10歳の少女は花嫁姿を夢見るもので
背の高い壁づたいに草原を歩く。遠目で門が見えたところでそこからゾロゾロと出て来る集団が見えた。騎乗しているのが2人。フルアーマーが2人。貴族とその護衛ってところかな?その集団はこちらに向かって来ていたので前もって通行の邪魔にならないように僕達は壁沿いを数メートル空けて壁から離れて歩いている。
ちょうどすれ違った
しまった!油断していた!
騎乗している1人が妙に小さいことには気づいていたが、頭から完全に抜けていた。
フルアーマーの兵隊は騎乗した人物に1人づつ付いていて馬を先導していた。前を歩く馬にはポッチャリとした偉そうなおっさんが乗っていたが、後ろを進む馬には小柄な女の子が騎乗していた。一定の距離まで近づくとステータス画面が開く。『リザマイア LV3』あの時の領主の娘だ。ということは前を行くのは領主様か?
タカシとマサルの間に位置取っていた僕はごく自然にその領主達から離れるように左側に移動して身を隠す。
しかしそれも甘かった。
「おお、ちょうど良い所で会ったなルーキーども」
知った声だ。副ギルド長ゲーリーさんだった。前を行く馬をフルアーマー姿で先導していた。
「今から領主様が狩りに出られるからお前達も付き合え」
くっ、強制イベントか!明日にはこの街を離れるって決めてから次から次へと!
「お、この若者たちも冒険者かね?ゲーリー?」
「はい。冒険者にはなりたてですが、初日からオークや猪も含めて50匹以上仕留めたツワモノですよ」
しまった、後ろを行く騎乗したリザマイアがこちらに近づいて来た。
「お父様どうされたのですか?」
「おお、すまないリザ。現役の冒険者達も同伴してくれるみたいでな」
あ、目が合った。
「!?」
リザマイアがハタハタと馬から降りようとしているが中々降りられないようだ。気付いた護衛の人がサッと手を出して地面に着地すると僕達の前に来た。
「あ、あ、あ、あの!!せ、先日は、ありがとうございましゅた」噛んだ。
タカシとマサルが後方で隠れていた僕の方を見た。
「何かしたんか?」タカシが尋ねてきた。
「正義の味方ごっこを少々」
リザマイアは祈るように手を組んだまま僕を見ている。
「あの、お名前をお伺いしてよろしいでしょうか!」
「名乗るほどのものではございませんよ」
と、僕が返すとタカシとマサルが嫌な笑顔で
ぼくの両脇を陣取った。
「彼の名前はマーシーです」
タカシ、僕に恨みでもあるのか?
「ちなみに彼女も居ません。フリーです」
焼くぞ、マサル。
「マーシー様と仰るのですね」
様って、、、
「お主がリザが言っていた冒険者であったか。昨日は危ないところを助けてもらったようだな。儂からも礼を言おう」
領主さんは騎乗したまま軽く頭を下げた。
「いえ、とんでもありません」
「リザマイア様、そろそろ参りましょう。ここで立ち話もなんですから」
ゲーリーさんが話を納めてリザマイアは馬に戻った。領主とリザマイアの乗る馬の後ろを僕達はトボトボと付いていく。
街から少し離れた地点、少し草原の草が高くなり始めるくらいの位置で馬を止め、領主とリザマイアは馬から降りた。
「よし、お前達。野うさぎを見つけてここまで連れて来るんだ。後は領主様とリザマイア様がそれを仕留める。簡単に言えばお二人のレベル上げということだ」
貴族の面々は冒険に出ることも基本的には無いのでこうやって冒険者に守られながら定期的にレベル上げを行うようだ。2人とも細身の剣をぬいて構えている。
流れ的に拒否権はなさそうなので仕事だと割り切って野うさぎを探すことにする。索敵をするとチラホラと野うさぎが草むらに隠れているので近づいて刺激してやればピョンと姿をすぐに現してくれる。
僕に向かってきた野うさぎの長い耳をかわし間際に掴んでリザマイアの前に放り投げる。
そのまま流れ作業のようにリザマイアが手持ちの剣で串刺しにする。リザマイアの剣は銀製の少々お高いものみたいだ。識別で確認するとシルバーサーベルと明記されていた。お高いんでしょうね?
リザマイアのレベルは3。領主は5。流石に野うさぎに苦戦するようなことはない。どうやら武器さえちゃんとしたものがあればレベルが1であったとしても野うさぎ程度は楽勝なのだそうだ。
1時間程で20匹ほどの野うさぎを狩ると僕達の周りには野うさぎが見当たらなくなったので1度ここで休憩することになった。
ちなみにどの野うさぎもレベルは1だった。完全に超雑魚キャラだな。キング野うさぎとか出ないかな?
