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空喰い  作者: とりとん
第3章 地に這いつくばりあがき続ける
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空への道を阻むもの

 青年の知る少女は姿を消した。

 ほつれた髪の毛、生気を失った虚ろな視線、感情を失ったかのような声。外見も内面も青年の知る少女の面影はどこにも見当たらなかった。

 空を飛ぶことに一喜一憂し、執着心ともいえる程の熱意を隠そうともしなかった少女がまるで全てをあきらめてしまったかのような様子は青年に大きな動揺を与えた。

 柄にもなく少女につかみかかり、感情もあらわに縋りつくように必死に呼びかけてしまったが、それでも少女の反応は拒絶だった。

 そして訳も分からぬまま屈強な男によって無理やり引きはがされ、再びどことも知れない空虚な部屋へと押し込まれている。


 青年は椅子に座り、うずくまるように頭を抱えている。

 一体どうしてこう嫌なことばかりが続くのだろうか。悪いことは連続して起こりやすいと誰かが言ったらしいが、にしても限度というものがあるだろう。

 かつては集まった仲間で空を目指し、もう少しで大空へと舞い上がれるというところまでたどり着いたというのに常識と武力によってねじ伏せられてしまった。

 だが今度こそはたどり着けると思っていた。苦しくも機体をバラバラにしてまで残した決断が実り、順調に練習は進み外部からの邪魔も入らなかった。今思えば上手くいきすぎているとも言えるが、実際に機体が空へ飛び立った瞬間を目の当たりにしてあの場所へ戻れることを確信していたのは間違いない。

 にもかかわらず今のありさまだ。前は明確な抑圧があったが今回は何が青年と少女を空から遠ざけようとしているのか全く見当がつかず、このことがより青年を苦しませている。


 どうして自分がこんなにも苦しい思いをしなければならないのか。そんなに空を飛ぶことが自然の摂理に逆らうことだというのだろうか。

 空落ちの日より前の日々を知る青年にとって今の世界は理不尽極まりなかった。遠くへの移動には当然のように飛行機に乗ることがあったし、海外旅行は飛行機で移動するのが常識だった。

 空深空港に行けばいつでも駐機場で大きな機体を目にすることができたし広く大きな滑走路から力強く飛び立つ風景はごく当たり前のことだった。

 そんな日々を空喰いは奪った。理由も分らぬままに空にあった全てを地上へと叩き落した。誰一人として例外を与えない、まるで大災害のように多くを奪った。青年も多くの知人をなくし親友も失った。


 それでも青年は空をあきらめなかった。同じような気持ちを抱いていた仲間を募り、一からモーターグライダーを作り上げるという難事をやり遂げた。

 そして再び空へ飛び立つ日も間近だった。あの時の青年たちは空ばかりを見て世の中の変化というものを知ろうとしなかったのが失敗だった。

 空を飛ぼうとしていることが外部に見つかってしまったのだ。空深空港に立てこもりあらゆる手段で反抗していたがあまりにも多勢に無勢だ。何度も仲間内で意見が割れたが最終的には機体を分解して隠し、ほとぼりが冷めるまで活動をしないことを全員で決めた。

 だが、その行動すらも敏感に察知されてしまった。大型の部品は早めに遠方へ隠すことができていたが持ち運び可能な比較的小さな部品は夜逃げするかのように仲間が散り散りに持ち帰った。


 そして忘れもしない強行突入が行われた。深緑色の迷彩服に身を包んだ自衛軍の姿、まるで感情を感じさせない機械的な動作で組み伏せられ次々と仲間が拘束されていった。

 そんな中、仲間の一人がプロペラを抱えて滑走路を走って逃げていた。そのパーツこそが自分たちが必死に隠そうとした最後のパーツだったのだ。

 小さくも軽くもないそのパーツを抱えて走り逃げることは不可能に近かった。だからこそ、一度はねじ伏せられた仲間たちは必死に抵抗し追いかける軍人の足を阻んだ。あれだけは絶対に無くしてはならないとみんなが一心不乱だった。

