あいつはウチの主人公枠だから
大会の会場前には朝も早くから屋台が並んでいた。
準決勝の開始が昼の13時。今はまだ10時前だったが多くの観客が観客席の方に入って行くのが見えた。
「まだこんな時間なのに人が多いな」
「俺も12時半に控室に居ればええって言われてるから全然急いでないんやけどな」
「出場者は気楽でいいなタカシ。俺とマサルは良い席取りたいから早めに観客席に行かなきゃな。はい、マサル。あーーん」
僕は肉の刺さった串をマサルに差し出した。
「あーーん。んぐんぐ。これは牛か!!うまい!!あ、あっちの焼いてる貝もうまそう」
マサルは右手にビールを装備している。
「観客席にもビールや食べ物が販売されてたから今日はゆっくり呑みながら応援しよーか」
タカシがすごい目でこちらを見ている。
「おっちゃん、俺にもビールちょうだい!」
タカシは屋台のおじさんにビールを注文したが僕はそれを即阻止した。
「タカシ!タカシ!!タカシ!!!今から準決勝だろ?呑んでどうする!」
「いけるって!いけるって!1杯呑んだくらいで負けへんって!むしろ呑みたい時に呑まれへんって逆に体調悪くするわ!!」
僕はガシッとタカシの肩を掴んだ
「タカシ。よーく聞け。打ち上げって言葉を知っているか?」
「打ち上げ?そりゃまあな」
「何かを達成した時に呑むビールは?」
「さ・・・最高やな」
「タカシ。お前は今から武闘大会で優勝するだろ?そして大歓声の中頂点に君臨するわけだ」
「おお、まあな」
「そして全部が終わって金貨10枚手に入れたら俺たちは何処に行くんだ?」
「はっ!?・・・・楽園や・・・・」
「そうだ!!今ここで中途半端にビール呑んでどうするんだ?タカシ・・・お前よく言ってるよなぁ?一杯目のビールは格別に美味いって・・・」
「た・・・確かに・・・・」
「なら、最っ高に美味いビールを最っ高のシチュエーションで呑むべきだろ!!」
「せやな!!今日のビールはきっと最高やで!!」
「よし!じゃあ俺たちは早いが良い席とるためにもう中に入るがタカシも控室で夜のイメトレでもしておけ!」
「はっはっはっはっ!今日の夜が楽しみや!!」
そしてタカシは控室の方へと駆けていった。
「おじさん、そのビールは俺に頂戴」
僕は右手にビールを左手に牛串を装備した。
朝から呑むビールも格別だ。
「さてとマサル。中に入ろうか」
「うまいこと言いましたね。まぁ試合前にビールは流石にねェ」
「こう言っておけば流石にアイツもアイテムボックスの酒に手をつけることもないだろうしな」
そして僕とマサルは観客席へと向かった。
観客席は前の方からもうすでに人が座っていて2~3割くらいは埋まっていた。
「皆さんお早いですねェ」
「昨日も結構早い時間から結構埋まってたからな」
僕はちょうど2人分空いていた前から3列目の良さそうな席を見つけてマサルと2人で席についた。
「あ、マサル。これ使え」
僕はアイテムボックスからホテルで拝借したクッションを2つ取り出しひとつはマサルに渡した。
「なんて準備のいい」
「昨日の教訓が生きているんだよ」
「お、昨日の兄ちゃんじゃねーか」
僕はマサルと逆隣の席から声を掛けられた
「あ、昨日の。偶然ですね、2日続けて席が隣になるなんて」
「おお、そっちの兄ちゃんは昨日の男気見せた兄ちゃんじゃねーか」
そのおじさんはマサルを見つけて声をかける。
マサルは仇を見つけたかのような目をしてそのおじさんを見た。
「ああ!!昨日兜をとっちまえって叫んでたヤツじゃねーか!!」
マサルは席を立って憤慨の顔だ。
「待てマサル落ち着け」
「いやいやいや、昨日はコイツのせーで負けたようなものだからな!」
「マサル!!」僕はマサルの肩をガシッと掴んだ「もしも、もしもあのロボをボコボコにした後に中身がミレーヌさんだと気づいたらマサルはどうしてた?先に正体が分かってしまって本当に後悔しているのか?」
「・・・・・・・はっ」
「ボコボコにした後にミレーヌさんだと気づくのとボコボコにする前にミレーヌさんだと気づくの、どっちが良かったのか・・・・・分かるな、マサル」
「そうか・・・・そうだよな。あれはあれで確かに良かったのかもな」
そんなやりとりをして僕とマサルは落ち着いて席についた。
ちょろいぞマサル。昨日僕がそんなことを考えていたわけがないだろう。だって、マサルのあの反応を見るためにロボの中身がミレーヌさんだと伝えなかっただけだからな。
少し罪悪感もあるがおもしろい見世物でした。
「マサル、俺たちも夜があるんだから酒はなるべく控えておこうな」
さて、始まるまで時間はあるな。
僕はマサルと話しをしたり隣のおじさんと世間話をしたりして時間を潰した。
大会控室
「しまった。まだ3時間もあるのに早く来すぎたやんけ」
タカシは広い控室で1人ボーっと立っていた。
