簡単な罠に引っかかるヤツほど往生際が悪い
さてと。こっちから仕掛けてやるか。
まだ詠唱を続けている僕の右隣のマッチョと小柄な魔法使いは動きそうにないからな。
「ファイア」
僕は静かにそう唱えて目の前に12個の火の玉を作りだした。
チラリと横のマッチョに視線を向けるとニヤリと不敵な笑みを浮かべるマッチョの魔法使い。
「はっはっはっ!最高12個か!やっぱり俺たち2人がシード扱いだったってことだな!」
マッチョは自身の右隣にいる小柄な魔法使いを見た。
小柄な魔法使いは反応なく詠唱を続けている。
「俺たちよりも使える奴がいるのか期待したが大したことなかったってことだな!ははは!馬鹿正直に先に魔法使いやがって!後から使う方が有利だってことに誰も気づかねーとは馬鹿ばっかりじゃねーか!」
いや、結構気づいてたと思うよ。っていうか普通分かる。
けれど後出しは他のヤツよりも多く出せるけれど抑えて出したいって場合に使える手段なのだから最大で10個とかのヤツは結果10とかで勝負するしかない。
マッチョと小柄な2人は他とは比べて魔力が倍以上あるため後出しして調整できるのはこの2人くらいだ。
僕を除いて。
「・・・・・全てを焼き尽くす。ファイア!!」
するとマッチョの目の前に13個のファイアが出現し、マッチョはニヤリといやらしい笑みを浮かべる。
「残念だったな。決勝進出は俺たち2人だったってことだ」
「・・・・・・舞え水の精霊よ。ウォーター」
長々と詠唱していた小柄な魔法使い。声を聞いた感じでは可愛らしい女の子の声だ。
そしてその小柄な魔法使いの前に水の玉が
「多い!」
「1・2・3・・・18!!」
他の参加者の声があがる。
「おいおいおい、わざわざ18個も出す必要ねーだろ予選なんかで手の内見せてどうする?何も考えちゃいねーな」
マッチョが肩をすかせて反応している。
「ふむふむ、これで全員ですかね?じゃあ決まりですね」
エルフのヒューズマーが笑顔のまま高らかに宣言する。
「それでは本選出場者は!」
下卑た笑みを浮かべている僕の隣のマッチョ。
表情を変えずに誰かを見るでもなくただ立ち尽くしている小柄な魔法使い。
「No.008、ロマネ選手とNo.129マーシー選手のお2人とします!」
「!?!?っっはぁぁぁぁぁぁぁ??!!」
マッチョの驚いた声とも言えない声がなんだか心地よいな。
「馬鹿か!?テメーは馬鹿なのか??俺が13個、コイツが12個。それでロマネのヤローが18個だろーが!この馬鹿が!!」
「おい。馬鹿馬鹿うるせーな。俺の判定が不服ならとっとと帰るんだな。こっちは無能には用はないぞ」
ヒューズマーというエルフ。さっきまでは物静かで良い人な感じだったがマッチョの暴言にすでに表情に笑顔はない。
「ふっざけんじゃねーぞ!!横暴だろーが!魔法騎士団がこんなので許されるのか!おい!後ろのやつ!テメーらはどうなんだ!」
長い顎髭の中年の男性がすくっと立ち上がる。間違いなく魔法騎士団の関係者だろう。
「魔力自体は悪くはない。ただ少々人格に問題があるようだ。自惚れるなよガキ。ヒューズマーが言っていただろう?数多く魔法を出したものが予選通過だ。テメーの13は残念ながら3番手なんだよ」
流石魔法騎士団ってところか。多分この状況を分かっているのは目の前の魔法騎士団の3人とロマネって魔法使いくらいか。
すると髭のおじさんの横に座って見ていた女騎士さんの方も席を立った。
そしてなにやら髭のおじさんにボソボソと耳打ちをしている。
それを聞いて髭のおじさんが話しだした。
「んん、ああー129番、マーシーだったか?もういいぞ。なかなかに器用な真似をするな。と、彼女が言っている」
??なぜわざわざ人づてに?
「ああ、気にしないでください。彼女人と話すの苦手なんですよ、ははは」
と、ヒューズマーがフォローする。
なに?あんなに堂々としてるのにコミュ症?