 プロペラを抱えた仲間は滑走路を横切り、その先にある斜面を下ろうとしたその時、一発の銃声が響き渡った。

 空を共に目指し夢を掴みかけたその仲間は力なく青年の視界から姿を消した。


 それからは思い出したくもない灰色の日々だった。仲間は全員が捕縛され散り散りになった。お互いがお互いの所在を全く知らせることなく、ある日突然釈放された。

 それから待っていたのは世間という名の暴力だった。青年にとってみれば常軌を逸しているとしか思えない洗礼ばかりだったが集団の行為を咎める者は誰もいなかった。

 そんな日々を送りつつも、足は自然と空深空港に吸い寄せられている自分がいた。もうそこには何もないというのに何度も足を運んでいたのは、あまりにも酷い現実から目を逸らすためだったのか苦しくも幸せな仲間たちとの思い出に浸りたいだけだったのか今では分らない。

 意味もなくいつものように空港の展望台に行くと珍しく人がいた。まさかそこで「一緒に空を飛ぼう」などと言われると思っていなかった。それでも、そこから今日に至るまでの出来事は確実に空に舞い戻れると青年に思わせるには十分だった。


 だが結果はどうか。訳も分からず地下に押し込められ頭を抱えているではないか。

 これほどにまで苦しむぐらいなら、いっそ空を飛ぶことなどあきらめてしまえばどれほど楽になれるだろうか。理屈で考えればさっさと別の大学に入ってまともに勉強して社会復帰するほうが遥かに合理的だ。

 しかし少女のあの必死さを目の当たりにしてしまえば青年に無視することなど到底できるはずがなかった。

 一体何が自分たちの邪魔をしているのか。常識か権力かそれとも自然現象なのか。

 それともやはり、空喰いか。


 気付けば思考は空回りするばかりだった。昔の苦い経験を思い出して悶々とする姿は傍から見ると滑稽ですらあったかもしれない。

 なおも思い悩んでいるとガチャリと扉の開く音がする。音につられて顔をあげてみればマスターと張り付くようにやはり男の姿が現れる。


「だいぶ疲れておるようじゃが、そろそろわしらについて話しておこうかのう」


 そう言いながらマスターは青年の向かい側に置かれている椅子に腰かける。その隣に威圧感を漂わせながら男が直立不動の姿でいる。

 青年はマスターの呼びかけに沈黙で答える。その様子をどう受け止めたのかわからないがマスターは話を続ける。


「そうじゃな、わしらのことを一言で分かりやすく言うと…自衛軍の残党、とでも言えばええかのう」

「…お前が、お前たちのせいか!」


 その一言は青年を怒り狂わせるには十分だった。青年はおもむろに勢い良く立ち上がると感情のままに腕を振り上げマスターに掴みかかろうとする。

 だが、隣に控えていた男は素早く振り上げた青年の腕をつかみ取るとねじりながら背中のほうへ無理やり回され、流れるような動作で足払いをされ椅子に押さえつけられる。

 今も噛みつこうと暴れる様子の青年をマスターは眺めながら動揺を全く見せることなくたしなめる。


「まあ、そう焦りなさんな。人の話は最後まで聞くもんじゃ」

「黙れ!よくも俺の仲間を殺してくれたな!」

「勘違いしておるようじゃがお前さんらを追い回したのは陸の奴らでわしらは空のほうじゃ。お国に仕えておったという意味では同じかもしれんがな」

「空だと?」


 思いがけず投げられた言葉に疑問を持つと同時に青年は少し落ち着きを見せる。航空自衛軍なる存在が国を守っていたことは知っているが、それは空落ちの日より前の話だ。誰も空を飛ばなくなった現在ではその組織は解体されたと聞いている。


「お前さんも知っておるじゃろうが今は存在しない組織じゃ。こうして地下でこそこそしとるあたりがいかにも残党じゃろう?」


 不敵に口角を吊り上げながら話すその様子を青年はあまり見たことがなかった。


「そしてこの病院の地下はかつては生体研究所のようなところじゃったが、そこをわしら航空自衛軍の生き残りが住み着いとるという塩梅じゃ」

「どうしてあんたらみたいな元軍人が病院の研究所になんか」

「それはな、言うなればお前さんと同じよ」

「俺と?」


 青年の中で疑問は膨らむばかりだった。物騒なイメージしかない自衛軍の人間は病院の地下研究所にあまりにも不釣り合いだし、ましてその組み合わせが自分とどう共通するのか皆目見当もつかない。


「わしらも再び空を取り戻さんとここで動いておるのじゃ」

「だったら」

「ならどうして地下に潜るのか、疑問に思っておるのじゃろう?そうじゃな、その疑問に答えるにはまず…」


 少しだけ間を開けてマスターは先ほど浮かべた不敵な笑みを再びその顔に浮かべて話を続ける。


「空喰いの正体を教えてやるべきじゃな」


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