空深図書館にて
青年と空を飛ぶ約束してから数日後、少女は早速パーツ集めを始めることにした。
まず初めに、少女自身もよく知る場所である空深図書館へと足を運ぶことにした。
少女は図書館に入ると、早速貸し出し受付に座っている職員の人に話しかける。
「すみません、この名前の人を探しているんですが」
職員の人は青年が書いた手紙を受け取ると、その宛名を確認して「少々お待ちください」と言って奥へ消える。
すると、1分も経たないうちに大人びた女性の人が現れた。背は少女よりも高く、落ち着きのある物腰はまさしく大人の女性と呼ぶに相応しい雰囲気だった。
「とりあえず、ここでは周りの人の迷惑になるので、奥の打ち合わせ室へ行きましょう」
そう言って少女を打ち合わせ室へと案内する。
その打ち合わせ室はこじんまりとしており、小さな机と椅子が4つ置かれているだけのスペースだった。女性職員に奥側の席を案内され、少女はその席に座る。
女性も向かい側の席に座り、少女に話しかける。
「お手紙、届けてくれてありがとう。早速、読ませて頂くわね」
そう言って女性は手紙の封を切り、中身を読み始める。
少女としては、ただ黙ってその姿を眺めていることしかできなかったので居心地の悪さを覚えたが、だからといって邪魔するわけにもいかないので、そのまま黙って女性が読み終わるのを待った。
やがて、手紙を読み終わった女性は封筒の中に手紙を入れ直しながら呟いた。
「まったく、自分勝手なひと」
すぐに消えてしまいそうなほど小さな声だったが、2人しかいない静かなこの空間では少女にもはっきりと聞き取れた。だが、少女はそこに近寄りがたさを感じて問いかけることはできなかった。
どう話しかけたものかと少女が逡巡していると、女性は笑顔で話しかける。
「あなたのやりたいこと、よく分かったわ。あの人の頼みだもの、聞かないわけにはいかないわね」
「ありがとうございます」
少女は反射的に頭を下げた。それを見た女性は慌てて「頭を上げてください」と促す。
言われるがままに少女が頭を上げると、女性は会話を続ける。
「あの人はもう、決して空を目指さないと思ってたのに、やっぱりあの頃と根っこは変わってないのね。彼を説得するのは大変だったでしょう?」
「それは、まあ、大変だった、と思います」
「ふふ、遠慮しなくていいのよ。彼、変なところで真面目なんだから」
少女がとぎれとぎれな反応を返すのに対して、女性は余裕のある表情を崩さなかった。少女は落ち着きのない自分でも、いつかはこんな風に大人っぽくなれるのだろうかと考えていた。
「さて、あまり引き留めても申し訳ないから、早速だけど部品をお渡ししようかしら」
「はい、よろしくお願いします」
そう言って2人は打ち合わせ室から出る。
女性の案内に従って図書館の奥へと進んでいくと、薄暗い倉庫に到着する。
そこには古い書物や骨董品のようなもの、中には巻物まで保管されていた。きっと、ここにあるものは空深市の歴史そのものなのだろう。果たしてそこにどんな歴史が刻まれているのか、少女は少しばかり気になったが今の目的は過去ではなく未来への部品だ。
女性の後ろをついていくと、やがて倉庫の一番奥へとたどり着いた。
「これが例の垂直に立ち上がった小さな翼です。機体の尾に垂直につく翼だから垂直尾翼というのが正しい名前だから、覚えておくといいですよ」
「これが・・・」
そこには少女が腕を広げれば、なんとか持てそうなぐらいの大きさの白い台形の箱が置かれていた。箱と言っても平べったく、一番厚いところでも10センチはなさそうだ。さらに、台形の箱の3辺は薄くつぶれており、箱というよりは一枚の板のようにも見える。
「使い方や取り付け方は彼が知ってるはずだから、空港までもっていくだけでいいと思うのだけれど、持っていけそうかしら?」
そう言われて少女は垂直尾翼を持ち上げてみる。見た目ほど重くはないが、持ちにくい形をしているので簡単には持ち運べそうもなさそうだ。
それに、せっかくの空を飛ぶ道具の一部を運んでいるときに壊してしまっては元も子もないので、あまり無理して運ぶわけにはいかなかった。
「ちょっと、難しそうです」
正直に少女がそう言うと、女性は困った顔一つ見せずに提案する。
「それじゃあ、私が運んであげましょう。車の後ろならすぐ乗せられるし、何よりあなたに怪我されては私も彼に会わせる顔がなくなってしまうものね」
「いいんですか?」
少女は反射的にそう聞いてしまったが、女性は余裕の表情で何も問題はないと答える。
話がまとまると、女性は少女を図書館の入り口まで案内し、少女を見送る。
「いろいろとありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ。これからが大変だと思うけど、頑張ってくださいね」
「はい、頑張ります!」
そう言って少女はスクーターで走り去っていく。
少女が見えなくなると、女性は小さな声で一人呟く。
「今時、青いスクーターに乗るなんて、本当に空が好きなんですね」
自然な動作で女性が上を見上げると、今走り去っていったスクーターと同じような色の空が広がっていた。
「私には空へ連れ戻してあげることができなかった。でも、あなたならもしかすると・・・」
そこで女性は、まだ仕事時間中であることに気付く。最近、拡張したばかりのこの図書館は市民に好評みたいだが、利用する人が増えた分、仕事も増えていた。
女性はそそくさと図書館へと戻り、職員としての仕事を再開するのだった。