「オイ!何言ってやがる!!テメーラもこんな誤審があっていいと思ってんのかよ!!」
マッチョは今度は客席にいた数人の関係者に向けて声を荒げた。
よし、じゃあそろそろネタ晴らしといくか。
マッチョが鬼の形相で僕を睨みつけると僕はそのタイミングでここまで塞いでいた口を開いた。
そしてペロッと舌を出すと口の中から5つの小さな火の玉を吐き出した。
「なっ!!!」
そうそう、そういう顔。そういう顔が見たかったんだよマッチョくん。
僕は目の前に12個の火の玉を出し、口の中に別で5個の火の玉を出していた。それも小さく小さく、ビービー弾くらいの大きさのファイアだ。
マッチョと小柄な魔法使いの2人はおそらく勝ちが確定するまで魔法は出さないであろうと考えてあえて先出しをしてやった。ただし馬鹿正直に出してそれよりも多く出されれば負けてしまうため見た目は12個、けれど隠して5個、計17個のファイアを僕は出した。それにまんまと引っかかったマッチョは13個出して勝った気でいたわけだ。小柄な魔法使いの方は気づいていたみたいできっちり18個出したわけだからこちらは優秀だっていうのが分かる。審査をしていた魔法騎士団の人達も分かっていたみたいだからちゃんと魔力の流れに気づいていれば分かる簡単な罠だったが残念ながらマッチョは気づかず恥ずかしい思いをしたってことだな。
ちなみにこれにマッチョが気づいてしまった場合は僕は無詠唱でファイアを増やして「詠唱は1回しかしていません」とゴリ押すつもりであった・・・・。
「はい、というわけで予選通過はロマネ選手とマーシー選手の2人で決まりですね」
と、ヒューズマーはさわやかな笑顔で仕切り直した。
「待て待て待て待て待て!!そんなの卑怯だろーが!!口の中に出してるなんて反則だろーが!!」
またマッチョが騒ぎ出したな。往生際が悪い。
「そんな魔法があってたまるか!!自分の体内で魔法を使うなんてそんなのカウント対象外だろーが!!」
髭のおじさんが自分の髭を指二本でさわさわと触りながらあきれた声で言い返した
「体内だろうが体外だろうが、掌だろうが頭上だろうが魔法は魔法だ。口の中にある5つのファイアに気づかなかったテメーが悪い」
「ふざけんなよ!!俺は1回の魔法で20以上出せるんだぞ!!予選敗退するような立場じゃねーんだよ!!こんなの無効だ!!」
「残念だが1回勝負だと言っただろう?なら20以上出せばよかったじゃないか」
ヒューズマーは笑ってはいない笑顔で冷たくあしらう。
「ふざけんな!!俺は大魔法使いミズリーの弟子だぞ!!こんなところで終わる人間じゃねーんだよ!!いいのかよ!大魔法使いミズリーを敵に回すことになるんだぞ!!すなわち帝都を敵にまわすってことだ!!」
おやぁ?こんなところでミズリー師匠の名前が出てくるとは。
ミズリー師匠の名前を聞いて魔法騎士団の3人の顔色が少し変わったように見えた。
ふと金髪の女性騎士と目が合う。すると女性騎士はまたなにやら髭のおじさんにボソボソと耳打ちした。
「ほう、ミズリー様の弟子とはこれはこれは。そんな方が予選敗退とは残念なことだ」
と、合わせて女性騎士は羽織っていた真っ白なローブを取り外した。
するとその女性騎士の首からぶら下がったネックレスの先に取り付けられたものに僕は内心驚いた。
青い宝石のついたブレスレット。今僕の左手首についているものと全く同じだ。
そんなブレスレットを見てマッチョがどういう反応をしたかというと、全く反応しなかった。ということはこのブレスレットがミズリー師匠のものだとは知らないということ。それは彼がミズリー師匠の弟子ではないということか、もしくはブレスレットを受け取る資格もないような少々手ほどきしてもらった程度の人間だということだ。
ミズリー師匠の名前をこんなところで出すなんてちょっとイラッときたな。
さて、このまま言い合いを続けていても誰も得をしないだろうと思い僕は思い切って軽はずみな行動に出てみた。
すっと右手を上げてヒューズマーに顔を向ける。
「ちょっといいですか?」
「なにかな?問題なく君は予選通過だよ」
「いえ、そこの長身の彼が納得できないようでしたら、もういちど勝負いたしましょうか?一応予選2位通過決定戦ということで俺と彼とで」
その言葉に驚いた、いやあきれた顔をした魔法騎士団の3人。魔法使いのロマネは変わらず無表情だった。
中でも1番驚いた表情を見せているのは金髪の女性騎士だった。
「いやいや、ちゃんと公平なジャッジのもと君の予選通過だったからそういうわけにはいかないよ」
「待て待て!!当の本人がこう言ってやがるんだから俺は別にやってやってもいいぜ!」
マッチョがはりきりだしたな。
あ、おそらくミズリー師匠の弟子である女性騎士がどうしよどうしよみたいな感じであたふたし始めた。なんかかわいいな。髭のおじさんにまた通訳頼むか頼まないかで迷っているようだ。
さてどうしますか?魔法騎士団の皆さん。こっちとしては勝負したいところで・・・・・・・・
『ちょっとあなた!!どういうつもり!!』
なんだ!!誰かが僕に話しかけてきた!
