ピンチ=チャンスと考えよう
森の方から向かってくる冒険者達は足取りがあまりよろしくなかった。当然だ。弓使い以外3人はタカシとマサルの洗礼を受けたんだから。
フルアーマーの大男が何やらデカイ袋を持っていた。さっきは持ってなかったと思うが野うさぎでも仕留めたのだろうかと僕は気にも留めなかった。
金髪くんとチラリと目が合ったがプイッとソッポを向かれた。別にいいさ。お互い仲直りしようとも思っていないだろう。
金髪くん達はゲーリーさんの前に行きフルアーマーくんの持っていた袋の中身を見せている。
マサルはそうでもなかったがタカシは金髪くんたちが視界に入った時から終始機嫌が悪そうだった。まぁ金髪くんも金髪くんで流石にあれだけの完敗だったんだから向こうから手を出してくることもないだろう。
と、
「バカもんが!!!」
ゲーリーさんが吠えた。
金髪くんたちがあたふたしている。何があったんだろう?僕達は駆け寄った。
「全く、なんてことをしてくれたんだ!」
ゲーリーさんが金髪くんたちに怒声を浴びせている。
「どうしたんですか?ゲーリーさん?」
僕はゲーリーさんの前に差し出された袋の中身に目がいった。額から角の生えた子馬のような生き物が袋にはいっている。もう息は無いようだ。識別スキルが働くと『一角牛』一角牛?一角獣ではなく?
「一角牛、ですか?」
僕はそうゲーリーさんに尋ねる。
「そう、一角牛だ。コイツら一角獣だと思って一角牛の子どもを狩っちまったらしい」
何かまずいのかな?ユニコーンの角は万病に効く万能薬が作れるとかが相場だがコイツはユニコーンじゃないみたいだし。
「一角獣の角はレアアイテムだ。何10枚何100枚って金貨で取り引きされる。調合すれば秘薬や霊薬などが作れるからだ。しかし一角牛の角は全く別物だ。成長すれば一目で見分けがつくが、生まれて間もない頃は双方確かに似ているんだ。それでもよく見ればやはり馬と牛。見分けはつくんだ」
それならいい。それだけならいいんだが。とゲーリーさんは呟いている。
金髪くんたちは僕達にやられた後に森の入り口付近でフラフラしている一角牛を見つけたらしい。一角牛は普段は群れでいるらしいのだが、迷ったのか子牛1匹でいる所を偶然見つけて一角獣と間違えて仕留めたらしかった。
「一角牛は群れから離れることなんてそうそうあるはずがない。特に子牛が1匹で離れるなんて有り得ない。一角牛は仲間意識が強く1匹でも迷子が出ると仲間総出で探索するくらいだ。森で何かあったのか?地震や嵐があったわけではないから凶暴な魔物でも出たのか?」ゲーリーさんが頭を悩ませているが、すみません。心当たりがあります。
僕達3人本気の競争をしてました。木々をなぎ倒して。
「ゲーリーさん。狩ってしまったものは仕方がないと思いますよ。何か問題でも?」
僕は尋ねた。
「大問題だ。奴らは仲間意識が尋常じゃなく強い。1匹でも仲間がやられたとなると全員で報復に出るんだ。以前北方のノルブという村が同じように一角牛を狩ってしまって報復を受けたことがあるんだが、村人の半数以上が死んだ」
オイオイ、スゲーな、牛。
「それじゃあ早くその子牛の遺体は森の奥に棄ててくるべきでしょうね」
あ、もう遅いかな。
領主さんとリザマイアの乗っていた馬がヒンッと鳴き、森の方を向いたと思ったら街の方へ駆けだした。ご主人様を置いて逃げるとはなんて馬だ。
東の森の果てに薄っすらと砂煙みたいなのが上がっている。こっちに向かって来ているようにも見えるな。
「ゲーリーさん。あれ見てください。何かの群れがこっちに向かってきているような」
ゲーリーさんが悲壮な表情で森を見つめる
「なんてこった。領主様、リザマイア様、すぐに街にお戻りください!一角牛は100匹以上で群れる動物だ進路に居るだけでひとたまりもない!」
話を聞いていた領主さんとリザマイアはまだ現実を理解できていないような表情で固まっている。ゲーリーさんは「早く!」と2人の手を掴んだ。
「なぁなぁ、たかが牛なんやろ?ゲーリーさんでも敵わんの?」タカシが問う。もう少し口調をなんとかしろと言おうとしたらゲーリーさんがすぐに返答した。
「群れは平均レベルが15~20でボスはレベル30を超えた5メートルはある猛牛だという話だ。2~3匹ならまだしもそんなのが100匹もいたらA級の冒険者でも勝てるか分からん!」
その話を聞いた領主さんとリザマイア、護衛兵。そして金髪くんたちは血相変えて街へとダッシュしだした。
徐々に砂煙が近づいてきているのが分かる。
「タカシ、マサル」
「ん」「おう」
「やるか?」
「やらいでか」タカシは拳を合わせて楽しそうな笑みをこぼした。
「牛肉が大量にこっちに向かって来てるってことですね?」マサルは違った意味で笑みをこぼしてる。
「よし、とりあえず俺達も街の前まで下がろう。それでまずは俺が数を減らす。残った奴をタカシとマサルで片付けてくれ」
「ずいぶん簡単な作戦ですね?」マサルの言う通りシンプルすぎるかな。
「ボスは残しておけよ。5メートルの牛」分かった分かった、とタカシに返事をして僕達も街へと駆けだした。
ゲーリーさんは領主さんとリザマイアの手を引っ張って走っているため随分と遅れていた。金髪くんたちは脇目も触れず一目散に街へとダッシュしている。それにしてもあの護衛兵も領主を置き去りに先を突っ走っている。それでいいのか?
