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空喰い  作者: とりとん
第2章 たとえ空に拒絶されようとも
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最も危険なこと

 フライトシミュレータという練習道具が登場してからというもの、少女のモーターグライダー操縦練習は、まさに猛特訓だった。

 離陸の初練習こそ完璧にこなした少女だったが、それは少女の才能だけでなく青年のサポートがあってのことだった。

 プロペラの回転は左手のレバーに指をかけ、前後させることで制御する。その動作をくわえただけで、はやくも少女は離陸で失敗続きとなった。


「きゃあっ」

「操縦かんが横に倒れてるぞー。この機体は翼が長いんだから、ちょっと傾くとすぐ滑走路に翼端がぶつかるからな」


 どうやら離陸直前というところで操縦かんを横に倒してしまったらしい。少女にそんなつもりはなかったが左手でプロペラの回転、右手で機体の姿勢を保とうとすると知らず知らずのうちにやってしまったようだ。

 それにこのフライトシミュレータは機体が墜落するときも、したあとも忠実に再現されるらしく少女の見ている風景では陸と空が上下逆転していた。その再現度の高さに少女が思わず悲鳴を上げてしまうほどだった。


 なんとか両手を使った操作で離陸できるようになった少女だったが、離陸練習はまだまだ終わらないことを青年は無慈悲に告げる。


「次は風があるときの離陸練習だ」

「かぜ?」

「そうだ、風だ。モーターグライダーは向かい風が吹けば浮く力が増えるし、逆だと減る」

「それはもう知ってるけど、それって操縦かんの倒し方で調整すればいいのよね?」

「前後の風ならそうだ。だが、風というやつは味方につければ飛び上がる力になるが、これがなかなかに厄介でな」

「あら、そうなの?」


 風がモーターグライダーにどんな影響があるか知らない少女に、青年は風の恐ろしさを教える。


「いいか、風ってのは自然現象だ。だからこそ、前から吹いてくることも後ろから吹いてくることもある。もっと言えば、横から吹いてくることだってあるし、上から吹いてくることもある。斜めから吹いてきたときは両手両足で対処しないといけないから操縦がかなり難しくなる」

「両手両足、かあ」


 事前に知らされていたこととはいえ、やはり体全てを使って操縦することの難しさに少女は直面する。


「とりあえず口で説明はしとくが、左から風が吹いてきたら左足を踏み込む。逆に右から風が吹いてきたら右足だ」

「風が吹いてきたかどうかはどうやって分かるの?」

「進んでいる向きが少しずつ勝手に左右にぶれ始める。当然、何もしなければ滑走路をはみ出して離陸なんかできないからな。あとは、踏み込んでるペダルが少しだけ重くなる。まあ、これは感覚的なものだから慣れるしかないけどな」


 何はともあれ、やってみないことにはどうしようもない。そう思った少女は続けて離陸の練習を続けるのだった。


 *


「はあ」


 少女は精根尽き果てた様子で現実の滑走路に寝ころんでいた。空には薄い筋状の雲がはるか彼方にたなびいており、柔らかな日差しが少女を包み込んでいる。

 今日の練習は少女の完敗だった。プロペラの回転を制御しながらの離陸はできるようになったが、風の吹く中での離陸は一度も成功しなかった。


 踏むペダルを間違えれば機体があらぬ方向を向いてしまい、滑走路から簡単にはみだしてしまった。右から風が吹いたのでペダルを踏みこむが、踏みすぎてこれまた滑走路を大きく逸脱する。

 なんとかバランスをとってまっすぐ進めるようになったと思えば、それまで吹いていた風が急に止んで進行方向がずれる。しかし、次の瞬間には再び風が吹き始めてまたずれる。そうこうするうちにジグザグに滑走路を走ってしまい、スピードがほとんど上がらないなんてこともあった。