『どういうつもりか?って聞いてるのよ!』
なんだこれ?頭の中に直接語りかけてくる。なんだかヘッドフォンつけた状態でそこから聞こえてくるような感覚だ。
『ちょっと、聞いてるの?おーい、おーい』
僕はキョロキョロと周りに視線を移すとガッチリと目が合った。
金髪の女性騎士だ。
『あのー、俺の声って聞こえてたりします?』
僕は心の中でその相手に対して答えてみる。
『もちろん聞こえてるわよ。それよりもどういうつもりなの?予選通過はあなたで間違いないって言っているのにアイツにチャンスを与えるようなこと言って』
うわぁぁぁぁぁぁぁぁ、なんだか気持ち悪い。心で会話が成立しちゃってるよー。
すかさず女性騎士のステータスチェックだ。
あ、強い、この人。
力も速さも200超え、魔力は400ある。
スキル欄にめぼしいもの発見『念話』
テレパシーか!?
『この声は俺とあなたしか聞こえてないんですか?』
『ええそうよ。それよりもどういうつもりか答えなさい。折角の予選通過を棒に振るかもしれないのよ』
『・・・・・・それでしたらお答えしますが、このまま言い争っていても時間の無駄かなと思ったんですよ。それにこのまま俺が予選通過でそこのマッチョが予選敗退ってことで決着になればそれなりに遺恨を残すことになるんじゃないでしょうか?最悪マッチョくんが夜道で俺を襲うなんてこともあるんじゃないですか?それだったらここはきっちり勝負してやって俺には勝てないって思わせて予選敗退してもらった方がいいかと思いますよ』
『勝てるの?彼、結構魔力も高いし名の売れた魔法使いよ』
『分かってるでしょ?先輩。俺はミズリー師匠のお気に入りですよ?』
しばし黙る女性騎士。
そして彼女はボソボソと髭のおじさんに耳打ちした。
「はぁ、ヒューズマーもういい」はぁ、とため息を吐いて髭のおじさんはこちらに目線を向ける「当人が了承しているのなら今回だけは例外を許そう。これより予選通過をかけて2人で決定戦を行う」
「ははははっ!!そうこなくっちゃ!!」
マッチョが喜々としているが、悪いなマッチョ。今回は僕がお前の遊びに付き合ってやるだけだ。
ヒューズマーもはぁとため息をついて髭のおじさんに近づいていく。
いいんですか?とか、わかりましたよ。みたいな会話がなされて改めてヒューズマーはこちらに近づく。
「それじゃあ始めましょうか。今度の今度こそ一発勝負ですからね。勝負方法はやっぱり魔法の数でいきます。一対一の勝負になりますからお互いに1つづつ魔法を増やしていく形で片方が限界になったらそこで終了とします。純粋に相手より1つでも多くの魔法を出せた方を勝ちとします」
ものすごくわかりやすい。小学校の時の運動会でやった玉入れの数を数えるシチュエーションが頭に浮かんだ。
さてさてコイツは一体いくつ出せるのかな?




