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空喰い  作者: とりとん
第4章 空高く舞い上がるその時まで
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飛行プラン

 

「高度3000だぁ!?」


 親方は開口一番、いつもの大きな声に驚きを混ぜ込んで過剰とも思える反応をする。隣で話を聞いていた姐さんのほうも声には出さずとも明らかな驚愕の色が表情から感じ取れる。

 マスターからワクチンを受け取った青年はモーターグライダーの修理状況を確認するために空深空港へと足を運んでいた。そこでマスターに示された高度3000という場所にモーターグライダーでたどり着けるのか、共に活動してきた有識者に尋ねていたところだった。


「やっぱそんな反応するよな」


 青年としても親方が示した反応はある種予想通りともいえるもので、尋ねる前から期待などしていなかった。


「どうしてそんな高いところを目指したいの?」

「モーターグライダーでどこまで飛んでいけるのか気になってな」


 姐さんが当然の疑問をぶつけてくるが、青年は具体的なことは何も言わずあいまいに答える。


「原理上は風がある限りどこまででも飛び上がるとは思うわ。ただ、それはあくまで原理上の話。あなたも分かっているでしょう」

「それぐらいのことは俺でも分かる。あくまで目標として、どうやればその目標に近づけると思う?」


 青年は食い下がるように姐さんに意見を求める。その姿勢から感じ取れるものがあったのか、姐さんは少しだけ考えるそぶりを見せた後に提案する。


「高度1000ぐらいならバッテリの電力だけでもいけると思う。だけど、その先は風の力だけが頼りになるからバッテリやモーター、それにプロペラは必要ない。ただ重たいだけの荷物みたいなものね。これを空中で切り離せれば、機体は軽くなり、より飛び上がりやすくなる」

「親方、これらのパーツを空中で切り離せるように改造できるか?」


 青年は姐さんの提示した大胆な方法が機体の構造的に実現できるか親方に話を振る。


「プロペラとモーターは無理だな、動力だから機体にがっちり固定してある。バッテリならできんこともないが、空中で取り外しでもしたら地上へ砲弾を落とすようなもんだ。下手すりゃ死人が出ちまうぞ」


 親方の懸念はもっともだ。重さ数キログラムほどのバッテリも高度1000から落とせば、おそらく家の屋根ぐらいならば軽く突き破るだろう。当然、そこに人の姿があれば確実に命が失われるだろう。

 しかし、なんとしても高度3000という高さに到達しなければならない。そのためにやれることはどんなことでもやりたいというのが青年の強い思いだ。


「それなら人のいないところに落とせばいい。海上で切り離せば問題ないだろう」

「確かにそうかもしれんが、切り離した後のバッテリはどうなる?海なんかにほうり投げたら回収できんぞ」

「この際、それは構わない。どんなことをしても高く飛び上がりたいんだ」

「なあマスターよ、バッテリも安くないぞ。どうしてそこまでこだわる?」


 やはり親方も姐さんも青年のこだわりに理由を求める。確かに空中でバッテリを切り離し、挙句の果てにそれが回収できなくとも構わないなどという飛び方はあまりに前代未聞だ。青年も同じことを聞かされれば間違いなく引き留めるだろう。

 だが、次のフライトはただの遊覧飛行でも練習飛行でもない。再び人類が空を取り戻せるかどうかがかかっているのだ。そんな大事の前ではバッテリの無事など些事に過ぎない。


「お前ら、よく考えてみろ。今はヘリコプターも気球も旅客機も飛んでいない。つまり飛び立ちさえすれば、どの場所でも高度でも好きに飛ぶことができる。こんな絶好の機会にどこまで飛べるのか試したくなるだろ」


 やはり青年はそれらしいことを言ってごまかすことにする。どこまで飛べるか気になっているのは事実でもあるため完全な嘘というわけでもない。空を何も飛んでいない状況だからこそ、一度飛び立ってしまえば自由気ままに飛び回ることができるというのも事実だ。空落ちの日より前では空港の滑走路を無断使用することなど到底不可能であるし、別の場所から飛び上がれたとしても管制を無視した飛行を続けていれば危険極まりない。

 空を飛ぶ飛行機を見て誰しも抱いたことのありそうな『自由』という感覚は、実際に飛行訓練を経験したことのある青年には馴染めない感覚だった。空中では常に管制官との交信が繰り返され、飛行の向きや高度を変えることすら管制から指示がある。空中には目に見えない航空路が設定され、電子機器の示す情報から道なき道を頭に描きながら飛行する。そんな飛び方に自由さはかけらも存在しなかった。