ゲーリーさんに聞いたところ自分より格下のレベルのものを倒してレベルを上げるのは相当根気がいるようだ。野うさぎではだいたいレベル2になるには5匹、レベル3になるには50匹、レベル4になるには500匹くらいは倒さないといけないらしい。冒険者ならせいぜいレベル3になれば装備を整えて次は猪を狩るのが相場らしいのだが、流石に温室でぬくぬくと育った領主さんや貴族にはあの猪は危険らしいので、こうやって定期的に野うさぎを狩って少しづつレベルを上げていくようだ。
休憩中僕は意識的にリザマイアを避けていたのだが、彼女はずっとこっちを見ている。気づかないフリをしながら訓練に見えるようにレイピアを振っているとリザマイアが立ち上がりこちらに向かってきた。少し遠目でタカシとマサルが揃ってこちらを窺っている。楽しそうだなオイ。
「マーシー様」
「リザマイア様。冒険者に向かって様は余計ですよ。領主の娘としての示しがつかないと思いますよ」
「し、失礼しました。では。マーシー」
こんな小さい子に呼び捨てされるのも違和感あるな。10才だもんな。
「先程お連れの方が仰っていましたが、マーシーはその、、ご結婚はされていないのでしょうか?」
独身かどうか確認してきた!恐ろしい10才児だなオイ。
「いままでご縁がなくて、結婚は1度もしたことがございません」
「そ、そうですか」ちょっと嬉しそうだな。「では、お年はおいくつなのでしょうか?お連れの方よりお若く見えますが」確かに野蛮の二文字が似合うあの2人と違ってサラ髪に色白な僕は童顔って感じなんだよな。
「21ですよ。ちなみにあの2人も同い年です。あの2人とは幼なじみなんですよ」
「マ、マーシーはその。10才以上年の離れた奥さんを娶ることはどう思われますか!?」
売り込んできた。売り込んできたよ。ここはやんわりとお断りをいれるべきか。変に期待されても困るしな。この前にこの子を助けた時の報酬の婚約者ってのもまだ発動はしていないらしいしな。
「10才も離れますと価値観も違ってきますからね。もっと年齢の近いものと結婚する方がよろしいかと」
・・・・・・・・・・・・・・オイオイ。
口がへの字になって涙目になってやがるぞ。誰か助けてー。
「オイどうした?貴様リザマイア様に何か失礼なことでも言ったのか?」
ゲーリーさんゲーリーさん助けてください。
「いえ、なにもございません。ゲーリー、向こうで稽古をつけてください」そう言うとリザマイアは袖でグッと目元を擦って去って行った。
「何かあったのか?」
ゲーリーさんは訪ねてきたが
「いえ、少し世間話をしただけですよ」
と、笑顔でかえした。結果的にゲーリーさんに助けてもらえたな。
ゲーリーさんはリザマイアを追って行くと、かわりにタカシとマサルが近づいてきた。
「なーに話してたんだよ?告白か?告白なのか?」
「YOU、やっちゃいなよ」
よし、この2人は焼いてしまおう。
そこに今度は領主さんが近づいてきた。
「すまないな、リザが何か言っていたのかね?」
「いえ、すこし他愛もない話をしただけですよ」軽く返しておく。
「リザは昨日からずっと君のことを話していてね。颯爽と現れて悪者を退治してくれたと。そして名前も告げずに立ち去ったと」
「あの状況なら誰でも助けますよ」しかし僕はNOを連打していたが。
「それでも助けたのは君で助けられたのはリザだからね。困ったことに君を見つけて君と結婚すると言い出したくらいだしね」
「YOU結婚しちゃいなよ。それでもってあの幼い身体を持て遊びぶふぅ」僕はマサルの頬を力強く掴んだ。蛸口になったマサルは「ごふぇん、ごふぇん」と謝っていたが、親の前でなんてこと言いやがるんだ。
「流石に冒険者である君と娘を簡単に結婚させるようなことはできないが、どうだね?腕は確かだと聞いている。ウチの護衛兵にならないかね?娘も喜ぶと思うしな」
「申し訳ございません。僕達は明日にはここを発つ予定です。光栄な申し出ではございますがお断りさせていただきます」
「そうか、明日には発つのか。残念だ」
よし、なんとか回避はできたようだ。
と、このタイミングで僕の索敵に引っかかったものがあった。森の方から4人組がこちらに向かってきている。ついさっき僕達がぶちのめした金髪くん率いる4人組の冒険者だ。
一悶着なければいいが。




