なぜだろう、無性にアイツらを殴りたくなった
僕は少々早いが控室へと向かった。
「お、マーシーはもう行ったん?」
片手にビール片手に豚まんを持ったタカシは観客席に戻ってきた。
「ああ、優勝するってさ。自信まんまんじゃねーかマーシーのヤツ」
グラブルは笑いながら答える。
「マーシーが自身満々に優勝する、か。あんまりないですね」
マサルは不思議そうにしている。
「いつものマーシーならそんなことあんまり言わへんねんけどな。今回は珍しくノリノリみたいやな」
「え?そうなの?昨日も優勝しますって言ってたわよ」
「マーシーはあまり自信を口に出さない。そして本気も出さない。負けた時の言い訳を用意するような悪どいヤツです。そんなマーシーが自信満々で優勝する・・・・・・。珍しくテンションアゲアゲ状態か」
「え?全然いつも通りだと思ったけど」
グラブルさんは不思議そうに腕を組んだ。
「確かにマーシーは優秀だけど、口で言って簡単に優勝できるほど楽じゃないけどね」
ミクシリアさんは実際に対戦もして今大会のレベルが高いことも肌で感じている。上級魔法を扱うロマネや自身が負けたミラも簡単には勝たせてくれない相手だ。
「まぁそれでもマーシーなら大丈夫やろ。アイツは頭だけは良いからな。ロリコンやけど」
「そう、頭は良い。ロリコンだが」
「ちゃんと勝てる算段があるからこそ優勝する言うてるんやと思う。巨乳も好きやけどな」
「マーシーは勝てる勝負しかしない臆病者です。ロリ巨乳がたまらないって言ってました」
タカシとマサルは心配はしていない。あとはどんな勝ち方をするのか、それを期待しているだけ。できればあっと驚くようなことをして美味しくお酒を呑めれば万々歳だった。
何故か分からないが無性にタカシとマサルを殴りたい気持ちになっている。何故だ?
建物内の通路を歩いて昨日と同じ控室へ。
中に入ると魔法騎士団第1支部支部長ネイさんと第2支部支部長のホールドさんが話をしていた。
「おはようございます。ちょっと早く来てしまったんですがここに居てもよろしいでしょうか?」
「おおマーシーくん早いな。別に構わんよ。今君の話をしていたところだしな」
そうホールドさんは返してくれたが、一方ネイさんは顔をボッと赤らめて一歩後ろに下がった。
「俺の話ですか?優勝者の予想でもしていたんですか?」
「まぁそんなところだ。いつもなら学院のものが多数残るところなんだが今大会はロマネだけだからな。マーシーはミズリー様のお弟子さんだから強いのは分かるがミラとキリカってのは全く素性が分からないしな。今頃学院のじじい共は渋い顔してるんだろーな」
「参加に規制はなかったですよね?いつも学院の生徒が上位になるんですか?」
「魔法都市リアの学院生ってのは才能を持った魔法使いが世界最高の教育を受けることができる機関だからな。おのずと本選出場者は学院生で埋まってしまうものさ。ところがどっこい、今回は本選出場は何人かしたもののベスト4に残れたのはたったの1人だからな。学院の面目丸つぶれってことだ。ざまーみろ」
「随分と学院との仲は悪いようですね。まぁそんな上の事情はこっちは知ったこっちゃないんで遠慮なく優勝させていただきますが」
「おお、構わん構わん。学院生以外が優勝したら学院のじじい共の悔しい顔が見れるってもんだ」
上司の悪口を言う中間管理職って感じだな。どの世界も似たようなもんか。
ネイさんはあいかわらず一言も喋らずモジモジしている。
「ネイさんは誰が優勝すると思いますか?」
「・・・・あ、・・・・・・ゥ・・・・・・あ」
「通訳するとだな、1番はマーシーだな。ミズリー様の弟子だから実力も十分期待できるし同じ門下としての贔屓目も入っている。対抗はやっぱりロマネ。水魔法を使わせたら我々にもひけをとらない。ミラもキリカも不気味ではあるがな。ということだ」
首をブンブンと縦に勢いよく振るネイさん。ホールドさんの通訳がバッチリだったみたいだ。
「それじゃあ、優勝させていただきましょうかね。それで魔術大会優勝者って肩書をミズリー師匠に報告にいかなきゃな」
「私も期待はしているよ。なんの贔屓もできないがな」
「期待していてください。きっと面白い試合にもなると思いますし」
3人?で雑談をしていると向かいの扉が開きミラが入ってきた。一瞬僕と目線が合うが特に何も話さず壁際のソファーに腰をかけた。
それからキリカも無言で控室に入ってくるとミラから少し離れたところに座り、黙って目を閉じている。
最後にロマネちゃんが控室に入って来ると笑顔でこちらに走ってきた。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
