ヒーローごっこはお好きですか?
冒険者ギルドを超えて北へと歩を進める。
あちこちに商店が並んでいるが、南門付近に比べると少し高級感がある店ばかりだ。すれ違う街人も高級そうな衣装に感じられる。しかし人通りは少なく、活気はあまり感じられない。
西側に大きな農園が姿を現した。金網で仕切られていて中へは進入しにくくなっている。開いた入り口には甲冑姿の兵士が警備をしている。野菜泥棒でも出るんだろうか?
「こんにちは」と横を通る間際に挨拶してみた。
「待て」警備員に止められる。「何処になんの用件だ?この先は領主様や貴族様の館が数軒あるだけだぞ?」
「わたくしは昨日この街に来たばかりでして色々と見て回らせていただいているだけです。この先は立ち入り禁止なのですか?」
「いや、そのようなことはないのだが。敷地内には決して入るなよ無断侵入は処刑対象になるぞ」
「分かりました。わざわざありがとうございます」
随分不用心だな。こんな得体の知れない人間をやすやすと通してしまうとは。僕が暗殺者だったりすることもあるだろう。それほどこの先の警備システムに自信があるのか?そんな大層な事件など起こらないような田舎領なのか?
農園を超えると長ーーーーい壁と対面した。
デカイっ、それに広い。
どうやらここが領主様の館のようだが、今は壁しか見えないな。遠くに屋根らしきものが見えるからあそこが実際館なんだろうな。左手にその館。右手は貴族の家だろうか?十二分にデカイ。それが数軒並んでいる。高級住宅街ってところだな。2分くらい歩き続けると左手に門らしきものが見えてきた。門の前には甲冑姿の門番が2人立っている。
その門の前まで進んで前を通り過ぎる時に僕は「こんにちは」と挨拶してみた。
「やぁ、こんにちは」
普通に返事を返してくれた。やっぱりこの辺りは警戒するような賊なんかはいないのかな?
門から見える敷地内は手入れの行き届いた庭園のようだった。遠目に立派な屋敷が見える。
ただ、まぁ、それだけだな。大きいです。立派です。広いです。高級です。それだけだ。
近づいたら即逮捕されるくらいの気持ちで来てみたんだが、拍子抜けだった。
僕は右手の高級住宅街に入ってそろそろ帰ろうかなと左右に立派な家を眺めながら南に向かって帰路につく。それにしてもシーンとしている。南門付近の方が活気があっていいな。と、何かが走る音が聞こえてきた。
バタバタバタバタ
ここの道は幅が結構広くて三車線くらいの道路ほどはあったが、その僕から見て右手を何やら走ってくる姿が見える。
女の子だな。
後ろから大人の男が3人ついてきている。追われているようだ。
『女の子が追われている。助けますか? yes . no 』
うおっ!選択肢がメッセージウィンドウに急に出てきた。緊急クエストかなんかか?
『報酬 領主の娘リザマイアの婚約者になれる』
「NOだ!」
すかさずNOを選んだ。リザマイアというのは今追いかけられている女の子だ。10才くらいの。僕は別にロリに目醒めてはいない。
『女の子が追われている。助けますか? yes . no 』
また出た。
「NOだ」
『女の子が追われている。助けますか? yes . no 』
「NONONONONONONONONONONO!」
『女の子が追われている。助けますか? yes . no 』
無理なのか。ort
いつの時代のロープレだよ。ちゃんとNOを選んだ時のルートも作っておけよ。
僕はシブシブYESを選んでメッセージウィンドウを閉じた。
YES.NOのやりとりをしている間にリザマイアという女の子は僕の後ろに服の袖を掴んで隠れている。隠れられているわけではないが、助けてくれと言わんばかりだ。
すでに目の前に男が3人。帯刀はしているが抜いてはいない。悪人に追われている女の子。その間に割って入る僕。
うむ。ヒーローの図だな。
「おい兄ちゃん。その娘を大人しく渡しな。ケガしたくなけりゃな」
なんだその台詞は?悪人用の定型文でもあるのか?
「一応、大の大人がこんな女の子1人を追いかけている理由をお伺いしたいんですが?」
「お前が知る必要があるのか?その娘を置いてとっとと失せろ」
と、いかにも悪人顔のリーダーみたいな奴が腰にあったサーベルのような剣を抜いた。後ろにいる取り巻きのような悪人Bと悪人Cも剣を抜く。
レベルはリーダーっぽいのが6で後ろ2人が4だ。レベルでは僕とあまり変わらないが、3人とも力も俊敏も10そこそこ。リーダーっぽいのが力が18だったが、僕の力は補正もあり50を超えている。俊敏に至っては150オーバーだ。タカシほどではないが僕の動きはすでに人間の可動域を軽く超えている。正直負ける気がしないな。
あ、そういえば対人戦は初めてだな。少し楽しみだ。
「おい、さっさと後ろの娘をこっちによこせ。お前も死にたくは無いだろう?」
そいつは右手に持った剣の剣先を僕に向けながら威嚇してきた。さて、相手してやるか。
「剣を抜いたからには覚悟はしろよ。遊び半分で振り回していいもんじゃないぞ悪人共」
僕はそう言ってアイテムボックスから右手にレイピアを、左手に3枚の銅貨を取り出した。すぐさま3枚の銅貨を男達と僕の視線の間くらいにふわりと投げる。レイピアが僕の手元に現れたのと僕が何かを投げたという行為に3人は一瞬だったが警戒したのか身を固め剣を構え直した。
と、その時には僕は後ろの2人の背後に移動しており2人の剣を持った方の手の甲をレイピアで突き刺しさらにリーダーの側面からその首元にレイピアを添えていた。
「ぐわっ」「ぎゃっ」と後ろ2人の小さな呻き声と同時にガシャンとサーベルが地面に落ちる音とチャリンと銅貨3枚が地面に転がる音がした。リーダーはそのまま身動きをとれずに表情は青ざめていた。
「大人しく帰る気になったかな?」ここで無謀にも攻撃してくるようなら指の2~3本落としてやろうかと思っていたが、リーダーは力の差が歴然であることくらいは分かったようで「まいった、降参だ」と、サーベルを地面に落とした。
僕はレイピアをリーダーの首元から離すと女の子の前にゆっくりと戻った。その一瞬リーダーに背を向けたが別に攻撃してくる様子もなかった。ちっ、少し期待したんだが。
3人共ゆっくりと地面に落ちたサーベルを拾いあげるとリーダーが
「あんた何者だ?」
「ただの冒険者だよ」と僕は答えた。
チッと舌打ちして3人は去っていった。
うーん、実に三流漫画並みのヒーローっぽいことになったもんだ。女の子を見ると目をキラキラ輝かせて神に祈るかのように手を組んでいる。まずいな変なフラグが立ちそうだ。
僕は地面に落ちた銅貨とレイピアをアイテムボックスに納めて「気をつけて帰るんだよ」
と、その場から立ち去ろうと女の子から視線を外した。
「お待ちください!!」待ちません。
僕は駆け足でその場から去る。駆け足でも十分オリンピック選手よりも速いはずだ。高級住宅街も一気に抜けて冒険者ギルドあたりまで一気に駆け抜けた。
報酬放棄を宣言しよう。
冒険者ギルドの前の広場に辿り着くと何やら騒がしい。軽く人だかりができているな。
横目に人だかりの中心に視線をむける...ort
タカシ・・・・・。
僕はガックリ膝をついた。