 なにより一番厄介だったのは機首を引き上げて、今まさに飛び立とうとしたときの風だ。陸から離れようとする一番難しい時に風が吹いてきては今の少女に対処のしようがない。


「ちょっとレベル高すぎるんじゃないかしら」


 一度、これは人間にできることじゃないのではないかと思った少女は青年に手本を見せてもらった。

 だが、青年は全く臆することなく、いつどこからどれぐらいの強さの風が吹いて来ようとも離陸することができていた。風が吹いた瞬間こそ多少はぶれるものの、すぐに進路がまっすぐへと修正される。


「何が違うんだろう」


 ぼうと美しい青空を眺めながら一人少女は呟く。

 経験か、集中力か、適正か。

 正直、青年の操縦を見ても参考になることは何もなかった。ただ平然と、いつもの落ち着いた物腰で左右の手足を動かしているだけだった。


 全く答えの出ない少女が思考停止していると、ふいに寝ころんでいる少女に影が差す。


「なんだ、こんなところで不貞腐れてんのか」


 それは聞きなれた青年の声だった。少女としては疲れたので休憩がてら打開策を練りたかっただけなのだが、確かに今の自分ならそう見えるのかもしれないと思う。


「そんなわけないわよ。どうやったらうまく飛べるか考えてただけよ」

「まあ、そうトゲトゲするなって」


 相変わらず人の気持ちが分からない人だ。少女は心中で毒づきながら答えを知っているかもしれない人に、自らとの違いを尋ねる。


「ねえ、あなたと私、何が違うのかしら」

「性別?」


 少女はカチンときたので少し青年を睨んでやる。やはり自分はトゲトゲしているのかもしれない。


「冗談はさておき」

「誰が言い出した冗談よ」

「そうだな。モーターグライダーの操縦中で最も危険な状態って分かるか?」


 無駄なやり取りをした上に唐突に質問で返された少女は返答に窮する。とりあえず、これまでに学んだ知識を総動員して少女は苦し紛れに答える。


「それは、台風の日、とか」

「それは確かに危なそうだ。だが、一番ではないな」

「勿体ぶらなくていいから教えなさいよ」


 少女は教えを乞う立場にあらぬ態度を見せながら答えを要求する。その様子には見向きもせずに、青年はいつも通りの調子で少女の疑問に答える。


「それは操縦者がパニックになることだ」

「私、別にパニックになんかなってないんだけど」

「パニックだけじゃない。ちょっとした焦りでも、それは危険な状態につながる」


 操縦中に焦ってはいけないことぐらい、少女自身分かっている。だが、問題はどうやれば焦らずに済むか、だ。


「誰だって急に予想外の方向から風なんて吹いてくれば焦るに決まってるじゃないの」


 その少女の思い込みを青年は丁寧に解きほぐす。


「それは先のことまで考えてないからだ。お前、右から風が来たから右足を踏む。左から風が来たから左足を踏む。それぐらいしか頭にないんじゃないのか?」

「それの何が違うのよ」

「モーターグライダーの操縦はペダルを踏んで終わりじゃないだろ。というより、そこから飛び立つんだから、むしろ始まりだ。風が吹いたら次は何をするのか、何が起きるのかを考えながら飛ぶんだ」

「次に何が起きるか・・・」

「そうだ。それも、具体的に何が起こるかなんて予想しなくていい。それはただの思い込みで逆に危険だからな。要は心構えとして常に気を抜くなということだな」


 やはりいつものように励ましているのか叱責しているのかよくわからない調子で青年は話し終える。

 そこで少女は青年の操縦する手本を見た時の印象を思い出す。

 そのときに見ただけでは参考になることは全くなかった。だが、それは平然と落ち着いて青年が手足を動かしていたからだ。


(そうか、なんの変哲もなく、ただいつもの調子で操縦することが答えなのね)


 コツに気付いたらしい少女の姿を青年は察し、練習の再開を告げる。


「もう休憩は十分だろ。続きを始めるぞ」

「はいはい」


 寝ころんでいた少女は体を起こし、練習を再開すべく倉庫に戻る。

 シミュレータの中では離陸を邪魔する忌々しい邪魔者だが、青空の下で吹き抜ける乾いた風は体に心地よかった。


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