それは僕に言うセリフではないよな。
「おはようロマネちゃん。お互い頑張ろう」
「はい!!」
淀みのない満面の笑顔。眩しすぎる。僕のような大人になっちゃダメだよ。
「少し早いが全員揃ったな。それでは準決勝の説明を始めるとしよう」
ホールドさんが4人に声をかける。ネイさんはその後ろでただ立っているだけだ。
「準決勝と決勝は魔水晶の破壊対決だ。ちなみに魔水晶というのは今あそこで設置されているでかい水晶のことだ」
闘技場の両端に大きな卵型の白い水晶が設置されている。人より大きいから2メートルそこそこあるな。
「あの魔水晶は魔力を吸収すると色が変わり最終的には砕け散る。すなわち相手側の魔水晶に魔法を打ち込んで破壊すれば勝ちだ」
そっか、魔法での殺し合いじゃないのか。なかなかぬるいじゃないか。武闘大会はゴリゴリのガチンコ勝負だったのに。
「魔水晶は最初は白だが魔力を吸収していけば徐々に色が濁り始めグレーになり最終的には真っ黒になる。そして限界まで魔力を吸収すると砕けるようになっている。ロマネは知っていると思うが他の3人は何か聞きたいことがあれば聞いてくれ」
「あ、じゃあいいですか?」
「聞きたがりだなお前は。いいぞ、なんだ?」
なんだよ聞きたがりって、ルールは大事だろ?守るにしても逆手にとるにしても。
「ようは水晶を守りながら相手の水晶を破壊すれば勝ちってことですよね?」
「ああ、そういうことだな」
「自分の魔水晶に魔法を使って守るのはありですか?」
「ああ、かまわんよ。マジックガードだろうが水でも火でも守ってかまわん防御を固めるのも作戦のひとつだな」
「制限時間はありますか?」
「制限時間はない。どちらかの魔水晶の破壊かもしくは出場選手の戦闘不能が勝敗条件だ」
「ということは、水晶ではなく相手を攻撃してもいいんですか?」
「こればかりはダメだとは言えん。魔水晶を破壊するためにそれを妨害する相手選手の動きを止めるのも戦略になるからな」
「相手を・・・・・・殺した場合はどうなりますか?」
「正直殺してしまっても負けにはならん。しかし明らかに戦闘不能のものへの攻撃は反則行為とみなして負けになる。ああ、もちろん降参もありだ。降参した相手への攻撃も反則行為になるな。自身の命の危険があれば降参することをすすめておこう」
「魔法以外の武器などの使用は?僕は一応レイピアを実戦で使ったりするのですが」
「申し訳ないが武器の使用は禁止だ。杖やロッドは容認されているが付与効果のないものだけに限られる」
自身の水晶を守る。対戦相手の動きを止める。相手の水晶を攻撃する。とりあえずこの3つが基本の動きか。3つ同時進行でいくか、どれか1つに絞るか。
「ありがとうございます。大丈夫です」
魔力を吸収すると白から黒にかわる水晶か。ミズリー師匠に会った時に試された石が同じ特徴をもっていたな。あれを大きくしたようなもんかな。
「ちなみに魔水晶は我々支部長クラスが上級魔法を2度ほど打ち込んでも破壊までには至らないくらいは魔法を吸収できる。闘技場から観客席への被弾も騎士団のマジックガードでしっかり守られているから遠慮なく全力で魔法を打ち込んでくれて構わない」
支部長クラスの上級魔法2発か・・・・・・。参考にならないな。
僕の10メートル級のファイアボールとどっちが威力が上かな?
「他になければ対戦カードを決めようか」
ネイさんが目の前のテーブルに4枚のカードを伏せて並べる。
「カードの表面には昨日と同じように数字が書かれている。1番を引いた2人が第一試合。2番を引いた2人が第二試合だ」
随分と簡単な決め方だが僕は嫌いじゃない。こういうなんでもない簡単な引きでの選択ってのはちゃんとしたドラマになるもんだ。
4人はそれぞれカードを引いた。
1番か。
僕の目の前でキリカという魔族が皆に見えるように1番の札を晒している。
僕はそのキリカに見えるように自分のカードを見せた。キリカは表情を変えずに僕に視線を向けると何も言わずにカードをテーブルに戻す。
第一試合が僕と魔族のキリカ
第二試合がロマネちゃんと魔王の娘ミラ
「よしそれじゃあ一回戦に入場した場所に行けば階段が設置されているからそこから闘技場に降りられるようになっている。マーシーとキリカは昨日と同じ場所に向かってくれ」
さてと、行きますかね。
「マーシーさん!!頑張ってください!!応援してます!!」
ロマネちゃんが控室から出ようとした僕に声をかけてきてくれた。
「ありがとうロマネちゃん。お互い厳しい戦いになると思うけど全力を尽くそう」
『決勝で会おう』というフラグは立てたりしない。




