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空喰い  作者: とりとん
第2章 たとえ空に拒絶されようとも
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とある町工場にて

 少女が空深図書館でモーターグライダーのパーツの一つである垂直尾翼を手に入れてから数日後、さらなるパーツを探すため空深市郊外の町工場へと足を運んでいた。

 ここ最近は過ごしやすい快晴の日が多かったが、今日は少し汗ばむほどに日差しが強い。青いスクーターに乗り、道を走っているときは気持ちの良い風だと思っていたが、いざ目的地の到着してスクーターを降りると少しだけ暑さを感じる。


 少女の目の前には灰色にくすんだ波状のスレート壁と、その壁に聞いたことのあるような苗字と『工務店』と書かれた大きなプレートが掲げられていた。直角三角形のような屋根の形はまさしく町工場のイメージそのもので、夜間はシャッターが閉まるのであろう入り口は日中ということもあって大きく口を開けている。

 少女は青年から預かった手紙の宛名が、この町工場の名前と同じことを確認したが、やはり少女にとっては少なからず入りにくい場所ではあった。


「これ、どうみても気軽に入っていい場所じゃないわよね・・・」


 少女が工場の中へ入る決心をつけようと努力していると、ふいに背後から声をかけられる。


「君、こんなところに突っ立って、どうかしたの?」


 少女が振り返ると、そこには作業服にヘルメットを被った、まさしくこの場に相応しい格好の男性が立っていた。年齢は少女よりは上みたいだったが、それほど離れてはいないようにも見える。

 自分の年齢に近そうな人が話しかけてくれたおかげで少し安心した少女は要件を手短に伝える。


「この宛名の人を探しているんだけれど、ここにいると聞いて訪ねてきたの」

「どれどれ」


 そう言いながら男性は少女の持ってる手紙を見ると、見覚えのある名前だったようですぐに答えが出た。


「ああ、これは親方の名前だな。案内するからついてきなよ」

「お願いするわ」


 そう言って少女は男性の案内に従い、工場の入り口をくぐる。


 工場の中に入ると、そこには色々な工作機械が大きな駆動音を響かせながらせわしなく動いていた。その工作機械それぞれに目の前を歩く男性と同じ格好をした人がついており、動いている機械をじっと見ている人、機械のハンドルを操作して何かの加工をしている人、機械そのものの調整をしている人などがいた。

 まさに無骨という表現がぴったりはまりそうな光景だったが、少女は嫌悪感を抱かず、むしろ興味が湧いていた。なぜなら、きっと目の前の技術があるから今自分が集めている道具は出来上がったのだろうと思ったからだった。


 少しばかり工場の奥へと進んでいくと、2人の人が会話している様子が目に入る。

 男性が「少し待ってて」と少女に話しかけると、まっすぐに会話している2人のところに割り込んでいく。

 何やら3人で話し始めたようだが、少女は言われるがままに、その場でただ立って待つ。

 3人のやり取りを眺めていると、会話に熱が入り始めたのか大仰に身振り手振りを加えながら会話している。少女の目には会話というよりも喧嘩してるようにすら見えた。


(やっぱりお邪魔だったかしら)


 少女がそう思った矢先、案内してくれた男性がこちらを指差し、他の2人も指差した方向、つまりは少女の方へ顔を向けた。

 当然のことながら少女と目があったのだが、こちらを向いた2人はきつねにつままれたような、ぽかんとした表情をした。

 少女はどうしていいかわからず、とりあえず笑顔という名の苦笑いで返すと、我に返った2人は突然、少女の反対側を向いて3人で密談し始めた。


(なんなのよ・・・)


 不信感を抱き始めた少女だったが、やがて3人のうちのリーダー格と思しき雰囲気をまとった壮年の男性がこちらへと歩いて近づいてくる。

 きっと彼が親方と呼ばれる人なのだろうと少女が思っていると、彼は騒音に満ちた工場内でもよく聞こえるほど大きな声で話しかけてくる。


「いやー、すまんすまん、まさか俺に女の子のお客さんだなんて初めてのことでな!」


 なるほど、どうやら案内してくれた男性の言うことがにわかに信じられなかったから白熱した議論でも交わしていたのか。少女は周囲の雰囲気を考えるとそういうこともあるかと開き直り、親方に答える。


「いえ、こちらこそ突然お邪魔してごめんなさい」

「気にせんでいい。ちょうど暇をしてたところでな!」


 絶対嘘だ。少女は口にこそ出さなかったものの、心中ではそう確信していた。

 きっとこちらに気を使ってくれてるのだろうと思うことにして、少女は青年から預かった手紙を親方に差し出す。


「これをあなたに読んでほしいのだけれど」

「おお、そうだったな。せっかちですまんが、ここで読ませてもらおうかな」


 そう言って親方はそそくさと手紙の封を切り、そこに書かれているであろう文章に目を走らせ始めた。

 再び少女はただ待つことしかできなくなったので、手紙を読んでいる親方の様子を眺めていた。

 手紙の内容はそれほど長いものではないのか1分ぐらい経つと目線は紙の最後の方を見ているようだった。

 その様子を見ていた少女は親方の表情の変化に気が付く。


(あれ、親方さん、泣いてない?)


