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空喰い  作者: とりとん
第1章 それでも人は空を目指す
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空を目指す者たち

 その日、青年はいつものように空深空港へと続くひび割れたアスファルトの道を車で走っていた。だが、今日は自分の意思で空港を目指しているわけではなく、マスターに呼ばれたからだった。

 曰く、「この日に空深空港へ行かんかったら2人分のコーヒーを利子付きで払わす」だそうだ。喫茶店イカロスに呼び出さないあたりが空港で誰が待ち構えているのか明らかだったが、飲んでもいないコーヒーを利子付きで払うのは癪だったので、ここはマスターの言うことに従うことにした。


 今日は空の高いところに筋状の雲がうっすらとかかるだけの青空が広がっていたが、青年の気持ちは重く沈んでいる。この前、少女に放った言葉は紛れもない青年の思いそのままだったのだが、年下の女の子に本気になってしまったという大人げないことをしてしまったという自覚もあった。

 それでもまだ会おうとする少女も少女だが、果たして会って何を話せばいいのだろうと悩んでいた。青年としてはとにかくさっさと引き下がって普通の人生を送ってもらいたいものなのだが、どうすれば言うことを聞いてくれるのだろう。


 そんな風に答えの出ない悩みを脳内で繰り返しているうちに空深空港の駐車場へと着いてしまった。普段は悪路で事故を起こさないように注意深く走るためか到着するまでの時間が長く感じることが多かったのだが、今日はいつの間にか着いてしまったという感じだ。

 そして空港の入り口には当たり前のように青いスクーターが停められていた。隠す気が全くないところを見ると、どうやら自分がここへ来ることは間違いないと踏んでいるらしい。

 そう分かっていても自然と足は展望台へ向けて進められる。ここ数年、同じことを繰り返してきたせいで癖になっているのだろう。そう思いながら青年は今日も壊れたエスカレーターを歩いて上っていく。


 展望台に到着すると、そこにいるのが当たり前のように長い髪を背中に流した少女が立っていた。


「あら、やっぱり来てくれたのね」

「少しマスターに脅されてな。あのおっさんには未だに逆らえねえわ」


 今回はいきなり突っかかってこなかったことに違和感を覚えるが、青年としては毎回毎回突っかかられても困るのであえて何も言わないことにした。


「それで、俺の言ったことは分かってもらえたのか?」

「さすがの私もあんな言われ方されちゃね、さすがに無視できないわよ」

「そりゃ良かった。で、今日は何の用?」


 青年はいきなりおとなしい態度をとり始めた少女に内心で苛立ちを覚え始めていた。その苛立ちが表に出てこないよう努めていたが態度にはにじみ出ていた。


「実はね、私も少しは反省してるの。あなたのかつての立場を知っていながら、不躾にもわがままなことばかり言ってしまった」

「俺はそんなこと気にしちゃいない。今日は謝りにでも来たのか?」

「それもあるけど、それだけじゃないわ。あなたにあるものを見て欲しくて呼んだの。もし、それを見て何も感じてくれないのなら、私はここで引き下がろうと思う」

「見て欲しいもの?」


 ここで青年は直感した。この前話していた約束は、これから少女が見せるものに関係があるのだろう。そして、それこそがこの少女の行動の源だろうと思った。ここで何も感じなければ引き下がるということは、これが理解できなければ説得は無理とこの少女が判断するほどに大切なことを話そうとしているのだ。


「私は幼いころにお父さんを亡くした。そのお父さんが私にくれたもの。そして、お父さんは連れて行ってくれると約束してくれた。お父さんはもういないけれど、その約束は今でも残ってる」


 そう言いながら、少女は約束の写真を取り出す。それを裏返しにして、少し震える手で青年へと差し出し、青年が受け取ってくれるのをひたすらに待つ。

 それを見ろということかと解釈した青年は、少女の手から一枚の写真を受け取り、青年は写真を裏返す。


「これは・・・」


 青年はその写真が、どういう時間にどういう場所から撮られたものか一瞬で理解した。なぜなら、青年はその景色を知っている。忘れるはずもない、学生時代の夜間飛行訓練。まるで街の煌めきが星空のようだった。

 空落ちの日から7年以上が経った。もうこんな景色、二度と見ることができないと思っていたのに、今、手元には確かにその景色があった。

 この7年、つらかった。仲間を募り、空喰いに抗ったこともあったが結果は惨敗。死んでいった仲間さえいた。とにかく振り返ってみればつらい日々しか思い出せなかった。


 でも今は違う。


 初めて空を飛んだ時、仲間と夢を語り合った時、自分たちで作り上げた飛行機で飛び立てた時、そして、暗い夜空の下、人が造り出した輝く光に見惚れた時。

 そのどの思い出も光り輝き、希望に満ち、夢に満ちていた。


 ふと、青年は自分の頬を伝い落ちる滴に気が付いた。その様子を見た少女が優しく話しかけてくる。


「どうやら勝負は私の勝ちみたいね」


 青年は少女のその言葉を聞きながら、胸中で少女に同意する。


(ああ、やっぱり俺には空が無いとダメなんだな。)


 青年は顔を上げ、目の前に広がる滑走路を眺める。

 そこは、空へ続く路であると同時に、空から帰る路でもある。もうここから飛び立つことなど無いと思っていた。

 少しずつ落ち着きを取り戻してきた青年は涙を拭い、少女に話しかける。


「本当に空を目指すんだな?」

「ええ、もちろん」

「空喰いに殺されるかもしれないぞ」

「そんな化け物、本当にいるなら是非見てみたいわ」

「空憑きだと言われ、酷い目にあうかもしれんぞ」

「上等よ。私たちは間違いなく空に取り憑かれてるわ」

「・・・そうだな。俺たちには相応しい呼び名かもしれんな」


 青年は、今は誰も飛んでいない空を見上げる。空憑きという言葉を反芻しながら、再び空を目指すことを決意する。


「いいだろう、空への行き方、教えてやる」

「よろしくお願いするわ」


 青空の下で2人は空を目指すことを約束する。人が空を失い7年後、再び高い空へ人が舞い上がる日も、そう遠くはないのかもしれない。

 2人は早速、空憑きらしく空へたどり着くための行動を始めるのだった。

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