 だが、不幸中の幸いというべきか人類が空という場所を失ったこの世界では管制指示も航空路も飛行禁止空域も存在しない。飛び立つことに大きなペナルティがあるが、飛び立ってしまえば右に行こうと左に行こうと高度を上げようと文句を言う存在はない。

 これほど自由に満ちた空を縦横無尽に翔け回り、どこまで飛べるのか確かめたくなるのは仕方のないことだった。


「それは私も気にはなるかな」

「まあ、確かに我らの機体がどこまでいけるのか試してみたいな!」


 姐さんも親方も青年の言葉に同調する。やはりこの二人も空という場所を目指していただけあって根底の思いは同じようだ。


「そんなわけだから、いつもの無理だと思って頼む」

「わかったわよ、やればいいんでしょ」

「そこまで言われちゃやるしかねえか」


 もう一押しすれば二人とも簡単に提案を受け入れた。このあたりの潔さは、これまでの活動を通して身についてしまったものなのだろう。蒼空の会として活動していたころも無理難題を幾度となく願い出ており、その経験が一種の慣れを生み出しているらしかった。


(昔から無理ばかり押し付けてすまんな)


 青年は内心で二人に謝る。その気持ちを知ってか知らずか、二人は「この人が言うなら仕方ない」と言わんばかりの様子だった。


「でもそれだけだと目標はまだ遠いのではない?」


 盛り上がりかけた雰囲気に姐さんが一石を投じる。


「確かにそうだな。機体が軽くなるとはいえ、動力が切れるという意味では何も変わらないからな」


 青年も姐さんの問いかけに同意する。機体が軽くなったとしても風の力を受けない限りは高度は落ちていく一方となる。バッテリを投下してモーターグライダーが新たな動力を得るわけではない。


「ならば風の力を最大限に活かせる飛び方をするしかないな!」


 今度は親方が大きめの声で提案する。


「いいか、この空深空港は山の上に作られてんだ。山の上ってのは天気が変わりやすいなんて言われるが、一度変わってしまえば強烈になることが多い。急に雷雨になったり濃霧になったりすんのもそうだが、それは風だって同じだ。西から吹いていた強い風が急に逆から吹き始めるなんてことはよくある」

「つまり常に向かい風になるよう向きを変えながら飛べということか」

「まあそんなとこだ。割と運みたいなとこもあるが、うまくつかめりゃバッテリの電力を節約したまま高度を稼げるぞ」

「だが、それは山に近い低めの高度での話だろう。そこから先の高度はどうする」


 青年とて山の気象を知らないわけではない。今の親方の知識ぐらいならば学生として学んだ知識だけでも把握できるような内容だ。

 青年の指摘は親方自身も心得ていたのか、少しだけ悩んだそぶりを見せるとその先の進み方を説明する。


「ある程度、高度が増えてきたら海へ向かうべきだな!」

「海?」

「そう、海だ。ただし条件がある」

「条件?」


 疑問符ばかりが浮かぶ青年だったが、親方はあまり物事を勿体ぶるタイプではないため何も促さずとも説明が再開される。


「海と陸の間では大抵、昼間は海から陸へ、夜は陸から海に風が吹く」

「海風と陸風のことか?それぐらいなら知ってるが」

「だが、それは高度の低い場所での話だ。ある程度の高度になると、実はこれが逆になる。高度を稼ぐには向かい風が鉄則だから、夜なら山から海へ向かえば向かい風だ」

「そうか、昼だと追い風だが夜なら向かい風になるのか」


 この海風と陸風は地表と空中で風の向きが逆になる。どうやらそれを利用した作戦のようだった。


「つまり、この親方様の立てる飛行プランはこうだ!」


 親方は決め台詞をまくし立てる舞台俳優のように大仰に腕を広げる。


「夕方に離陸して山の変わりやすい風とモーターの力で高度を稼ぐ。その後は逆風になった陸風を利用するため海へ一直線、どこぞの海上でバッテリを投下だ!」


 親方の提案は大仰な動作に負けず劣らず決まっていた。

 青年はしばらく忘れかけていた気持ちをしっかりと思い出していた。


 自分は間違いなく仲間に恵まれているのだと。


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