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空喰い  作者: とりとん
第3章 地に這いつくばりあがき続ける
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地下施設

 黒塗りの高級車は空深空港から勢いよく飛び出すと、空深市郊外の幹線道路に乗り入れる。その車がどこに目指しているのか分からないまま、青年は助手席に座っている。今の青年にとっては突然現れた車の行き先よりも、後部座席に力なく横たわっている少女の様子のほうが気になった。


「そいつは大丈夫なのか」


 焦りをにじませた声色で、同じく後部座席に座る喫茶店イカロスのマスターに確認する。車が走っている間もマスターは慣れた手つきで少女の容態を確認しており、今は手持ちの黒いハンカチで少女の頭に付いた血を拭っていた。


「意識はないが呼吸はある。出血も今は止まっておるし、そのうち目を覚ますじゃろう」


 ただの喫茶店のマスターということを忘れてしまいそうなほどの手際の良さに青年は少なからず怪訝に思ったが、今はたとえ素人だとしても他人から告げられる少女の無事に安堵する。

 車が走り始めてどれぐらいの時間が経ったのか分からないが、青年は段々と落ち着きを取り戻しつつあった。

 改めて周囲を見回してみると、車内は清潔に保たれており控えめな香水の匂いに満たされていた。隣を見れば黒いスーツを着こなした壮年の男性が黙って前を向いて運転している。だが、ハンドルを握るその腕には太くたくましく、見た目とは裏腹に力強さを感じさせた。

 一方で後部座席のマスターはいつものように平静としており、とても意識不明のけが人を搬送中の車内とは思えないほど静かだった。

 内心、余裕の生まれ始めた青年はマスターに行き先を尋ねる。


「なあ、一体どこに向かってるんだ、この車」

「そりゃあ、けが人の行くところいったら決まっとるじゃろう」


 マスターにそう言われて青年は車の走っている場所から行き先に見当をつける。


「ああ、空深病院か」


 それは空深市にある総合病院の名前だった。それなりの大きさがあり、急患受け入れや高度な手術もしている。

 とりあえず行き先については理解できたが、青年の中ではあらゆる疑問が浮かぶ。


「そもそもマスターがなんであそこにいた?どうしてそいつの怪我に気付いた?それに、どうして救急車を呼ばないんだ」


 やはりまだ気の動転していた青年は不躾にも矢継ぎ早に疑問をそのまま口にする。


「まあそう急ぐな。あとでゆっくり話してやる。それより、着いたぞ」


 そう言われて青年が車の窓から外を見ると、見慣れた横に長い5・6階建てぐらいの建物が見えてきた。それは白い壁面が清潔感を醸し出し、大きく掲げられた赤い十字マークがいかにも病院であることを物語っている。

 運転手はやはり黙ったままスピードを落とし、近くに併設された広い駐車場を横目に通り過ぎる。普通ならそこに駐車するはずなのだが、急患入り口でも利用するのだろうかと思っていると、その急患入り口もまた通り過ぎる。

 いよいよ怪しさを感じ始めた青年だったが、少しすると車はある入り口にさしかかる。その入り口は黄色い遮断機が下りており、その近くには詰所らしき場所に青い制服を着た警備員が立っている。その遮断機の先にもコンクリートの道が続いており、急なスロープを描きながら暗い地下が垣間見える。


 車が遮断機の前で止まると警備員が運転席に近づいてくる。運転手はなにやら身分証明書のようなものを警備員に渡し、短いやり取りを終えると遮断機が上がる。

 車がゆっくりと進み始めると警備員は直立不動で仰々しく敬礼までしている。病院のガードマンにしては規律正しすぎる気がしたが、さらに不思議だったのは後部座席のマスターが敬礼で返していたことだ。


 ここまでくると、青年の中では着々と不安感が募り始めた。今から向かう場所はどう考えてもただの医療機関ではない。怪しい入り口や身分証を必要とする警備の厳重さ、さらにはこの車に乗っているマスターと見知らぬ運転手。不安材料はあらゆるところに散見される。

 そんな青年の不安をよそに車は病院の地下へと進んでいく。薄暗い明りに照らされる病院の地下がより一層、青年の不安を掻き立てる。


(いったいどこへ…)


 どれぐらい地下へもぐっただろうか。気づけば周囲が開けた場所へ車は到着していた。ガラス張りの自動ドアがあり、その周辺だけが妙に明るい。そのまばゆい光に照らされて白衣の医師と看護婦が待ち構えていた。