「お、随分と早いじゃねーか?」
銀色の獅子の形をした肩当てをしたゲラハルドが話しかけてきた。
「あ、ロン毛のおっちゃん。おはようございます」
「なんだ?寝れなかったのか?」
「いえ、今日はぐっすり。そしてウチの連れの席取りのために早く来てもうただけ」
「そうか、まぁ今日は頑張れよ。残ったのは全員一筋縄じゃいかないヤツばかりだから大変だろうがな」
「もち。そんで結構楽しみ楽しみ」
「ここまで残ってるヤツは大抵どこかの冒険者チームや貴族から声がかかるがウチ以外に入るんじゃねーぞ」
「ああ、そういえばそんな勧誘もあるって言うてたな。まぁ俺ら3人とも多分受け入れへんと思うわ」
「聖騎士からも勧誘されることもあるからな。アルベルトに誘われても断るのか?」
「あそこはすでにマーシーが断ってるからないわ」
「マーシーって、予選の決勝で負けたヤツだったな?あいつそんなに強かったのか?」
「マーシーは魔法使いやからそっち方面で誘われとったんちゃうかな?そん時に俺とマサルは誘われへんかったけど」
「へェ。そうかい」
あ、とタカシはここまで喋って色々喋りすぎたかなと思ったが、(あぁええか)あまり気にも留めなかった。
ゲラハルドと一緒にいた同じく銀色の獅子の肩当てをしたまだ若い青年とも少し会話をしていると控室に十兵衛さんが入ってきた。
「おや、一番じゃと思っておったが」
「おっちゃんおはよう」
「やあ十兵衛さんも早いねェ」
「はっはっは。年甲斐もなく楽しみであまり眠れんかったわい」
そうして雑談をしていると
魔族、ミレーヌも控室に入り魔族は腕を組んだまま左隅へ。ミレーヌは右隅で静止したままだ。
「よいのか?あの鎧の女性は知り合いなのじゃろう?」
「ああ、ええよ。全部終わったらゆっくり話すわ。今は向こうもあまり話したくないと思うし」
そうして時間は過ぎ、武闘大会準決勝の始まる時間を迎える。
お、ようやく始まるか。昨日の元気なマイクパフォーマーが闘技場に出てきた。
「さあ!!やってまいりました!!本日この日!数ある参加者の頂点が決定いたします!!残った人数たったの4人!!1人は拳ひとつで周りを黙らせてきた期待のルーキー!1人はその技をもって華麗に相手を伏してきた剣豪!1人は圧倒的な力で相手を黙らせてきた真っ黒な出で立ちの戦士!1人は豪快なパワーとスピードを披露する女戦士!!」
観客も盛り上がりを見せている。
ここまできたらブーイングも罵声もない。
「それでは只今より準決勝第第一試合を行います!!!!」
そして大歓声とともにタカシと十兵衛さんが入場してきた。
「うーーん。タカシがずっと楽しそうな顔してる」
「ここまで相手が弱すぎたからな。楽しみは正直マサルか十兵衛さんくらいだったんだろうな」
ステータス的には力も速さも4倍5倍はあるが、十兵衛さんの強さはそういったものではない。黒剣のギルと比較しても大きな差はなかったが、結果圧倒的に十兵衛さんの完勝だった。僕がミズリー師匠に勝てないと感じるのと同じようにステータス以外の強さ。多分タカシも十兵衛さんに対してそれを肌で感じているはずだ。
勝てるか勝てないか分からない勝負。
僕はそういうのはやりたいとも思わないし嬉しくもない人間だが、タカシはそういうのが楽しくなってくるタイプなわけで。
「やだやだ、漫画の主人公みたいなヤツ」
「ああ、そうだな。ウチの主人公枠だからな。アイツは」
「スピードナンバー1鉄拳のグースを撃破!二回戦ではパワーナンバー1グールベルをも撃破!!もうこのルーキーを止められるヤツはいないのか!!Eランク冒険者にしてその危険度はすでにSランク!!もうこう呼んでもいいんじゃないだろうか!!最強の格闘家!!タカーーシーーー!!!」
そして一回戦とは打って変わっての大歓声が鳴り響く。
そして高々と拳を天に突き上げるタカシだ。
「一回戦、二回戦とその刀技が華麗に舞う!!その余裕を感じさせる姿、表情!!他者を全く寄せ付けず勝ち上がってきたジパング出身の侍が今ここに!!この試合でもその華麗な一太刀が見られるのか!!十――兵衛――!!」
十兵衛さんはそのまま動かずタカシをじっと見据えたままだ。そして・・・こちらも少し笑顔が見える。
「あーあ。俺もこういう感じの試合がしたかった・・・」
マサルあんまりちゃんとした試合なかったもんな、予選からずっと。
「それでは参りましょう!!準決勝第一試合」
シンッと急に静まり返る会場内。
両者ともに一瞬で終わらせる試合をしてきたこともあり瞬きもせずに見入るべきだと皆分かっている。
十兵衛さんが腰を落として右手を刀に添える
タカシも腰を落として両手を両ひざに乗せていつでも飛び出せる態勢だ。
「始め!!!!!!」
ホント、なんて楽しそうな顔してんだろ。
2人とも。