後ろを振り返る「見えた!」
牛達が森を抜けた
「おお、凄えな」
まだまだ遠目で見えているだけだがその数は100匹じゃおさまらなさそうだ。先頭を中心に扇状のように左右に広がっている。
レベルを確認してみたいな。
僕は索敵スキルを目一杯広げたが、まだ1キロ以上は離れているので届かないな。メニューを開いて索敵スキルをレベル3にする。レベル3でMAX表示になった。
お、届いた届いた。
先頭に2匹高レベルな牛がいるな。レベル36とレベル35。後はゲーリーさんの言っていた通り15~20くらいか。20ちょいが数匹いるな。隠れてて見えない奴のレベルと種族がタグみたいに一杯見える。
逆方向、街の方に索敵を広げると街の中の地形とそこにいる街人の名前とレベルと職業が確認できた。レベル3で結構性能が上がったな。
ゲーリーさん達3人はこのままじゃ追いつかれるな。
「マサル!領主さん背負ってとりあえず壁の前まで行け!」
「あいあい」
マサルはゲーリーさんから領主さんを受け取り領主さんをお姫様抱っこで抱え上げてピョンピョンと速度を上げて壁に向かった。
「嬢ちゃんはタカシが」
「嫌だよ」・・・・・・え?
「何故に?」
「マーシーがいいに決まってるやん」
・・・・・・・・・・そうきたか。
もちろんこのやり取りはリザマイアには聞こえない範疇で行い、迷ってる暇はないなと判断した。
「リザマイア様、掴まってください」
僕はリザマイアをお姫様抱っこで抱え上げた。
照れてる場合じゃないですよ。
「すまない、お前たち」ゲーリーさんはそう言うとスピードを上げた。
僕もリザマイアを抱えたままスピードを上げて壁の前まで急いだ。
壁の前には息を切らした金髪くんたちと護衛兵が立ちすくんでいる。後方から聞こえる牛の大群の足音がさっきよりも近づいているのが分かる。彼らは街の中まではもう間に合わないと判断したのだろう。
索敵を後方に広げる。もう1分とかからず接触するな。僕は壁の前に着くと顔が真っ赤になったリザマイアを降ろして振り返った。タカシは壁から50メートルくらい離れた位置で牛の大群と対峙している。
「オッケーだタカシ!そこで待機してろ!合図は出す!」
マサルも領主さんを壁の前に降ろしてタカシの横に並んだ。
壁の上から声が飛んできた
「ゲ、ゲーリーさん!なんですかあれは!」
「ダイスか!あれは一角牛の群れだ!今すぐに手の空いている冒険者を集めてくれ!」
「一角牛?一角牛!!あれだけの一角牛を相手にできる冒険者なんてウチにはいませんよ!せめてヴィランさんがいたら」
「くっそ、もう間に合わん。」ゲーリーさんが決死の顔で剣をぬいた。
「大丈夫。皆さんこの壁際から離れないでください。後はなんとかします」
ゲーリーさんが何を言っているんだという顔で僕を見たが、僕は笑顔で返した。僕の脇で今にも泣きそうになっていたリザマイアにも笑顔を投げ掛けて頭をポンと撫でてやる。
僕は助走もなくそのまま壁に向かって跳躍すると三角跳びで壁を蹴り「突風」。風が僕を上空に運びそのままくるっと一回転して壁の上に着地した。
くそっ!!今のは動画に是非残しておきたかった。
横でダイスくんが「スゲェ」と言っているがサインは後だ。
「ダイスくん、ちょっと離れていろ」
牛達は先程と同じように扇状のまま並走して向かってきている。
ちょっとドキドキしてきた。
「さぁ、レベル上げだ」
僕はボソッとそう言った。