 その目を見れば今にも水滴がこぼれそうな勢いで潤みはじめていた。

 すると、これまで黙って手紙を読んでいた親方の様子が一変し、再び大きな声を上げる。


「この野郎、何年も待たせやがって!!」

「うえっ?」


 その声に驚いてしまい、少女は変な声を上げてしまった。幸い周囲は騒音だらけなので聞かれることはなかったみたいだが少女は気恥ずかしさを覚える。

 そして親方は矢継ぎ早に少女に話しかける。


「話は分かった!ここでほこりかぶってた水平尾翼はあんたに預ける。けっこうでかいし2枚あるから例の場所までは運んでやるよ!」

「ええと」

「ん、実物を見ないと信用できんか?なら俺についてこい、本物を見せてやるよ!」

「あ、その」


 少女は完全にペースを乱されていた。同意も拒否も意思表示も全くしていないのに勝手に話が進んでおり、おまけに大きな声で話すものだから少女にはどうしようもなかった。

 とりあえず実物を見せてくれることには賛成だったので、再び言われるがままに親方の後をついていく。


「実はな、あの機体をばらばらにして隠すのは俺は反対だったんだ」


 歩きながら親方はまた勝手に話し始める。しかし今度は親方の話す言葉に耳を傾けることができるほどに余裕が生まれていた。


「それであいつとは大喧嘩したこともあったが、絶対にこの機体を失いたくないと言って聞かなくてなあ。結局こっちが折れちまったよ」

「へえ、あの人にそんな熱意がねえ」

「それなのにあいつ、腑抜けちまってよ。その様子見た時、俺たちの機体はもう元に戻らねえと諦めて預かった尾翼を捨てちまおうかと思ったこともあったっけな」

「それはなんというか、捨てないでくれて本当にありがとうございますとしか言えないわ」

「そうだな、やっぱり捨てらんねえよ。俺が組んで整備したもんでもあるしな」


 親方は少しだけ過去を思い出すような遠い目をしてそう言った。


 そうこうしているうちに、いつの間にか周囲に工作機械が見当たらなくなり、それと比例するように騒音もしない場所に到着する。そこには見ただけでは何に使うのかさっぱりわからない工具や部品が雑然と並んでいる。そして、その中に灰色の板が置かれていた。

 形は少女が先日見た垂直尾翼とほとんど一緒で、やはり大きさも少女が腕をひろげてなんとか持てそうな具合だった。

 灰色なのは親方の言うとおり、ほこりだらけだからのようで指でなぞってみるとそこだけ白い塗装があらわになる。


「これが水平尾翼だ。随分よごれちまってるが、ちゃんと綺麗にして送り届けてやるよ」

「ありがとうございます」


 少女はそういいながら目の前に横たわる機体の一部に手を触れる。

 少女は少しずつ空に近づいていく気持ちを感じながら、”おねがいします”ではなく”ありがとうございます”という感謝を親方に伝えた。


 *


 無事、新たなパーツを回収できる運びとなったので少女は町工場の入り口に戻ってきていた。

 別れ際に親方は少女に言う。


「それじゃああいつのこと、よろしく頼む。知ってるだろうが、あいつは不器用な奴だから苦労するかもしれんがな!」

「それは心底同意するわ」


 それだけ伝えると少女は青いスクーターに乗り、エンジンをかける。


「親方さん、本当にありがとう!」


 そう言うと少女はスクーターを走らせ町工場を後にする。

 あっという間に少女の姿が見えなくなると、親方は町工場に戻りながらぼやく。


「工場を持っちまった今の俺は空喰いにゃ逆らえん。すまんが、もうこれぐらいしかしてやれん」


 その独白は誰にも聞かれることなく虚空へ消える。誰にも聞かれない謝罪の言葉は自己満足にしかならなかったが、それでも親方は長く背負ってきた肩の荷が下りた気分になることができたのだった。

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