 車はその場所の近くへ停止すると、マスターがすぐに車から降りて医師になにかを話す。やがて話がついたのか医師と看護婦が後部座席から意識のない少女を運び出し、キャスター付きの簡易ベッドに少女を乗せて、その体を素早くベッドに固定させる。


 その様子を呆然と見ていた青年だったが、外でマスターが手招きしているのに気づいて車から降りる。背後で車が走り去る音を聞きながらマスターに近づくと、いつの間に姿を現したのか先ほどの運転手と似たような背格好の屈強そうな男が現れる。

 自分はどうすればいいのか青年が悩んでいると、その様子を察したのかこれからのことをマスターが話し始める。


「ワシはこれから嬢ちゃんについていくが、お前さんはこの男の案内についていきなさい」

「ちょっとまて、俺も少女についていく」


 今日の出来事に大きな責任を感じていた青年としては、このまま少女から目を離すのはためらわれた。たとえ無事だと聞かされていたとしても、できるだけ近くにいてその様子を知りたかった。

 だが、マスターは毅然とした態度で青年の要求を拒否する。


「詳しいことは後で話すが、今はだめじゃ。安心せい、悪いようにはせん」


 なおも食い下がりたい青年だったが、ベッドの上で目を覚まさない少女の様子を目にして思いとどまる。ここでこれ以上、無駄な時間を過ごしていては何も進まない。マスターとはそれなりに長い付き合いでもあったので、ここは信用することにする。


「分かった。あとでちゃんと説明してくれよ」

「疑り深い奴じゃのう。それじゃ、またあとでな」


 マスターはそう言ってその場を後にする。そのマスターに追随する形で医師と看護婦、それに意識を失った少女は光に包まれた廊下の向こうへと姿を消した。

 あとに残されたのは青年と案内役であるはずの男だった。男は低い声で「こっちだ」と一言だけ告げる。青年は男に従い、黙ってその後についていく。

 案内されたのは先ほどマスターたちが入っていったガラス張りの自動ドアではなく、そこから10メートルほど離れた場所に設置されている鉄扉だった。鉄扉の近くには小さな箱のような機械が取り付けられており、男がそこにICカードをかざすと、ピーという電子音が鳴って鍵の外れる音が響く。

 男は見るからに重そうなその鉄扉を難なく開けると、青年に先に入るように促してくる。その様子を察した青年は大人しく従い、重厚な扉を通り抜ける。


 そして、青年の目に飛び込んできたのは薄暗い廊下だった。天上はいろいろなパイプや電線が縦横無尽に駆け巡っており、まるでホラー映画に出てきそうな廊下だった。薄暗さも相まって不気味さはより一層濃くなっている。

 青年の背後で扉のしまる音が聞こえると、先ほどの男が再び前に立ち行く先を示す。


 それほど時間もかからないうちに目的地に到着したのか、男が扉の前で立ち止まる。その扉はすでに開いており、机と椅子しかない中の様子がうかがえる。


「ここで待て」


 ここまで案内してくれた男はそれだけを声に出す。補足すればここに座って大人しくしていろということなのだろうが、青年は勝手にそう解釈して部屋の中に入り椅子に座る。

 すると男は素早い動作で扉を閉め、さらにあろうことか外から鍵をかける音がする。

 気が動転していたせいもあって言われるがままにこれまで行動してきたが、青年は明確な客観的事実に気づく。


「これ、閉じ込められてるよな」


 今さらと言えば今さらなのだが、空を飛ぶ行為に及んでいた自分たちのことを考えると今のこの状況は非常にまずいことに気づく。いくらマスターのことが信用できるとはいえ何の説明もなく1人小さな部屋に閉じ込められているという事実は決して良い状況とは言えない。

 だが、今の青年には何もできそうになかった。試しに部屋に唯一存在する扉を開けようとしてみたが、当然のようにその扉は固く閉ざされて開く様子を微塵も感じない。それに、上を見上げれば半球状の明らかにそれとわかるような存在感で監視カメラまで設置されている。

 妙な気は起こさないほうがいいと半ば諦め気味に悟った青年は黙って椅子に座っていることにした。幸いなのかどうか分からないが、これまで暴行は受けていないし手錠などで拘束もされていない。携帯端末は圏外で反応なしだが、通信機器を取り上げられていないところを見ても案外状況は悪くないのかもしれない。


 青年はそう自分を言い聞かせることでとりあえずの落ち着きを取り戻す。そして、自分しかいないこの空間では否が応でも今日の出来事が脳裏をよぎる。

 それからしばらく、マスターが同じ部屋に姿を現すまで青年は自らを責め立てるのだった。


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