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空喰い  作者: とりとん
序章 人は空を失った
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とある少女と青年の過去

 父はかなり頑固で無口な人だった。


 小学校低学年だった自分の目からしてもそう思えるほどだったから、なかなかに気難しい性格の持ち主だったんだろうと今では思う。

 でも、優しい父だった。休みの日にはよく連れ出してもらっていたし、してはいけないことは、きちんと叱ってくれるような人だった。

 仕事で何週間も家にいないこともあったけれど、帰ってくるといろんな場所のお土産を持って帰ってくれて、いろんな場所の写真を見せてくれるのがいつものこと。仕事で出ていくときは、さみしさを感じることもあったけれど帰る日が近くなれば、その日を楽しみにしている自分がいた。


 ある日、いつものように長い外出から帰ってきたとき、父は一枚の写真を見せてくれた。

 それは星空の写真だと、そのときは思った。真っ黒な背景に光の粒がちりばめられている写真だった。後から聞いた話だが、その写真は夜の都会を空撮したものだったが、幼い自分にはそれがわからなかった。


「ねえ、お父さん。これは何の写真なの?おほしさま?」


 と、自分が思ったことをそのままに父に尋ねた。すると、父はその写真を見せながらこう言った。


「これは夜の街を空から撮った写真だ」


 いつものように、ぶっきらぼうに言ったその言葉の意味は飛行機に乗ったことも無い自分にはよくわからなかった。


「お空から?お空って上にあるのにどうやってお空に行くの?」


 写真のことより空のことを気にし始めた自分はそんなことを父に聞く。すると父は、


 「いつか連れて行ってやる」


 と、またも答えになっていないようなことをぶっきらぼうに告げるだけだった。でもなぜか、その言葉だけは今でも一言一句、憶えている。

 その言葉をそのときはまるで休日にどこかへ連れて行ってもらえるとでも思ったのか、笑顔で「うん!」と答えるのだった。

 それから数年が経ち、相も変わらず父は数週間の外出に行くらしかった。玄関口で母親と手を振っていると、いつものように振り返らずに家を後にする。


 そして人が空を失う、あの日がやってきた。


 不幸にも、あの日に飛行機で移動中だった父は、何の前触れもなく唐突に帰ってこなくなった。私と母のもとにやってきたのは、スーツを着たよくわからない大人と死亡通知書だけ。小学生の自分には何が起きたのか全く分からなかったが、母は泣き崩れ抱きついてきた。そんな母の様子にびっくりして悲しさがこみあげてきて一緒に泣いた。

 それから数週間が経ち、母と一緒に父の遺品整理を始めた。すると、数年前に父から見せてもらった、あの写真が引き出しの奥から見つかった。この写真を見せてくれたとき、父はいつか連れて行ってくれると約束したのだ。

 そして決心した。いつか、父との約束を果たそうと。山の上やビルの屋上ではなく、まぎれもない空の上という場所へ辿り着いて同じ景色を見るのだと。


 これは、約束を果たそうと走り続ける、とある少女の過去。


*


 大学では実技も学力も主席だった。


 子どもの頃、飛行機のパイロットになりたいという、ありきたりな夢を持ち、愚直にもその夢を実現するために航空関係の人材を養成する専門の大学に入学した。

 入学試験を受けたときの手応えは全くなく、正直入学できるとは思っていなかった。試験が終わった後は出来の悪さに夢を半分諦め、次の大学を探し始める始末。

 でも結果は合格。合格通知書を見たときは実感のなさから通知書を何度も読み返したものだが、何度見ても書いてあるのは合格という文字。おまけに入学手続き書類まで同封されていたのだから間違いはなかった。

 入居しているアパートに住んでいる下の人のことなどお構いなしに文字通り飛び跳ねて喜んだ。


 入学後は夢の実現に向かって一直線だった。大学のカリキュラムは実技と学力に分けられているという方式だったが、そのどちらも上位になることができた。

 友人関係だって充実したものだった。入学する前は自分の夢を語ることに気恥ずかしさを覚えてなかなか気軽に夢を語り合える仲間は見つからなかった。だが、専門の大学という場所は同じ夢を持つものも多く、気恥ずかしさよりも仲間意識が大きく勝り、夜通し語り合ったこともあった。

 親友と呼べる仲間もできた。親友は整備士を目指す整備科だったが、大学寮の隣人だったこともあり打ち解けるのに時間はかからなかった。

 ある日、安い缶チューハイでも飲みながらパイロットと整備士のどちらがよいのかという今思えば答えの出るはずのない会話を交わしていた。


「パイロットは操縦さえできればいいんだろ?その点、整備士はどうして操縦できるか知ってなきゃならねえ。そういうところではパイロットより有能に違いないな」


 親友は全く悪気のない軽い調子でそう言う。当然、パイロットを目指すところの自分にとって、そんな言い方をされては頷けない。


「操縦の仕組みは知ってるかもしれないけど、でも実際に操縦できるとは思わないんだけど」


 少し気圧され気味にそう返す。


「いや、俺にはできるね。そんなもん、仕組みさえわかりゃ問題ねえだろ」


 しかし、親友は意味のない自信を披露してくれるのだ。

 それからも意味のないような平行線の会話を続けていたが、さすがにお互い疲れてどうでもよくなったのか、親友は投げやりに告げる。


「もうさ、俺は最高の整備してやるからよ。お前は最高の操縦をしてくれれば、それでいいわ」


 自分も会話に飽き始めていたところだったので、一言だけ返す。


「そうだね」


 アルコールが入っていた割には、なぜかその時の会話は今でも思い出せる。


 それからも日々の努力を積み重ねていった。そして、就職活動を始める時期になると複数の航空会社や国の機関から名指しで求人票が届くようになった。

 親友も名のある組織から目をつけられていたらしい。今度、どこへ就職するつもりなのか聞いてみようと思った。


 そして人が空を失う、あの日がやってきた。


 この出来事は人類に対して衝撃を与えたが、航空関係の人材が集まるこの大学ではひときわ大きな衝撃だった。飛行機好きも多かったので、あの日に飛行機に乗っていた学友も少なくなかった。

 そして、親友も犠牲になった。親友は「飛行機に乗るのは大嫌いだ」などと言ったこともあるほどの人間だったので飛行機には乗っていなかった。

 だが、空から落ちてきた飛行機につぶされ、犠牲となった。

 それを聞いたとき、ただただ喪失感だけが広がった。自らが整備していた機体に押しつぶされてどうするのだ、と。大学は連日休校となったので寮から一歩も出ない日も続いた。

 やがて、国は全面的な飛行禁止措置を開始した。親友も夢も失った瞬間だった。


 これは、つかみかけた夢を失った、とある青年の過去。


*


 空喰いは、あらゆるものを喰った。

 あの日に空にいた者の命を喰い、空という人類の領域を喰い、地上にいる者たちの心を喰い、これから空を目指す者達の夢を喰った。

 それでも空を取り戻そうとする者はいる。たとえ世間や常識から迫害されようとも、何度試しても失敗してしまう現実に落胆しようとも、安全な日々の暮らしを手放してでも。


 それでも、空を目指し続ける者はいるのだった。


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