいのだが、少女はその景色を見たことがない。目の前に広がる黒いアスファルトの光景は、まるで無駄に広いだけにしか感じられない。
この巨大な広さを使って、一体どうやって人は空を飛んだのだろう。小鳥は木の枝からすら飛び立つことができるのに、人は飛び立つのにこんなにも大きな場所が必要だったのかと思うと、なおさら必要性が分からなくなる。
初めて、この空港という場所にきて分からないことが増えるばかりだが、それでも少女の心中はやる気に満ちていた。
これまで、学校の先生や母親、それにインターネットや図書館という少女に可能な限りの情報収集をしてきたが、全くあてにならなかった。
学校の先生に聞けばわからないと言われ、母親に聞けばそんなことを考えてはダメと怒られ、インターネットや図書館には空喰いに逆らってはいけないだの空を目指すと天罰が下るだのオカルトな情報しか出てこなかった。
いい加減、少女の心も折れかけたところに、あの青年が現れたのだ。
間違いなく、あの青年は知っている。
まさに人の直感としか呼べない感覚だったが、あらたな手掛かりを見つけた少女が簡単に青年をあきらめるわけがなかった。
少女は展望デッキを後にし、空港から出て青いスクーターにまたがる。色が悪いということで中古販売店に埃をかぶっていたが、今でも問題なくエンジンを始動させる。
あの青年がどうやってここに来たのかは知らないが、どうせ車だろう。この悪路をスクーターで来るのは私ぐらいなものと少女は思いながら、来た道を引き返す。
やはり道路の状況は悪かったので、注意深く青いスクーターを走らせる。
やがて、空港には再び静寂が満ちる。この場所で人の会話が起きたのは果たして何年ぶりか分からないが、かつてと同じように人の気配で満ちたこの場所は、少しだけ無機質な雰囲気がやわらいだようだった。